第1114話 秋空の冒険部
秋のとある大雨の日の翌日。どうやら女心と秋の空、という言葉の通りに翌日は朝から秋晴れというに相応しい綺麗な青空が広がっていた。それを、今日も昨日と同じくカイトとティナが眺めていた。
「あー・・・今日は布団、干したい様な天気だなー」
「余は干したぞー。椿に頼んだだけじゃが」
「お、今日はふかふかか」
「これでお主があばれん限りは、翌日もふかふかが楽しめるんじゃがのう・・・」
「おい」
特に急ぐ必要がある事もない。なので二人はのんびりと呑気な会話を交わし合っていた。交わし合っていたのだが、大凡全員が揃いかけたタイミングで、由利が半笑いで現れた。
「カイトー。ちょっと話あるけど大丈夫ー?」
「おう、なんだ?」
「ソラの事でちょっとー」
由利はそう言うと、カイトを手招きする。どうやらソラが居ない事も何かの関係があるようだ。というわけで、カイトは執務室を離れてソラの私室へと移動する。そこは階層としてはカイトの部屋の一階下だ。
ソラも客を招く事があるかも、という事で良い部屋が与えられているのだが、やはり当人の性格も相まってそこまで掃除がされているわけではなかった。なかったが、ナナミのお陰で整理整頓はされているし彼の日本の部屋の様に散らかっている様子は無い。客が急に来ても大丈夫と言える。
ナナミが居てくれて助かった、という所だろう。ここらは由利も少し苦手な所で、少しほぞを噛んでいる所でもあった。
「あはは。まぁ、昨日の大雨だからなー。しょうがない」
道中でカイトが呼び出された理由を聞いて、カイトが笑いながら仕方がない、と頷いた。そうしてソラの部屋へ入ったカイトであるが、そこに居たソラはベッドの上で寝ていた。
額には濡れタオルが置かれていて、氷枕が頭の下にある。そして横には、水の張られた桶。更におまけに、彼の横にはおかゆを掬ったレンゲを持つナナミが居る。どこからどう見ても、風邪で寝込んでいる様子である。と、そんなナナミもカイトに気付いたようだ。頭を下げる。
「あ、マスター。おはようございます・・・ソラくん。この通り、なわけで・・・」
「ああ、おはよう・・・ソラ、ダメそうだな」
「けほ・・・おーう、ワリ・・・」
「あはは。まぁ、あの大雨の中の依頼だ。しゃーないさ。多分、風邪だな」
顔を真っ赤にしたソラに対して、カイトが笑いながら寝ている様に手で制止する。と、その一方、由利がカイトへと問いかけた。
「リーシャさん何時帰るか分かるー?」
「あー・・・わっりぃ。今日はシャマナ様の定期検診で半日はあっちだ」
カイトは由利の問いかけに渋い顔でリーシャの居場所を告げる。リーシャの事はあまり公では話せない内容の時がある。なので誰が来るかもわからない執務室ではなく、ソラの私室で由利は話をすることにしたのであった。
そして案の定、今回はあまりおおっぴらに出来ない方だった。こちらは公爵家――ひいては神聖帝国と皇国の両国からも――から直々に頼まれた公務だ。更には容態で悪いのはソラよりもシャマナだ。優先されるのは、あちらだろう。
「あー・・・じゃあ、すぐには無理かー」
「まぁなぁ・・・タイミングが悪かったな・・・」
苦い顔の由利と同じように、カイトも僅かに苦い顔で頷いた。なんとかしてやりたいが、なんとか出来ないのが現状だ。とは言え、為す術なし、というわけでもない。
「はぁ・・・昨日の今日で悪いが、昨日の病院に頼んでみるか。ちょっと待ってろ。内科にアポ取れるかやってみる」
「お願いして良いー?」
「ああ。ちょっと待ってろ」
カイトはそう言うと、ソラの部屋の中の空きスペースへと移動してスマホ型の魔道具を取り出すと、公爵家で作っているデータベースにアクセスして昨日訪れた病院への通信回線を開いた。
そうしてカイトはしばらく病院の窓口へと状況の説明を行う事になるが、風邪を引いた原因の話になった時には一瞬怒られたが、それが昨日の依頼を受けた冒険者である事が分かると一気に対応が良くなった。流石に自分達の無理な依頼で無茶をさせたのだ。申し訳なかったようである。
「ええ・・・ええ・・・ああ、ではすぐにそちらに向かわせます」
『はい、お待ちしております』
「これで、良いかな」
カイトはスマホ型の魔道具をポケットに仕舞うとその場を後にして、由利達の下へと移動する。
「と、いうわけだ。着替えさせたら向かうと良い」
「ありがとー」
「ありがとうございます」
「ああ。由利もナナミも今日は一日そいつについてやってくれ。昨日の功労者だからな」
カイトはそう言うと、恋人たち三人衆を残してソラの部屋を後にする。流石に熱で恋人が寝込んでいるのに無理はさせられない。なら、ソラの事を考えてもさっさと治ってもらった方がよほど良かった。そうして執務室に戻って早々、カイトはアル達を見ながら告げる。
「と、言うわけでソラ達は今日はお休みだ。他、昨日出てた奴。体調不良があったら今のうちに申し出ろよー」
「あははは。僕は大丈夫だよ。昨日、ジンジャーティーを飲んでゆっくりと寝たからね。身体が濡れた時はジンジャーティーに限るよ」
「ぷっ・・・」
「「「?」」」
アルの言葉に唐突に吹き出したアリスに、全員が一斉に注目する。そして同時に、その横のルーファウスが非常に苦々しい顔をしている事に気付いた。
「いえ・・・実は兄さんも雨の中の任務から帰って来るといの一番にジンジャーティーを飲み同じことを言うので・・・つい。飲むと必ず、雨に打たれた後はジンジャーティーに限る、と。どこか気取った様子で」
「・・・うるさいぞ」
「・・・あ、あはははは」
アリスの言葉に今度はアルも苦い顔になる。その一方のルーファウスは自分の密かな行動を暴露されて、一転かなり照れくさそうにしていた。ここまで似ているとある意味面白くなる。
とは言え、そもそもそれは道理だ。生姜には発汗作用があるわけで、身体を温めるには丁度よい。そして文化風習として皇国も教国も西洋に近い。生姜湯等よりジンジャーティーの方になるのは、自然な事だったのだろう。
「まぁまぁ。二人共正しい判断はしてるんだから、そうカッカしない。まさか、生姜食べたわけでもないだろ?」
「・・・そうだね。そう言えば、寒い日はカイトは何飲むの? 何も飲まないわけじゃないよね?」
どうやら、アルもそれはそうだ、と思ったようだ。即座に気分を切り替えるべくカイトへと話題を振る。
「ん? ああ、そりゃな」
「そう言う場合ってどうしてたわけ?」
「オレか。オレは寒い日には葛湯飲むなぁ・・・」
「葛湯・・・懐かしいですね。私も好きです」
カイトの発言に桜が懐かしそうに同意する。今までは春から夏に掛けて活動していたわけで、身体を温める飲み物は不要だった。しかしそろそろ秋も本格化し始めて、昨日の様に段々と寒い日も出てき始めている。そろそろ、生姜湯や葛湯などの身体を温める飲み物が恋しくなる時期だった。そしてそうなると、一気に全員がその話題へと興味を持ち始める。
「そう言えばずっと疑問だったんですけど、瑞樹ちゃんのお家・・・確か御影のおじ様が飲まれていたのはマルドワインですか?」
「あら、流石に良くご存知ですわね。ええ、それですわね。私も中学に入ってからは何度か冬には嗜みとして覚えておく様に、と・・・あ、あら。これは言っては駄目かもしれませんわね」
瑞樹は大慌てで己の発言を訂正する。うっかり喋ってしまったわけなのであるが、マルドワインはその名の通り、ワインだ。つまり、アルコールが入っているアルコール飲料であった。勿論、子供である瑞樹が飲んでは駄目である。が、ここらは嗜みという事で密かに、というわけであった。
「あはは。今更気にしない気にしない。にしてもマルドワインか。オレも振る舞われた事があるが・・・ああ、そうか。今思えばそれと同じ味なのかもな」
「? ああ、そう言えば・・・そうなのかもしれませんわね」
カイトの来歴を思い出し、瑞樹はカイトが振る舞われたのであれば誰なのか、という所に思い至ったようだ。カイトがイギリスで振る舞われたのであれば、それは瑞樹の叔母が嫁いでいるイギリスの伯爵家だ。カイトはあそことかなり友好的な関係を築いており、振る舞われていても不思議はなかった。
「マルドワイン・・・それはどういうものなのですか?」
カイト達の会話を聞いて、どうやらアリスが興味を抱いたらしい。横のルーファウスもかなり興味深げな様子があったし、アルも趣味もあり同じ顔である。ここら、少し悪戯心の芽生えたカイトは指摘したい所であったが、発端を考えて素直にアリスの質問に答える事にした。
「簡単にはホットワイン・・・温めたワインだよ。モルドワインとも言うな。他にも地方によってはヴァン・ショーやグロッグとも」
「・・・え?」
美味しくなさそうな気がする、とアリスがしかめっ面をする。彼女もたしなみの範疇でワインは嗜んでおり、ルーファウス曰く些か味にはうるさいらしい。数少ない大人な趣味らしい。
「あはは。そうですわね。初めて聞かれた方はそんな顔をされることも多いですわ。でも実際にはオレンジピールなどの柑橘系のフルーツやナツメグやクローブなどの香辛料、更にお砂糖を入れて煮込んで出来る飲み物、ですわね。ただこれは家庭で作られる物ですので、決まったレシピは無いですわ」
「というわけで普通はそうなんだが、実は同じ味を飲んでいたのかもな、ってなっただけだ。オレが振る舞われたのは彼女の親戚の家でな」
「ああ、そういう・・・」
アリスはようやく納得した様に頷いた。この世界にもブランデーを紅茶の中に入れて飲む様な飲み方はある。他にも温めて飲むお酒というものが無いでもない。その一種だと思ったのだろう。そしてであれば、彼女の口から再び言葉が出た。
「飲んでみたいです」
「ん?」
「あ、それなら僕も・・・」
「・・・俺も出来るなら飲んでみたい。葛湯というのも興味がある」
アリスの申し出に続けて、アルとルーファウスが興味を示す。どうやらいくら軍人と言っても、年齢はカイト達と同じなのだ。流石に異世界の飲み物とあっては興味がそそられないわけがなかったようだ。
「まぁ、作るのは別に構わないし問題無いけど・・・んー・・・と言っても普通に飲んでも普通の飲み物になるよなー」
カイトはこういう場合、何かと雰囲気もこだわる男だ。それ故どうせならなるべく美味しく飲んで欲しいと思っているらしい。どうするのが最適か、と悩んでいた。
と、そういうわけなので全員がカイトの言葉を待つ事になるのだが、唐突に彼がいたずらっぽい相棒そっくりな笑みを浮かべた。
「そうだ! 良いこと思いついたー」
「は、はぁ・・・」
全員が唐突に声を上げたカイトに目を見開く。が、その一方のカイトは楽しげに何かの用意を整えるべく、各所へと連絡を入れていく。
「おう。そういうわけ。お前らも手伝えない? そそ。そう遠くまでは行かないし、たまには皆でそういうのも良いだろ? さて、次は・・・ああ、連絡入れとかないと確実に灯里さんがうるさいな。えっと、内線は・・・」
どこと連絡を取り合っているかはわからないが、どうやらそこそこ大きな動きをしているらしい。とは言え、冒険部上層部一同もとりあえずカイトの結果を待たねば動けない。なのでただ彼の動きを待つ事になる。と、それから少しして、彼は机に備え付けられた通信用の魔道具の受話器を置いた。
「よし! これで全部の根回し完りょ」
「マッスター! お客様でーす!」
「「「・・・」」」
冒険部執務室が唐突に現れたシロエに動きを一時停止させる。これから楽しげなカイトが何かを語ろうとしていた所でのこれだ。ある意味では虚を突かれた様な形だった。
が、カイトの方は私的な動きであって、こちらは公人としての動きだ。というわけで、カイトは少し照れた様子で半分上げていた腰を下ろした。
「・・・あー、とりあえず全員週末の付近空けとくこと。出掛けるからな」
「「「あははは」」」
これはカイトも恥ずかしくなるのも無理はなかった。なので冒険部幹部陣は全員乾いた笑いを上げるしか無かった。そうして、カイトはそんな乾いた笑いを背に、少し照れた様子で客の下へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1115話『秋空の来訪者達』




