第1138話 リサーチ
皐月からもたらされた一つの噂を発端として精神的に特大ダメージを負う事になったカイトは、その直後にやってきたティナからの報告を受ける事になっていた。そんな彼であったが、精神的なダメージは大きかったらしい。完全に上の空だった。
「ああ……髪の毛が凄い良い匂い……サラサラだし……」
「うふふ……でしょ? 高いシャンプー使ってるもの……ほら、お肌もすべすべよ?」
「うわ。この太ももとかすげ……すべすべなのに、このもっちりさ……それにやっぱ腰細いな、お前……もう、良いかなぁ……こんな美少女だったら……」
「私ももうあんたでも良いかなぁ……」
どこからどう見てもバカップルにしか見えないカイトと皐月の二人は、完全に上の空でティナからの報告を聞いていた。
「やれやれ……流石に些かダメージが大きかったか」
上の空の二人にティナが肩を竦める。兎にも角にも今回の報告はカイトがまともに判断を下さなければならない事だ。彼の承認が二つの意味で必要となる事で、このままにしておくわけにはいかなかった。
「久しぶりに……ほれ」
「「ぴぎゃ!」」
雷撃を打ち込まれ、カイトと皐月が一瞬痺れて震える。そうして、しばらく。二人がようやく復帰した。
「あれ……?」
「ほえ……?」
二人は雷撃で正気を取り戻す。そうして思ったのは、どうしてこうなっているのだろう、ということだ。
「……え、えーっと……」
「……う、うーんと……」
二人はしばらく、自分達の現状を考える。皐月はカイトの胸にしなだれ掛かり、カイトの手はそんな皐月のふとももをスリスリしていた。もう片方の手はお腹をすべすべとしていた。胸に触らなかったのか、触った後なのかは不明だ。が、おそらくこの調子だともうしばらくするとろくな事にはならなかっただろう。
「良し、ティナ。報告を聞こう」
「あ、見なかった事にしおった、こやつ」
ティナは一瞬で行われたカイトの判断を口にする。とりあえず、皐月を膝の上に座らせている事も含めて全てを無かった事にする事で対処する事にしたらしい。幸い今の皐月は女の子なので問題はない、のかもしれない。
「ま、良いわ。とりあえず……さて、んじゃあ、もう一回。以前お主らが持ち帰った地図。覚えておるな?」
「ああ、古代研究所のあれだな」
「うむ。それじゃ。それで一つ候補がリストに上がってのう。その調査を行うべし、という話が出おってな。その相談に持ってきたわけじゃ」
とりあえず対処してくれるのならそれで良い為、ティナはカイトと皐月の前で地図を広げる。なお、当然だが一緒にソラ達も居る為、彼らも会話に参加する事になる。どちらにせよ今回の行動は冒険部で行う事になるだろう活動だ。彼らにも参加してもらわねばならないだろう。
「さて……まず、現在この皇国に見つかっているだけでも先史文明の遺跡は数百ある。まぁ、これは良かろう。多くは都市部の遺跡が殆どじゃ」
「ああ。それは知っている」
カイトはとりあえずティナの言葉に頷いておく。ここらは彼も知っている事だし、他ならぬ彼の領地にも幾つかの遺跡は存在している。代表的な例で言えば、かつてティナが製紙技術を発掘した遺跡だろう。他にも、複数個の遺跡がマクダウェル領内部に存在していた。
それはティナの発見した遺跡の様な今の文明にとっても有用な物から、それこそ都市の残骸の様な学術的な意味しかない物まで多種多様だ。が、やはり多いのは母体数を考えれば、都市の遺跡だ。研究所跡と言える遺跡はその中の一割未満と言って良いだろう。
「うむ。それ故、余らは少し前の報告の後、まずは現在把握している遺跡のリストや上がっておる地質調査の結果から、この内都市部の遺跡と思われる遺跡については優先度を下げておる」
ティナはそう言うと、地図上にある幾つかの遺跡についてバツを魔術で投影する。前から報告が空いていたのは、今度はこの調査に時間が必要だったらしい。当たり前だが、全ての遺跡の周辺の地質調査記録等を当たらねばならなかったのだ。
しかもいくらなんでもその他の仕事も抱えている技術班を総動員するわけにも行かないため、これぐらいの時間は必要だったそうだ。それでも、まだ出来たのはマクダウェル領内の遺跡だけだ。領外の遺跡についてはまだまだこれから、という話だそうだ。まぁ、ここからは気長にやっていくしかないだろう。
「ふむ……これについてはウチの研究者達を向かわせても良いかもな」
「うむ。それでよかろうな。この都市の遺跡に関してはさほど重要な物は眠っておらんじゃろう」
「良し。それについては……椿。後でクズハ達に連絡を付けられる用意を頼む。オレ達に重要度は低いと言えど、遺跡は遺跡。早急に保存の手配を整えておかないとな」
「かしこまりました。では、早急に手配に入らせて頂きます。合わせて、研究所の方にも連絡を」
「ああ、頼んだ」
カイトは自分達に関係の薄そうな遺跡に関する保存の為、クズハや各所への連絡の手配を椿へと依頼しておく。彼も言ったが自分達に関係性が薄いとはいえ、学術的な価値は計り知れないのだ。これはマクダウェル公カイトとして、見過ごすわけにはいかなかった。
「ああ、悪い。それで?」
「構わんよ。余が教えた事ゆえな。それで、次に。先にも言うたが、地質調査も合わせて行った。そこから、研究所についても幾つかの考察を行っておるわけじゃが……さて、ソラ。お主に質問じゃ」
「え、俺?」
唐突に話を向けられたソラが目を丸くする。一応話は聞いていたが、自分に飛んでくるとは思っていなかったようだ。
「研究所を設置する際に重要な要点を述べよ」
「え?……えーっと……」
ティナからの問題にソラは頭を悩ませる。ここらは、部隊の指揮等とは別領域だ。故に彼としても未知の領域と言える。
「もし何か……バイオハザードみたいなのが起きた時に周囲に被害を与えない事?」
「むぅ……戦術眼は養われておるが、戦略的な視点は無いのう……」
ソラの答えにティナはわずかに口を尖らせる。ここらはまだまだ、と言う所だろう。まぁ、仕方がない。これがわからないでも指揮は行える。が、そこ止まりとも言える。というわけで、カイトがその理由を口にする。
「水だよ、水。研究所には、良質な水が必要なんだ。実験するのに水を大量に使うからな。洗浄だ、溶媒だ、ってな」
「水?」
「ほら……地球でも研究所って基本的に山間だったり辺鄙な所にあるだろう? あれって水も重要な要素だからだろう」
「……別に浄水器使えばよくね?」
「そう言う事じゃない……」
ソラの指摘にカイトは少しだけ肩を震わせる。まぁ、言っている事は確かに間違いではない。所詮は天然水。到底純水には及ばない。超純水とは最早比べ物にならないレベルだ。故に都市部にも普通に研究所はあるし、大学の研究室なぞその最たる例だろう。
「まぁ、そりゃ超純水とかにゃ及ばないだろうけどな。それでも、どう考えたって大本の水の影響が出ないわけじゃないだろ? 濾過とかするにしてもフィルターだなんだって必要なんだからな。どう考えたって、大本が汚れていなければ寿命はそれだけ延びる。日本だと良質な水道水があるから、さほど気にしなくて良いだろうけどな」
「そりゃ、まぁ……」
ソラは内心で超純水ってなんだろう、と思いながらも頷いた。ここら、聞いたってわかりっこないと思っているようだ。そして知らなくても問題はない。ここではそれを例に出しているだけだ。なお、超純水というのは極度に純度の高い水だ。簡単には水以外の不純物を殆ど含んでいない水だと思えば良い。
「というわけで、基本的に研究所は良い水源地に近い所に設置するのがベストだろう。もちろん、そう言う辺鄙な所なんで家賃や土地代は安いだろうけどな。それは言いっこなし」
「お、おう……」
とりあえず納得は出来る。というわけで、ソラは若干困惑しながらも頷いておく。カイトにしてもおそらくあまり理解出来ていないだろうな、とは思いつつも別に詳細を知っておく必要は無い為、それで良しとしておいた。
「うむ。まぁ、おおよそはそれで良かろうな。そしてそこらの事情はエネフィアでも変わらん。と言ってもこちらは水源地を汚せぬ事情もある故に、おそらく地球以上に、それこそ地球からすれば異常とも思える程に排水には気を遣っておる。それ故に尚更、良質な水源地の確保は重要でのう」
「魔術あるじゃん」
ティナの問いかけに魅衣がツッコミを入れる。地球に科学技術があるのなら、エネフィアには魔術があるのだ。純水が何なのかわからないでも、その確保は容易に思われた。が、ここら、やはりまだ高校生という所なのだろう。
「残念じゃが、そこまで魔術とは万能ではない。そりゃ、余の様に地球に渡り純水や超純水の存在を知ればそれを創り出す魔術も編める。一葉らを創る際には大いに利用もした。が、そんなの地球に渡り有機分子やらの知識を得た余故に作れる事よ。知らねば、魔術でも除外は出来んのよ。故にこちらの世界でも濾過を行い、なるべく不純物を排した水を作る。もちろん、それでも地球の純水等には及ばぬがのう」
「「「へー……」」」
ティナの解説に魅衣以下同席する三人が感心した様に頷いていた。まぁ、水を何故そこまで重要視するのかは研究者ではない彼女らにはあまり理解出来なかったようであるが、それでも地球・エネフィア、科学・魔術に問わず研究者達にとって水が重要である事は理解出来たようだ。
「というわけで、水源地や良質な地下水を組み上げられる場というのは非常に有用じゃ」
「「「ふむふむ」」」
とりあえず、魅衣達四人は頷いておく。重要なのは理解した。であれば、次が答えだ。
「であれば、そこがわかれば研究所の跡地というのもわかろうな」
「で、それでようやく一件目の調査案件が定まった、って言うことだろう?」
「うむ、そういうことじゃ」
ティナはカイトの指摘に頷くと、地図の上に一つの旗を魔術で投影する。
「マクダウェル領北西部。ここから片道長くとも二日の距離。名も無き湖が、今回の目標じゃ」
「み、湖?」
流石にこれはカイトも些か想定を上回っていたらしい。眉をひそめて確認を取る。もう少し簡単な所が良かったのだ。そしてこれにはティナも頷いた。
「まぁ、お主の言わんとすることも分かる。が、ここらの地質調査の結果を考察してのう……どうやら、地震等により地下空洞が崩落したようじゃな。もちろん、先史文明の者達が気付いておらんとは思わん。故におそらく何らかの試験場として運用しておったと思われる。が、文明の崩壊に加えてそこでも戦闘があったのじゃろう。地下空洞が崩壊し、地下水が滲み出て、時を経て湖になったのじゃろうと思われる」
ティナは今までの所の調査結果等から推測される考察結果をカイトへと報告する。こればかりは本当に仕方がない事と言うしかないだろう。先史文明の研究者達とて、その当時には自分達の文明の行く末なぞ想像しようもないのだ。
そしてもちろん、自分達が居なくなった後の事まで考えていただろう者も少ないだろう。そして文明が滅んですでに数千年だ。自然現象により、こうなるのも仕方がない。そしてそのおかげで、カイト達は未発見の状態で発見出来たのだ。文句も言い難い。
「はぁ……まぁ、それぐらいでもないと未発見の状態で残されちゃいないか。わーったよ。湖ね。今度の天桜学園での会議の時には稟議してもらおう」
「うむ、そうせい。余も準備は進めておこう。ついでに部隊の馬鹿どもにも声は掛けておこう」
「そこらは任せた」
「うむ」
カイトはティナの了承を受けて頷いた。彼女自身、未発見の遺跡とあって興味津々だ。そして彼女がそうである様に、『無冠の部隊』の面々の中には興味がある者は多いだろう。
そこらの手はずや人員の選別は技術班の総トップである彼女に一任してある。敢えて口出しするつもりはなかった。それに来てくれれば安全の確保もし易いし、警護も容易だ。
そうして、カイトは数日後にこのティナからの提案を天桜学園で議論する為の準備に取り掛かる事にする。が、その前に皐月が口を開いた。
「ねぇ、カイト……そろそろ良いかしら」
「うん。今思ったけどさ」
「「なんでこんなことしてるんだろう」」
相変わらずどこかのバカップルが人目も憚らずいちゃついているだけの様子に、二人がようやく疑問を口にする。別にそのままでも良いが、それはそれで何かが可怪しい様な気もしないでもない。いや、可怪しいだろう。二人は誰かに見られる前に、とようやく皐月が立ち上がる事にするのだった。
なお、敢えて後日談を一つ付け加えておく。それで終わればよかったね、というお話なのであるが、残念ながらそうは問屋がおろさないらしい。どういうわけか実は執務室に用があったらしい報道部部長の真琴に二人の状態が激写されており、更に一層噂が加速する事になり、ついでに弥生が大爆笑する事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1138話『湖底の遺跡へ』




