第1133話 閑話 ――永き旅の始まり――
本日の夜にとりあえず決まり次第、ツイッターで新タイトルの公表を行いたいと思います。正式な告知は明日の活動報告で行うつもりですが、先に確認しておきたい、という方はご覧ください。
時間は未定なのはご了承をお願いします。が、少なくとも24時とか真夜中以降にはならないようにはがんばります。
「私は、何時も一緒だよ。相棒だからね。辛い時も苦しい時も、何時も一緒だよ」
「私がお世話してやんなかったら誰がお世話するのよ」
「ただ、私は私の理由であんたの側に居るの。それ以外の何でもないわ。私は、あんたの横であんたの行く末を見届ける・・・ただ、それだけよ」
私達は、その日彼へと告げた。それはある種の告白だ。その根底に潜んでいる感情は、彼にも伝わっただろう。だが、返事は無かった。出来る状況でもなかったし、私達もそれ故の告白だ。そもそも、必要なぞ無かった。そうして、その日。私達は永き旅に出る事になる。
私が恋を自覚して、愛を得た日からしばらくの月日が流れた。相も変わらずこの地獄では何かが変わる事は無かったが、それでも小さな所は変わっていた。
「うーむ……何時も思うんだが……なんで人口増えんだろ?」
「それ?」
「そう言えば……疑問よね」
彼の言葉にモルガンが呆れ、私もふと疑問に思う。ここは地獄。外から投げ入れられる以外には魂は増えない。となると、やはり子供が生まれている事には疑問が出る。子供が生まれるということは、魂が増えているということだ。些か気にはなった。
「まー、どうでも良いっちゃ、どうでも良いんだけどさ。疑問にゃなんねぇ?」
「なる」
「なーらーなーい」
「あはは」
正反対の意見を述べた私とモルガンに対して、ヴィヴィアンが柔和に笑う。基本的に、これが彼女のあり方だ。私達がどれだけ騒ぎ立てようと、一歩引いた見方をしている。
まぁ、それで彼女は良いのだろう。一歩引いているから、と気圧されたり遠慮していたりするわけではない。単に、私達のじゃれ合いを見るのが好きなだけなのだ。興が乗れば彼女も関わる。自分が関わるより、私達のあるがままを見るのが好きというだけだ。ただ、それだけの話だ。
「二対一。賛成多数で可決」
「可決したからってどうするのよ」
「……だわな」
カイトの言葉にモルガンがツッコミ、それにカイトが笑う。知らないから問いかけているのに、そして誰も知らないのに答えが出てくるわけがない。
なお、結局としてこの時のこの議論はここでは結論が出ない議論なのでここで述べておくが、これについては結論として言えばこの地獄、『奈落』の内部で魂が循環しているからだ。ここで死した魂は基本、ここで循環される事になるらしい。
わかろうものだが、『世界』達はここの魂の一切を回収をしようとは思わなかったようだ。この数がどれぐらい貴重かというと、『ユリィ』の時点では滅多に新造しないぐらいだ。それなのに、である。よほどバグによって世界が乱されるのが怖いのだろう。
とはいえ、魂の構成素材が貴重なのは事実だ。減りはすれど、よほどの理由が無い限り増やそうとはしない。神として一定の権能を持ち合わせ、神使や人造生命の創造がかなり簡単に許される神様達にだって魂の新造は許さない程だ。
現にソフィアだってホムンクルスを作る際には魂の創造はしていない。あくまでも、人には生命の創造しか許されない。
とまぁ、こんな真面目な議論については置いておこう。どうでも良い事だ。とりあえず、密かに相棒となった私達はこんな日々を、過ごしていた。そんな、ある日の事だ。彼の下に大いなる意思、『世界』の意思達が現れた。
「……っ」
彼と『世界』達が対話を行う。その顔はわずかに、苦々しい物だった。その会話は私には聞こえなかった。彼らはこの世界すべてを創造した創造主にも等しい。故に誰に何を伝えるのか、というのは彼らの側が選択出来た。聞かせない様にする事なぞ、造作もない事だった。
「……」
『……』
「……」
無言の様に見えて、無言ではない何らかの議論が交わされる。それは一瞬の様に見えて、長い時の間行われた。そうして、彼がようやく口を開いた。
「……可能、なんだな?」
『……然り……』
「……それなら、構わない。条件を飲もう」
『……了承した……』
彼と『世界』達の間で何らかの取り決めが成されたらしい。彼の応諾を受けて、『世界』達が引き上げていく。
「何があったの?」
ヴィヴィアンが心配そうに問いかける。議論の最中、彼は非常に苦い顔を何度も浮かべていた。心配なのは、私もモルガンも一緒だ。顔にはいかにも心配してます、と書かれていた事だろう。
「……外の世界が、終わるようだ」
彼が告げる。何時かは終わる事が元々知識として与えられていた世界だ。それについては今更びっくりする理由もないし、驚くにも値しない。
そしてここに落とされた時点で、私達にとってはそんな事どうでも良かった。ここは取り残される。ここは流刑地なのだ。外が滅びようと、ここだけは永遠に隔離されたままだ。私達が死ぬか、世界が何らかの理由で引き上げてくれなければ出られる事はない。そして前者は兎も角、後者があり得るとは思えなかった。
「……ある取引を持ちかけられた。それに一個条件を付け足した」
苦い顔だった彼が一転、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「ここから、出られる様にしてもらった。とりあえず、外の終了に際してオレ達も新たな世界へと移住する事になる」
「え?」
「嘘……」
よく認めたな。私は心の底から、そう思う。ここはバグのたまり場だ。『世界』のゴミ捨て場だ。そこにあるのは、『世界』達さえ扱いかねた世界の不良品だ。私達はそうではないが、この場に留まっていた事で似たようにバグを引き起こしていないとは限らない。出したくは無いはずだ。
「なんとかなる、ようだな。所詮、ここもあいつらが作った物。魂については奴らだって目減りはさせたくはないんだろう。今はまだ始まってさえいないから大量に備蓄はあるが、奴らからすれば無量大数の時間さえ一瞬にも等しいはずだ。今でさえこの様子なら、先にどれだけ目減りするかはわかったもんじゃないからな。不安にもなるだろうさ」
彼が告げる。確かに、それもまた道理だ。時間という概念を創り上げた『世界』達にとって、刹那も永遠も変わらない。昨日・今日・明日が同意義な彼らだ。おそらく本来は、この世の終わりにどれだけの魂が減っているかわかるだろう。本来は、なので『世界』側も未来を視る事はない。
とは言え、目減りするだろうというのはわかっているはずだ。なにせ私達が一番良い証拠だ。私達は冤罪により、ここに落とされている。その時点で外の世界の魂の総数は目減りしているのだ。実証を得ている。
似たように『人類』が彼らの都合で魂を目減りさせると推測するのは、容易だろう。まだ始まってもいないこの段階で少しでも減らさずに回収出来るのなら、したいと考えるはずだ。特に、ある意味私達は特例にも近い。この地獄を生き抜いたのだ。ある意味では、如何な魂より研磨はされている。
「まぁ、それでも勿論無条件ってわけじゃないさ。お前らみたいに冤罪だったり、改心した奴限定な。外の盗賊共に関しちゃ、永久凍結だそうだ。お前らは外に出れる」
「そっか……」
「じゃあ、あの子達も……」
モルガンとヴィヴィアンが安堵を見せる。ヴィヴィアンは素直に受け取ったから。モルガンは優しいが故に子供達も出られる事に安堵して、気付いていない様子だった。が、私は彼の言う通り、賢かったからか気付いてしまった。
「……待ちなさい。お前ら?」
「ああ」
「どういうこと?」
私は問いかける。彼が言ったのは、『お前らは外に出れる』である。改心で言えば彼も改心している。というより、ここまで馬鹿な奴が改心していないはずがない。そもそも、彼は冤罪ではないがハメられただけだ。改心もなにもない。彼が除外される道理がない。
「オレはちょいとやることがあってな。あ、オレも外に出ないってわけじゃないぞ? 外で別途にやることが出来てな。単にお前らとは別の話ってだけだ。お前らはそのまま外へ脱出、オレはちょいと別行動ってだけ。これでも、元英雄の弟子だからな。やることあんのよ」
彼は気楽に笑う。嘘は無かったし、嘘を言っている様には見えなかった。そして、彼は決して嘘は言っていなかった。が、私達はやはり、相棒だからだろう。三人揃って、この言葉に隠された意味がある事に気付いていた。
それは何か重要な事で、苦味の原因に近い物だと即座に理解出来た。とは言え、私達も聞き出せるとは思わない。彼は妙に頑固な所があるのだ。これは絶対にその妙に頑固な所に該当するとわかっていた。長い付き合いだ。それを見通すぐらいは余裕だった。
「……そ」
故に、私はそれに取り合えず頷いた。彼からは聞けないのだ。であれば、別の所から聞き出すだけだ。というわけで、私達は彼に隠れて密かに頷きあう。彼が隠すというのなら、私達も隠れて行動するだけだ。相棒であるが、秘密はあっても構わないだろう。
そうして、私達は彼がこの一件の通知の為に幾つかの街へ遠征に出かけた間に、密かに集まって『世界』達の意思を呼び寄せた。私達の立場を考えて『世界』達も来てくれた。これは幸運だった。そこで、私は彼が交わした取引のもう一つの内容を知る。
「……そういうことね」
「やれやれ」
「まぁ、彼らしいといえば、彼らしいかな」
ああ、馬鹿だ。三人共内心で大いに自分を嘲笑っている。が、同時に迷いなんて無かった。だって、しょうがない。好きなのだから。
好きな人に尽くしたいと思って何が悪い。報われない? だからなんだ。恋なぞすでに超越している。これは愛だ。見返りなぞ求めてはいない。これは、単なる私達の自己満足以外の何物でもない。私達が愛しているという自己満足にすぎない。そんな私が私は好きだ。同じ気持ちを抱える彼女らが好きだ。
やりたいからやって何故悪いのか。略奪するつもりなぞない。私達は私達の意思で、彼に尽くしたい。それで振り向いてもらえたのなら、万々歳というだけだ。
もとよりこの感情は横恋慕。そもそもが道理から外れている。だが、好きになったのだから仕方がない。そこには何も問題はない。道理から外れた恋ならば、道理から外れた愛へと至る。これもまた、道理だろう。もしかしたら、そう言う意味では私達はこの地獄に相応しく狂っていたのかもしれない。が、狂っていようと、それでも問題は無かった。
「どうする?」
「どうする、ってそりゃ……ねぇ?」
「聞くまでもない事ね」
ヴィヴィアンの問いかけに私は、モルガンは何をわかりきった事を、と言うしかない。そしてヴィヴィアンの答えも笑顔だ。それはまた何をわかりきった事を、という意味だ。故に、最早問答なぞ不要だ。会話も必要ない。
彼が勝手に決めた以上は、私達も勝手にするだけだ。そうして、少し。終わらないと思っていた私達の地獄の日々は、呆気なく終わりを迎える。
「……じゃあ、まぁ……あー……わり、なんて言えば良いかわかんねぇや」
彼のこの時の照れた顔は、素直に可愛いと思う。今でも愛おしいとも思っている。最後の日。最後のごく限られた時間。私達の存在が薄れ始めた時。彼は最後に万感の想いを露わにした。
これはまだ始まってもいない物語だ。だが、それでも一つの物語だった。故に語り尽くせぬ程の感謝が、語り尽くせぬ程の想いがあった。正しく、万感の想いがあった。それ故、その一言にすべてが集約される。
「とりあえず……ありがとう」
ただ、これだけだ。色々な苦労があった。色々な楽しい事があった。この地獄で本来なら得られないはずの数々の事があった。これが、私達のこの地獄の統治者の最後になる。そうして、統治者の任を下ろした彼は、ようやく唯一人の人として、素直な感情を口にした。
『……駄目だってのはわかってるけど……もし、もし次があってお前らを選べたのなら……いや、回りくどい事はやめだ。ありがと、そして……オレもお前らの事が好きだった』
素直に、昔からこいつのこういう所だけは卑怯だ。何故このタイミングでこんな事を言うのか。ずっと秘めたままでいよう、と思っていたのだ。だのに、こいつは全く隠さずに私達へと好きと言いやがった。
単に奥さんがいる、という事で彼女に遠慮して言っていなかっただけだ。が、不思議はあるまい。ハーレムがある以上、誰かが好きでいながら、別の誰かが好きになるということは普通の事なのだ。
そしてこいつは、私達が惚れている事に気付いていた。最後故に、もう二度と会えないと思っているが故に、暴露しただけだ。腹が立つ。
そうして、私達の姿は完全に消滅する。外の世界へと、新たに生まれ始めた世界へと送られたのだ。が、彼は彼の言う通り、別の所に送られる事になっている。そして勿論、私達も。
『……は?』
別れたはずなのに目の前に居る私達に、彼が困った様な顔をする。状況が理解出来ていない様子だった。彼はこの後、『魔王』としてはるかな贖罪の旅に出る。その予定だ。
が、それは当然だが即座に必要となるわけではない。特に始まったばかりなら尚更だ。幾つもの状況が揃った後だ。それまでは、ここで留められる事になっている。そこに、私達も居たのだ。驚いたのも無理はない。
そうして彼がやった様に私達も一方的に、彼へと告げる。これは、意趣返しだ。彼がしたのなら、私達もやり返す。それだけだ。
「私は、何時も一緒だよ。相棒だからね。辛い時も苦しい時も、何時も一緒だよ」
「私がお世話してやんなかったら誰がお世話するのよ」
「ただ、私は私の理由であんたの側に居るの。それ以外の何でもないわ。私は、あんたの横であんたの行く末を見届ける……ただ、それだけよ」
ヴィヴィアンが、モルガンが、私が告げる。途中で別の人に恋をするかもしれない。また別の愛を抱くかもしれない。それはわかっている。それはその時々の私達が判断する事だ。
政略結婚の様に望まぬ事をさせられるかもしれない。彼以外との子を生む事だってあるだろう。それについては好きにすれば良い。止める気はない。最後に、彼の所にたどり着ければ問題無い。それぐらいの苦労は受け入れてやる。今更、清らかな身でいようなぞと思ってはいない。これから先は更に酷い地獄だ。その覚悟はこの申し出をした時から出来ている。
私達は、どうなろうと彼と共に居る。それが、私達の答えだ。これが永遠にも等しい時間、次の私達をも縛り付ける事になるのはわかっている。後悔する事だってあるだろう。
だがそれでも、私達は彼に尽くすと決めた。彼こそを私達は悠久の伴侶、いや、存在そのものの相棒とする。それが、私達の決定だ。絶対に、どれだけ掛かっても。どれだけ穢されても、彼と共に居る。それが、私達の決意だった。
お読み頂きありがとうございました。今日で本題は終わりですが、明日も一話だけ閑話が入ります。
次回予告:第1134話『閑話』




