第1125話 マクダウェル家の夕食作り
実は唐突に今日から新章突入。おそらく初となる過去編です。
ギルド同盟の締結が行われた日から、更に数日。カイトは再び出掛ける用意を整えていた。とは言え、今回は仕事ではない。敢えて言えば、慰労の為と言うのが正確だろう。
やはりカイトにも最近冒険部には無茶をさせていた、という自覚はあった。それ故、少し全員で憂さ晴らしというか休暇を入れようと考えたのであった。
「と、言う訳だったんだよ」
「ああ、それで……というかそういうことならさっさと言ってくれりゃ良いのに」
カイトの意図と目的を聞いて、ソラが大きくため息を吐いた。が、そもそもここで彼は一つ忘れていた。
「いや、お前そもそもあの時寝込んでただろ」
「あ……そういや、そっか」
あはは、とソラが笑う。つまりは、そういうことだ。カイトがラン達が来る前まで整えていた手はずとは、大まかに言えば冒険部を引き連れて慰労を行おう、という事だったのである。故に泊りがけで出掛ける用意を、というわけだったのだ。
とは言え、やはり業務もある冒険部だ。参加者は希望者だけで、場所にしてもマクスウェルから少し先の草原だった。そして更には孤児や街の子供達――勿論、保護者にも――にも参加者を募り、少し大規模な集団でキャンプを行う事にしたのであった。その間の警護は公爵軍を動かす事にしていた為、今回はカイト達も純粋に休暇である。
「でもわざわざここまで大人数にする必要があったのか?」
「やはり街中では星空は見えないからな。特に不夜城に近いマクスウェルだとどうしてもな。時折、星を見せたいという依頼があるだろ? なら、少し公爵家と共同してこういう催し物をしても良いかも、と思ったのさ」
ソラの問いかけにカイトは己の思惑を語る。地球程ではないがマクスウェルもやはり街中では夜は星が見えない事は多い。とは言え、それ以外にも理由があったのも勿論、事実である。
「それに、まぁ……」
「おねーちゃんに何か用?」
「こいつらを誘わないのも、な」
「あはははは……」
ソラはカイトの背にへばりついている子供状態のアウラを見て乾いた笑いを上げる。実のところ、公爵軍を動かしたのは彼女らも来る為だった。
やはりここ数ヶ月彼女らにも無理をさせていた自覚はカイトにもある。故に、一日だけだがたまにはのんびりと羽を伸ばせる様にしたのであった。
「というわけで、孤児達の引率にはいつも通りウチの従者勢も参加しているし、街の保護者達も多い。時にはこういうのも悪くはないさ……というかここまで大事にしないと全員参加とか無理だから」
「……なんか、お前今にして思えば凄い奴なんだよな、本当は」
唐突に真顔で告げられた真実に、ソラが改めてカイトが本当は凄い奴である事を思い出す事になる。というのも、現状この星を見るキャンプの参加者は詳細を知る者が見ればものすごい事になっていたのである。
「えっと……お前の所の全員、ウチとこ、クオンさんのとこ……その他色々だっけ?」
「他にもウチのバカどもは覚えてたら、って奴は参加する予定。全員バレない様に昔の姿でな」
ソラの問いかけにカイトはやれやれ、と肩を竦める。まぁ、言ってしまえばカイトの関係者の大半が集まるらしい。それ故、ここまで大事なのだそうだ。
「でも、良かったのか? 俺たちも戦闘とか見回りとかに参加しないで……」
「今回ばかりは、それで良い」
「……でも公爵軍の人達に何か悪い気が……」
ソラはわずかにばつの悪い様な顔でカイトへと問いかける。やはり戦う力がある以上、黙っているのも嫌な感じがしたようだ。勿論、それでも万が一に備えて武器は持ってきている。そこは怠っていない。と、そんなソラの懸念に対して、カイトは更に顔に浮かべた呆れを深めた。
「ああ、大丈夫大丈夫。今回、これに参加している軍の兵士って特例で有志だけだから」
「は?」
「あーれ」
カイトはそう言うと、両手で小さくだがビシっと少し遠くの一台の馬車を指し示す。そこには子供たちが群がっていた。中には大人も居る。それが、原因だった。
「あそこにアリサ居るんよね。夜にあいつが子守唄歌う予定。他にも飲んで興が乗れば普通に歌う。無料で生歌。しかもアルバム未収録とか即興も多い……まぁ、こうなるわな。任務が抽選制になるのに半日も必要無かった。それこそ他の領土の兵士まで応募してた時は流石に笑ったぞ」
「あ、あー……」
カイトの言葉にソラは半笑いでなるほど、と納得する。ソラは接点が無い――そもそも彼女の立場上冒険部との接点を作れない――ので忘れていたが、カイトのハーレムの中には世界の歌姫と言われる人魚族のアリサが居る。その彼女も勿論、今回は参加である。
それは公爵家に近くなかろうと属していれば誰でもわかる事だ。その効果は絶大だった、というわけである。故に、今回だけは不公平感の出ない様に申請を部隊毎にしてそれをごちゃ混ぜにして抽選制にした、というわけであった。
「まぁ、それに。こういう街の外でのキャンプとかだと冒険者以外にも福祉事業として各々の貴族がやってる事も多い。今回はそれを、というわけさ。些か突発だったが、警備上の理由云々というわけにした」
「ああ、なるほど」
ソラはカイトからの解説にようやく、全ての裏を把握して納得する。それにここら一帯は魔物のランクも最大でもDと非常に低い安全地帯だ。街の住人達が見に来るにはうってつけであり、カイト達も街の住人達との交流を考えれば悪い話ではなかっただろう。そういった複合的な考えなのであった。
「カイト! ちょっとー!」
「んー!? なんかあったかー!」
「また何時もの! 何か起きる前にさっさと!」
魅衣が声を荒げてカイトを呼び寄せる。その顔は非常に呆れが滲んでいた。そしてその彼女の言葉に、カイトは先程よりも遥かに深い呆れを滲ませる。
「あいつら……こういう時だけは早い上にまたかよ……」
「い、いってらっしゃーい……」
深い溜め息と共に歩き始めたカイトへとソラが見送りの言葉を掛ける。原因はラカムとレイナードの二人であった。またいつものごとく喧嘩を始めたのだろう。いつも通りといえばいつも通りである。そうして、そんなこんなでキャンプがスタートする事になるのだった。
さて、そのキャンプであるがメインとなるのは地球では恒例となるキャンプファイアではなく、飯盒炊さん等の料理の方だ。流石に魔物を変に呼び寄せかねないので、エネフィアではキャンプファイアは行われないのが通例だった。
「カレーはじっくり煮込む事っと」
「ぐっつぐっつぐっつぐっつ~」
大きなカレー鍋の前で調理を整えたカイトの横、火加減の調節をしていたユリィが楽しげに鼻歌を歌っていた。それはいつも通りといえばいつも通りの光景で、ここ数日は見られなかった光景でもあった。と、そんなカイトであるが、そろそろ良いか、と少し真面目な話をする事にした。
「で、相棒殿」
「何ー?」
「ここ当分、何やってたのさ」
カイトはここ当分相棒の癖に何も語らず動いていた事情を問いかける。これで大凡半月ほど、彼女はカイトに隠れて何かをしていたのだ。幸い今近くに居るのは桜達ではなくクズハ達だ。時期的にも状況としても話しても良いだろう、と判断したのであった。
「ああ、それ。うん、そろそろ良いかな……暦の所行ってた」
ユリィは一切憚る事なく、己がカイトに隠れて動いていた理由を明かす。それは彼女だからこそ出来た事で、そして彼女しか出来ない事だった。
「お前が?」
「教師だからね。時折、相談は受けるんだよね」
「そりゃ、そうだ。何の?」
「恋バナ」
「……うっそだぁー。それだけは無いわぁー」
教師云々と相談云々についてはカイトは別に不思議はないと思っている。それどころかなんだかんだ言いつつも信頼しあっている二人なのだ。絶対の信頼を寄せていると言っても良かった。が、それ故に色恋沙汰に関する相談だけは、カイトには信じられなかったのである。
「あ、ちょっとひどーい! これでもユリィちゃんのお悩み相談室で昔はかなり有名だったんだよ!? と言うか、今でももし恋愛で困ったら学園長に聞け、って言われてるぐらいだよ!?」
「なんだよ、それ……ユリィのお悩み相談室とか……昼休みの学生DJのいい加減な話にしか思えんわ……」
カイトは肉を刻みながら――バーベキュー用――、ゲンナリとした様子でユリィの言葉に疑いの視線を向ける。が、これは本当に事実であった事を彼はまだ、知らなかった。
と、そんな彼の所へ同じくピーマンを刻んでいたクズハがやってきた。彼女だってカイト達と旅をしていた為、料理は出来るのであった。他にも洗濯等も一通り出来るのである。その彼女が、彼には信じられぬ真実を告げる事となる。
「お兄様。ピーマン切り終わりました……懐かしいですね、ユリィのお悩み相談室。初めて聞いた時は私も大いに驚きました」
「……え、マジ?」
「ええ。公にはしていないですが、女子生徒達の間では有名だそうです。かなり評判の様で……私もはじめは驚いたのですが、何やら悪くない評判らしく……それ故、今も、と」
その前の話の流れを知らないらしく、クズハはカイトの言葉から懐かしげにそう言うだけだ。が、カイトからすれば目がこぼれ落ちん程の驚きだった。その一方で、ユリィは思い切り胸を張っていた。
「ユリィちゃん、大勝利である! 何を隠そう恋愛相談は十八番なのです!」
「……」
「……」
ドヤ顔で非常に偉そうな顔をしたユリィをカイトは一度無言で見て、何故かぶつ切りにしていた肉を更に一度凝視。そのまま彼は目の前で同じく野菜を切っていたティナ――勿論、こちらも手が止まっていた――と顔を見合わせた。
「……ティナ、お前幻術使った? 流石にこの悪戯は却下だぞ?」
「……いや、すまぬ。余は使っとらん……で、それと一応、解呪出来るかは試したぞ」
「「……」」
二人は無言で相変わらずドヤ顔のユリィへと視線を向ける。その顔はおそらく、ある意味では『死魔将』達の復活劇の時よりもあり得ない、と顔に記されていた。と、そんなカイトはとりあえずもう一人一緒に居るアウラへと問いかけてみる。
「アウラは……」
「私は聞いた事無い」
「……じゃろうのう」
そもそも彼女はユリィが教師になる少し前からカイトの召喚の為に行方をくらませていたのだ。知っていようはずもない。
「……まぁ、良いわ。とりあえず信じる」
「よろしい」
僅かに固まったままだが信じる事にしたらしいカイトに、ユリィは偉そうに一つ頷いた。とりあえず傍証としてクズハより太鼓判が押されているのだ。信じるしかなかった。というわけで、カイトは色々と信じられぬ事態をとりあえず飲み下して、本題に入った。
「で、その前がなんで暦と?」
「だから、どう考えても恋愛相談でしょ。武蔵さんから頼まれたの」
「……あ、そう」
どうやら色々と理解が追いついていないようだ。カイトはとりあえず頷くしか出来なかった。どうやら、彼女こそが武蔵の言う適役で、彼女に任せる事がその考えだったのだろう。
「でも、お前よく接触出来たな。オレ思いっきり避けられてるってのに……」
「頑張ったよー、私。一週間ぐらい先回りしたりご飯の時に突撃したり……ああいう子って無駄に生真面目に恋愛も考えちゃうからねー。逃がさない様にするのにユウナとかにも色々と手を借りちゃった。今度ケーキ食べ放題連れに行く事になったし……」
「お、おう……」
ものすごい頑張りだった事に、カイトは思わず驚いた。どうやら、彼女も避けられてはいたのだろう。そこから一週間頑張ってなんとか接触して、今に至っているらしい。そうして、そんなユリィにカイトは微笑んだ。
「何か悪いな」
「えっへん。見直したか」
「まさか」
ユリィの言葉に再び料理に戻ったカイトはそれを一笑に付す。だがこれは決して、悪い意味ではなかった。それ故、彼は穏やかな顔ではっきりと断言する。
「今更、お前を見直すかよ。お前はオレの相棒だ。これまでも、これからも、オレの相棒はお前らだけだ……その相棒を見直すとかありえねぇんだよ。忘れたか? オレ達は……だろ?」
「……なんだろう……ものすごいずるい。カイト、やっぱりずるい」
まさかのカイトからの返答にユリィは顔を耳まで真っ赤に染める。この反応は、如何に彼女でも予想していなかった。素直に嬉しくて堪らなかった。
「これじゃあこっから巫山戯たり出来ないじゃん……」
不満げに、されど嬉しそうにユリィは口を尖らせる。声は小声だ。料理しながらのカイトには届かなかっただろう。こういう何気ない時に素直に言われるから、彼女もカイトに弱いのであった。
「うー……とりあえず今日もそれで出るから! てきとーにしてていいよ!」
「え、あ、おう」
唐突に声を荒らげられて、カイトが困惑する。彼としては素直な気持ちを語っただけだ。ここら、やはり彼は女の機微に疎いのかもしれない。が、同じ女故に彼以外の全員は理解したわけで、揃って呆れ返っていた。
「はぁ……お兄様。お願いですから、その天然に口説く癖だけはおやめください」
「え、何時?」
「「「……はぁ……」」」
カイトに苦言を呈したクズハだけではなく、ユリィを除いた全員が深いため息を吐いた。この天然かつクリティカルの一撃があるからこそ、カイトは恐ろしい。全員がそれを改めて思い出したのである。
そうして、そのままユリィは非常に嬉しそうに、その他の面子は半ばあきれながら、夕食の用意が進められていく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1126話『星空の下で』




