第1123話 隠し事
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『・・・』から『……』に変えました。ショートカットあったの知らなかった。
大鎧の中身であったリオという美少女。偶然の出来事によりその正体を知る事となったカイトとエルーシャの二人はとりあえずの口止めに了承すると、更に三人で話を行っていた。
「っと、そう言えばカイト」
「ん?」
「一個聞いておかないといけない事思い出した」
エルーシャはそういうと、少しだけ背筋を正してカイトへと問いかける。
「えっと……ランが少しぼやいてたんだけど、地球への帰還にどれぐらいの目処が立ってるわけ?」
「あ、私もそれ、気になります」
「ああ、それか。そりゃ、疑問に思うよな」
エルーシャに続けて疑問を呈したリオに対して、カイトはそれは最もな疑問だろうと判断する。これから同盟を結ぶのなら、組織同士は然りだがトップ同士の信頼関係も重要だろう。
そのトップの一人が地球へ帰る事を目標としているのだ。遠からず居なくなるかもしれないのであれば、少しそこらは注意しておくべき情報だろう。そしてカイトもここらは語る必要がある事だと思っていたし、聞かれれば答えるつもりだった。
「……目処はまぁ……立たねぇなぁ……」
カイトは先程飲みかけだった酒を取り出して、水面に月を浮かべながら首を振る。その顔には少しだけ、疲れが見えた。
「まぁ、トップが弱音吐くと駄目だから言わねぇけどな。かなり難しいだろう事は想像に難くはない。人の生き血を啜ってなんとかあの爺さんの所にまで合法的に渡りをつける事は出来たが……はぁ……さて、あの爺さんでもどこまで力になれる事やら……」
カイトは酒を呷ってため息を吐いた。酒でも飲まねばやってられないのが、本当に世界を越えた者の言い分だった。
「爺さん?」
「『大地の賢人』……大地に宿った精霊だ。ラエリアの奥地に居る精霊なんだが、大凡エネフィア全ての事を知っているだろう大賢人だ。実際、勇者カイトも地球帰還に際して意見を求めて何度か謁見している記録が残っている」
「それでも、地球へは帰れないのですか?」
カイトの言葉に驚いた様子を見せながら、リオが問いかける。やはり知名度の問題からか『大地の賢人』の事を彼女は知らない様子であったが、それでも精霊はわかる。それでも無理だということに驚いている様子だった。それに、カイトは断言する。
「無理だな。あの爺さんの権能を遥かに超えている。確かに万の知を持つ賢人だが、全知ではない。精霊の領域から離れた大精霊様の領域か、それとも星を司る星霊の領域だ。いや、星霊でも無理かもしれん」
「星霊?」
「星そのもの、それを司る精霊だ。神殿都市に行けば、詳しく知れるぞ?」
エルーシャの疑問にカイトが答える。まぁ、そういうわけではなくカイトは最初から知っているわけであるが、そこについては言わぬが花だろう。
とは言え、詳しく突っ込まれる事はなかった。神殿都市の名が出た途端に、エルーシャがげんなりとした様子を見せたからだ。どうやら、かつてはよく通わされたのだろう。
「ご、ごめんするわ……あそこにだけは行きたくない……」
「あはははは。ま、そりゃ良いわ。そういうわけだからな。大凡、転移術を手に入れられるのが精一杯。そこから先は本当に自力開発にならざるを得ないだろう」
カイトは本当に正直な所を二人へと明かす。実際、カイトとしてもここまでの目処は比較的早々に立てられていた。勿論、それでも大幅に予定より早い事は事実だ。
カイト達事情の分かる者の予測でおよそ5年だったのが、ラエリアの内紛、帝王フィリオ達の介入等により一気に半年程度に早まった程度。しかし、ここまでならば幸運さえ絡めばどこまでも早くなるだろう、と誰もが一致した認識を得ていた領域だ。なので幸運が絡んだ、と思えば不思議はない。
それこそ幸運にも遺跡探索の一発目で当たりを引けたのであれば、そこで終わるぐらいなのだ。下手をすれば今までに終わっていても不思議がない程だった。
問題は、この後だ。転移術をどのようにして世界間転移術へと昇華させるのか。これだけは本当にものすごい難しい領域で、100年経過しても無理な可能性さえあった。
「幾つの遺跡を回って、幾つの史跡を調べる事になるのやら……はぁ。まぁ、転移術を求めなくて良い、という幸運があるだけまだマシと思うしか無いんだろうな……」
カイトは非常に疲れた様子を見せつつ、そう語る。地球は近くにあるのだろう。だが、現実は水面に映る月の様に触れられない。そして水面にも映ってくれる事はなかった。そしてそれ故、カイトのため息は絶えなかった。
「はぁ……イクスフォス様のお力でも借りたいよ」
「イクスフォス?」
「「え?」」
首を傾げたリオに対して、カイトとエルーシャが驚きを露わにする。まだ、ソラ達ならば仕方がない。彼らにはエネフィアの常識はあまりない。故に知らないでも無理はない。が、エルーシャはこちら側の存在だ。故に知らないのは少々、可怪しいだろう。とは言え、それは一つの答えを示していた。
「……まさかこの国の奴じゃないのか?」
「え、あ、はい。この国の生まれではないです」
「ああ、なるほど……」
少し焦った様子を見せたリオの返答に、カイトとエルーシャは顔を見合わせて納得する。別に他国の建国者の名前を知らないのは不思議でもないだろう。
アメリカの様によほど有名であれば別だが、日本人に至っては神武天皇の名をどれぐらいの人物が知っているか、という領域にもなる。あまり他国の事は笑えない。ならば、不思議は無かった。
「イクスフォスというのは、エンテシア皇国の建国者の名だ。彼はこの世界の外から来たというのが通説だ。にしても、よくもまぁ、遠方からこんな東の果てまで来たもんだ。教国ってわけでもないだろうし、魔族ってわけでもないんだろ?」
「あ、はい。違います」
カイトの問いかけにリオははっきりと頷いた。今度は、一切の淀みもない。どうやらそれほど遠くから、兄を探して旅をしてきたらしい。とは言え、それならそれで疑問もある。
「とは言え……お兄さんを探して、ねぇ……他のはメイド姿をしていた所を見ると、従者とかなんかなのか?」
「っ……まぁ、似たようなものかと」
カイトはリオの顔に浮かんだ一瞬の動揺を見逃さなかった。確実に、彼女は何かを隠していた。とは言え、その一瞬は本当に一瞬だ。エルーシャでは見抜けなかった程だろう。こればかりは、相手がカイトであった事を呪うしかない。が、カイトは気付けども、指摘はしなかった。冒険者のマナーがあるからだ。
「……」
「……どうしました?」
「ん、ああ、いや、なんでもない。とは言え、最近国が滅んだとかは聞かないが……よほど遠くなのか? そのお兄さんと別れたってのは……」
「ええ……実は魔術の事故の様なものに巻き込まれてしまって……転移術の暴走、といえば良いのでしょうか。兄はそれに巻き込まれてしまいまして」
「それは……」
「あちゃぁ……」
カイトもエルーシャもリオの言葉に顔を顰める。魔術において一番悲惨な事故と言えるのが、転移術の暴走事故だ。暴走しているが故に、どこに飛ばされるかもわからない。
下手をすると世界と世界の狭間に飛ばされる事もある。勿論、五体満足である可能性も低い。生還の見込みは非常に薄いと言いざるを得なかった。
「はい……わかってはいますが、生還の見込みがある以上は捜索しないわけにもいかず、と」
「ん? でも待って。待っていたら生きていれば帰って来るんじゃないの?」
「いえ、随分と前に飛ばされたのですが、一向に帰ってこないので……もしかすると、事故で記憶喪失になっているのかもしれません。故に少しだけ猶予を、と」
リオはエルーシャの問いかけに首を振る。おそらくこの様子なら大鎧は彼女の正体を隠すという事情もあったはずだ。そう考えれば、口止めを頼んだ事にも無理がない。勿論、その兄とやらが死んでいる可能性も無くはない。それ故に猶予を、という事なのだろう。
大方兄とやらが跡取りで、地盤固めも出来た段階での事故だった可能性が高い。生きているのなら連れ戻さねばならないし、死んでいるのならその確証を得ねばならない。
後継者問題が発生してしまうからだ。そして現に発生しているのだろう。とは言え、知られると拙いのも拙い話だ。故に身内の彼女が、というのは確かに考えられる理由と言える。
「なるほど。それでマクスウェルに、と。確かにあそこは大陸最大の都市。何をするにしても情報が集まりやすい」
「はい……あの、それでどうでしょうか? 皆さんの縄張りを侵すことになるのですが……」
「いや、そういうことならかまわないさ。オレからもギルド内に通達を出そう」
「ありがとうございます」
カイトの許諾にリオが頭を下げる。やはりこういった動作一つにしてもどこかお姫様の様な優雅さがあった。元は相当な立場なのだろう、と推測された。
そしてその判断や、今回の同盟に参加してカイト達を推薦した理由もわかろうものだ。同盟最大のメリットというのは、この縄張り問題に関する事だった。
どうしてもギルドには金が絡む。故にギルドの本拠地がある街に他のギルドが本拠地を置くというのは、あまり良い顔をされる事ではないのだ。
「どうしても、ギルドには縄張りがありますから……」
「まぁ、こればかりはな。ああ、それならこちらで支部長にも話を通しておこう。可能なら、そちらから剣姫クオン達にも話を通せるはずだ」
「ありがとうございます」
カイトの再度の厚意をリオは有難く受け入れる事にする。ここらはカイトの言った通り同じ立場として、というわけだ。身内と離れ離れになった相手へ同情を示していたのである。と、そんなやり取りから一人置いていかれていたエルーシャがため息混じりに口を開いた。
「縄張り……やっぱり面倒よねー」
「しゃーないさ。どうしても金が絡んでくるからな」
「わかってるんだけどさー。それでランも同盟にお宅の所を強固に推進しててさー」
「まー、ウチはかなり幸運にも無主だったマクスウェルを偶然に領有しちまったからなぁ……」
エルーシャの言葉にカイトが僅かな苦笑を浮かべる。ここらは幸運と言える所なのだが、かつてキトラが言った様にマクスウェルを本拠地にしているギルドは――<<熾天の剣>>を除けば――存在していない。
支部は存在するが、クズハ達が存在していたりするその特異性故に本拠地は置いていないのだ。更にはクオン達がここを本拠地としている噂もある。故に、誰もが喉から手が出るほどに欲しいと思っていても領有出来なかった。もし万が一クオン達と縄張り争いをしたら、と考えれば背筋が寒くなるだろう。カイトだって嫌だ。なら、誰だって嫌だろう。
「事故って言ってしまえば終わりなんだが……ぶっちゃけてしまえば後から何も知らずに放り出されたが故に暗黙の了解とか知らね、と言う感じで設立してしまったからな……実際、知らねぇんだからどうしようもなかったんだが……てか、お偉方からの通達だっての……」
どうやら、そこらでギルド同士の諍いはあったのだろう。カイトはかなりの苦味を浮かべる。とは言え、これは彼も言う通り知らなかったのだから仕方がない。
そして残念ながら、ここに本拠地を置くと決めたのは他ならぬクズハ達だ。裏を知っていればどこのギルドも文句は出せない。カイト達は表向き、クズハ達に言われるがままにここに本拠地を置いただけなのである。そんな愚痴混じりカイトに、エルーシャが半分乾いた笑いを上げる。藪をつついて蛇を出してしまった、と思ったようだ。
「あ、あはははは……お疲れー……」
「いや、ホントに……」
エルーシャの労いにカイトはため息を吐いた。こればかりは起きるのも仕方がないが、カイト達とて仕方がないと言うしかない。クズハ達に言われたので、と言ってしまえば誰もが黙るしかないのだ。
かと言って、彼女らに文句を言いに行ける奴なぞそうは居ない。故に、カイトの所に時折文句が来るのである。こればかりは図らずも暗黙の了解を破ってしまった以上は仕方がない事なのだろう。と、そんなカイトの愚痴に付き合わされてはたまらない、とばかりにエルーシャが話題を転換する。
「あっと……そう言えば……」
「ああ、そう言えば……」
カイトも話題を転換したかった事もあり、エルーシャの誘いにのって話題を変える。そうして、しばらくの間三人は奇しくも、ギルドマスター同士での交流を得る事となるのだった。
それから、少し。流石にいつまでも一緒に居ては駄目だろう、と別れたわけであるが、カイトは己のテントに入るなり早々にソレイユににこやかに、そしていたずらっぽく笑いかけられた。
「にぃのえっちー」
「うぉい! ラッキースケベは認めますけどね!?」
「あはははは……で、見てたよー」
「でしょうね! で?」
そもそもラッキースケベと言っていた時点でソレイユが覗いていたのは確定だ。と言うより、そもそも彼女にはその自慢の視力を活かして周囲の警戒をしてもらっていたのだ。見ていて当然である。
「ランって人とイミナって人、どっちも居たよー」
「だろうな。ランが気付いていたかは、わからんが……イミナって人は確実にランの事に気付いていただろうな」
カイトはやはりか、と納得しておく。ランの気配は分かりやすかった。彼の腕はそこそこだ。大方、カイトに何か無作法をしてしまわないか心配で密かに付いて来ていて、偶然姉の悲鳴を聞いてカイトから遅れて到着した、という所だろう。ここら、彼はこういうことをしてくる相手だとカイトも認識している。
対するイミナはおそらくリオの入浴の見張りをしていたのだと思われる。しかしこちらは相手がエルーシャだった事で大鎧の中身がリオである事を明かしてしまいかねない為に出てこれなかった、と見て良い。カイトまで含まれたのは、不慮の事故という所だろう。
「まぁ、この二つは信頼出来そうか……隠している事には、興味があるが……はてさて……」
「で、にぃー」
「ん?」
どうしたものか、と考えようとしたカイトに対してソレイユがカイトを指差す。
「にぃ、汗臭い。お風呂入ろー?」
「あー……そう言えば、そうだわな……」
そもそもカイトもエルーシャと組手をして汗だくになったのだ。一応、汗の匂いには気を遣って消臭はしていたが、抱きついたソレイユにはわかったのだろう。そうして、カイトは仕方がなくお風呂に入る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1224話『同盟締結』




