第1107話 捜査中
『天覇繚乱祭』の予選大会最中に起きた殺人事件。それにより、大会そのものはカイトと大鎧が戦いを中断し観客の安全の確保を最優先としてしまった為、中止となっていた。
それについてはカイトも致し方がない、と諦めていたのであるが、その後街側からの依頼によりカイトはその辻斬り犯の捕縛の為、冒険部とは別に武蔵――と少々の理由で合流したクオン――と共に街に残って捜査を行う事になっていた。
「ここが、ねぇ・・・」
カイトは刑事より教えてもらった街の外周部にある大通りから少し外れた一種の路地裏に偶発的に出来たらしい小さな空き地を目にする。本当に小さな空き地で、いろいろな物が雑多に置かれている所だった。
確かにここらは人通りも多くなく、静けさは保たれている。他にも置かれているいろいろな物やそこそこの高さの塀のお陰で、屈めば大通りの音を幾分遮ってくれているようだ。おまけに物が多く例え裏路地を歩いた所で人の目につく事も多くはない。街中で瞑想をするには、丁度よいスペースと言える。
「公園・・・とかじゃあ無いのな」
「ふむ・・・どちらかと言うと本当に偶発的に生まれた空き地、というべきやもしれんな」
武蔵は空き地を見回しながらカイトの言葉に応ずる。二人の言う通り、空き地と言っても子供達が遊べる様な場所ではない。なぜこんな空白地が、とカイト達も疑問に思う様な小さな空き地だ。そこそこの塀に囲まれ、死角はかなり多い。
後に詳しく聞けば、どうやら何らかの事情――近隣トラブルらしい――で土地の所有者がそこそこ大きな物を置いておくスペースにしているそうだ。本来は私有地らしいが、一見すると無主の土地にしか見えない様な有様だった。
「にしても・・・これ、本当に持ち主居るの?」
「まぁなぁ・・・オレも初見は空き地にしか見えん。被害者もそう思ったんだろう」
「片付ける気無いのかしら」
クオンが本当に見たままを告げる。私有地であったのだが、いろいろな物が野ざらしにされている所為で無主の土地としか見えなかった。
「まぁ、とりあえず入るか」
カイトはそう言うと、刑事より貰っておいた書類を現場を保管している兵士達に見せて立ち入りの許可を貰う。流石に兵士達も来たのが武蔵とクオンとあっては、驚いて書類をほとんど見る事もなく即座に通してくれた。
カイトとしてはきちんと見てくれと嘆かわしかったが、とりあえずさっさと入れたので良しとしておく。なお、兵士達なのは犯人が戻ってきた時に警吏の者達では無理かも、と判断した為であった。
「こちらが、遺体があった場所です。斬り殺されてすぐだったらしく、遺体はまだ血が流れていたと」
「ふむ・・・なんまんだぶなんまんだぶ・・・」
案内してくれた兵士の言葉を聞きながら、武蔵は一度手を合わせて被害者の遺体があったという場所を観察する。流石に一晩経過してその場所に遺体は無いが、その代わり魔術で幻影を利用してでどういう形で倒れていたのか、その他にどういう物が周囲に散乱してあったのか、というのがそのまま保存されていた。魔術が使えるエネフィアならではの現場保存方法だった。
「前のめり、か・・・ふむ・・・」
武蔵は被害者が倒れていた姿勢を見て、更に屈んで傷口を観察する。確かに傷口はかなり深く、確実に肺や心臓まで達している様子だった。かなりの腕利きが名刀で力を込めなければ出来ない領域と言える。
「ふむ。本気でやった、というのは事実じゃろうな。まぁ、相手を見ておったのなら、道理なのやもしれん」
武蔵は被害者の顔を見て、自分も見覚えがあると確信する。この相手なら確かにそこそこ本気でやっても良いかな、という領域の相手だ。もし今回カイトと大鎧が出ていなければ、予選大会での優勝候補の筆頭候補だと言えただろう。相手が知っていれば初手で本気になっても可怪しくはない。そしてその一方、クオンの方はと言うと被害者の足元の地面付近に注目していた。
「うーん・・・これは多分、斬りかかろうとして逆にやられてるわね。倒れる時は力が抜けて膝から、と言う所かしら。おそらく少しは意識があったけどそのままにされた所為で、という所かしらね。傷は臓腑にも至っているという話だから、どうにせよ相手が優れた魔術師でもないと助からなかったでしょうけど」
「だろうな・・・」
クオンの横、被害者の剣を見ていたカイトがクオンの言葉に同意する。被害者はどうやら僅かに前傾姿勢でやられたらしい。足元には力を込めた時に残る独特な地面の僅かな凹みがあった。
<<縮地>>で一足に間合いを詰めて斬りかかろうとして、斬られた所為で力が僅かに暴発したのだろう。機先を制された形だった。暴発がこの程度で済んだのは、本能的に制御したからだと思われる。そうして己の所感を語ったクオンは、カイトへと問いかける。
「で、剣の方はどう?」
「相手はかなりの業物だな。これも悪くない剣に見えるんだがなぁ・・・完全にスッパリと斬れている」
「最上大業物を使える程の相手、と・・・相当な猛者ね」
クオンの顔にお嬢様には似合わぬ獰猛な笑みが浮かぶ。弘法は筆を選ばずと言うが、筆の方は使い手を選ぶ。最上大業物ともなれば使い手は超級のみだ。確実に猛者と言える。その一方のカイトはというと、ただただ感嘆していた。
「すごいな、これは・・・剣が砕けた様子が一切無い。刃こぼれ無しで名剣の類を斬るか・・・相当な業物を使っても難しいだろうに・・・」
「武器種は刀ね」
「だろうな。ここまで完全にすっぱり行けるとなると、刀の類しか不可能だ」
クオンの推測にカイトは剣の切り口を観察しながら頷いた。基本的に、エネフィアでは切り口から相手の武器を推測する事は可能だ。やはり武器によって戦い方は違ってくるからだ。
同サイズでも比較的軽い部類に入る刀は取り回しが良いと言える。比べるのであれば西洋において細剣と言われるレイピアなどよりも刀の方が軽い事が多い。そう言う所から刀は攻撃速度に非常に優れており、おまけに細身であり鍛錬方法から非常に鋭く、その斬撃は断ち切るというのが相応しい。
それに対して剣と言われる類の物はどうしても重量の分速度は劣るし肉厚な為、どれだけ名剣であっても優れた刀に比べては叩き切ると言わざるを得ない。勿論剣が優れていないというわけではないし、冒険者にはこの重量と耐久度から剣を好む者は非常に多く、耐久度では遥かに劣る刀を軽視している者さえ居る程だ。無論、それは使い手一つであるのでそれは別だ。単に方向性の差としか言えない。
だがそれ故に、どうしても金属などの硬質な物体を斬る場合には余分な力が掛かり周囲に僅かな欠けが生まれてしまうのだ。それが無いということは、刀の類を使ったというのが一番あり得る答えだったのである。
「いよいよ、未必の故意かのう・・・遠からず出頭するか、それとも逃げて街から出ていくか・・・」
「確か街から出た人の中に可怪しい人物は居なかった、という報告ですから密かに出ていない限りはまだ街に居るはずでしょう。まぁ、逃げるなら真っ向から出てくとも思えませんけどね」
「ふむ」
カイトが刑事から聞いていた情報を聞いて、武蔵がそれなら街にまだ居るかもしれない、と考える。とは言え、別に犯人がこの街にもう居ないというのであれば、それはそれで良い。
見つかれば別の街で捕らえるだけだし、そこまでは彼らも関与するつもりはない。カイト達とてこの街に少し残り協力する、という程度しか依頼されていない。
被害者には悪いが、これはほぼほぼ喧嘩両成敗の領域だ。被害者も戦いに応じているのは明白で、殺されたとて文句は言えず、彼も文句を言うつもりは皆無だろう。剣士が真っ向から正々堂々戦って負けたのだ。恥を知るのであれば、言えるはずがない。
「まぁ、仏様はこんなものかのう」
「でしょうかね・・・さて、ここから犯人が逃げるとすると・・・」
カイトは武蔵の言葉に応ずると、自分達が入ってきた空き地の入り口側を見る。被害者はそちらを向いて倒れていた。であれば、犯人は入り口から堂々と入ってきたと思われる。そして戦う際もその向きで戦ったはずだ。
「誰も逃走を見ていないのであれば、あの屋上に移動したと見るのが良さそうね」
「行ってみるか」
カイトはクオンの言葉に応ずると、軽く地面を蹴ってそちらの方向にあった建物の屋根の上に移動する。達人の<<縮地>>になると、街の者ではどう頑張っても見切る事は不可能だ。目撃されずに移動する事は容易だろう。
「っと・・・とりあえず別れて探すか」
屋上に着地するや否や、カイトは二人に対してそう提案する。別に一緒に行動しなければならないわけではない。屋上ならば全員視界に捉えられているし、側にいるのは非効率的だろう。というわけで、カイトは二人と別れて一人、屋上を見て回る事にする。
「さて、と・・・」
カイトがとりあえず気になったのは、誰かがここに立った形跡が無いか、という所だ。もし犯人が僅かにでも動揺していたとするのなら、何らかの失態を犯していて不思議はない。幸い昨日から天候は荒れていない。風も強くはない。自然として何かが壊れる事は殆ど無いだろう。
(ふむ・・・壁際には何も無し、と・・・排水管が外れてたりは・・・しないな)
カイトは周囲を調査してそう判断する。一部排水管は割れていたが真新しい傷はなく、犯人が付けたと思しき様子はなかった。と、そうして屋上から周囲を見回していると、ふと見知った影が目についた。
「あれは・・・先生! 少し出ます!」
「む! 何かあったか!?」
「いえ、昨日の大鎧が! 思っきり浮いてるんで、丸わかりです!」
「かかか! まぁ、それならよろしく頼む! 儂らはここで見ておこう!」
「頼みます!」
カイトは武蔵の許可を得ると、一人屋上を降りて昨日戦った大鎧の前へと移動する。
『・・・お前は・・・』
「よ、昨日ぶり。大会は残念だったな」
流石に見知らぬ仲ではないのだ。故にカイトが気軽に挨拶する。が、一方の大鎧はわずかに警戒感を滲ませていた。
『・・・再戦か?』
「ああ、いや。警吏から聞いてないのか。オレ達も街の依頼で調査に協力していてな。ウチの連中には帰らせたが、オレは先生の弟子である事もあって残留でな」
『先生?』
「は? ああ、そういや昨日は別流派で名乗ったか。宮本武蔵先生の弟子でな」
そう言えば昨日は神陰流で登録したのだったな、とカイトは一応の所を告げる。そうして、彼は更に告げた。
「ほら、お前と二戦目で戦った女の子。あれの流派もオレは齧っててな。一応、オレも弟子という所なんだよ」
『・・・そうか』
どうやら、カイトの言葉に納得してくれたらしい。大鎧は浮かべていた警戒を解いてくれた。まぁ、暦をはっきりと覚えていたかは定かではないが、少なくとも昨日の事である以上戦った相手を忘れたという事はないだろう。同じ日本人だとわかっていれば、別に疑問は無かったのだろう。
「そちらは確か街を守る為にギルドで動いているのだったな」
カイトの問いかけに大鎧は無言で同意する。まぁ、警察側に申し出ている以上、隠す必要なぞ無かったのだろう。というわけで、カイト達も動きを明らかにしておく事にした。
「こちらは先生も居るから犯人を追いかける。オレ、先生、剣姫クオンの三人で動いている。流石にお前も剣姫クオンに勝てるとは思わないだろ?」
『・・・』
大鎧はカイトの問いかけに無言だが、それは暗に同意しているとも言える。勝てると言えねば負けると言っていると同義だ。というわけで、カイトは相変わらず無口な事だと思いつつ、とりあえず街の巡回の邪魔にならない様に会話をこれで切り上げる事にした。
「そっちは任せた」
『・・・了承した』
「ああ、それと。大鎧、脱げるんなら脱いだ方が良いぞ。無茶苦茶浮いてる」
『っ・・・』
カイトの揶揄に大鎧の気配が僅かに揺らぐ。どうやら、わかってはいるらしい。少し恥ずかしげだった。意外と感情は豊からしい。もしかしたら、どこかのお貴族様なのかもな、とカイトは考える事にする。そうして、カイトは大鎧と別れて再び調査へと戻る事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1108話『襲撃者達』




