第1111話 顔を立てる
少々の手違いにより謎の剣士と協力して黒い宝玉から生み出される事になる魔物と戦う事になったカイト。彼は黒い宝玉に視線を向けると、生まれる魔物の姿をしっかりと観察する事にする。
(どんな奴が来る? 基本的には、ベースは既知の魔物だ。が、それに改良が加えられた改良型が今までの通例だが・・・)
カイトは収束する魔力の流れを見ながら、状況を一切も漏らさぬ様にしっかりと注視する。魔物は上に行けば行くほど、常識が通用しない相手になる。安易に突撃するのはよほど自信があるか、バカだけだ。
ここが街のど真ん中である以上、もしまかり間違って『爆弾岩』の様な魔物を強化した魔物が出たらそれこそ悪夢だ。万が一街のど真ん中で爆発すれば、威力如何では街そのものが吹き飛びかねない。突撃なぞ不可能だった。
(飛空艇は間に合わんか。数値的なデータ化は不可能と判断。ティナの目視に頼るか)
カイトは呼吸を整えながら、クーを介したティナの目視に頼る事にする。本来なら今後を考え数値化しておきたい所であるが、流石にものの数分では飛空艇は間に合わない。ティナの感覚を養ってもらう事にしておく。どちらにせよ、カイトとティナがメインで交戦する事になるのだ。それでもしばらくは問題がない。
「来るか」
「覚悟は良いな?」
「当たり前だ」
カイトは剣士の言葉に僅かに唇を舐めて同意する。ここまで腕利きの剣士と共に戦えるのだ。これが本来敵であることはわかっているが、嬉しい事は嬉しかった。そうして、その二人の前で魔物が実体化する。が、その姿に、二人は同時に顔を顰める事になった。
「・・・む」
「・・・げっ」
「・・・準備は良いな?」
「・・・ああ。はい、いっせーのーせ!」
二人は同時に顔に引きつった笑いを浮かべながら――片方はフードに隠れているが――見合わせる。そして同時に、左右に地面を蹴った。その直後。二人の居た場所へと、無数の魔弾が降り注いだ。
「うっそだろ! まさか魔銃みたいな器官持たすとかばっかじゃないの!? なんだ!? あれの上に誰か乗って魔銃でも撃ちまくろうって算段だったのか!? 確かにホバークラフトにゃなるだろうけどねぇ!?」
カイトは無数の魔弾に追いかけられながら、今頃これを見ながら大笑いしているだろう『道化の死魔将』に対して文句を言う。
さて、現れた魔物であったが、これは少々特異な形をしていた。まず大凡の外形であるが、ベースは単純に5メートル四方の布の様な形と見れば良い。
その上に、魔弾を発射する器官が取り付けられていたのである。まぁ、言ってしまえばカイトの言う通りホバークラフトの下の部分に直接ガトリング砲を乗っけた様な魔物、と考えれば良い。
と、そうして魔弾の掃射から謎の剣士と共に逃げ回って反撃の隙を探すカイトへと、ティナが念話で話しかける。
『ベースは・・・どこの魔物じゃったか・・・名は『擬態せし布』である事はわかっておるんじゃがな』
「ベースは双子の南部の砂漠地帯! そこのごく限られたエリアにのみ生息し、ランクはA程度! ヤバイのは夜間に闇夜にまぎれて忍び寄られる事! 大本の大きさは2メートル程度! 本体はあの中に居る薄っぺらい骨状の魔物! 布みたいなのはそれが纏ってるだけの外皮、もしくは隠れ蓑に近い! 色は変幻自在で周囲の色に合わせられる!」
『おお、それじゃそれじゃ。よう知っとるのう』
カイトが一気に羅列した情報にティナが感心したように頷いた。この魔物に本来はそこまで浮かぶ力は無いし魔銃の様に魔弾を発射する器官も備わっていないのだが、それを取り付けたと見て良いのだろう。相も変わらずどういう思考をしているのかさっぱりだった。
「一回あの砂漠で遭難しかけた事あるからな! ちっくしょ! これならさっさと突撃しときゃよかった!」
カイトは今更ながらに己の判断ミスを嘆く。が、これはこの判断が正解なのだから仕方がない。もし万が一この魔物が原型としてここらに大量に出現すれば、その特性故に討伐し損ねる魔物が現れかねない。カメレオンの様な魔物なのだ。それは非常に拙いだろう。もしそうなれば、うっかり近づいた住人達に被害が出かねない。
「支援要請支援要請! こちらカイト! ソレイユに支援要請!」
『はーい! ソレイユ、いっきまーす!』
カイトの求めに応じて、ソレイユが遥か彼方から援護射撃を開始する。一応すでにクズハ達にも状況は伝わっているし、街の上の方にもここで起きている事は伝わっている。なのでソレイユの狙撃が始まった所で問題はない。
なおなぜソレイユだけなのか、というとフロドは一撃必殺だからだ。もし万が一避けられた場合、その攻撃で街が破壊されかねないというオマヌケな事態が起こり得なかった。
「来た来た!」
逃げ回るカイトの目の端に、無数の輝く一条の光が飛来するのが見えた。それらは全て、ソレイユの放った矢だ。カイトの魔銃の掃射にも劣らぬ相変わらずの連射力と、そしてここまで届けるだけの圧倒的な膂力、そして圧倒的な視力だった。
『え、嘘!?』
「・・・砲塔増えんの!? んなのありかよ!」
カイトは一部の器官が動いて砲身に相当するだろう部分が増えて、飛来する矢に向けられた事を横目に見る。そして案の定、そこからも無数の魔弾が発射された。それは弾幕となり飛来する矢を撃ち落としていく。
『もー! 本気でやってやるんだから!』
ソレイユはどうやら撃ち落とされた己の矢を見て、ムキになったようだ。更に矢を連射させて追撃を行う。その数は先程よりも更に多く、そして同時に投射される時間も長かった。これはカイトの意図した所ではなかったが、カイトとしては絶好の好機となってくれた。
「・・・おし。上出来」
「うむ」
カイトは遠くで魔弾の掃射から同じく逃れていた剣士と頷きあう。当たり前だが魔物とて保有している魔力量と時間当たりで生み出せる魔力量は有限だ。ソレイユの対処に力を割けば割くほど、カイト達に避ける力は一気に減少する事になるだろう。
案の定、カイト達に降り注いでいた魔弾の数とその力は一気に減少していたのである。そしてここまで落ちれば、後はカイト達ならばどうにでも出来た。
「・・・行くぜ」
カイトは一気に見えやすくなった流れを垣間見る。人だけが流れを、『呼吸』を持つわけではない。魔物もまた一応は生物である以上、流れを持っているのである。そしてここまで明確になれば、おそらく神陰流に入門した当時のカイトであっても見切れただろう。
「見えた」
カイトは流れを見切り、全ての魔弾を回避しながら一直線に虚空を駆け上がる。そして同じように、剣士もまた無数の魔弾を避けながら虚空を蹴っていた。やはり、素晴らしい腕の持ち主らしい。
「はぁああああ!」
「はっ!」
剣士が吼え、カイトが一息に居合い斬りを放つ。それは十字を切る様に交差して、中にあった骨の本体ごと切り裂いた。と、そうして見えた骨に、カイトが敵の正体を僅かに観察する。
「ふむ・・・骨が何らかの魔石に置換されていたか」
本来、この魔物の本体は普通の骨だ。乳白色と考えて良い。が、この改良された魔物はどちらかと言うと鉱物的な感じがあり、カルシウムの塊には見えなかった。
どうやらそこらを更に改良されていたのだろう。強度も増していたのだろうとは思うが、この二人からすれば造作もない事だった、というわけである。
「ふむ・・・まぁ、少々予定とは異なったが、この程度か」
「ふむ?」
カイトは同時に着地した剣士の言葉に首を傾げる。一方の剣士はというと、少しだけ己の手をしげしげと観察していた。何らかの事情がある、そしてそれは命に関わる事だ、というのだからそこらの兼ね合いなのだろう。と、そうして戦いが終わった所で、もう一人同じ様な見た目の男が降り立った。
「おお、お主か。どうであった?」
「カイト!」
剣士がもう一人のフードに問いかけると同時に、クオンがカイトの真横に降り立った。どうやら、こちらが警察署で暴れていた襲撃犯という事なのだろう。
「ごめん、唐突に逃げの一手で逃げられた・・・けど、どうにもここが目的地だったようね」
どうやらクオンも流石に警察署内部では仕留めきれなかったようだ。この剣士の力量からして、こちらの襲撃犯の力量もかなりの物だろうと推測される。仕方がないと言うべきだろう。と、その一方で襲撃者の方はもう一人の方の問いかけに答えていた。
「中々に強かったかと・・・いえ、中々というよりかなり、と」
「そうか。それは楽しみよ」
「ん?」
と、その襲撃者の方の声にカイトは聞き覚えがあった。というより、一、二時間程前に聞いた所だった。
「お前・・・まさかさっきのか?」
「先程は失礼した」
「じゃあ、お前がまさかホントにホントの殺人犯だったわけか?」
「然り」
カイトの問いかけにカイトに喧嘩を売った方の剣士が頷いた。どうやら、カイトの勘違いだったらしい。とは言え、ここまでの流れからなぜ殺したのか、というのは大凡理解出来ている。何らかの理由があった、というわけなのだろう。
「で? 全部終わったしこれから戦うのか?」
「・・・出来れば、そうしたい所であるが・・・」
「うむ。時間切れ、という奴よ」
カイトの言葉に二人の剣士は半ば無念さを滲ませる。どうやら合流したのは何の意図もなく、クオンに苦戦して、というわけではなかったらしい。その両者の前に、唐突に拍手が聞こえてきた。
「やれやれ・・・」
「お前は・・・」
現れた道化師の仮面をかぶる男を見て、クオンの声に剣呑さが滲む。『道化の死魔将』が現れたのであった。その一方、呆れていたカイトはさっさと要件を終わらせる事にする。
「さっさと連れて帰れ。本当はぶん殴っておきたい所だが、お前がここに居るのがバレると大パニックだ」
「いやいや、かたじけない。本当に下手に馬鹿に道具を与えるべきではないですね」
「・・・良いの?」
カイトへとクオンが問いかける。その顔は一切の油断がなく、完全に剣姫モードだった。その問いかけに、カイトは肩を竦めた。
「しゃーねーだろ。流石にあの二人が本気になって道化野郎に本気になられりゃ、街の避難も終わってない状況じゃ戦えん。下手しなくても街が吹っ飛ぶ。今回は馬鹿が馬鹿したお陰でこいつが引っ張り出される事になっただけで、こいつらだってここでの戦いは望んじゃいない。だろう?」
「はい。今後は、誰に何を預けるか考えて与える事にしましょう」
「・・・そう。なら、誰かに見られる前にさっさと消えなさい」
カイトの言葉を即座に道理と判断したクオンは、道化師の応答にそう命ずる。彼女としてもこんな所で戦わないで良いのであれば、戦いたくはない。これがベストな決着だとわかっていた。
それに、この一件の裏に彼らが居る事がわかったのは本当に幸運な事だ。カイトと道化師の言う通り、主犯である逃げた襲撃犯が馬鹿でバカな事をしてしまったというだけである。この場では、それを喜んでおくだけで良いだろう。
「では、参りましょうか」
「かたじけない。では、カイト殿。また会おう・・・そしてクオンという女剣士殿。次相まみえる時はぜひとも、儂とも刃を交えてくれ」
「失礼する。カイト殿、クオン殿。また、いづれ」
道化師の促しを受けて、二人の剣士はカイトとクオンに一礼して消えていった。そうして、カイト達は幸か不幸か、何らかの思惑で敵が動いている事を知る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1112話『様々な思惑』




