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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第60章 湖底の遺跡編

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第1136話 とりあえずの平穏

 カイト達が星を見る夜を過ごした後。その翌朝の事だ。カイトは何時もの通りといえば何時もの通りに朝一番に修行を開始する。と言っても今日は少々の理由があり、ほぼ朝日が登ると同時に彼は動き始めていた。何時もはもう少し遅い。


「……すぅ……」


 カイトはまず、朝一番の少し冷たい秋の風を肺腑に取り込む。何をするにしても、深呼吸である。剣心一如。乱れた心では刃の切っ先も乱れるのだ。正しい剣技を学ぶ為には、まずは心を落ち着かせる事から始めなければならない。そうして、いつも通りの型稽古を行う事にする。


「良し」


 型稽古を終わらせると、一端そこで精神を統一する。これは稽古だ。であれば、逐一精神を落ち着ける動作をするのがカイトなりのやり方だった。


「……」


 カイトはいつも通りの朝の鍛錬の後、世界の中に己を置くイメージを行う。基本的な話として、カイトの使う神陰流(しんかげりゅう)は世界の流れを読む事で使う剣術だ。故に剣の稽古ではなく、精神の修行こそ重きを置く事にしている。

 と言うより、剣の稽古がある程度の段階に至り精神の修行もある程度まで至っていないとこの神陰流(しんかげりゅう)は学べさえしないのだ。そしてその段階とは、ほぼほぼ大凡の流派において皆伝と言われる領域だった。前提条件が可怪しかった。


(……まずは、大きな流れ)


 カイトは世界の中にある流れを読み解くべく、精神を研ぎ澄ませる。とは言え、この流れを読み取るのは難しい。カイトとしてもこの世界の流れを戦闘中に完璧に読み取るのは不可能な領域で、まだ修行している所だ。


(……)


 轟々と大きな流れとなり、間断なく世界は動いている。人では到底見きれぬ程の大きな流れがそこにはある。それは大きな流れであるにも関わらず、複雑極まりないものだ。

 当たり前だ。この世の流れとは、この世に生きる全ての生命、全ての文明が複合して生み出されているものだ。刻一刻と移り変わるし、人類の総量に比例して莫大な量だ。それを見切ってこその『(まろばし)』だ。


(これだ)


 流れを見切り、カイトはそれと己を一体化させていく。世界の流れは世界の意思と言っても過言ではない。そして、意思とは魔力の源だ。それ故に、それと一体化出来れば強大な力をその手に出来る。


「はぁ!」


 カイトは世界の魔力を完全に手にして、それを己の魔力として斬撃を放つ。それだけで、5メートル程に渡って世界が裂けた。

 何か不思議な事はしていない。単に己の魔力と世界の魔力、そして剣固有の魔力波形を一体化させて、斬撃を放っただけだ。これが、『(まろばし)』を応用した斬撃の力だった。勿論、これでも手加減はしている。全力ではやっていない。それでなお、これなのだ。最高位に位置するとカイトが断言する剣術は、それほどまでにすごかった。


「……良し」


 カイトは裂けた空間を元通りにしつつ、満足気に頷いておく。彼はそもそもで――魔力という意味で――力が強い。故にこの程度は可能だ。

 どこまで世界の魔力を引き込めるのか、というのはやはり人それぞれになってくる。故に、誰もが彼の様に世界を裂く事が出来るわけではない。彼を頂点として、後は下がる一方と言って良いだろう。

 師であり技量としては遥かにカイトを上回る信綱でさえ、通常時の斬撃では身体的なスペック差で3メートル程度が限界だと述べている。鍛錬で軽くやっただけ、で5メートルも世界が裂ける彼は十分に可怪しいのだ。


「とりあえずこんな所か」


 カイトは一通りの稽古を終わらせると、満足してその場を立ち去る事にする。流石に今日は朝一番からティナと組手を行うわけにはいかない。一応は公爵軍も居るもののここは外だし、万が一の場合には彼らも出るつもりだ。その為にも、下手に体力を損なうわけにはいかないだろう。


「うん。今日もいい朝だ」


 カイトは大分と登った朝日を見ながら、爽やかに背伸びを行う。わかってはいたが、今日も爽やかな秋晴れだ。この様子だと今日は一日、綺麗な秋晴れが拝めるだろう。


「大分、起き始めたか」


 カイトは周囲の動き始めた気配から、街の人も随分と起き始めた事を理解する。あんな朝早くから鍛錬をしていたのは勿論、彼らが居るからだ。

 如何にカイトといえども子供達に囲まれながら朝の鍛錬なぞ出来ようはずもない。いや、それはそれで十分に体力を使う事になるだろうが、それとこれとは話が違う。

 ティナとの組手を行わなかった理由の一つには、そこがあった。ティナはまだしもカイトの朝の鍛錬は時間が必要だ。組手をやっている時間も無かった。


「良し。そろそろ一応シャワーで汗を流しておくか」


 カイトは動き始めた人の流れを見ながら、とりあえずシャワーを浴びに行く事にする。流石に冒険部は冒険部で準備をしており、馬車やそういった施設の類は別途で使用出来る様にしてある。なので何ら問題は出ない。

 というわけで、カイトは呑気に歩き始めたわけであるが、彼はその前に子供達を発見する。やはり子供達は朝が早いらしい。思わず隠れる事となった。


「やっべ……」


 カイトとて子供達が苦手なわけではない。が、流石に武器を持った状態で鉢合わせるのは避けておきたい所だろう。変に興味を持たれても怪我の元だ。まぁ、そんな事を言い始めるとギルドホームでも駄目なのだろうが、そこはそれ、と言う所だ。


「さて……とりあえずこれで大丈夫かな」


 子供達が顔を洗いに行ったのを横目に、カイトは再び歩き始める。


「おはようございます、先輩!」

「おーう、おはよ……ん?」


 いつも通りに、平然と挨拶を交わす。が、その相手にカイトは思わず立ち止まった。が、再び歩き始める。


「……ま、良いか」


 カイトはこちらに向けて笑顔を向けた暦の顔に一瞬目を瞬かせるも、手を振って歩いて行く。その顔にはやはり、少しの笑みが浮かんでいた。


「まだ、答えは出ないんだろうが……そうか。ま、しょうがないのさ」


 カイトは暦の現状を良しとしておく。それで、今は良い。ユリィもユリシアも言ったが、しょうがないのだ、これだけは。誰かが誰かを好きになる事だけは、避けられない。その誰かに恋人が居たとしても、しょうがない。どうしようもない事なのだ。それで良いだろう。彼に出来るのは、来るのなら受け入れる事だけだ。


「……ありがとよ、相棒殿」


 カイトはかすかに、相棒への感謝を口にする。これは彼女の手柄と言って良いだろう。まだ答えは出せないだろう。今の暦はようやく扉を見付けられた、という段階だ。そしてそのドアノブに手を掛ける勇気を得た、というだけだ。ここからが大変だ。

 だがここまで至れば、後は悪化もすることはないだろう。後は、進むか引くかを考えるだけだ。その答えを待ってやるぐらいは出来る。桜達にしても、待つだろう。せっつく必要もないし、じれったいと思えば誰かが口を出す。そこに、カイトは必要ない。いや、居てもならないだろう。


「さて、今日も一日、頑張っていきますか!」


 カイトは秋晴れの青空を見上げる。今日も一日、良い天気だ。たまさか何の用事もなく草原に出たのであれば、日向や伊勢と戯れるのも良いだろう。クズハとアウラと共にマクダウェル家でのんびりするのも良い。気長に読書をするのもありだ。

 この後はお昼過ぎまでは街の住人達との交流会――と言う名の自由行動――だ。たまには、羽根を伸ばしても良い。クズハ達にも羽根を伸ばす機会を与えてやって良いだろう。

 もし暦の決断が早ければ、桜らと交流を持たせるのもあり得るかもしれない。それもまたアリだ。が、とりあえず予定はない。フリーだ。自由である。そうして、カイトはその日一日、勝手気ままな一日を過ごすのだった。




 そんなのんびりとしたカイト達の一方。遠くのある所では、ある男がとある実験の実験結果を精査していた。


「……今回は失敗か」


 その男は実験結果を見ながら、とりあえずの結論を告げる。これは幾度目かの試行であるが、今回はどうやら失敗だったようだ。一応、今まで成功と言える――言える、であって成功ではない――結果も得られた事はあったが、やはり成功確率であればまだ半分は超えない状態だった。


「ふむ……教皇猊下にご報告するのであれば、最低でも7割以上にたどり着かねばならないだろう」

「はぁ……」


 男の言葉に側に控えていた研究者が曖昧な返答を行う。ここらの見立てや判断は総責任者である男が行うべきで、彼らに出来る事はそれを聞く事だけだ。


「やはり、難しいか」

「それは、まぁ……エンテシア皇国でも何度か実験は行われたと聞きますが、成功確率はおそらく我々よりはるかに低いものかと」

「アウローラ・フロイラインが居ようと、か」


 道理か。男はそれはそうだろう、と内心で考える。そもそもアウラの思惑はカイトの召喚だった。それを考えればこそ、この言葉も道理だと思われた。そもそもの目的が彼らとは違うのだ。


「あと一歩進めるには、何か手立てが必要か……」

「手立て……」


 それは確かに。研究者達も男の言葉に言外に同意する。このまま実験を進めた所で、得られる結果は同じとしか言い得ない。これは技術的な問題ではないのだ。いや、技術的な問題が皆無かと言われればそうではないが、それ以外の問題として、というわけだ。


「あまり、ご助力を頂きたいわけではないのだが……」


 男はわずかに顔を顰める。その苦悩は横の者達には、教皇達の力を借りるが故のものだと判断される。


「では?」

「いや、もう数度、改良を加えてからにする事にしよう」

「ですが……」


 男の言葉に研究者達が僅かに顔を顰める。もう打つ手なし、というのが大凡の彼らの見解だ。故にこれ以上を望むのであれば一度上に具申するのが良いだろう、と思っていたのだ。そして男にしても、それぐらいは手に取るように分かっていた。だからこそ、彼はここで打つべき手も理解していた。


「諸君らの言いたい事はわかっている。しかし、曲がりなりにも教皇猊下に申し出るのだ。数度目の失敗の後、即座に具申した様ではあまりに頼っている様に思われてしまう。それとも、諸君らは我々の腕が悪いとはっきりと言いたいのか?」

「いえ、そうでは……」


 男の問いかけに研究者達ははっきりと分かるほどに顔を顰める。確かにそれもそうだ、と思ったようだ。そしてだからこそ、と男は告げた。


「もう少しだけ我々で悩み、改良出来る所が更に無いのか、と見直した上で具申すべきだろう。そもそも予定よりも早く進んでいるのは事実。この程度の遅れ、猊下であれば笑って許してくださるだろう。なら、安易に申し出るではなく、陛下に出来る限りをやった上で具申すべきだろう。まずは、我々は我々で完璧に出来る限りのベストを尽くす。その上でもし駄目なのであれば、その時こそ猊下のお力を借りるべきであるのが、我らの本来取るべき姿だ。騎士が、教徒が安易に猊下のお力をお借りしようとするのは間違いだ」

「「「はっ、騎士団長殿!」」」


 男、否、騎士団長の言葉に研究者達――正確には騎士団所属なので騎士でもある――が揃って敬礼で応ずる。それはもっともな意見だ。研究者達もそう言われてみれば、と納得したようだ。そうして、研究者達が去っていく。


「……これで、どの程度の時間が稼げるか……」


 騎士団長は深くため息を吐いた。自分が厄災を生み出す事に手を貸しているという自覚はある。彼は騎士団長でありながら、決して研究者達の様に教えを、教義を、教国を盲信していない。教皇ユナルも言っていたが、彼は賢い。賢すぎたのだ。故に、盲信は出来なかった。

 そしてそれ故に、この立場に無理やり封じ込められてしまった。見事な策としか言いようがなかった。賢いが故に、敵の思惑も理解出来てしまうのだ。

 だから、これは彼が出来る精一杯の抵抗だ。時間稼ぎ。相手を、『敵』を信じる事による時間稼ぎ。密かで、そして決して誰にも悟られない様な時間稼ぎだった。そうして、その時間稼ぎで彼は更にテニアがなんとか事が起きる前にカイトの所にたどり着ける様に時を稼ぐ事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。次回からは新章です。次章で物語がまた少し、動きます。

 次回予告:第1137話『人の噂も七十五日』

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