第1119話 草原のおてんば娘
ギルド同盟の試験的な運用の為。カイト達はギルド<<草原のおてんば娘>>主導で公爵軍からの依頼を受ける事になっていた。と、そういうわけでカイトは最前線に位置する所に立っていた。
「お宅のところは前と後ろに別れてるのか?」
「そうね。基本的にランが前に出ても良いこと無いから」
カイトの問いかけに準備運動を行うエルーシャが答える。どうやら聞けばランは根っからの後衛タイプらしく前には出れないらしい。と言うより、前に出てエルーシャの邪魔になるのがわかっている為、後ろに引っ込む事にしていたようだ。
「おーっし! いっちょ、やってみますか! 今日も今日とてぶっ飛ばすぞー!」
ぐっ、ぐっ、と伸びを行ったエルーシャが告げる。やる気は十分に満たされているようだ。それを横目に、カイトは己の与えられる指示を与えられる人物に与えておく。
「ティナ、ソレイユは後衛。お前らはとりあえず適当にぶっ放してりゃ良いや」
「ま、所詮は雑魚じゃからのう」
「はーい」
カイトの指示にティナとソレイユが同意する。基本的に今回は連携の確認の趣が強い。なので敵はどこのギルドにしても雑魚と判断可能な魔物だけだ。後は時折竜種が出て来るという程度だろう。それにしたってこの場の面子ならば問題にならない領域だ。十分に戦える。
「さて・・・で、ウチのペットズ」
カイトはなぜか付いてきた二匹のペットを窺い見る。流石に大型化されるとモロバレなので今回は何時もの小さい形態で留まる様に厳命している。なので今も今とて日向はソレイユにおぶさっているし、伊勢はカイトの横で忠犬よろしくおすわりだ。
「お前らは好きにしとけ」
「きゅ?」
カイトの言葉に日向が首を傾げる。基本的に彼女らも好きにさせておけば良い。ここら一帯の魔物は彼女らには逆らわない。まぁ、彼女らにしてみればこんな雑魚の討伐戦は散歩と変わりないだろう。好きにさせるのが一番である。と、幾つかの指示を与え終わった所でランから通信が入った。
『姉さん。作戦目標は把握していますね?』
「とりあえず来たのぶっ飛ばせば良いんでしょ?」
『それで大丈夫です。姉さんは細かい事考えずにとりあえず目の前の敵をぶっ飛ばしてください』
「おっしゃ!」
ぱんっ、とエルーシャが手を叩く。後は、戦うだけだ。そしてランはエルーシャに何を言ってもいまいち効果が薄い事を長い付き合いで把握している。実のところ、カイトがここに入れられたのはその兼ね合いもあった。
『すいません、カイトさん。姉はこういうタイプの人なので全体的なフォローは貴方に・・・』
「あいよ。とりあえず全体の総指揮やらないで良いのなら万々歳だ」
ランの非常に頭痛を堪えた様な言葉にカイトが笑って応ずる。何をやるか、と言ってもカイトも前線で戦うだけだ。全体のフォローと言ったが結局は公爵軍と連携を取りながら、もし作戦にずれが生じていた場合等に手直しをする作業だ。それぐらいなら片手間でも出来る作業である。と言っても、やるのはカイトではない。
「と言っても、やるのは余じゃがのう」
「あっはは。お前が後衛に入った時のオレの基本は突っ込んでぶっ飛ばせ。オレも好きに戦うだけさ」
「なっついのう」
どこか昔見た笑顔を浮かべたカイトにティナが僅かな微笑みを浮かべる。この面子で戦うのは非常に久しぶりだ。と、そんな事を思ったからか、ふと彼女は何時も居る少女が居ない事に気付いた。
「そう言えば・・・ユリィの奴は何しておるんじゃ?」
「知らね。なーんかこそこそとやってる」
カイトはそう言うと肩を竦める。当たり前だがこの面子だ。なので勿論、ユリィにもお声がけをしておいた。しておいたが、彼女が忙しい、と若干後ろ髪を引かれながら不参加を表明していたのである。というわけなのであるが、それ故にカイトは我関せずを明言する。
「何かやってんじゃね」
「まぁ、良い年なんじゃから自分で考えとるか」
「だろうさ。ま、たまにゃこういうのも良いだろ」
カイトは己も準備運動をしながらティナの言葉に同意する。ここらでカイト・ユリィのコンビが必要となる事は滅多にない。彼女が何らかのフォローをしてくれているのであれば、カイトは相棒を信じて任せるだけだ。
伊達に何年も一緒に居るわけではない。もしこれが危険であれば、彼女の異変に誰よりも先に自分が気付けるとカイトは自負している。そうでないのなら、信じて待つ。そう決めていた。そうして準備運動が終わった頃にカイト達の耳に地響きが聞こえてきた。
『・・・来る』
「あいよ」
「よーっし!」
最前線も最前線に立った大鎧の言葉にカイトとエルーシャがそれぞれ準備を構える。今回の作戦は簡単だ。公爵軍が数を活かして魔物を冒険者達が待機している所に追い立てて、冒険者達が火力を活かして殲滅する。古来から行われている狩りと同じやり方だった。
これなら左右から逃げようとする魔物は公爵軍が飛空艇やら地上部隊やらで討伐出来るし、上手くやれば魔物の群れの背後を彼らが突ける。半包囲するつもり、というわけであった。というわけで、この地響きは軍が両翼から追い立てた魔物がこちらに近づいている音なのだろう。
「おぉおぉ、居る居る」
「数、減らしておくか?」
ティナがカイトへと問いかける。この部隊の総指揮は基本はカイトだ。方針は彼が決める事になっている。もちろん、エルーシャも大鎧も同意しているのでそれに従うつもりだ。
「んー・・・まぁ、とりあえず実力見せておくか」
「よかろう。では余らがごそっと道作ってやるから、お主らはそこを通って一気に殲滅せい。で、ソレイユは牽制を」
「はいはーい」
ソレイユは矢を弓につがえながらティナの指示に応ずる。昔からこの組み合わせだとこの戦法だ。一番オーソドックスだし、各々の得手を活かせる。と、その前に、だ。決めておかねばならない事が一つあった。
「一番やりは誰がやる?」
『・・・武勲に興味はない』
「・・・ここはウチの流儀でどう?」
カイトの問いかけに大鎧が興味なさげにスルーを決め込み、一方のエルーシャがカイトへと申し出る。カイトとしても武勲に興味はなかったが、ここで乗らないのもノリが悪いだろう。というわけで、エルーシャの申し出にうなずく事にした。
「良いね。どうぞ」
「コイントスで決めましょ?」
「裏」
チンッ、とコインをトスしたエルーシャに対して、カイトが告げる。そうして、エルーシャが手を開いた。それを見て、カイトが武器から手を離した。出たのは表。エルーシャの勝ちだった。
「どうぞ、お姫様」
「あら、優しいのねぇ・・・でも、私はおてんば娘なの!」
カイトの譲りを受けたエルーシャが地面を蹴る。その語調も踏み込みも力強かったが、地面には一切のくぼみが出来ていない。技術は良いらしい。
「援護頼むぞー」
『・・・よろしく頼む。イミナ、行くぞ』
「はっ!」
軽く駆け出したカイトに合わせる様に、大鎧がゆっくりと動き出す。どうやら本能的に基本的な陣形は決まっていたらしい。エルーシャとイミナが一番前で敵の数を減らし、少し強い魔物はその少し後ろに控えるカイトと大鎧が討伐、そして前線の4人が囲まれない様にティナとソレイユが援護だ。
これに加えて日向がちまちまと<<竜の息吹>>で砲撃を加え、伊勢が直援を行うというのがこの組み合わせでの何時ものカイト達の戦い方である。
「さてさて、お手並み拝見」
カイトは一足先に駆け出したエルーシャの後ろ姿を観察する。彼女は敵があと少しまで近づいた所で制止すると、深く腰を落として右腕を引いて、左手をその右手を覆うように軽く握っていた。
「こぉー・・・・・・」
エルーシャは先程までのおてんばはどこへやら、という様子で静けさと共に独特な呼吸法で呼吸を整える。それは呼吸と共に大気中の魔力を大きく引き込む独特な呼吸だった。
「我が左手には疾き風。我が右手には猛き焔・・・」
強大な魔力がエルーシャの右拳に宿っていく。その威力はカイトからしても目を見張る領域だった。そして加えられていたのは、それだけではない。高度な技術も備わっていた。
「はぁああああ!」
豪風が渦巻き、雄叫びを上げたエルーシャの身体を包み込む。そしてその右手には、業火が宿っていた。
「いっけぇえええええ!」
エルーシャが吼えて、引いていた拳を一気に前へと突き出した。そうして突き出された拳からはまるで台風の如きの豪風を纏う業火が渦を巻いて発射される。それは通り過ぎる周囲の魔物を大きく引き寄せると、その身を内側の業火の渦へと強制的に飲み込ませた。
「ふゅー・・・やるね」
振るわれた武芸にカイトが口笛を吹いて感心する。あれでいて、草原の草花には一切燃え移っていない。風が周囲に熱を伝えるのを阻害しているのである。
「超高火力を得意とする一撃必殺型の拳闘士か。見事なもんだ」
カイトは最前線で戦うエルーシャに惜しみない賞賛を送る。右手に纏う業火は彼女の熱い魂に似通うが如くに燃え盛り、左手に纏う豪風は彼女の強引な性格を表しているかのように吹き荒ぶ。そしてその戦い方は彼女の性格を表しているかの様に荒々しく、それでいて美しい演舞のようでもあった。
「単に殴っているだけに見えるが・・・実際は左で風を操って敵の動きを牽制、一箇所に集めて右の一撃で殲滅か。殴る方向、敵の動き、全てを見切った上での行動だな」
『見事じゃのう。あれは良き拳闘士じゃ』
「だな。ああまで極めてるんだ。そりゃあ、並の男じゃあ結婚したくはないだろうさ」
カイトはティナの言葉に笑いながら同意する。エルーシャは一見すれば単に暴れまわっている様にも見える。が、決してそうではなかった。カイトの言う通り、相当に極めている。おそらく幼少の頃からずっとやっているのだろう。この舞闘にはそれだけの修練があった。
「幼少時のあだ名は草原のおてんば姫、だったか。名にし負う実力だな」
『まったくじゃのう・・・では、余らもやるとするか』
「そうしよう。後でロートルとか言われないようにな」
カイトとティナは遠くで頷きあうと、本格的な討伐に入る事にする。幸い相方は大鎧だ。何かを気にする必要はないだろう。というわけで、カイトは刀を抜くではなく拳を引いた。
「そっち! デカいの一匹行った!」
「あいよ! たまにゃオレも一発ぐらいは拳でぶち込んどくか!」
カイトはエルーシャの声がけに楽しげにそう言うと、彼女よろしく右拳へと力を溜めていく。どうせなので、ということである。そうして、カイトが景気付けに一発ぶち込む事にした。
「<<神龍拳>>!」
カイトは10メートル程の巨体を誇る地竜の下に潜り込むと、そのまま一気に拳で巨体をぶち上げる。そしてその次の瞬間、その打ち上げられた巨体へ向けてカイトの拳から蒼い半透明の東洋の龍が迸り、その巨体へと絡みついた。
「ふんっ!」
カイトが気合を入れると同時に、怪力を誇る巨大な地竜を遥かに上回る剛力を以って締め上げていた半透明の龍が力を増して締め上げていた地竜を消し飛ばす。そんなカイトを見て、エルーシャが快活な笑みを浮かべた。
「ま、こんなもんだろ」
「やっるぅ! 私も負けちゃらんないわ!」
「同意だ。では、更に加速するか」
エルーシャの言葉に同意するようにイミナが加速する。彼女はティナの見通した通り、エルーシャとは真逆の手数重視の連撃タイプだ。雑魚の掃討速度であればエルーシャに負けてはいない。
「む・・・いいわね、こういうのも!」
どうやら、加速したイミナにエルーシャも触発されたようだ。彼女の拳に宿っていた2つの力が更に強烈な力を纏う。
『・・・熱くなりすぎなければ良いのだけど・・・』
大鎧はそんなイミナとエルーシャに僅かに苦笑していた。どうやらイミナも本来は熱くなりやすい性格なのだろう。僅かな心配が滲んでいた。
「なんだ、意外と中身は心配性なんだな」
『・・・』
カイトの言葉に大鎧が僅かに恥ずかしげな様子を見せる。どうやら、戦いの最中では静謐さを保つだけできちんとした人と言って良いのだろう。それもかなり若そうだ。
「ま、信頼してやれ」
『・・・そのつもりだ』
「いい加減素の口調でも良いと思うんだがね」
『・・・調子が外されているだけだ』
どうやら大鎧はすでに素の口調が別であるとカイトにバレているにも関わらず、こちらを貫く事にしたらしい。そうしてそんなカイト達は特に難しい事もなく、討伐戦を進める事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1120話『草原での一時』




