第1108話 襲撃者達
場所は少し変わって、カイト達の居る街の中心部。そこには少し大きめの広場があり、その更に中心にはこの街の人達からは時計塔と親しまれているモニュメントの様な一つの時計台があった。そこの天辺に、一人の人影があった。
「・・・」
人影は大会の決勝戦の合間に武芸者を殺した人影と同じく、フードを目深にかぶっていた。まぁ、同じく、なのではなく同一人物なので当然ではある。そんな彼は、カイト達がこちらを警戒していないのを良い事に彼らを見ていた。
「・・・あれが剣姫クオン。この世界最強の剣士か」
男は相も変わらず落ち着いた様子であったが、興味津々という具合だった。と、そんな彼の横にまた別の人影が舞い降りる。こちらは一応顔を隠しているもののローブを身に纏っているわけではなく、単に何かの裏方仕事の為に顔を隠しているだけという印象があった。
そしてどうやら、その通りだったらしい。彼は顔を覆っていた布をズラして顔を露わにする。こちらも、男だった。とは言えこちらには気配に落ち着きなどはあまりなく、年相応の気配がある。年齢は大凡20代後半から30代前半という所。とは言え、みすぼらしいというかなんというか、小汚い印象があった。
「・・・ふぅ。剣士さん。あっちはどうなってるんだ?」
顔を露わにした男が剣士へと問いかける。どうやら、二人は共同で動いていたようだ。
「奴らは屯所から出た」
「屯所って・・・相変わらず剣士さんは古臭いねぇ。とは言え、なら予定通りに行けるか?」
「良いだろう・・・時間はそちらに任せる。計画が決まり次第、教えろ」
「はいよ。まぁ、まだちょっくら見回りの奴らを見極める必要があるからちょいと待ってくれ」
剣士の言葉に男は頷いた。どうやら、何かをするつもりらしい。が、その何かは不明だ。彼らも何かを口にする事はない。そうして、男が再びマスクを装着して顔を隠して、影に身を紛れさせてどこかへと移動する。
「・・・ふむ」
『おやおや。不満そうですね』
「この声は・・・」
剣士は脳裏に響いた声に僅かに変な顔をする。それはなんというか、慣れないと言うような感じがあった。
『お久しぶりです。どうですか、そちらは? 久方ぶりの外だと思うのですが・・・』
「・・・未だ、慣れん。が、感謝はしている。受けた恩義は返そう」
『ははは。義理堅い方でありがたい限りです』
声は笑いながら、どこかやりにくそうな顔をする剣士の言葉に礼を言う。二人が誰だかはわからないが、少なくとも剣士が何らかの理由によりこの声の命で男に協力している事は察せられた。が、そこでわずかに、剣呑な気を剣士が放出した。
「が・・・私の流儀は守らせてもらおう。そこだけは、譲らん。いたずらに犠牲を出すつもりはない。それは活人剣から離れる」
『ははははは。貴方が活人剣を説いた所で間の抜けた話でしょう。ですが、構いませんとも。お好きになさいませ。貴方達に頼みたいのは、それで十分なのですから。どこで果てるとも今の貴方の自由。かつての様に誰かに義理立てし、誰かの思惑を汲んで動く必要はない。ただ、受けた恩義の分を私の依頼に沿う形で動いていただければ良いだけです』
「・・・そこは信頼している」
『ありがとうございます・・・では、もうしばらくは彼の護衛をお願いします。色々と不満があるかもしれませんが、少し我慢して頂く事になるかと』
「・・・承知した」
脳裏に響く声に、剣士が僅かに不承不承ながらも了承を示す。どうやら、聞かねばならない理由があるらしい。そうして、剣士はまたどこかへと消えていくのだった。
さて、一方その頃のカイト達はというと、また別の想定から街の中心を挟んで警察署とは離れた所へと移動していた。
「さて・・・居るかね」
「まぁ、おらんじゃろ」
「物は試し、っていうじゃない?」
カイトの言葉に武蔵とクオンが笑いながら己の感想を告げる。さて、このまた別の想定というのは、犯人が事件現場からなるべく遠ざかろうとする、という心情だ。犯行現場の近くにいたくはない、という最もな感情で犯行現場から離れた所に潜伏しているのでは、と考えたのである。
「じゃあ、またバラバラで?」
「それで良かろ。どうせこの面子を負かせる者なぞおるまいよ」
武蔵は笑いながら単独行動で問題ないと明言する。まぁ、それはそうだろう。この三人はおそらく、このエネフィアで最強クラスの戦士だ。戦闘能力であれば最弱である武蔵でさえ、剣技だけならばカイトを上回るという化物だ。事実は事実として、滅多な事で負けはありえないと言ってよかった。
「はいはい・・・じゃあ、オレは適当に動きますねー」
「私の獲物、取らないでよー」
「喧嘩売ってきて雑魚じゃなけりゃなー。あ、昼飯にゃ一回集合で」
クオンの言葉を背中で聞きながら、カイトはそう言って歩き始める。ここからは、三人共自分の直感だよりだ。いや、ここに来るまでも直感頼みなのだが。
「さて・・・何が居る事やら」
カイトは街中を歩いていく。とは言え、殺人事件が起きようともここらからは程遠い。同じ街と言ってもやはりマクスウェルの近隣ということで半径数キロはあるのだ。逆側で起きた事件は殆ど他人事と言えた。
「まぁ、腕利きは多そうだが・・・」
カイトは町並みを歩きながら、そこらにまだ武芸者達が潜んでいる事を把握する。中には大会参加者も居る。とは言え、不思議はない。有名な大会の参加者の一人が一撃でやられたのだ。打ち倒して名を上げようと思う者が居ても不思議はなかった。そしてそのおかげで、カイトもその一人だと思われていた様子である。情報を交換しようと近寄ってくる者が何人か居た。
「なるほど。そういうことか」
「ああ。それで、そちらの言っている事は間違いじゃあ無いんだな?」
「当たり前だ。俺とて冒険者。取引で嘘は言わねぇよ」
「わかった。信じる」
カイトは男の一人の言葉に同意する。そして、そこで剣士達のパーティとは別行動を取る事となった。
「なるほどね・・・やはり、見ていない者が居ないではないか」
人海戦術というべきなのだろう。警察側は言ってしまえばこれはよくある殺人事件の一つだ。故に割いている人員は他の殺人事件と大差は無い。武蔵が関わろうとそこを変えるわけにはいかないのだ。なので逆に人海戦術にも近い彼らの側は、早々に目撃者を見つけ出せていた、というわけであった。
「ふむ・・・ローブを着た剣士か。冒険者の類か・・・?」
カイトは歩きながら、男達の教えてくれた情報を己の持つ情報に書き加える。実質として容姿がわからないという事に等しいが、街中でもそれで動くというのだから顔などは見られたくはないと言う事で相違ないだろう。
「現段階で犯人ではないと確定している剣士は、オレ、大鎧、先生、クオンの四人」
カイトは消去法でこの街で超級と断言出来る剣士の内、犯人ではないとわかっている面子の名を上げる。この四人の内別の町に居たクオンはそもそもで犯罪が不可能だ。そして彼女からしてみればあの程度の武芸者を相手にする意味もない。動機もない。
それに対して前者三人は大会に参加中だ。偽物ではない事は明白なので、この三人は誰がどう考えても犯人ではないと断言出来る。武蔵とてカイトの神陰流の解析に全性能を割いていた。分身を生み出せる余力は無い。そして、まだ他にも居る。そちらも彼の馴染みの二人だ。
「他、アルとルーファウスは検査入院中。今日一日は病院に缶詰め、と。あの時点じゃあまだ検査中だった事は確定。分身を作っていて医者にバレないはずもなし、と」
やはりあれだけ全力の一撃をお互いに同時に、それも無防備に受けたのだ。一応肋骨などは折れていないと思われるが、内臓系に何らかのダメージが出ていないとも限らない。カイトも許可していたので、今日は一日完全に病院で検査を受ける事になっていた。予定では明日の定期便でマクスウェルに帰る事になっていた。
「はてさて・・・」
カイトはとりあえず考え事をしながら歩いて行く。今のところわかっている情報は少ない。犯人が男か女かも不明だ。わかっている事は、優れた刀使いであるという事だけだ。と、そうして考え事をしながら歩いていたからだろう。気付けば、彼は人気のない場所にたどり着いていた。
「ちょうどいいか。少し考えをまとめるか」
カイトは少しの静けさがある事を受けて、昼にクオン達に報告する為に得られた情報を纏めてみる事にする。
「・・・こんな所か」
カイトはとりあえずスマホ型の魔道具のメモ帳機能を使って今までの情報をまとめ上げる。武蔵達が見た事も入っている。まぁ、後々見直せる様にしていただけだ。記憶を魔術で保存しているが、あれはあくまでも忘れない様にするためだけだ。即座に取り出せるわけではない。このような形にしておくのは普通である。
「さてと・・・で? あんたはずっと見てるだけか? 情報交換なら、受け付けるぜ?」
カイトはあからさまに分かるように立っていた人影に対して問いかける。その容貌は、カイトが聞いた通りの目深にローブをかぶり顔を隠した姿だ。それに、カイトはわずかに闘気を滲ませる。食いついた、と思ったのだ。が、即座にその予想は外れたと思う事になった。
「・・・剣呑な雰囲気を纏っていたからてっきり犯人さんかと思ったんだが・・・殺気無し、か」
カイトは相手に苦笑する。犯人ではない、と思ったのは殺気が皆無だったからだ。あの被害者は未必の故意。つまり、殺気はあっての戦いだ。この男がカイトへと向けるのは、性質が違う。腕試し、というのが一番正確な言葉だろう。
そしてそれ故に思ったのは、どうやら同じ事を考えるのは一人だけではない、という事だった。そうして、男は腰に帯びていた刀に手を掛ける。
「一太刀所望する」
ちん、という音と共に男が腰だめに構える。それに対してカイトは有名税と受け入れるしかなかった。顔を隠した刀使いだから、と彼を犯人と断定する事はできなかった。が、注意はしておく。この相手は相当な技量だ。まだ殺気を隠しているだけの可能性もあった。
「やれやれ・・・今色々と気が立ってるってのに・・・良いのか? 犯人に間違われんぜ?」
「問題はない。間違われたのであれば結構。それだけ戦う数が増える」
「やれやれ」
カイトは男の言葉に頬を掻く。どうやら、間違われても良いという考えらしい。こうなっては、仕方がない。一太刀だけで良いというのだ。付き合ってやってさっさとお引き取り願うのが、最善だろう。
というわけで、カイトもその望みに応じて腰だめで刀を構える。どちらも、居合の構えだ。西部劇ではないが抜き打ちで勝負を決めよう、というわけであった。
「・・・」
「・・・」
一瞬、ぴりっ、とした空気が両者の間で流れる。そしてその闘気の衝突は地面に僅かなひび割れを作り、ぱきん、という岩の割れる様な音を上げた。それが、開始の合図となった。
「・・・」
「満足、出来たか?」
勝ったのはカイトだ。彼の刀は喉元に突きつけられていた。それに対して、相手剣士の刀はまだ半ばまで抜かれたという所だ。確かに相手も物凄い速度であったが、カイトの方が速かったようだ。
なお、これには神陰流を使ったわけではないが、流れは読んで攻撃の瞬間を見極めた。故に彼が僅かに機先を制したのである。それに、もう一つ。カイトが勝てた理由があった。というわけで、カイトはそれを告げる。
「事情はわからないが怪我か病気か体調が悪いならわざわざ喧嘩を売りに来るなよ。結構、調子悪いだろ? 病院、必要なら紹介するぜ? 昨日出た内の仲間が検査入院してるからな。もし必要なら、マクスウェルの大病院を紹介しても良い」
「・・・かたじけない」
カイトの助言に男は背を向けて礼を言う。満足した、という事だろう。そして紹介も受けずに去っていった所を見ると、自分の事は自分でなんとかする、という事なのだろう。流石に両者共に大人だ。カイトとて追いかけてまでおせっかいを焼くつもりはなかった。
「ふむ・・・ありゃ、違うか」
カイトは今の剣士は犯人では無さそうだ、と判断する。やはり立ち会って見ればわかるものもある。彼の剣先には迷いはなく、そして性根が悪い物ではない事が現れていた。
あまりに澄んだ切っ先はカイトが思わず感嘆しそうになる程で、悪意が見えなかったのだ。もしこれが犯人ならカイトが自分を追っている事はわかっているはずだろう。こんなことをするのなら、殺すつもりがないとは思えない。であれば、やはり単に喧嘩を売りに来ただけと考えるのが最適だとカイトは考えたのである。
「こりゃ、他も喧嘩売られてそうだな・・・別れたのが失敗だったかねぇ。いや、オレまで巻き込まれてただろうし情報は手に入らなかっただろうから、これが正解か」
カイトは去っていく背中を見ながら、そう呟いた。高名な武芸者であるクオンや武蔵であれば、自分以上に喧嘩を売られている可能性はあった。であれば、彼の言う通りまとまって行動するより随分と良かっただろう。
「ま、とりあえず・・・腹減ったし飯食うか」
カイトはそう言うと、再び歩き始める。そもそもカイトは武蔵達と合流する為に情報を纏めていたのだ。あの男とて、カイトがまとめ上げるまで律儀に待っていた。そうしてカイトは奇妙な剣士との会合を経て、クオン達と合流する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1108話『強襲と強奪』




