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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第59章 ユリィの過去語り編

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第1128話 閑話 ――ある男との出会い――

 今日から再び一人称視点です。話し手はユリィことユリシアです。

 私が彼に出会ったのは、今からはるか彼方の昔の事だ。そこは敢えて言えば、試作品。フラスコの中と言っても良いかもしれない。この数多の世界の試作品と言うべき世界だった。その頃はまだ世界は一つしかなく、人も数えられる程しか存在していなかった。ある意味、選ばれた者たちと言っても良かった。

 いや、それはどうでも良い。とりあえず私はその中の一人だった。とは言え、だから私が特別というわけではない。基本的に選ばれた者たちと言っても内面も外見も今の人類と大差はない。少し強度が高いぐらいだ。


「よう」


 彼との出会いは、薄暗い牢屋で始まった。入っていたのは彼ではない。私の方だ。変な話ではあるが、流刑地にも牢屋があったらしい。そんな皮肉を嗤いながらも、私は為す術もなく捕らえられていた。


「……」

「おいおい。そんな怖い顔で睨まないでくれよ。別に何か……いや、やったか」


 彼は牢屋の前に設置された見張り番用の椅子に腰掛けると、自分の言葉に自分でツッコミを入れて肩を竦める。とは言え、その発言に私は意味を見出さなかった。なにせ彼の言っている事は根本的な問題として間違いだからだ。


「別に……興味ないわ。あいつらの事は利用させてもらっただけ」

「まぁ、そうだろうな」


 彼が私の言葉に同意する。ここに私が捕らえられている理由。それは簡単だ。一言で言ってしまえば、私が盗賊だからだ。盗賊の生業は他者の物を盗むこと。義賊であろうと悪党であろうと盗賊である以上、そこに差はない。そうして、彼が私の名を呼んだ。


「一匹狼の女盗賊ユリシア、か。お噂はかねがね」

「魔王と称される男に知られているなんて……光栄ね」


 敵意のない彼に対して、私は敵意を滲ませながら彼の姿を睨みつける。蒼い髪に、蒼と真紅のオッドアイの瞳。これが、かつての彼の姿。いや、今もこれが本来の姿なのだから、ある意味ではこれこそが彼の真の姿と言える。彼は最終的にはこの姿になる。どういう顔貌であろうと、この特徴だけは変わらない。


「はぁ、まったく……にしてもとんでもない策で潜り込んできたもんだ。素直にそれには賞賛を惜しみなく送ろう」


 彼は私の潜り込んだ時に使った策へと多大な呆れと同等の惜しみない賞賛を送る。そこには、一切の邪念は存在していなかった。が、私はそれに素っ気ない。というより、若干腹が立った。


「言ったでしょう。利用させてもらっただけ、って。貴方達のやり方は調べたわ。故に、その後どうするのかも」

「やれやれ……その真面目さを犯罪ではなく真面目な事に使えればねぇ……」

「犯罪……はっ」


 彼の言葉に私は鼻で笑う。犯罪も何もない。ここに、ルールなぞ無いのだ。


「そもそもここに法律なんて無い。誰もが自分が生きる為に何でもやる。そう言う場所でしょう」

「まぁ、否定は出来ねぇわな」


 彼は私の言葉に同意して、大きくため息を吐いた。敢えて言えば、ここは世紀末と言っても良い。地獄の中の地獄。自然さえ敵に回るこの世の終わりだ。世紀末と呼ぶのが相応しい。

 周囲の者を如何にして出し抜いて明日まで生き延びるか。それが何よりも重要な事で、女子供だからと容赦すればその次の瞬間には死ぬ様な魔境だ。

 その掟は単純明快。横の者は信じるな。裏切られるではなく裏切れ。倒れている奴からは容赦なく奪え。子供だろうと気にするな。そんな、終末の世界だった。

 そんな中で、彼は魔王と称された。その保護下だけは、唯一秩序が保たれている一種のアーコロジー。食料には――豊富ではないものの――余裕がある。それ故に数多の者達が狙い、私もまた狙ったというだけだった。


「にしても……はぁ。まず話す前にほらよ」

「……これは?」


 顔を顰めた彼が差し出したのは、少し大きめのバケツとタオルの組み合わせだ。バケツの中身は温水だった。端的に言えば、簡易なお風呂道具と言っても良い。見たままなのだが、それ故に意図が理解出来なかった。


「身体を拭けよ。お前……臭い。服は着替えさせたが……身体に染み付いてるな」

「っっっっっ!」


 思わず、恥ずかしくなった。いや、わかっている。それは臭いだろう。自分だって意識的に匂いを気にしないだけで、ものすごい臭っているのだ。

 曲がりなりにも異性にそれを指摘されては思わず恥ずかしくなる。精神的に不快なのは私も一緒だ。なのでここは遠慮なく、その好意に甘える事にした。プライドなぞ遠の昔に捨てている。ためらいなぞ無い。


「はぁ……一緒に襲撃してきた盗賊達の死体に紛れて、か。よくやるよ」


 彼は盛大に呆れながら、タオルで自らの身体を拭う私を見ながら侵入方法を告げる。まぁ、これがやり方だ。味方の死体に紛れ込んだのである。

 こんな末世の世の中だ。当たり前だが食料はとんでもなく貴重で、溜め込んだ瞬間に殺してでも盗むのが基本的な考え方だ。そんな中で大量に食料を持っている場所があるというのだ。狙われない方が不思議だろう。

 とは言え、相手は強大だ。今この時の私には知る由もないが、本来の世界で英雄と言われる男の一番弟子だ。普通にまともにやりあって勝てる道理はない。それを知らなくとも、強い事は知っている。故に盗賊達で徒党を組んだ。徒党を組んでも分前は十分だ。利用し合うメリットは十分にある。

 私もそれに参加、いや、利用させてもらった。負けなぞ始めからわかっている。であれば、その負ける事を利用してやれば良かった。


「貴方達に真正面から勝てない事は誰だって知ってる……なら、真正面から戦わないだけよ。徒党を組んでも真正面からなら勝ち目はない」

「正しい。大いに正しい」


 私の返答に彼は手を叩きながら認める。自信過剰にも程があると思うが、事実は事実だ。彼に勝てる者はおそらく居ないと断言して良い。そして彼もまた、断言する。


「オレとこいつの組み合わせに勝てる奴はこの世のどこにも居ない。それがこの終末の世界において、唯一絶対にして明確な答えだ」


 彼の横。そこには、一人の少女が居た。この地獄においては似合わぬ柔和な笑みを湛えた少女だ。それが、自分の敗北の原因だった。それに、背筋が凍りついた。


「魔女ヴィヴィアン……いつの間に……」


 居る事にさえ気付けなかった。気付けば、彼の横に立っていた。彼女に、潜り込んだ自分は見付かったのだ。気付けば背後を取られていて、気付けば捕らえられていた。そうして、彼の名が呼ばれた。


「カイト? 駄目だよ、女の子のお風呂を覗いちゃ」

「あはは。風呂と言うか服を脱ぐ様な女性じゃなかったからな。別にタオルで身体を拭うぐらい……すんません。気を付けます」

「はい、よろしい」


 カイトの謝罪にヴィヴィアンが笑う。これが、私達の出会いだった。そうして、そんな一転情けない様子を見せた彼は私へと向き直った。


「それで、この子はどうするの?」

「どうするかねぇ……」


 ヴィヴィアンの問いかけにカイトが頭を悩ませる。覚悟は出来ていた。捕らえられた女が男の前に居るのだ。どうなるか、なぞ察するにあまりある。末路は決まっている。下衆な欲望の慰み者だ。とは言え、ここから、彼らの甘さが表に出て来た。


「街の外にぽいっちょでも良いし、それが通例なんだが……」

「何かあるの?」

「いや、惜しくね? こいつ」


 カイトがヴィヴィアンの問いかけに逆に問いかける。基本的に彼は非常に甘い。向かってくるのなら容赦なく殺すし戦場で一切の情け容赦は無いのだが、何かの理由で捕らえられた場合は基本的に殺さず街の外に放り出すのだ。

 基本的には、彼らは殺す事を好んでいないのである。まぁ、結局は同じだろうという発言は無しにしておく方が良いだろう。街の外は地獄だ。地獄に着の身着のままで放り出されれば、死ぬのが目に見えている。


「惜しい?」

「いや、この街ってオレが殆ど一人で切り盛りしてるだろ?」

「……それ、私へのあてつけかな?」

「あはは。そうじゃないけどな……まぁ、だが事実は事実だろう?」

「……まぁね」


 ヴィヴィアンは少し拗ねながらもカイトの言葉を認める。彼女はいつだって考えるより動いた方が楽と早々に考えるのをやめてしまうのだ。今も変わらないだろうし、昔からそうだった。


「もうちょい、知恵のある奴が欲しいんだよ……いってぇ!」


 ギリギリギリ、と無言でヴィヴィアンがカイトの腕を抓っていた。これはどう捉えようとも彼女を馬鹿と言っている様にしか聞こえないし、事実彼女は馬鹿だ。私も断言する。彼女は賢い事は賢いが、そういうのとはまた別の意味でバカだった。基本的に脳筋なのである。


「おー、いて……拗ねるのならもうちょい頑張ってくれよ……」

「……」

「やれやれ……」


 むすー、と無言で抗議の声を上げるヴィヴィアンにカイトはただ肩を竦めて笑うだけだ。そうして抓られた腕をさすって痛みを散らした後、再び二人は私の前で私に関する処遇を話し合う。


「まぁ、そういうわけでもう一人ぐらい補佐で誰か欲しいんだよ」

「モルガンが居るじゃない」


 むすっ、とした様子のヴィヴィアンがこの時の私の聞いたことのない名を告げる。この時の私には誰かは分からなかったが、彼女もまた、後にカイトの相棒として永き時を共に過ごす事になる女性だった。


「あいつは子供達の面倒があるからなぁ……」

「うーん……それは確かに」


 素直にこの時の私は信じられない物を見た様な顔をしていた。行く宛のない子供達を保護。そう言っているようにしか聞こえなかったし、そして真実にそうだ。どんな大馬鹿がそんな事をしていたのだ、と思うしかなかった。


「ま、そういうわけで賢い奴は一人でも欲しい。特にこんな世紀末だ。弱肉強食の世界で知恵を持つ奴は一人でも欲しい」


 どうやら、私は生かされるようだ。それを私は理解する。まだ、活路はある。ならば、と私はすぐに頭を回転させる事にした。故に、ここでの最適を即座に編み出した。


「というわけなんだが……どう?」

「……従うつもりはないわ。ここでは昨日横に居た奴が裏切るのが当然。信じると思ってるの?」

「あはは。そりゃそうだ。とは言え、まぁ……あんたの様な奴は面倒なんだよなぁ……時間は腐るほどあるし、それならそれでここで飼い殺しも良いかもな。ま、気が変わったら言ってくれ。じゃなー」


 カイトはそう言うと、手を振ってその場を後にする。そうして残ったのはヴィヴィアンだけだ。


「悪い話じゃないよ? ここなら、衣食住は保証されてる。まぁ、わかってるだろうけどね」

「……」


 ヴィヴィアンの言葉に私は何も返さない。そうして、その言葉を最後にヴィヴィアンもカイトの後に続いてその場を離れていく。とりあえず、これで私は一人だ。となると、まず行うのは状況の確認と脱出の考案だ。


「持ち物……当然、全部没収されているわね。当たり前か。ご丁寧に非常用の暗器まで……」


 私は護身用のナイフから、食事に混入させる為の毒物、髪の中に仕込ませておいた針金まで全て没収されている事を確認する。当たり前だがそんな物を残しておく程、彼らも甘くはないだろう。


「衛生面は完璧……材質は石。二重ね。魔術は禁止……破壊は……無理」


 次に壁に手を当てて、状況を確認する。同居人はゼロ。先住民が居た様子も無し。気の利いた先住民が脱出の為の何かをしてくれている事は無いようだ。


「窓は……あそこに一つ。あっちにも一つ。計二つ。鉄格子ではなく、ガラス戸……ジャンプすれば届く……わね。ということは、ここは角部屋ね」


 私は持ち前の運動能力を使って、少し飛び上がって部屋の上方に取り付けられた小窓の縁へと手を掛けてる。そうして、腕の力だけで窓から外を覗き込んだ。


「これは……ガラスでも特殊なガラスか。破壊は無理……外は畑……かしら。子供も居る、と……」


 一つ目の窓から見えたのは何らかの作物を育てている畑だ。人手不足は人手不足なのだろう。子供達も苗の世話をしている様子だった。


「……」


 しばらくの間、苗を育てる子供たちを観察する。本当に久しぶりの光景だが、それに心を動かされる事はない。故に考える事は、一つだ。


「突破の切り札になり得るわね」


 子供をそこらに歩かせるとはなんと愚かな。私はそう考えて、これを脱出の切り札とする事にする。子供は使い勝手の良い道具だ。良心的な奴に対しては特に、である。それを利用しない手はなかった。それを確認して、今度はもう一つの窓を確認する。


「こっちは……」


 もう片方の窓から外を確認する。が、こちらには大した情報は無かった。単に兵士の様な者達が見回りをしている様子や街の者達の様子が確認出来ただけだ。


「……脱出は不可能と見て良いわね」


 油断だらけの男の癖に、一切の油断の無い牢屋。私はそれを理解する。であれば、逃げ道は無い。飼い殺し、というのも理解出来る。


「……まぁ、後は少しの間、ここで時間を潰すだけね」


 私はそう決める。脱出するにも色々と手順があるのだ。カイトの言葉に即座に頷かないのも、それ故だ。そうして、私はしばらくの間、そこで飼い殺しに近い状況で牢屋に入れられておく事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1129話『閑話』

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