第1115話 秋空の来訪者達
アリス達の地球の飲み物が飲んでいたい、という望みに沿う形で何らかの行動を行っていたカイトであったが、その行動が語られる直前、カイトへと客が来てしまう。ということで、結局彼が何をしていたか語る事もなく、彼は客を通したという応接室へと移動していた。
「御主人様」
「ああ、椿か。仕事中、すまないな」
「いえ。そもそも御主人様のお世話が、私のお仕事ですので」
カイトの謝罪に椿が首を振る。確かに、それはそうである。そうして、彼女と合流したカイトは応接室の扉をノックする。
「失礼・・・って、お前は・・・」
部屋に入ったカイトであったが、そこに居たのは見知った人物だった。いや、正確に言うと知らないに等しいのであるが、それでも知らないとは言えない相手だった。と言っても、その中の一人が、という所だろう。
『・・・あの時は世話になった』
「ああ、こちらこそな・・・ってか、お前非常時とか関係なくその姿なのな」
カイトは椅子に座りながら、目の前の大鎧に苦笑する。そう、カイトの客とは一週間ほど前に『天覇繚乱祭』の予選大会決勝戦で戦った大鎧であった。
「依頼・・・というわけではなさそうだな。お前程の実力者がオレ達に依頼する内容は殆ど無いだろう」
カイトはとりあえず相手の来訪内容を推測してみる。今回、カイトの客として来ていたのは大鎧を筆頭として数人の冒険者集団だ。なぜ冒険者だと分かるかと言うと身のこなしや顔立ち、服装などから総合的に判断した。そしてそこから、時期などを総合的に判断すれば大凡の理由は理解出来た。
「ふむ・・・なるほど。ウチで幾つ目のお誘いだ?」
「っ・・・驚いたな。まさか読み当てるとは・・・」
「単純な推測だ。この程度は当てずっぽうでなくても時期やら何やらを考えれば普通に推測出来る。まぁ、少々早かった、とは思うがな」
「ご明察です」
カイトの言葉に眼鏡を掛けた冒険者の一人が頷いて頭を下げる。この彼は理知的な雰囲気があり、おそらく彼がカイトの所に来る事になる要因の中心人物になっていたと考えられた。そんな彼は冒険者登録証を机に置いて、己の身分を証明する。
「申し遅れました。私はギルド・<<草原のおてんば娘>>ランテリジャと申します。家名は今は使っておりませんので、どうかランとお呼びください」
「わかった。カイト・天音。天音 カイト。どちらでも良いが、とりあえずはカイトで結構だ」
カイトはランから差し出された手を握る。名前の響きが独特な感じがあったので、元々はどこかの部族の出身なのだろう。それもかなり上位層の出身だ。何らかの事情で家名を捨てたか、何らかの事情で名乗れないか、なのだと思われる。
「ありがとうございます、カイトさん。本来なら、長々と自己紹介を行いたい所なのですが・・・何分この人数ですので。とりあえず代表で今は私だけ、と。それにここに居る方々は偶然こちらでの依頼がありついでに来られただけ。これで全部ではありませんよ」
「そりゃな。この人数じゃあ逐一挨拶しあっても時間が掛かりそうだ」
ランの申し出にカイトが笑って同意する。今回の客はランと大鎧だけでなく、十人近く居たのだ。全員が冒険者だ。それも、カイトを含めてある共通点を持った者達である。その共通点とは、全員がギルドに所属しているという所だ。それも大半が幹部格と言って良いだろう。
「とは言え、所属ぐらいは明かさねば」
「いや、大丈夫だ。これでも冒険者をやっているからな。何度か見た顔はあるし、この間の会議の前の演習でオレ達と組んだ事のある奴も居る・・・椿」
「はい」
ランの言葉にカイトは椿から一つのリストを受け取った。そしてそれを見て、カイトはやはり、と納得する。見ていたのはやはり、大鎧だ。
「やはりか。あんたのみ、オレの情報にはない。そっちのオレが戦った大鎧の所属だけ、教えてくれ」
「あはは・・・参ったな。まさか情報屋にも伝手を持っているとは・・・」
「おいおい。オレはあんたが常連だ、って聞いてるぜ? で、それだからあんたもオレの所に来たと読んだ。違うかい?」
「おっと・・・ご明察です。貴方の事は情報屋から伺っておりました。大鎧の彼の推挙が無くとも、伺わせて頂くつもりでした。では、どうぞ」
カイトの推測にランが頭を下げる。考える事は一緒、というようだ。彼の思惑はわかっているのだ。であれば、カイトの思惑がわからないはずがない。そうして、ランの求めに応じて大鎧が口を開いた。
『ギルド<<ミステリオ騎士団>>ミステリオンだ。貴殿らの事は我々が推挙させて貰った。先の一戦でそちらが信用出来ると思っている』
「ふむ・・・」
カイトは一瞬、目を細める。ミステリオという名は彼も知らない。が、その名を名前として使うということはどこかの組織なのだろうとは思う。普通、よほど自己顕示欲の高い者でない限りは自分の名をギルドの名前には使わない。
であれば、この大鎧の名はいわゆる称号、または襲名の様な形でトップが代々引き継いでいる名なのだろう。別にこういう芸名の様な形の名を使ってはならないということはない。現に彼の近くであれば、例えばカリンは一種の通り名に近い。本姓は榊原で、本名は榊原・花梨だ。
「わかった。とりあえずはそれで良いだろう」
「はい・・・とは言え、一応念のために我々の要件は口にしておきましょう」
「ああ、その方が良いだろう」
カイトはランと共に音声記録用の魔道具を机の上に置いた。言った言わないを防止する為だった。何も言わずとも相手の行動を理解している当たり、どうやらランも抜け目ない相手のようだ。
「はぁ・・・油断ならない相手だ。そうなさったギルドマスターは私がお声がけした中でも半数以下だというのに・・・」
「自分でやっておいて言わないで欲しいな」
「あはは。では、一応。録音しますし、録音して結構ですよ」
「ああ、わかった」
カイトとランはほぼ同時に録音を開始する。ここからはある種の契約に関する話になる。言った言わないで揉めるのが非常に面倒になる事はお互いに分かっていた。
「さて・・・もうご了解かと思いますが、我々は全員ギルドに所属しており、更にはどこかのギルドの幹部に匹敵する人物です。活動範囲は主にこのマクスウェル近郊を中心とした、ですね。何時もはここまで多くはないのですが、皆さん貴方方という事で興味を抱かれた為、ご一緒にと。大人数で押しかけたのは申し訳ない。私もまさかここまで増えるとは思ってもおらず・・・」
「まぁ、それは構わんさ。それだけしっかりと考えている、という事だからな。だが、ふむ・・・」
カイトはラン――彼はサブマスター――の言葉に少しだけ首を傾げる。確かに彼自身が言った様に、この場の何人かはカイト自身も組んだ事のある冒険者だ。
お互いのギルドメンバーも含めれば冒険部と一度は関わった者は多いだろう。が、大鎧だけは別だ。カイトは聞いた事もない。そんなカイトの視線を受けて、大鎧が答えた。
『我々は最近こちらに来た。そこで偶然ラン殿に声を掛けられた』
「こちらに来る前の事です。偶然、あの武闘大会を拝見しまして。ギルドとして腕はかなりの物だと思いましたので、お声がけしました」
「たしかにな。先生が感心なさっていた。ギルドとしての動きはこちらも信頼に足る物と思うな。もし順番が逆だったとて、オレもそちらを推挙させて貰っただろう」
ランの言葉にカイトも同意して、その行動は正しいと判断する。まぁ、偶然とランは言っていたが偶然とは思えない。おそらく、彼が調査の為に動いていたと見るべきなのだろう。
そう言う意味で言えば本当に偶然なのは、大鎧を勧誘した事の方と思われた。些か拙速ではあるが、この場合は拙速でも良いだろう。そうしてそこにカイトが納得した後、彼は一つ頷いた。
「すまない、腰を折った。それで、話を進めてくれ」
「はい・・・それで要件は今度のユニオンの全体会議の事ですね。ご存知ではない、とはおっしゃいませんね?」
「ああ、勿論な。色々と巻き込まれて預言者殿と幾度か会話している。その折に聞いている」
「ええ。そうかと」
ランはカイトの言葉に笑って頷いた。きちんと然るべき筋にアンテナを張り巡らせていれば、カイトが旧ラエリアの大大老達の策略に巻き込まれていた事は把握出来る。その程度であれば、そこそこのギルドを運営出来る経済力があれば十分に可能だ。であれば、そこからユニオン上層部と少し繋がりが出来ていても不思議はないと想像も可能だろう。
「それでそれに向けての動き、といえばわかりますね」
「ああ・・・ギルド同盟の事、だな?」
「はい。ギルド同盟の事です」
カイトの言葉にランも敢えて明言して頷いた。敢えて明言したのは、お互いにきちんと了承している、という事を記録する為だ。
色々と抜け目ない性格なのだろう。時折わかりきった事を敢えて言っている様な風があった。トップがカリスマを持ち突き進み、補佐がしっかりと運営している類のギルドなのだろう。ある意味元来のカイト達と同じと言える。と、カイトが少しだけ感心した様に頷いた。
「時期には少し早いと思ったが・・・」
「色々とアンテナを張っていれば、と言う所でしょう」
「打算的だし、抜け目がないな」
「それを一瞬で見通した貴方も流石だと賞賛を返させて頂きましょう」
「受け取っておこう」
ここは、どうやら明言しなかったらしい。いや、出来なかったとも言える。さて、今両者の間で何があったかというと、表向き対等な同盟関係を築く為のやり取りだ。
そして何を明言しなかったのかというと、これは両者のコネの話だ。実を言うと、この交渉はカイトの方が圧倒的に有利なのである。そしてランもそれを十分に把握していればこそ、ギルドの上下関係を付けさせない為に明言しなかったのであった。そうして、カイトが本題というか結論に入った。
「まぁ、そういうことであれば、ウチとしても異論は無い。一応土台のお陰で弱小は抜け出しているだろうが、それでも所詮は中堅クラス。八大のお偉方には遠く及ばんし、小さい所でもカリンの所やその他有名所にはまだまだ及ばん」
カイトは改めて自分の手札を明言する。そしてこれは残念ながら、事実である。確かに規模としては数百人規模で、更には独自に研究機関を設置する等見た目だけは大規模なギルドとなりつつあるがまだこれでも中堅と呼ばれる領域だ。
その原因はまず第一に、所属する冒険者の層が薄い。上でカイトのランクA。それもこれは事情ありきのお話だ。ランの様にしっかりと裏を知っていれば、決して純粋な意味でのランクAには見られない。最低、この倍は層の厚みが必要だろう。
次に実績も足りていない。これはどうしようもない。知っての通り、カイト達は事故で飛ばされてきた。活動日数はまだ一年未満、半年も経過していない。幸い土台となるマクスウェルが大きいお陰で規模は巨大になってきているが、それだけに過ぎないのであった。
「あはは。比べている相手が悪い様に思われますが・・・」
「何分、外で知り合ってるのがそこら大御所だけでね。この間のラエリアの関連だのヴァルタードの皇帝陛下の依頼だの、更にお上にはクズハ様だのと色々と大御所が関わってくる案件に関わらされたら、このザマだ」
「まぁ・・・それはご愁傷様としか言いようがありません」
非常に嫌そうな顔でため息を吐いたカイトに、流石にランも僅かに頬を引き攣らせて同情を示す。改めて言い連ねてみれば分かるが、明らかに冒険者になって数ヶ月の者が経験して良い事件の数々ではなかった。
たまたまカイトだったからこそ突破出来ているが、確実にこれが他の誰かであればどこかでくたばっているだろう。が、日本人というレアリティが絡んだ所為で起きていた事が多いので仕方がない。
「・・・まぁ、だからこそわかっている、と言っておこう。デカい所はマジでヤバイ。あいつらとまともにはやりあっていられん。今だって、分かってるんだろう?」
「あはは。はい。それについてもご愁傷様、と」
ランはわずかに同情的にカイトの言葉に笑みを浮かべて頷いた。彼らのギルドはまだそこまで大御所が関わってくる案件には関わっていないが、それでも大御所のヤバさというのは把握している。カイトが分かっていても不思議ではないと理解していたのだ。そうして、カイトはランの同意が得られた事で話を先に進めることにした。
「とは言え、だ。それ故に今のこちらでは安易に話を飲めないのも事実だ。選別はさせてもらいたい」
「わかっています。だからこその、この誘いなのです」
「わかった。詳細を承ろう」
「はい・・・カイトさんも把握されている通り、我々には力がありません」
ランは改めてカイトの求めに応じて本題を語る。これは事実だ。どこのギルドも一つで大した影響力を出せる程、強い力は持ち合わせていない。せいぜい地元で影響力を出せる程度だろう。それは『冒険部ギルドマスター・カイト』も大差ない。
「だからこそ、我々は貴方にギルド同盟の誘いに来ました」
ランは改めて、カイトへと自分達の目的を語る。そうして、ギルド同盟に関する本格的な交渉がスタートするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1116話『同盟への誘い』




