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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第59章 ユリィの過去語り編

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第1126話 星空の下で

 詳細はまた活動報告にて告知しますが、第一話を改訂版へと差し替え予定です。また、タイトルを変更する予定です。詳細は明日の活動報告を御覧ください。

 ギルド同盟の締結から数日。参加者を募り冒険部の慰労も兼ねたキャンプを行う事になったカイト達は、とりあえずマクスウェル北の草原地帯に野営地を設営していた。


「ふぅ……あったけー……」


 中津国から取り寄せた葛粉を使った葛湯で暖を取り、カイトが一息ついた。今日は幸い天候にも恵まれて――そもそも大精霊達に確認を取ったので当然だが――夜でもそこそこ暖かな気候であるが、それでも秋の気候だ。温かいものが美味しいと感じられる気温ではあった。


「こういう時、普段のオレなら秋の夜長に読書か馬鹿騒ぎと相成るわけですが……どうだった?」


 カイトは適当な場所に腰掛けると、近くに居たアリスへと問いかける。今回、そもそもの事の発端は彼女の提案だ。ある意味、彼女の為の企画と言える。彼女の感想はカイトにとって重要と言えた。

 そんな彼女は何時もの騎士学校の制服や騎士の姿ではなく、可愛らしい私服姿だった。ここらはまだ少女的な趣味があるのだろう。ロリータファッションというわけではないが、愛らしい服装だ。アリスが何処か幻想的な容姿である事もあいまって色っぽいというよりも可愛らしい、という方が適切な様子だった。敢えて言えば、北欧の妖精。そんな感じだ。


「……わかりません。でも……温めてもワインは美味しいです」

「そうか。喜んでもらえたのなら、何よりだ」


 カップに注がれたマルドワインを口にして感想を述べたアリスにカイトは満足気に頷いた。とりあえず喜んではもらえているらしい。それなら、当初の目的は達成されたと言って良いだろう。わざわざ状況を整えた甲斐があったというものだ。


「美味い物は美味いシチュエーションがある。単にマルドワインを飲んだよりも、こっちの方がずっと美味しい」

「……わかる気はします」


 ほぅ、とアリスは口から白い吐息を吐き出す。まだそこまで寒くはないので、マルドワインがまだ熱いのだろう。もしかしたらアリスが魔術で熱を保っているのかもしれないが、そこはカイトにはわからないことだった。そうして、カイトはその場から立ち上がるのも可怪しいのでしばらくの間、アリスと並んで星を見る事になる。


「ルーファウスは……流石に今回ばかりは疲れた様子だな」

「意外でした……兄がああいう人だったとは思いませんでした」

「あまり向こうじゃあ子供達と関わらないのか?」


 カイトは疲労困憊なアルとルーファウスの姿を見ながら、アリスへと問いかける。二人は冒険部の人員から振る舞われる葛湯や生姜湯等の温かい飲み物を飲みながら、一息ついていた。どうやら本当に疲れているらしく、今回ばかりは言い争いも無しでお互いの労をねぎらい合っていた。


「……私の家はヴァイスリッターですから」

「名家の中の名家、か」

「……はい」


 カイトの言葉にアリスは静かに頷いた。皇国のヴァイスリッター家はアルを筆頭に人懐っこい名家と言える。基本的には歴史と伝統を重んずる名家であるが、決して近寄り難い雰囲気はない。故に街では普通に声も掛けられるし、普通にアルもエルロード達も出歩いている。

 が、これは皇国の風潮とカイトの意向が大きいマクダウェル領の特異性が相まってそうさせているのであって、バーンシュタット家も合わせて皇国でも有数の名家なのだ。本来は、アリス達の様に周囲にややもすればある種の腫れ物扱いはされる程の家といえる。そして、それ故にアリスは少し寂しげに呟いた。


「……同年代の人でも殆ど寄っては来ませんでしたから……子供なんて、誰も……」

「……」


 カイトはアリスの言葉を聞かなかった事にする。おそらく、アリスもワインで少しだけ酔っていただけなのだろう。自分が何を口にした事にも気付いていない様子だった。故に、何の言葉も続かない。

 カイトの性質からすれば抱き寄せてやる事も出来るのだが、それはすべきではないだろう。酔った少女の弱みにつけ込むのは、カイトの趣味ではない。そうして、少しだけ沈黙が流れる。が、最初に口を開いたのは、再度ワインを口にしたアリスだった。


「これ……良かったんですか?」

「ん?」

「先程少し味見させてもらったんですが、当たり年の物だとお見受けします」

「ああ、ワインか」


 カイトはアリスの指摘に何事かを理解した。が、それにカイトはわずかに苦笑した。


「そうでもないさ。それは、外れ年の物だよ」

「え?」

「ボトル、後で見てきてみな。年次の表記は無いからな」


 クスクスとカイトは笑いながらアリスへと教えてやる。やはり人はどの世界でも似通った考えに至るからなのか、当たり外れを言われるとどうしても外れを避ける傾向にある。故にエネフィアでは外れとされた年のワインには、通例的にボトルに年次の表記がされないのであった。

 地球でもこれはそうなのだが、実は年号、所謂ヴィンテージのラベル表記は義務ではない。故に生産者が記したくないと思えば、記さなくて良いのであった。そしてそこから、エネフィアでは通はこれがハズレ年のワインと見抜く事が出来るのであった。


「外れだからってワインが美味しくないわけじゃあない。逆にそう言う時にこそ、作り手の技術がとことん味に響いてくる……ワインの当たり外れの本当の意味は知ってるか?」

「ぶどうの当たり外れです。ぶどうを作る年の天候に応じて、当たり外れを決めるんです。天候不順なら、その年のぶどうは外れ。天候不順では良質なぶどうがあまり取れませんから。故にワインもあまりできが良い物は必然として少なくなる」

「そういうこと」


 僅かに饒舌なアリスの述べたうんちくにカイトも笑って頷いた。どうやら、アリスがワイン通というのは本当なのだろう。あまり知られていない事もきちんと知っている様子だった。何時も以上に饒舌だったのは、やはり彼女の趣味だからなのだろう。


「ま、それは腕の良いワイン職人の品でな。が、年次の表記がされないから通は外れの年だと見抜くし、ちょっと齧っただけのニワカは故に嫌厭する。値段は安い。需要と供給って奴だな」

「産地と蔵元をわざわざ確認したんですか?」

「ああ、まぁな。オレはワインに限った話じゃなくて、お酒そのものが好きだからな。そこらもきちんと確認するのさ」


 アリスの問いかけにカイトは頷いた。彼がお酒を好むのは冒険部であれば誰もが知っている事だ。それが格好を付けているだけではない事も勿論、誰もが知っている。そしてその見識の深さから、おそらく地球でもそうだったのだと想像するのは簡単だった。

 そこら、どうやら今までカイトが――女誑しの一面を除けば――真面目に見えていた天桜の生徒達には意外な趣味というか意外な危ない一面として映っているらしく、教師達にはわずかに苦笑されながらも生徒達からは不思議な色香として受け入れられていた。


「ま、だから安値で良質な物を大量に仕入れられる……アリスみたいな通も唸らせられるしな。実際に自分の舌で確認する面倒な作業も必要だが……ま、それはさっきの顔が見れたから良しとしておくさ」

「……」


 アリスは子供っぽい笑顔を浮かべるカイトの言葉になんと返せば良いかわからず、沈黙する。真面目かと思えば、こういう風に軽口も叩く。いまいち、彼女にはカイトの本性という物が掴めなかった。

 信頼できないとは思わない。信用できないとも思わない。本心を明かしてくれていないとも思わない。だというのに、その正体だけが霞がかかった様にぼやけるのだ。奇妙な人物。敢えて言えば、人そのもの。それが、彼女の素直なカイトへの感想だった。


「あはは……ま、好きに飲んでくれ。ワイン以外にも今日は色々と揃えたからな。酒そのものは残念ながら大量には用意していないが、甘酒とかなら多めに用意してある。オレの好みの味に仕立てたのは、ご愛嬌で頼む」


 不思議な表情をこちらに向けるアリスに対して、カイトは笑いながらそう教えてやる。今回、カイトの意向もあって甘酒は米麹と酒粕を使った若干酒臭い物だ。

 万人受けはしないが、作ったのがカイトなのでそれで良いのだろう。なお、別に甘めに味付けした米麹だけで作った物も用意しているので問題はない。敢えて言えば酒好きな旧友達の為、とでも言えば良い。カイトが子供向けを用意していないはずが無かった。


「……ありがとうございます」

「ん、よろしい」


 カイトはアリスの返答に頷くと、そのまま星空を眺める。星空だけは、300年前と何も変わらなかった。そして同じように、アリスもまた星空を眺める。


「月が綺麗ですね……」

「ああ、全くだ……」


 カイトはアリスの言葉に素直に同意する。今日は双子の月が満月の良い日だ。中秋の名月と言っても過言ではない。と言うより、それを見越して星見を設定したのである。


「こんなまんまるお月さまだと、お団子でも欲しい所なんだがなぁ……」

「お団子、ですか?」

「ああ。日本じゃ中秋の名月にはお団子を食べる……いや、本当は飾るのか? まぁ、どっちでも良いか。とりあえず餅があってな。お団子、用意したかったんだが……」

「何故無いんですか?」

「子供たちが群がると数がすぐになくなる……というか、無くなった」


 カイトはわかりやすく過去形で語る。つまり、用意はしていたがすでに品切れというわけなのであった。花より団子。子供達には星やお月さまより、美味しいお団子の方が嬉しかったようだ。そうして、たまさか日本の事を語られたからか、アリスが教国の事を教えてくれた。


「……教国はあまり月に良いイメージはないのですが……素直に、月は綺麗だと思います」

「ん?」

「紅き月には狂気が宿っている……そう言う言い伝えがあり、月そのものをあまり良い様には思っていないんです。教義等で定められている事ではないのですけど……」


 カイトの疑問にアリスが月を見上げながら答えた。ここから見える月はなんら変わりのない白銀の月だ。何の色にも染まっていない。


「蒼き月には清浄な力が宿り、紅き月には邪が宿る、だったか? 教国ではなく、マルス帝国時代から言われている事だそうだが……」

「よくご存知ですね」

「一応は、勉強はしたさ。赤月は見た目として良い物ではないだろうからな」


 真っ暗闇の中に浮かぶ、血のような真紅の月だ。良い様に見えないのは当たり前だろう。どちらも教国を中心とした幾つかの場所で特定の条件が整った場合にのみ観測される現象なのだが、それは学術的な調査が成された今だからこそ言える事だ。古い時代にそんな奇妙な光景を気味悪く思っても不思議はない。


「まぁ、しょうがないさ。真紅はどうしても、本能的な恐怖心を抱かせるからな」


 カイトは寝転がって、己が奉ずる神の象徴たる双子の月を仰ぎ見る。そうして、彼は月へ向かって手を伸ばした。


「……あと少し、か……」

「どうしたんですか?」


 唐突な行動にアリスが僅かに目を見開いていた。確かに、唐突過ぎる。というわけで、カイトは少し照れた様子で手をおろした。


「なんでもない」

「はぁ……」


 カイトの返答にアリスが生返事をする。こんな場だ。色々と思っても不思議はないと思ったのだろう。そうして、再度微妙な空気が流れる。どちらかが動けば良いのかもしれないが、どちらも動くつもりはないようだ。


「……月が綺麗ですね」

「ああ……」


 カイトとしては星空を楽しんでいるだけなので、生返事だ。が、それにアリスは若干どうするか内心で焦っていた。沈黙に耐えられないというよりも、なんとか場を保たせなければ、とでも考えているのだろう。というわけで、彼女としては柄にもない事を申し出る事になった。


「あの……他になにか日本の月の話はありませんか?」

「ん?」

「いえ、あの……こんなに月が綺麗なので……なにかうんちくでも、と……」

「んー……」


 カイトはそれは確かに、と思う。そもそも今回の目的は交流にこそ存在している。本来は冒険部と街の住人達、公爵家の交流なのであるが、最近来たばかりのアリスと交流を深めるのも悪くはないだろう。


「んー……そうだなぁ……後は月で言うと兎がいる、とか言ってたりするんだが……こっちは模様の関係でエネフィアじゃあ言えないしなぁ……」


 カイトは月を眺めながら、何を語ったものかを考える。と、そうして何かきっかけがないかと会話を探って、良い言葉があった事を思い出した。


「ああ、そうだ。月が綺麗ですね、かな」

「? それがどういう……」

「日本で100年ぐらい前に居た文豪がちょっとした外国語をそう訳してな……お金に描かれたぐらい凄い文豪でな。今だと、その人の訳に則って日本だと遠回しに愛してるって告白になるのさ。まー、ロマンチック過ぎて失敗すると痛い奴確定なんだけどな」

「っっっっっっ」


 何気なくカイトから言われて、アリスは何度も自分がそれを言っていた事を思い出して真っ赤に顔を染める。なお、これを言ったとされるのは夏目漱石だ。『アイ・ラブ・ユー』の翻訳を聞かれた際、日本人はそんな直球では言わないとしてこう訳したとされている。


「い、いえ! 別にそういうつもりじゃ!」

「あはは。わかってるよ。本当に今日は月が綺麗だからなぁ……」


 大いに慌てふためくアリスに笑いかけながら、カイトは再度月を見上げる。本当に、今日は月が綺麗だった。素直な感想だった。が、こう言われてはアリスはどうしても意識してしまうらしい。ここら、初心というか乙女チックという所なのだろう。


「うぅ……」

「あはは」


 真っ赤なアリスにカイトは笑いながら、ただその緩やかな時の流れを楽しむ事にする。別にカイトとてアリスを口説こうとか自意識過剰で言っているわけではない。そもそも聞かれたから述べただけだ。偶然以外の他意はなかった。そうして、結局彼はそのままアリスと一緒に居る事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1127話『同じ星空の下で』

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[気になる点] いずれ、これおちるでしょ笑
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