第1101話 決勝戦・開始
アルとルーファウスの相打ちという結末により、奇しくも白ブロックの勝者無しという決着で始まった各ブロック優勝者同士の戦い。それは赤ブロックの優勝者となるアマクサという剣士の申し出により、開始時刻を5分延期して始まる事となっていた。
「・・・」
まぁ、開始時刻が変わろうがカイトのやることは変わらない。神陰流の使い手である彼は最初から最後まで、流れを読んで自然体からのカウンターを使って戦うだけだ。
「勝負あり! 勝者、天音 カイト!」
こればかりは、仕方がないと言う所だろう。アマクサという男とカイトの戦いであったが、これはカイトの圧勝だった。
蒼天一流の段位持ちであるアマクサと皆伝であるカイトだ。これでカイトが武芸の鍛錬をサボっていたとかなら兎も角、更に高みに登ったカイトが負ける道理が無さ過ぎる。更にカイトが使っているのは更に上の領域にあるという神陰流だ。どこにも負ける道理が無い。
「ありがとうございました」
カイトが一礼して、昏倒するアマクサが担架で運ばれる。そう言っても武蔵から武者修行が許されるだけの実力者ではあったのだろう。やはり他の武芸者達の様にはいかず、手加減についても少しし損ねた感はあった。アマクサが昏倒していたのはそれ故であった。
『おぉ・・・さすがは、と言うところでしょうか。先生、奇しくもお弟子さん対決となったわけですが・・・』
『うむ。まぁ、アマクサの奴は儂が送り出し、そしてここに偶然たどり着いた様子じゃのう』
実況から意見を求められた武蔵が口を開く。この勝敗について師匠として驚く必要はない。師であれば、弟子の力量ぐらい一目で分かる。順当と言うか当然の結末でしかなかった。
『とは言え、これはある意味必然の結末ではあったじゃろう。あれは確かに武者修行に許可してはおるが、それはあくまでも十数ヶ月前の平時での話であった・・・ま、それは良いか。確かに武者修行の成果は十分に見えておるな。が、何よりくじ運に恵まれなんだが残念な所よ』
『くじ運、ですか』
実況が武蔵の言葉に僅かに同意を見せつつ、更にその解説を促す。それに、武蔵が頷いた。
『うむ。先程のブロックの決勝戦。カイトは言うまでもなく圧勝で終わらせた。それに対してアマクサの奴はかなりの激闘を演じた。スタミナも精神力も大いに削られた事であろう。それ故、あれも恥も外聞も捨てて休憩を取ったわけであるが・・・その程度でどうにかなる疲労度ではなかろう。こればかりは、ブロックの決勝で相手した槍使いの腕を褒めるべきじゃな』
『なるほど・・・確かに天音選手はくじ運に恵まれた、ということですね』
『この場合は、そうも言えよう。が、他方それだけではない』
武蔵は実況の言葉に敢えて条件付けをして同意する。そしてその意見には、実況も同意だった。
『それはそうですね・・・天音選手はここで手札を晒してしまったのに対して、あの大鎧の選手は白ブロックの相打ちにより天音選手に手札を一切隠したままの決勝戦。更にはスタミナも精神力も大きく回復している事でしょう』
『うむ。故にこの場合は、というわけじゃな』
実況の言葉に武蔵が同意する。彼の意図としては、そういうわけだ。カイトは大鎧に比べて一戦多く戦った挙句、手札を晒してしまっている。アマクサに対しては言ってみればくじ運に恵まれたと言えるわけであるが、大鎧に対してはそれ故に圧倒的に不利な状況だった。
『さて、では大会決勝戦は大会規約により、10分間のインターバルが設けられる事になっております』
実況がカイト達の仕合終了を受けて観客達に告げる。ここから先は決勝戦で、どこまでの戦いになるかは不明瞭な所が多すぎる。どれだけ長引くかも不明だ。故にここで客達にも休憩を取ってもらう事にしていたのである。勿論、選手に即座の連戦では後先の不利が大き過ぎる事も大きい。当然の処置だろう。
「さて・・・」
とまぁ、そんな話はカイトには聞こえていないわけであるが、会場に入っている大会の実行委員より同じ内容の話を聞いている。なので彼は与えられた10分のインターバルを最大限活用すべく、精神統一に入っていた。
(・・・聖域の主とまで言った存在だ・・・厄介だな・・・)
カイトはメインの思考は世界の流れに身を任せながら、サブの思考回路で相手の事を考える。大鎧がカイトの予想通りの存在であれば、それは非常に厄介な相手だった。
幾度もの強者達との戦いを経ながら、この大鎧からは血の猛りを感じない。至って平然としている。まるで機械と言われても納得出来るだけの静寂さだ。が、機械ではない。強化したカイトの耳には、大鎧の鼓動が聞こえていた。
(静かな心音だ・・・心地よいまでにキレイで一定のリズムを刻んでいるな。オレ好みと言うかなんというか・・・懐かしいと感じてしまう様な、不思議な感じだ)
カイトは大鎧に対して、内心で掛け値なしの賞賛を送る。緊張も興奮も一切していない。綺麗な、としか形容し得ない心音だった。そして同時に、何か耳慣れた感じがあった。とは言え、これに違和感はあまりなかった。
(明鏡止水の境地か。戦士が得ようとして得られるものでもあるまいに・・・)
どれほどの修練を積んだのか。カイトは僅かな畏れを大鎧に抱く。彼とて明鏡止水の境地には立っている。神陰流を使うのなら、明鏡止水の境地には立たねばならない。立てなければそもそも入門も不可能だ。
が、それが簡単に出来るかどうかというと、決して簡単ではない事は彼自身が理解していた。元々彼には剣士以外の適正があったが故に若くして至れているが、同年代で明鏡止水に到れるのは数えられるほどと断言出来るだろう。それほどの適正が無いと本来はこの境地には至れないのだ。
(戦士と血の猛りは不可分・・・本来はそれを鎮める為に長い修業を積むというのに。一体、何歳だ? 随分と若くはある様子だが・・・)
カイトはおそらく自分より遥かに早く明鏡止水の境地に立っているだろう大鎧についてを考える。落ち着いているが力強い心音から見て、かなり若い事は明白だ。どれだけ年かさでも20代だ。30代には至っていない。若ければ10代でも可怪しくない力強さだ。
(それで、この剣の才能。才覚だけであれば、下手をすると石舟斎殿や宗矩殿以上かもな・・・)
カイトは己のもう一人の師から聞いた話から、この相手の才覚の上限をそう推測する。少なくとも、己が戦った中でも有数の才覚ではあるだろう。歴史上でも両手の指に入る才覚かもしれない。カイトはそう見ていた。
それほどに、この大鎧を評価していた。そしてであればこそ、カイトも万全を期して臨む。相手も此方もまだ未熟だが、相手が油断出来ないのは確定だった。
「・・・時間か」
カイトが目を開く。そしてそれと同時に、大会の実行委員達が現れた。試合開始というわけである。
「・・・」
『・・・』
カイトと大鎧は立会人を中心として、正反対の位置に立つ。そうして両者の用意が整ったのを受けて、立会人が大きく息を吸い込んだ。
「神陰流! 天音 カイト! ミステリオ出身! 匿名希望!」
大鎧は相変わらず詳細不明だ。どこ出身か、という事だけしか明かしていない。が、そんなものは今のカイトにとっては不要な情報だ。戦えば、必然どの流派か見えてくる。
彼はその来歴から、エネフィアのほぼ全ての剣を見てきたと言っても過言ではない。勿論、開祖や皆伝全てと戦ったわけではないので全てを知っているわけではないが、戦ってきた数であればおそらく有数と言える。見切る事は不可能ではないだろう。
「時間無制限、一本勝負!・・・仕合、開始!」
立会人が開始を告げる。が、それに対して両者即座に動く事はなかった。カイトは流れを見切る為に様子を探らねばならないし、それを知れない大鎧は初手で迂闊に近寄る事は出来ない。幸運にも、カイトがカウンターメインだと分かっていたが故の判断だった。わかっていればこそ、警戒するしかないのだ。
「・・・」
「・・・」
両者自然体のまま、相手の様子を伺う。が、カイトの内心には、苦味が浮かんでいた。
(駄目か・・・闘気が一切膨れ上がっていないな)
カイトは苦々しい気持ちが浮かぶ事を避けられなかった。神陰流の基本となる流れを見切る『転』であるが、それを武術に応用出来るのはひとえに相手が戦いに際して闘気が膨れ上がり『呼吸』が明確になりやすい戦士だから、という前提がある。
勿論、戦士以外でも戦いに臨むのならば闘気の増大は普通な事だ。故にこと戦闘に限れば大抵の相手には使えるという非常に広い汎用性を持ち合わせても居るが、それでもどうしても応用が出来ない相手が居た。
(どこかの神官か神殿に属する戦士、か・・・?)
カイトは一切の闘気の膨れ上がりを感じない大鎧の正体をそう推測する。神官たちの中にも勿論、戦士としての性質を持ち合わせている者も居る。言ってしまえばアルやルーファウスなぞその筆頭だ。彼らは教会の騎士。戦う者ではあるが、同時に聖職者でもあるのだ。戦う事に重きを置いているだけである。
が、それとは別に逆方面、言うなれば神官から戦士へと転向した者達も居る。この理由は様々だ。例えば、敢えて己に苦難の道を歩ませる為にそうなる者も居る。
とは言え、至った道のりに差があれどこの場合、彼らにとっての戦闘は神や奉ずる相手に捧げる聖なる物であり、血湧き肉躍る様な興奮と言える感情は邪道として捨て去る事を目標としている。それが極まれば、この大鎧の様に明鏡止水の状況に至るのであった。
最早こうなれば彼らにとって戦闘は神事にさえ近しい。闘気の増大はあり得ず、戦いは一種の流れの中で行われる事になる。トランス状態に入っている、と言っても良い。流れの中に入られては、流れなぞ見切れるはずがなかった。
(ヤバイな・・・)
大鎧ほどの剣の才覚で、明鏡止水の境地。カイトにとってそれは悪夢に等しい。天才たちに対して才覚で勝る所のほとんど無い彼にとってすれば、修練で到れる同じ領域に立たれているという事は絶対的な不利にある事に等しいのである。更にこの上、トランス状態に入られると流れはより一層見切れなくなる。故に、彼にとって勝ち目は一つしかない。
「はぁ!」
カイトは己の本来取るべきスタイルである『待ち』を捨てる。今はまだ、明鏡止水の領域だ。これが更に高まりトランス状態に入られると最早手に負えない。
トランスに入った相手の流れを見切れる様になるには、彼の師であり全世界――エネフィアや地球という異世界と言う意味での全世界――最高位の剣聖である信綱クラスの見切りの実力が必要になってくるだろう。
それにはその分野に長けていると信綱が明言するカイトとて、最低でも更に10年は修行せねばならなかった。決して、この大鎧をトランス状態に入らせてはならないだろう。そうなると完全に泥仕合になる事が見えたのだ。
『っ・・・』
大鎧が僅かに驚きを露わにする。カイトの先程の仕合を見ていた事により、カイトが己の出方を伺うと思っていたのだ。先入観により機先を制された形である。
『ふんっ!』
が、大鎧とて迷いはなかった。驚きは一瞬。気配に滲んだ驚きも一瞬で落ち着かせていた。故に、大鎧は迷いなくカイトの攻撃を迎撃する。
(流れが見えないのなら、流れを創り出すまでだ!)
カイトはそう心を決める。ある意味、これは柳生新陰流の考えにも似ている。それにこれはトランスに入られない様にする事もあるが、何より明鏡止水の状態にあられるのは有難くない。流れが見えにくい。
どのタイミングでどういう攻撃が来るかわかってこその神陰流。後の先を取れねば意味がない。そしてその後の先を取る為には、流れが見えねばならないのだ。
「はっ!」
『ふんっ!』
カイトの振りかぶった刀に対して、大鎧が大剣を合わせる。ここまで重そうな大剣で重い一撃なのに、その大剣の動きは軽やかで流麗だった。そうして数合打ち合って、カイトは一端距離を取る。
(・・・ゆらぎは・・・無いか)
カイトは内心に再度苦味を浮かばせる。己から攻撃を仕掛けて機先を制する事により相手の流れに揺れが生まれないか試したわけであるが、ゆらぎは殆ど生まれる事はなかった。
生まれたのは、機先を制された一瞬のみ。二度目の剣の衝突の時にはすでに通常状態へと戻っていた。奇襲が二度目には効果が薄いのと一緒だ。
(追撃もなし・・・警戒しているか)
カイトはわずかに漏れ出ている大鎧の感情を見て、僅かな安堵を得る。ここまで静かな気配なのだ。ともすれば機械とさえ思えてくる。が、揺れる僅かな感情はそれを否定して、己が機械ではなく生身の人を相手にしているのだと言ってくれていた。
(とは言え・・・警戒されているということは、カウンターは無理そうか)
カイトは相手が追って来ない事を理解する。大鎧は大剣を両手で持ち切っ先を下にして、精神を整えている様子だった。やはり大鎧とて人だ。感情は揺れ動くし、闘争心はある。
これは大鎧にとってそれを宥める為のプリショット・ルーティーンの様な物なのだろう。独特な構えだが、どういう姿勢を取るかは人それぞれだ。別にカイトもそれに興味はない。
(にしても・・・どうしてこんな・・・)
カイトは何故か心の深い所が喜んでいる事を自覚する。それは例えるのなら随分と、それこそ何十年も会っていない気の置けない友人にあったような、独特な感じだった。古ぼけた記憶は掠れて擦り切れて殆ど思い出せないのに、親しさだけがある様な感じだった。
(懐かしい・・・? 見たことのない剣技なのに、見たこともない相手なのに、知っている・・・)
わからないが、そう感じる。大鎧は知らない。中の人物の気配は決して知らないはずだ。そうでありながら、カイトは何故かこの気配に親愛さえ感じていた。
(いや、今はそんな場合じゃないな)
カイトは首を振って、この後をどうするか悩む。既視感に襲われてはいたが、真実としては未知の剣技だ。油断は出来ない。
が、負けない為には、大鎧の流れを何とかして見極めねばならなかった。であれば、答えは一つしかない。そうして、彼は再び大鎧へと切り込んでいく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1102話『剣聖の弟子対聖域の主』
2018年2月27日 追記
・誤字修正
『成果』が『生家』になっていた所を修正。




