第1112話 様々な思惑
後半、少しわかりにくい表現があるのはご了承を。
『道化の死魔将』の手引きにて警察署への襲撃犯に協力していた謎の剣士と共に布状の奇妙な魔物を改良した魔物を討伐したカイトであるが、戦いの終了と共に即座に各種の手配を整えていた。
「ああ、そうしてくれ。顔は見えなかったが、何らかの思惑はあるはずだ。見つからない様に動いていると思うが、万が一発見出来た場合は是が非でも捕らえる様に各貴族へは通達を」
『わかりました』
『お父様にはこちらからお伝えしておくわ。そちらは万が一まだ何かが仕掛けられていないか精査を。お父様は今少しメルと共に外の国の使者と会談中で出られないわ』
カイトの指示を受けたクズハとシアが頷いて、即座に行動に入る。『道化の死魔将』が何らかの援助をしていたというのだ。その危険性は計り知れない。と、そんな感じで幾つもの手はずを整えていると、警察署の被害状況の報告が上がってきた。
「天音殿・・・警察署の被害状況の確認が終わりました」
「ああ、すいません。それで?」
「はい。とりあえず、犠牲者は奇妙な事に皆無でした」
「ふむ・・・まぁ、彼らの事を考えれば妥当か・・・あ、続けてください」
警察署の署長に相当する男がカイトへと警察署の被害状況を報告する。彼にカイトの正体は教えていないが、クズハより直接今回の一件は彼が指揮を取ると通達されている。流石に現状でティナやその他面子を偽装の為だけに向かわせるのはあまりに愚かしい。なのでカイトが直接指揮する事にしていたのである。
署長もその采配を訝しんではいたものの、カイトの采配の見事さ、各所への伝達の速さなどからここらを見込まれたのか、と思う事にしたようだ。と、そうして署長から聞いた被害状況を聞いて、カイトが一気に困惑することとなった。
「・・・被害者の遺体? なぜそんなものを・・・」
カイトが困惑したのは、ここだった。逆に署長が訝しんでいた死者がゼロという結果の方には、カイトは何ら疑問は持っていない。共闘した剣士は無駄な被害を生むのを極度に厭っていた。不思議はない。
不思議なのは、襲撃犯が強奪した物だ。襲撃犯が強奪したというのは、なんと彼があの謎の剣士のどちらかに頼んで殺させただろう武芸者の遺体だった。それを、彼は警察署をわざわざ襲撃してまで強奪していたのである。
「ふむ・・・ああ、ありがとうございます。後はこちらで」
「あ、はぁ。では、また用があれば呼んでください」
カイトは警察署の署長を下がらせると少しの間、被害者の遺体を盗んだという事へ考察を行う事にする。
(遺体を使って行える事と言えば、最もあり得るのは死霊系の魔術だ。が、殺して蘇らせる意味は? 殺して蘇らせて操るのであれば、始めから洗脳でもした方がよほど楽で確実だ。あの盗人の力量は冒険者で言えばC程度。それを道化が手助けしている意味もわからんが・・・盗む意味もわからん)
カイトは幾つもの矛盾を孕んだ襲撃犯というか盗賊の行動に眉を顰める。この際、遺体を使う云々の道理に反するというのは無視だ。そもそも多少魔術に関わる以上、そこらの倫理観は無視している。
例えば遺灰を魔術の道具に使う儀式というのはありふれた物で、あまり良い事とは思えないが合法的な流通ルートも存在している。ティナも勿論、時折世話になっている。こればかりは、魔術という尋常ならざる事象を扱う以上は些か目をつぶらざるを得ない事だった。
(だが、盗んだからには奴らとしては是が非でも欲しいわけだ。であれば、そこには必ず意図があるはず。その意図は何だ?)
カイトは盗人の意図を、更にその裏で暗躍する道化師達の意図を推測する。と、そんなカイトの所へと、ティナがやってきた。クーから詳細な情報を回収するついでに、カイトと合流したのだろう。
「まぁ、意図はまだわからぬが、巧妙に操られておるだろう事は確実じゃろう」
「そうだろうな」
ティナの言葉にカイトも椅子に深く腰掛けて同意する。二人が言及したのは、あの盗賊の事だ。確実に彼は良い様に操られているだけだと推測される。
「あれは小物。裏に何らかの意図がある事に気づけてはいまい」
「やれやれ・・・普通に見知らぬ人を安易に信じちゃいけません、とは親から習わなかったのかねぇ」
「知らぬよ、そんなのはのう」
カイトは僅かな哀れみを盗賊へと向ける。彼にも彼で何かの思惑がある事は事実だろうが、彼個人についてはその思惑を『死魔将』達が利用しているだけに過ぎないだろう。何らかの事を起こす為に彼を利用しているだけと思われる。
「さて・・・ティナ。遺体を使って行うとすれば、何が一番だ?」
「まぁ、一番は死霊系の魔術よな。あれが一番可能性としてはあり得よう」
「やはりか・・・だがそれは」
「うむ。辻褄が合わぬな」
カイトの推測と同じ結論に至っていたティナがカイトの言葉に同意する。そもそも彼よりもティナの方が遥かに頭が良いのだ。今得られている情報から、この結論は正しいと思って良いのだろう。そしてここから先が、彼女の本領発揮だった。
「さて、ではこの辻褄を合わせるとなると、些か苦労する」
「と言うということは、合わせられたわけか」
「うむ。一応は合わせられる推測は出来ておるよ」
「さっすが」
カイトは笑い、ティナに先を促す。餅は餅屋。所詮カイトは戦う者だ。
「今のところ一番あり得ると言えるのは呪われた道具、という所じゃ。伝え聞く榊原家の『裏八花』、双子大陸はとある王国に伝わる<<呪殺の勾玉>>の様なのう」
「・・・そうか。それは確かに・・・死人でないと使えない呪われた道具。それを、使わせる為か」
カイトはティナの言葉を聞いて瞬時になるほど、と納得する。呪われた道具。それは道具そのものに一種の呪いが掛けられており、所有者を呪い殺したり害を与える道具の事だ。
基本的にこれは生身の人間が何の対処も無しには使えない。敢えて言ってしまえば常時かつての小夜の様に呪われ続ける様な物だからだ。そして大半がそういうものだ。
「うむ。死人であれば、呪われぬ。呪いは生者を呪う物。死者は呪えぬ。敢えて殺して操らねばならぬのであれば、それが最も可能性としては高かろう」
「なるほど・・・であれば、カリンを通して榊原家やそこらには通達しておいた方が良いか・・・流石に奴らが一度狙った『裏八花』は流石に狙わんだろうが・・・喚起だけはしておくか」
ティナの推測を聞いて、カイトはであれば、とそれに対する対処を考える。カイトに一番近しい所であれば、カリンの主家にあたる榊原家だ。
ここが保有している『裏八花』はいわゆる、妖刀魔刀の類だ。表が名刀利刀という優れた武器として賞賛されるのに対して、裏はあまりに禍々しいという事で封ぜられている品だった。対として語られるのは、そこらの理由もあった。
「『裏八花』は確かカリンの親父さんさえ手に余った物・・・あれ狙いだとヤバイか。いや、この世にゃ他にももっとヤバイのがごまんと転がってるんだが・・・」
「確か玉無しになったのはそれ故じゃったか?」
「厳密にゃ、玉無しじゃねぇけどな・・・まぁ、似たようなもんか。一時期裏も散逸していたからな。裏を手に入れる際に何かあってうっかり使っちまったって話らしい」
カイトはティナの言葉を認める。ここら、カイトも詳しくは知らない。カイトが出会った時にはすでにカリンの親父さんは呪いを受けた身体であり、又聞きにしか過ぎないからだ。
そしておそらく、彼の事。このうっかりは本当にうっかりではなく、使わざるを得ない状況に追い込まれて覚悟の上だったのだろう、とカイト達は判断していた。
「ふむ・・・ということは、とりあえず燈火かカリンに連絡か。んで、陛下が連絡取れたら即座に陛下を通じて各国へと通達して貰って、各国で防備を整えてもらうか」
「それが良かろう。あの剣士達は兎も角、あの盗賊程度であればどの国の警備隊でも本気になれば捕まえられよう。が、その裏に彼奴らが居るのであれば話は変わる。油断は出来まい」
「そうだな」
カイトはティナの言葉に同意すると、とりあえず早速カリンへと連絡を入れる事にする。彼らで全てが出来るわけではない。彼らは超人ではないのだ。出来る事には限りがある。なので頼める事は、頼んでしまうのであった。そうして、彼らは更に色々と手はずを整えていく事にするのだった。
さて、一方の謎の剣士はというと、盗人に強烈な説教を食らわせていた。『死魔将』に協力している剣士達であるが、何らかの事情があっての事であるというのはカイト達も把握していることだ。
勿論、その幾つかの理由の中には碌でもない事も含まれている事はわかっているが、それでものっぴきならない事情が含まれているのは事実である。故に彼らが無辜の民を傷付ける行動を許せるかどうかとは、話が別だった。
「次、やれば。その時儂がお主の素っ首叩き落とすと思っておれ」
「はい・・・」
盗人の顔は非常に苦々しげかつ苛立ちを含んでいたが、それでも相手は遥かに格上。そして自らの目的の為には彼らの力が必要なのも事実だ。故に、耐え忍ぶしかないと判断して耐え忍んでいた。と、そんな剣士へと道化師――と言っても正体を隠す為に仮面はしていないが――が仲裁に入った。
「まぁまぁ。剣士様もそこまでに・・・彼は自分の腕が信じられなかったのか、と怒っておいでなだけです。貴方もあの場であれを使うべきではなかったでしょう」
「あ、あぁ・・・それは確かに・・・」
あの時は最適なタイミングだと思って使ったわけであるが、彼とて今になってあれは失敗だったと反省はしていた。彼とて街を壊滅させる事を望んでいるわけではないのだ。剣士と共にカイトから逃げる為に切り札を使っただけで、その結末までは想像出来ていなかった、という想像力が欠如していただけである。故に道化師の言葉に彼も素直に頷く。
「おわかりであれば、良いのです。剣士様もそこらで矛を収めてください。ここはどうか、私の顔を立てると思って・・・」
「・・・致し方がなし。じゃが、次は許さぬぞ」
道化師の仲裁に剣士は不承不承に頷く。彼とて好き好んで道化師に協力しているわけではない。一応協力しているが、それは大きな恩義があっての事と彼自身にも少しの望みがあっての事だ。
であれば、その相手の仲裁に素直に従うのが筋だろう。そしてカイトに己の顔を立ててもらった立場もある。恩人に顔を立ててくれ、と言われては素直に従うしかなかった。
「ありがとうございます。それで、次はどのような手はずに?」
「あ、ああ。次はまた五日後ぐらいに来てくれ。次の標的を決定するのには色々と調べたり移動したりする必要があるし、日にちについても確定するまで少し時間がある。その間に移動はしておくが、そもそも日程が決まらない事には動けないからな」
「わかりました。では、そのように。マーカーは失くさない様に気を付けてくださいね。さて、剣士様。帰りましょう」
「うむ」
「ああ」
道化師はそう言うと、二人の剣士――もう一人も当然一緒だった――と共に転移術の魔法陣の中へと移動する。彼はこれに乗って、どこかへと移動するらしい。
そうして、彼らは盗人を残して彼らの基地へと帰り着く。と、そんな彼らを出迎えたのは、どこか軟派そうというか奇妙な雰囲気を持つ男だ。前に道化師が油断ならない、と思った男である。
「よぅ、おかえり」
彼は楽しげに笑いながら三人の帰還を労う。と、それに道化師は柔和に小さく一礼したのに対して、カイトと共闘した方の剣士は少しだけ驚いた様子でしっかりと頭を下げた。
「これは・・・殿。まさかおいでとは」
「おいおい。今の俺ぁ、殿じゃあねぇぜ・・・まぁ、そりゃ良いか。で、どうだった? 御大将の様子は」
「さて・・・判断致しかねます」
奇妙な男の問いかけに剣士が笑って首を振る。まだ、判断は出来ない。が、少なくとも断言出来る事は一つあった。
「が・・・風格はただならぬ者ではあるかと」
「はっははははは! そら、そうだろうよ! あの御大将がそこそこのタマで終わるはずがねぇ! あぁ、俺も会いたいねぇ」
奇妙な男は剣士の報告に非常に楽しげに、そして親しげに笑う。どうやら、この様子だと御大将というのはカイトの事で、彼はカイトの事を知っていると見て良いのだろう。そうして、彼は笑いながら一気に気配を荒々しい物へと、戦士のそれへと変貌させる。
「さて・・・じゃあ、まぁ・・・ちょいと遊ぶ算段を始める事にしようか。御大将と遊ぶのは何時も楽しいからなぁ」
楽しげに笑いながら、ここまで獰猛な気配が出せるのか。大半の者がそう思う程に、奇妙な男は荒々しい気配を纏う。そうして、彼は確認を取る事にした。
「おい、道化師さんよぅ。俺達は俺達で好きにやっても良いんだよな?」
「ええ、構いません。恩義さえ返して頂けたのであれば、後は好きになさいませ。我々を裏切るも自由。我々にそのまま属するも自由。勿論、我々に殉じて死ぬも自由です。それは好きなように」
奇妙な男の問いかけにいつの間にか仮面を身に着けていた道化師は頷いて、恭しく一礼する。ただ単に一時的な協力相手として、彼らを欲しただけだ。
彼らとて300年前に比べて数を減らしているのは事実。協力者が欲しいという思考は真っ当な物だろう。そしてこの程度の相手であれば、造作もなく消し飛ばせる。
彼からしてみれば時間稼ぎという目的さえ達せられたのなら、後はどうでも良かった。目的が達せられるまで死なれるのは困るが、その後はどこで野垂れ死のうと勝手にすれば良い。それに情報を与えすぎるつもりもない。
利用し、利用される。その程度のドライな関係だ。それが、彼の出した結論だった。裏切られる可能性が高いのであれば、最初からそれを含めて作戦を構築しておけば良い。彼はそう判断したのであった。
「良いねぇ。じゃあ、好きにやらせて貰うとしよう。で、そっちの剣士様達はどうするんだ?」
「儂は儂の思うがまま。とは言え、殿に恩義があるのは事実。そして懸想する相手は一緒。故に、もし何かあればこれと共にご助力致そう」
「そうかい。そりゃ良い。まぁ、その時は声掛けるから、聞いてくれよ」
「御意」
奇妙な男は非常に上機嫌に剣士の言葉に頷くと、そのまま施設の奥へと歩き去っていく。そんな背を見ながら、カイトに喧嘩を売った方の剣士が問いかけた。その彼の瞳には『殿』と呼ばれた相手への僅かな懐疑心があった。
「良いのですか?」
「む? おお、そう言えばお主は殿の事をあまり知らんか。まぁ、あれで良いのだろう。殿の考えておる事なぞ儂にはわからん。昔から殿は奇妙なお方だ。奇妙なお方ではあるが、一本の筋は通った御仁よ」
「そのようには、見えませぬが・・・」
軽薄そう、とも言い得る奇妙な男の様子を思い出し、彼はもうひとりの剣士の言葉に首を傾げる。確かに優れた男であるだろう事は事実だと彼も思っている。だが、一本の筋とは無縁。道化師が同じ感想を抱いた様に、本当に息をする様に味方を裏切りそうな男だった。が、そんな剣士に対して、会った事のあるらしいもう一人の剣士が教えてくれた。
「かつて、殿が言った事がある。とある折の事じゃ。かの御仁と儂、そして彼の三人で飲んだ事がある。その後、どうしても会話の流れが理解出来んかった儂に対して、殿はこう言われた。俺の事なんぞ大将が分かってりゃあそれで良い、と。未だにさっぱりわからぬがな。が、不思議とかの御仁はわかられていたようだ」
「はぁ・・・」
もう一人の剣士の言葉に彼は首を傾げる。とは言え、もう一人の剣士が言うのだから、と信じる事にしたらしい。そうして、彼らは彼らでそんな奇妙な男の思惑とは別に、独自に行動する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。当分は彼らがカイト達の主敵。そして彼らが動いた所で、この章も終了です。
次回予告:第1113話『雨の日の冒険部』




