第1124話 同盟締結
カイトがエルーシャ、リオの同盟相手のギルドマスターとのちょっとした雑談を行ってから数日。すでに試しとなる合同での任務は終わりを迎えて、最終的な判断を下す日となっていた。
「で、どうするんだ、結局」
体調が回復して職務に復帰していたソラが問いかける。復帰してからは彼もしっかりとギルドの運営に関わっていた為、カイトの残していた資料から状況は把握していたのである。
「ああ、それか。とりあえず今日の会議で大詰め、と言う所だが・・・とりあえずは受けようと思っている」
「良いのか?」
「ああ。やはり縄張り争いをしないで良い、というのは非常にやりやすい。すでにオレ達もそこそこ他の街へは出ているだろう? そうなるとやはり少しは揉め事が起きているという報告は上げられているからな。そこに対処する事を考えれば、この話は受けておいて損じゃない。少しは減らせるからな」
ソラの問いかけにカイトは己の思う所を語っておく。これは冒険部の悲しい所で、彼らは規模に反して勢力としては弱小と断言しても良い。
確かにカイト達の采配のお陰で弱小からは抜け出せつつあるが、それだけだ。結局組織で最も大切な人財の面がどうにもならない。すでに十分異例の領域である以上、これ以上は望むべくも無いのだろう。
「そか。じゃあ、お前が会議に出てる間、こっちでなんとか回しときゃ良い?」
「頼んだ。流石に会議にゃオレとティナが出ないと駄目だろうからな。その間は悪いが頼んだ」
「おけ」
カイトからの要請にソラは頷いた。体調はすでに回復しているし、休んでいた間に迷惑を掛けた分は取り戻そうと積極的に動いてくれていた。流石にまだ勘を取り戻せていないと本格的な戦いは避けている様子だが、事務仕事はそれ故に精を出している様子だった。と、その手はずを整えた所で、一つの報告を椿が持ってきた。
「御主人様。例の件については通達の準備が整いました。クオン様の方にも何時でも依頼を送れます」
「そうか。急いでもらって悪いな。流石に見過ごしちゃぁ、人でなしのそしりは免れんだろうからな」
カイトは椿に対してねぎらいの言葉を送る。とりあえず、なんとかなってくれたようだ。彼女に頼んでいたのは、リオから頼まれていた仕事だ。これについてはそもそも彼が言った通り、見過ごす事は出来ない問題だ。確かに若干政治的な面があるのだろうが、それについては目を瞑るだけだ。
それに彼女の身元にしても追々、サリア達が調べてくれるだろう。であれば、それを待つ間に保護しておけば後々カイトの正体が明らかになった時には、その相手に恩を売れる事にもなる。なにげにそこらもしっかりと考えているカイトなのであった。
「いえ……それで本日は私も同行すれば良いのですね?」
「ああ、そうだ。今回は純粋な会議だからなぁ……まぁ、必要ないっちゃ無いんだろうが、あからさまに手を抜いていますも言い難い」
カイトは椿の問いかけに僅かに苦笑する。一応、今回は同盟に関する会議となっている。なっているのだが、大凡これについては大半ランとカイト、リオらごく一部の頭が良いギルド幹部の間だけで回る事になっていると予想されていた。
なので大凡、椿が必要となる事態はあり得ないと判断しても問題はなかった。とは言え、それとこれとは話が別だろう。
「さて……じゃあ後は細かな条件だしを行うだけ、か」
カイトは諸々の手はずを整えると、それで良しとしておく。兎にも角にも自分たちの条件は一つ。縄張り争いが起きない様にすること、だ。
カイト自身が述べているが、この縄張り争いだけはカイト達としては避けておきたいリスクだ。縄張り争いという避けられるリスクであれば、避けておくのが肝要だろう。
というわけで、カイトは自分達で押さえておいた会議場へと移動する。そこにはすでに大凡のギルドマスター達が座っていた。勿論、ランやエルーシャ、リオらも一緒だ。
「ああ、カイトさん。お待ちしておりました」
「いや、まさかウチがそこそこ遅い方とはな。これでも予定より早いつもりだったんだが……」
「まぁ、外故に逆に、と言う所なのでしょう」
「そう考えさせて貰っておこう」
カイトは苦笑混じりに自分の席に着席する。これでとりあえず自分の準備は出来た事になる。そうして、しばらくの間カイトはギルド同盟に向けての話を開始する事になるのだった。
大凡、半日後。その頃になりギルド同盟については一つの形を取る事で大凡の一致を見る事が出来ていた。
「では、このような形でよろしいですか?」
「ウチは、問題無い。そもそもウチの所は問題があるとすると大凡縄張り問題と費用だけだからな」
ランの問いかけに対して、カイトは問題無い事を明言しておく。結論から言ってしまえば、とりあえず幾つかのギルドの離脱――様子見を含む――はあったものの大凡は合意を得られたと考えて良い。
というのも、ここで他のギルドにとって一番メリットになったのは他でもないカイト、ひいては冒険部の同意があったからだった。それ故、彼らが合意しさえすればとりあえずの寄り合い所帯でも後々で手直しすれば良い、と考えている所が多かったのである。
「まぁ、ウチの所もそれで問題無い」
「ウチも、無いわね」
カイトに続けて多くのギルドマスター達が同意を宣言する。その中には勿論リオの声もあり、残った所の大凡が合意を得たと言って良かっただろう。
所詮ギルド同盟というのは――バーンタイン達でもない限り――弱い所が集まって縄張り争いや情報などを持ち合う為の物だ。とりあえず結んでおいて損のない物と言える。故に同意する所は多かった。
「ありがとうございます。では、本年度から一年は我々<<草原のおてんば娘>>が議長を務め、会議を行う事に。とりあえず会議室はギルド・冒険部が押さえる事で。カイトさん。次回の開催は来月ですが、もし長期の依頼で出られる様でしたら、その前に我々にお声掛けと会場の予約だけは」
「わかった。とりあえず予約については早々にしておこう。ユニオンに頼んで正式な同盟締結の書類と共に送ってもらえる様に手配しておく」
「ありがとうございます」
カイトの応答を受けたランが頭を下げる。結局、会議場や議長についてはカイトとランが話し合っていた通りの素案が通過する事となった。
ここら、議長の有益性を理解出来るギルドはラン達の思惑通り初年度の利益を彼らに供与する事に同意し、逆に理解できないギルドはそこらに興味は示さなかった。それ故、すんなりと通過した。会場については殆ど利益は伴わない為、誰も反論は出なかったようだ。
そうして更に少しの議論があり、同盟は後は書類をユニオンへと提出するだけになって、解散する事となった。この書類はこのままマクスウェル支部に提出する事になっており、カイトとごく一部のギルドマスターが立会人として、ラン――と言うかエルーシャ――が代表として提出する事となっていた。
「では、これで終会です。皆さん、この度は我々の求めに応じてくださりありがとうございました」
「ふぅ……とりあえずこれで終わりか」
カイトはランの言葉を他所に、とりあえず問題なく終わった会議に大きくため息を吐いた。基本的には、ランやカイト達知恵のある者達が考案した素案がたたき台となったと見て良い。やはりこの二人はそもそもの頭脳が違う。この二人の意見がたたき台になったのは、仕方がない事だったのだろう。
故に、カイトとしても出来る限りで――縄張り問題以外も含めて――自分達の利益を確保出来たと言って良かっただろう。と、そんなカイトへと閉会を告げたランが話しかけた。やはりこの会議で一番協力してくれたのはカイトだと理解していたらしい。
「カイトさん。とりあえずは、ありがとうございました」
「いや、いいさ」
「いえ、あなた方が飲んでくださった事が、この同盟結成の最大の要因でした」
首を振ったカイトに対して、ランが正直な所を口にする。これは本当に事実だ。それ故、ランはどこが動くよりも前に、カイト達冒険部との同盟に動いたのである。
「まぁ、それにそれ故にウチとしても利益はある。ここらは一つ、持ちつ持たれつという事で良しとしておこう」
「そう言って頂ければ非常に喜ばしい事です」
カイトの言葉をランは素直に受け入れる。カイトの利益とは、同盟を結んだ事によるものだ。カイトも何度も口にしていたが、彼らは規模としては中堅ギルドの領域だ。
しかし、このマクスウェルにはクオン達を筆頭にして大御所が控えているし、近くの神殿都市にはユニオン最大手の一つたる<<暁>>の支部の中でも最大の物まである。それに対する備えは普通なら、欲しいはずだろう。故にカイトもそうしただけである。
「こちらは、周囲の大御所達に対する備え」
「こちらは、マクスウェルから出る大口の依頼を引き受けられる可能性」
カイトに続けてランが彼らの利益を主張する。これが、今回の同盟の最大の理由だった。故にランは些か拙速と思えるようでもカイト達との同盟を申し込んでいたのであった。
そしてもし政治学に聡い者であれば、今後はカイトの属する同盟に参加したいと思うだろう。勿論、勢力が上であっても下手に出るしかないだろう。そこから生まれる利益は計り知れない物があるのであった。
「拙速ではあったが……現状ではそれしかなかったのも事実だろう。見事、と素直に賞賛させて貰おう」
「ありがとうございます」
カイトの掛け値なしの賞賛をランは素直に受け入れておく。これに裏は一切無い素直な賞賛であるぐらい、彼にもわかっていた。そうして、肩の荷が一つ下りたからか、彼は少しだけ安堵した様に身の上話を行ってくれた。
「実はこのギルド運営は父から内々に命ぜられた事、でして・・・あまり下手な事は出来ないんですよね」
「なるほど……貴族と言うか良家には良家なりの苦労があるわけか」
「ええ、まぁ……」
ランはカイトがすでに自分の出自を把握している事には驚かなかった。それぐらい情報屋に頼めばすぐに理解出来るからだ。そして彼もカイトがそれをしないとは思っていなかった。故に、気にする事も無かったようだ。
「姉はああなので問題は無いのですが……やはり師の事もあり死なれたり身に過不足が起きるのは父としても具合が悪い様で。僕が補佐に、と」
「見返りは後継者レースでの加点、か」
「……ええ、まぁ」
カイトの言葉に対して、ランは言葉こそ先と同じだが曖昧に濁しておく。あまり語って良い事ではないし、あまりあけすけに明言したい事でもないだろう。一人称が僕となっていたのはおそらく、本来こちらが素なのだろう。少しだけ安堵しているが故に、気を抜いていたようだ。
「……5年先とかでしょうが、まだ良い関係が気付けていれるのであれば、その時は姉とギルドをお願いします。合併という形でも構いません。彼女に運営の能力は……その、贔屓目に見ても皆無ですから」
「良いのか?」
「設立には僕も関わっていましたから……愛着はあるんです。どういう形であれ、大切にしたい」
ランはわずかばかりの演技も無く素直にカイトへと告白する。ここらはカイトを信じているというよりも、以前の姉の発言を信用しているという所なのだろう。姉が師に習った方法で信じられると言った相手だ。ならば信じられる、と考えている様だ。故に、カイトに頼む事にしたのだろう。
「わかった。もしその時には、引き受けよう。出来なくともフォローぐらいはしてやるさ」
「ありがとうございます。では、また」
ランはカイトに自分が居なくなった後の事を頼むと、立ち上がってその場を後にする。まだ同盟の設立にはやらねばならない事が山ほどあるのだ。忙しいが、これもまたやっておかねばならない事だろう。聡い彼故に、すでに5年後の事を考えて動いていたのだろう。
「大変だな、良家の息子というのも」
「……口添えなさりますか?」
「いや……流石にそこらは各家で考える事だ。オレが口添えしてやるべき事ではない」
椿の問いかけにカイトは首を振って却下しておく。ランは良い才能を持っていると言えるが、それだけで判断するべきではない。
まぁ、後々にはカイトとの良縁を得られた事は十分に大きな加点材料となり得るだろうが、それは彼らの実家が判断すべき事だ。カイトの言う通り、彼の言うべき事ではなかった。
「さて……では、提出に同行する事にするか」
「かしこまりました」
カイトは立ち上がって、ランの後を追う様に会議室を後にする。そうして、ユニオンへと書類を提出して、正式に同盟が設立される事になるのだった。
その夜。カイトと同じく提出に同行したリオはというと、イミナから報告を受けていた。それはここ数日の報告全部だった。ここ数日はマクスウェルへの滞在許可を得たりするのに忙しく、イミナとは別行動をしていたのである。
「おそらく、ソレイユ殿も目撃しているかと」
「そうですか……それは仕方がない事でしょう」
「はい……だから、お風呂に入るのはおやめください、と言いましたのに……」
「……ごめんなさい……で、でもやはり巫女として身を清めるのは大事だと思うんです」
イミナの苦言にリオが少しだけ不満げに口を尖らせる。どうやら、あの水浴びをイミナは止めていたのだろう。とは言え、リオとて年頃の女の子だ。いくら大鎧で隠れているからとて、お風呂には入りたい。しかも横に居たのはカイトである。特に大鎧は実は蒸れる。汗の匂いが気になるのは仕方がない。その心情は女の子なら、わからないでもないだろう。
まぁ、そう言ってもやはり立場からそれを素直には口にせず、あくまでも建前を語っているあたり良家の子女らしい育ちが見え隠れしていた。彼女としてもそれ故一応バレない様に遠くに離れたつもりだったらしいが、それ故にカイト達があの付近で組手をしていた事までは想定外だったようだ。カイト達もそもそも予定にない行動だったのだから、当然ではあった。
「まぁ、もうバレてしまったものは仕方がありません……ですが良かったのですか? 話さなくて。少なくとも、カイト殿には明かしておいて損は無かったかと」
「我々も支援をもらえたかもしれない、ですか?」
「……はい。正直に話せば、という可能性も無くはありません」
イミナは正直にあの時の会話の内容に対する己の意見を述べる。それに、リオは少しだけ目を閉じて考えて、答えをまとめ上げた。
「……私達はあまりにこの地について知らない事が多すぎます。支援云々を含めて判断するのであれば、是が非でも兄上と合流すべきでしょう。私一人で判断して良い事では断じてありません」
「……レクトール様はご無事なのでしょうか」
「兄上は私以上の<<聖なる七星>>の使い手です。兄上が負ける程の存在となれば伝説の蒼き勇者か、真紅の英雄の再来とさえ言われ同盟最強と名高い姉上か、でしょう。存外、しぶとさならどんな死地からも生還した勇者カイト並かもしれませんよ? 兄も時間が掛かっても普通にひょっこり出てきそうな方ですからね」
リオは笑って行方不明というレクトールという名の兄の生存に絶対の信頼を寄せる。その様子は絶対に死んでいない、と確信していると言っても良かった。そんなリオの言葉に対して、イミナは少しだけ複雑な顔だった。
「勇者カイト、ですか……それは……」
「それほど、と私は自信を持っています。いくらこの先祖伝来の大剣がなかろうと、兄上ならご無事なはずです。であれば、我々が為すべき事は兄上にこの大剣を手渡す事でしょう。私は姫巫女。が、それだけです。本来のあるべき姿として全開放すればこそ、見える事もあるはずです」
リオはそう言って、自分が得物としているはずの大剣を仰ぎ見る。これでもまだ、彼女はその力の全てを使いこなせていないらしい。
「……御意。我ら真紅を冠する騎士団の名に誓って、<<白桃の姫巫女>>と貴方様の偉大なる祖先が遺した<<聖なる七星>>をレクトール様の下へと必ずお届け致します」
「お願いします……我らに、蒼き勇者と偉大なる祖先のご加護があらんことを」
「あらんことを」
リオの言葉にイミナは敬礼して応ずる。そうして、彼女らは彼女らの目的の為、カイト達にも何かを隠したままマクスウェルでの活動を行う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1126話『閑話』




