第1127話 同じ星空の下
※連絡※
本日の活動報告はタイトルの変更等、結構重要な事を記載しております。色々と変更点がある為、御一読の程をお願いします。活動報告の投稿予定は23時です。
と言うか、現時点ですでにタイトル変わってます。すいません、昨夜第一話改訂版投稿に合わせて再出発、と考えてタイトルも変更させていただきました。
カイトがアリスと少しの会話を楽しんでいた頃。双子の月が夜空を照らす様に、彼の相棒もまた一人の少女との会合を得ていた。それは、暦だった。
「ふぅ……はい、これ」
「あ、ありがとうございます」
暦はユリィから差し出された甘酒入りの容器を受け取る。暦は体育座りなのであるが、今日は外かつ戦闘がないということでズボン姿だったので問題はない。
「はぁ……やーっとお話出来る」
「お疲れ様です」
疲れた様に自分の横に座ったユリィに対して、暦がねぎらいの言葉を送る。先程まで彼女はずっと子供たちの面倒を見ていて、アリサの子守唄を聞きながら子供たちを寝かしつけていたのであった。
「さて……じゃあ、お話しよっか」
「……はい」
ユリィからの言葉に、暦がゆっくりと頷いた。そうしてしばらくの間、暦は自分の想いを語っていく。一度語りだせば、まるで堤防が決壊したかのようにスラスラと言葉が自然と口に出ていた。そこには、明確なカイトへの好意があった。あったが、それ故にそれ以上の自己嫌悪に陥っていた。
「……駄目なんです。私は私が好きになれないんです……」
半分泣きながら、暦がユリィへと素直な気持ちを語る。これ故に、彼女はカイトから逃げた。逃げる事で、『汚い』自分を見ない様にしていたのである。
「そっかー……見ちゃったかー……」
暦の告白に対して、ユリィは少しだけ軽い様子で頷いた。見てしまった。何をか。それが、暦の自己嫌悪の原因だった。
「うん、まぁ、そうだよねー。昔はクズハもアウラもそんな風にしてたもんねー」
ユリィはどこか懐かしげに暦へと語る。暦が見たのは、別に不思議な事はない。単に普通に桜達の事を見ただけだ。が、それこそが原因だった。
(さて……どうしたものかなー)
軽く語りながら、ユリィは真剣にどうやって暦の症例を解決しようか考える。そうして、珍しく彼女の頭が高速回転を始めた。
(基本的には当たり前なんだよね。そうなるのって)
ユリィは暦から述べられた原因をまずは考える。その原因は先にも言ったが、桜達にこそある。故に武蔵も彼女らでは駄目だ、と判断したのだ。
そしてその原因とは、どうということはない。単にカイトを待っていたというだけだ。勿論、暦もカイトが無事に帰って来るのを信じて待っていた。が、それ故に駄目だったのだ。
(そりゃぁ、好きな人が戦いに行った、ってなったら不安にもなるし、心配にもなるよね。戦いなんだから。何が起きても不思議じゃない。それこそ、カイトが死んだって私は不思議に思わない。それはエネフィアでも地球でも変わんない。それを見ちゃった、か)
ユリィは暦の話を聞きながら、原因を一気に羅列する。そう、これこそが原因だ。桜達は勿論、カイトがラエリアで戦っていた一ヶ月不安に過ごしただろう。そんなのカイトにだってわかっている。だからこそ出て行く前には全力でフォローしたし、帰った後は思う存分甘やかした。
が、それ故に暦には駄目だったのだ。自分は、告白も何もしていない。状況に流されただけだ。その自分が正々堂々と戦っている彼女らの影で愛を囁かれた事に自己嫌悪して、それをもっと、と望む自分に更に自己嫌悪を重ねる。そんな、悪循環に陥ってしまっていたのである。
(ちょっと暦に委ねすぎたカイトの失敗、って所かなー。まぁ、それはしょうがないし、だから私が居るんだけど)
ユリィは内心で僅かに苦笑する。根本的な原因は、非常に簡単だ。あの時まで彼女は一切カイトに告白していない。いや、今もまた、告白していない。勿論、あの状況なのでカイトが告白する事もなかった。
彼はどうしても少女らに優劣を付けてはならない関係で、滅多な事では立場として口説けない――ド天然に口説いているのは無視するとしても――のだ。それが、優劣になってしまうからだ。
だが、それがここでは悪く響いた。彼女がうだうだとやっている内に、この一件が起きてしまったのである。こればかりは、彼女には不運だったとしか言い様がないだろう。
(横恋慕した娘によくあるパターン、か。それも一番厄介なパターンなんだよねー、これ)
ユリィは今まで何人も寄せられていた女の子達からの相談を思い出しながら、症例をその前例に当てはめる。基本的にこういった相談事はカウンセラーがやることと変わらない。
答えなぞ与えられない。故に、自分が一人ではないのだ、という前例を与えて安心させてやり、そこから自分で答えを出させるのだ。
(まぁ、でも……)
まぁ、でも。彼女はそう思う。こればかりは、彼女にしかわからない。いや、あと一人わかる者は居るのだろうが、それでも自分の方が上だと素直に思っている。そうして、彼女はそれを述べた。
(言ってしまえば、これって私の得意分野だし)
ユリィはそう断言する。己の得意分野。それは恋愛相談という意味ではない。横恋慕した少女に対するアドバイス、という意味だ。それも、ことカイトのハーレムに至っては彼女の専門分野とさえ断言出来た。
(どうしようかな……このタイプだと、30年前に居た娘の症例が一番似通ってるけど……あの子、元気かなー……)
ユリィはどういうふうに対処するかを考える。当たり前だが、所詮はこの年代の少女だ。暦と同じ悩みを抱えた少女が居なかったわけではない。特殊な症例には違いないが、決してこれが一度目というわけがない。特にエネフィアではそれが多い。故に数年に一度ぐらいであるが、寄せられていた。
(うーん……でも、もし暦に進む覚悟があるのなら)
ユリィはどの前例を与えてやるのが一番良いかを考える。そして考えたのは、彼女自身の想い人についてだ。それは自分と同じ想い人。そしてそれ故に、語るかどうかを悩んでいる一番特殊な事例があった。
「ねぇ、暦」
「はい」
ユリィの問いかけに、暦が応ずる。とりあえず語るだけでもスッキリはしてくれているらしく、少しだけ安堵の様子が見て取れた。そう言う少女も多い事は彼女も知っている。彼女に寄せられる恋愛相談の大半はとりあえず自分ひとりで抱え込む事が出来ず、誰かに吐露したい事が大半だからだ。暦も、それに近かった様だ。
そしてそう言う場合には、それで一度様子を見守る事も多い。好転すれば、それで良し。悪化すれば、また手を貸すだけ。そういうスタンスで彼女は相談を受けていた。が、ここでは敢えて進んでも良いかもしれない、と思ったのだ。
「カイトの事、好き?」
「……」
こくん、と暦が真っ赤になりながら小さく頷いた。彼女の答えは、それだ。好きである事は止められない。止められない以上、自己嫌悪を抱こうとその感情だけは明確なのだ。
彼女はそれを頑張って覆い隠そうとしたが、それ故に浮き彫りになってしまったのだろう。良くある事である。そしてだからこその自己嫌悪でもある。好きな自分を止められず、そしてそんな自分を嫌悪して、だ。その繰り返しだった。それが、現状だった。
「良し。じゃあ、もう一個。貴方は私達と同じ土俵に立つつもり、ある?」
「……」
ユリィの問いかけに暦は長い間、一切の動きを見せなかった。とは言え、それはそうだ。その前の段階で彼女は躓いている。だからこそ、頷く事も首を振る事も出来なかった。そしてそれ故、ユリィは微笑んで優しく頷いた。
「ああ、いいよ。うん、それが今の貴方には正しい段階だと思うから」
ここに至りたいと思っても至れないのが、現在の暦だ。ある意味、彼女は過度に潔癖なのだろう。大らかな性格やこちらに染まりきった性格であれば、もしかしたら略奪愛上等とばかりに突撃も出来ただろう。
だが彼女は良くも悪くも良い子ちゃん、素直な優等生なのだ。一度良い方向に進めば一気に進むのだろうが、逆に悪い方向に進んでしまえばそちらにも一気に進んでしまう。真面目さ故に、引き返す術を知らないのだ。
「……」
ユリィは少しだけ、悩む。暦に適切な前例は与えられる。この時点で幾つかの少女らの顔が浮かんでおり、諦めさせるのも逆に一歩前に進ませるのも出来るだけの手札を彼女は持ち合わせている。
故に、彼女がどちらにでも進ませる事は出来る。暦が選択する様に見えて、実際に暦の恋の行方を選択するのは彼女の方だった。
「ふぅ……」
ユリィはわずかに降りている沈黙を利用して、己の考えをまとめ上げる。
(うーん……どっちでも、良いんだけどなぁ……)
彼女としては、どちらでもよかった。ユリィからしてみれば恋敵が増えようが今更過ぎる。なにせ彼女が恋心を自覚した時点で、カイトの影には複数の女の影がちらついていた。おかしな話であるが、彼が一途な愛を謳っていた時点ですら、すでに複数の女の影があったのだ。自分も、その一人だ。
故に敵が増えようと気にもならない。そもそも、彼女は自分の答えを得ているのだ。故に、迷いなぞありはしない。
「はぁ……なーんでこうなってるんだろ」
ユリィは暦に聞こえない程に小さく呟いた。思えば、変な話だとしか思えなかったのだ。はじめは彼に抱かれたいなぞと思った事もないし、思うとも思えなかった。だが今は、素直に彼の子供さえ欲しいと思っている。最早ぞっこんと言っても過言ではない。
誰も、信じていなかった。その頑なな心を解きほぐしたのが、カイトだ。いや、大昔、まだ彼女がある名で呼ばれていた頃のカイトである。そして解きほぐされたのは、その時の彼女だ。
「……うん。よし」
ユリィはとりあえず己の結論を出す。と言うより、そんなものは最初から決まっていた。故に、それを口にする事にした。
「まぁ、非常にぶっちゃけてしまえば私は暦の出す結論には興味ないよ。勿論、現状は冒険部として見過ごせないから手を出してるけど、それ以外の意味では一切の興味はない」
「え?」
ユリィの結論に暦が目を見開いた。興味がない、というのはどういうわけか理解出来なかったのだ。曲がりなりにも彼女が横恋慕しているのは、ユリィの想い人でもあるのだ。興味がないわけがない。だが、ユリィの結論は最初からこれだった。そしてそれ故、彼女は口を開いた。
「……少しだけ、昔話しよっか」
彼女は語るべきを決める。結局、語ると決めたのは己の過去だ。それが一番最適だと思ったのだ。それ故、彼女の姿が一瞬だけ光り輝いて、服装も髪の色も、そして顔立ちも僅かに変貌を遂げる。
「……それは?」
「大昔の私。カイトと初めて出会った時の私だよ」
ショートカットの黒髪になったユリィが暦の問いかけに答えた。顔立ちはわずかに冷徹さや冷酷さが滲んでおり、胸等のスタイルに関してはややもすれば中学生程度にも見られかねない彼女とは違い、メリハリがあった。あえて例えるのであれば、女豹。しなやかさと艶やかさが兼ね備えられた『女性』だった。
が、それに暦は困惑する。意味がわからないのだ。ユリィとカイトが出会ったとされているのは、今からエネフィア時間として300と十数年前だ。そしてこの姿ではないはずだ。
出会ったのは『少女』であるユリィだ。このユリィは敢えて言えばユリィなどという可愛らしい愛称ではなく、ユリシアという名の方が似合っている様に見えたのだ。
「……今から話す事は、絶対にティナには内緒。口外は一切厳禁。約束出来る?」
ユリィではない彼女の口から、彼女の声で暦へと告げる。これは本来、今はまだ語られてはならない物語だ。大昔、カイトがティナに出会うよりも遥かに前の物語。途方もなく長い物語の始まりの物語だった。
「……はい」
暦はユリィの言葉に頷いた。頷かなければならない様な気がしたのだ。これは自分を大切に思ってくれているが故に語ってくれるのだ、とわかったのである。そうして、それにユリィが柔らかな笑顔で微笑んだ。
「じゃあ、始めよっか……『私達』の物語を。勇者カイト、魔王カイトの側に立ち続けた、ある女の物語を」
ユリィは覚悟を決めると、気付けばたどり着いていた原初の物語を思い出す。それは大昔の出来事だ。今は最早存在しない、原初の世界よりも更に昔にあった物語。そうして、彼女はそれを思い出しながら、口を開いたのだった。
お読み頂きありがとうございました。明日から暫くは過去編です。
次回予告:第1128話『閑話』




