第1100話 閑話 氷炎激突
昨夜の内に活動報告を上げました。断章に関してのお断りがありますので、もし気になるという方は御一読ください。
少しだけ、時は巻き戻る。カイトが青ブロックの決勝戦へと至っていた頃。当たり前であるが、他のブロックでも同時に決勝戦が行われる事になっていた。
流石に各ブロックの最終決戦だ。ある意味、一番の見どころの一つと言っても良い。そして白ブロックの決勝戦はこの大会でも最大の見せ場の一つだった。それ故、どこよりも観客が入っていた。が、大歓声があがる事は、無かった。
「・・・」
「・・・」
ぴりっとひりつくような気配が場を満たす。両者無言。語る言葉は一言も無し。語るつもりも一切無し。ただ、お互いだけを見据えている。
「右! ヴァイスリッター流! アルフォンス・ヴァイスリッター! 左! ヴァイスリッター流! ルーファウス・ヴァイス・ヴァイスリッター!」
大会の実行委員が全く同じ顔立ちの二人の名を告げる。性格が正反対なのがかえって恐ろしいほどに、二人の顔立ちは似ていた。体格も似ている。構えも一緒だ。それはまるで立会人を中心として鏡になっているかの様だった。
「・・・仕合、始め!」
立会人が仕合の開始を告げる。そうして、それと同時に二人は一斉に地面を強く蹴って相手へと踏み込んだ。
「「はぁあああああ!」」
両者は殆ど同じ速度で、同時に剣を振りかぶる。どちらも初手から全力で、この後の事なぞ考えていなかった。それ故に衝突は会場の中心、先程まで立会人が立っていた場所で起きた。
「「っ!」」
鏡合わせの様に同時に斬撃を放った両者は、ほぼ同じ威力で斬撃を交える。そしてその衝撃で、わずかに見を仰け反らせる。初手で倒すつもりかと思える程の威力が込められていたようだ。が、それを即座に立て直すと再び相手へと肉薄する。
基本的な戦闘スタイルは一緒だ。両者共に戦い方としてはわずかに攻撃に重きを置いている。が、アルはやや体術を併用し、ルーファウスは盾を良く使うなど細部に差は見受けられた。
とは言え、その程度の差だ。敢えて言えば、主義趣向の差程度でしかない。しかもこの差はどういう人物が近くに居たのか、という差だ。アルは拳闘士もこなせる兄のルキウス。ルーファウスはルクセリオン教国の高名な騎士達。この差が、両者の伸ばせる部分に差を生んだだけだ。
そして、二人の才能はほぼ同一と言っても良い。故に、剣技だけであれば両者にさほどの差は生まれない。なのでそこからもほぼほぼ鏡合わせの様に、お互いは同じ構えを取った。
「「はぁ!」」
同じ顔の二人は同時に上段から剣を振り下ろす。そうして僅かな間、鍔迫り合いに持ち込んだ。
「おぉおおお!」
「ぬぅ・・・ぅうううう!」
両者はそのまま一気に相手を押し切るべく、持てる最大の力を腕に込める。が、これは体術も選択肢に入っているアルに軍配が上がる。似た顔で同じ体格であろうと、修行の差からわずかに身体スペックに差は生まれている。身体の鍛え方であれば、アルの方が勝っていたようだ。
「っ」
単純な力比べであれば、押し負ける。ルーファウスは即座にそれを悟ると、このまま戦うのは不利と判断する。そしてアルが力に優れていたのなら、ルーファウスは先祖代々培ってきた技量で優れていた。300年の歴史と1000年の歴史だ。その差だった。
「っ!」
ルーファウスは迷いなく腕に込めていた力を抜くと、滑らせる様にしてアルの力を受け流してすれ違う。その受け流しは非常に見事で、武蔵達剣豪と言われる奴らから見ても完璧と言えるほどのものだった。とは言え、身体的な意味であればアルの方が上なのだ。立て直しの速度などであれば、アルが上回る。
「はぁ!」
アルは受け流された事を悟り己がバランスを崩す事を理解すると、敢えてそのまま前転する様にして距離を離す。と、その彼が通り過ぎた所を、振り向きざまにルーファウスが放った横薙ぎの一撃が通り過ぎる。
「猿か、貴様は!」
「軽やかって言ってほしいな!」
自分の一撃を避けた事に怒声を飛ばしたルーファウスに応ずる様に、アルが腕の筋力だけで空中に飛び上がりながら僅かに声を荒げて応ずる。
「はぁあああ!」
空中に躍り上がったアルはそのまま、急降下する様にしてルーファウスへと襲いかかる。それに対して、ルーファウスは横薙ぎの一撃から繋げて逆袈裟懸けに一撃を放った。
「はぁ!」
再び、両者の剣戟が交錯する。流石に全体重を乗せた一撃はルーファウスも堪えかねたらしく、ルーファウスの顔は歪む。が、彼はそれを気合で押さえ込むと、一気に力を込めた。
「おぉおおおお!」
ルーファウスが大きく吼える。それに合わせて彼の身体から放出される力が一気に膨れ上がり、アルを押し返した。流石に地に足の着いたルーファウスと地に足が着いていないアルだ。一度拮抗状態にさえなれば、ルーファウスが勝てるのである。
「はぁ!」
大きく上空へと吹き飛ばしたアルへ向けて、ルーファウスが地面を蹴った。彼は飛空術を使える。そしてこの大会ではカイト達は使っていなかったが、別に飛空術は禁止されていない。純粋な剣技や槍技での戦いを望んだ彼らが敢えて使っていなかっただけである。
そもそも飛空術を禁止してしまうと<<空縮地>>を連続させて戦うのはどうなのだ、という話が出るからだ。あれは連続して出せれば、擬似的に空を飛べる。足場を創り出して擬似的に浮遊という事も勿論可能だ。更に言ってしまえばよほど属人的な技術を求められない限り、特に禁止する必要なぞどこにもなかった。出来ない奴が悪い、と判断されるだけである。
「っ!」
急加速して自らに迫りくるルーファウスに、アルが僅かに目を見開く。が、別に可怪しい事は何もない。ルーファウスはそもそも、大陸間会議の時点で飛空術を使えていた。なにせ教国に飛翔機付き魔導鎧は存在していないのである。それで空中に居るアルに合流したのであれば、己の身一つで飛んでいた事に他ならなかった。
「ふんっ、道具に頼りすぎだ」
ルーファウスはそう言うと、容赦なくアルへと襲いかかる。一方のアルはというと、為す術もなくそれを受ける事で精一杯だ。今回、彼は大会の規定により飛翔機付きの魔導鎧を装備していない。
あれは持つ者と持たざる者の差が如実に現れるとして、禁止されているのである。そして高度な軍用品だ。市販されることもない。持ち込みが禁止されているのは非常に当然の話であった。
「はぁ!」
「っ!」
ルーファウスは上下左右全ての方向からアルへと襲いかかる。それはなるべくアルを一点に留める様な攻撃方法だった。見様によっては嬲っている様にも見えるが、決してそうではない。
壁際に追い詰めては面倒だ、という事を彼は把握していたのである。壁際ということは、言ってしまえば地面に垂直な地面がもう一つあると言っても過言ではない。アルにとって有利なのである。
「っ・・・」
アルの顔に僅かに苦味が浮かぶ。彼は一方的に攻撃されているだけだ。このような表情になるのも、当然だろう。それに対して、ルーファウスは容赦がない。彼はアルの下から強襲して落下しようとしていた彼を打ち上げると、そのままアルを追い抜いて上空へと躍り出る。
「終わりだ!」
ルーファウスは声を荒げてそう告げると、己がやられたのと同じ様に急降下で全体重を乗せた一撃を放たんとアルへと襲いかかる。それに対してアルは先程の衝撃があるのか、振り返る事さえ出来ていない。
「おぉおおお!」
ルーファウスは雄叫びを上げて一気に速度を上げる。そうして両者の距離があと僅かとなり、ルーファウスが止まれない距離にまでなった所で、彼は驚きを浮かべる事になる。
「何!?」
唐突に、今まで一方的に嬲られるだけだったはずのアルが空中で動いたのだ。そうして彼はくるりと回る様にしてルーファウスの横をすり抜けると、そのままルーファウスの背へと回し蹴りを叩き込んだ。
「はぁ!」
「ぐっ!」
背中に一撃をもらったルーファウスの口からくぐもった音が漏れる。どうやら直撃をもらった事により、肺の空気が漏れ出たようだ。そうして、ルーファウスは己の加速に加えてアルの蹴りによる加速を受けて、地面へと一気に落下していく。
「ちぃ!」
が、やはりルーファウスも流石天才と言われるだけの事はあったのだろう。彼は即座に体勢を立て直すと、猫の様に器用に地面に着地する。威力は完全に殺されており、完全にノーダメージでの着地だった。
「まるで猫だね」
空中に浮遊するアルが笑いながらルーファウスの先程の流れをそう揶揄する。が、それに対してルーファウスはわずかに怒っていた。
「貴様・・・飛空術を使えたのか」
「勿論」
一方的に嬲られるだけだった事からてっきり使えないのだと思い込んでいたルーファウスの問いかけに、アルは笑顔で頷いた。
彼とてこの数ヶ月冒険部に混じって修行していたのである。彼は数ヶ月の訓練の間に飛空術を使える様になっていたのであった。つまり一方的に押されている様に見えたのは全て、彼の演技だったというわけだ。そうして、地面へと降りた彼が告げる。
「まぁ、情けないけど君が使えていたからね。何時か絶対に戦う日が来る。そのときに飛翔機を使っていてはそれが無くなった時に負けるということぐらい、僕にも分かるさ。数ヶ月、マクダウェル家の方々に頼み込んでしっかりと訓練してもらってたんだよ・・・まぁ、まさかこんな風な戦いになるとは思ってなかったけどね」
「・・・ふん。当たり前だ」
ルーファウスはアルの言葉に僅かに不機嫌――謀られた事に対して――ながらも、それが道理であり正しい事であるが故にどこか満足気だった。やはり、ここら彼は真面目なのだろう。当人のもう一つのヴァイスリッター家への考え云々は別にして、評価は評価として与えている様子だった。
「さて・・・そろそろエンジンも温まってきたし、本格的にやろうか」
「ふん・・・良いだろう」
アルの言葉に応ずる様に、ルーファウスが再び気合を入れ直す。背中の痛みはすでに引いている。不意を打つ為の演技が必要であった所為で、アルも満足な一撃を打てては居なかったらしい。
ここらはアルは語らなかったが彼の読み違えた所で、ルーファウスが彼の想定以上の速度で襲い掛かってきた為に対応が満足にできなかったのである。本来なら、そのまま激突させるつもりだったようだ。が、読みを外してしまって加速させるので精一杯だった、という事なのだろう。
「・・・はっ!」
「・・・はぁ!」
二人は一瞬だけ、精神を統一させる。ここからが、本番だ。そうして両者は一気に気合を漲らせて、白い炎と透明な氷を身に纏った。とは言えどちらも過剰な力は避けるべく、大陸間会議の時の様に大きな変貌は遂げていない。バランス重視、というわけであった。
「・・・」
「・・・」
二人は無言でお互いの姿を観察する。ここからは、お互いに想像の出来ない領域だ。おそらく教国と皇国を見回して同年代でこの領域に居るのは天才と謳われる二人だけだろう。故に、お互いの手札を一度も見たことがないのだ。猪突猛進に進めるわけではない。
(無氷・・・無色透明な氷か・・・間合いが見切れない事が厄介か。更には伸長も容易・・・下手に近づくと串刺しにされかねんか)
ルーファウスはアルが身に纏う輝く様な透明な氷を見て、厄介な点をそう判断する。やはり剣士だ。間合いが測れないと言うのはやりにくい。更にアルの身に纏う氷はかなり長さに自由が効く。一度間合いを見きったから、と油断は出来ない。
(白炎・・・たなびく白き炎か・・・多分、迂闊に近づくと痛い目を見るかな・・・射程距離は氷に比べて短いけど・・・下手に近づくと炎で焼き切られるかもしれないな)
一方のアルはアルで、ルーファウスに迂闊に近寄れないと判断していた。たなびく白い炎はそれそのものが熱を持っており、触れればそれだけで敵を焼き切る事も出来るだろう。
更に、氷とは違い炎の形状は自由自在だ。性質上そこまで伸ばす事は出来ないので近寄らなければ大丈夫だが、迂闊に近寄れないだろう。
「・・・」
「・・・」
どうするか。アルとルーファウスはお互いににらみ合いながら、次の一手を考える。が、出せた答えは一つだけだった。そしてその答えを出したのは、奇しくも同時だった。
「「はぁ!」」
両者同時に再び地面を蹴る。お互いにお互いの攻撃を防げる属性で身を守っているのだ。なら、お互いにそれでお互いの攻撃を防ぎつつ、先程と同じように剣戟の応酬を行うだけであった。
「ふんっ!」
「はぁ!」
アルとルーファウスが同時に剣を振りかぶる。構えは一番始めの時と同じだ。が、そうして衝突した白い炎を纏う剣と透明な氷に包まれた剣の間で、僅かな爆発が起こった。水蒸気爆発である。
どうやら、アルの氷が一瞬で蒸発して爆発が起きたらしい。とは言え、それはアルの魔力によって一瞬で修復される。更に言うとこの程度の爆発では両者の髪を揺らす程度で、のけぞらす事もできなかった。
「はぁ!」
「ちぃや!」
両者はぼんっ、という剣戟の音としてはあり得ない音を連続させ髪を踊らせながら、剣戟の応酬を行う。それはまるで、双子が戦っている様でさえあった。
二人が相反する力を使い戦う事が尚更、それを印象深くしていた。そしてそれは図らずも、二人からしてもそう見えてしまった。炎を纏う己が、氷を纏う己が、そこに居る錯覚を受けたのだ。
「はぁ!」
二人はただ流れに身を任せ、直感で最適な剣戟を選び取る。故に、だろう。アルには次のルーファウスの一撃が何故か読めていた。故に彼は一切の迷いなく、身を屈める。その瞬間、ルーファウスの斬撃が頭上を通り過ぎていった。
「はっ!」
今度はアルが全身をバネにして切り上げの一撃を放つ。そしてルーファウスにも、アルの動きが読めていた。故に彼は回転する様に、半身をずらす。そしてその直後、彼の横を斬撃が通り過ぎていった。
「はぁ!」
全身をバネにして跳び上がったアルが回転する己の背後に回る。ルーファウスはそれを直感で理解する。故に彼は回転の勢いを速めてそれを迎撃する事にする。
「はっ!」
対するアルもまた、何故かルーファウスの迎撃が読めていた。故に彼は迷いなく着地すると、そのまま横薙ぎに迎撃の一撃を放つ。
「「っ!」」
両者の斬撃が衝突した瞬間。二人の意識が、何かを垣間見る。それは遥か遠くの記憶の様に、古ぼけた記憶だった。その中の彼らが、今の彼らと全く同じ動きをしていた。が、二人の表面意識はそれに気付くこと無く、しかしその記憶に導かれる様に次の一手を放たせる。
「はぁああああ!」
「はぁああああ!」
二人が同時に気勢を上げる。お互いがお互いにお互いを見ながら、更に彼方に居る誰かを見ていた。そうして、その衝突で二人の意識は今ではない誰かと繋がった。が、それはあまりに似通った状況だったからだろう。お互いに、それこそ繋がった者達さえそんな事に気付く事はなかった。
「『はっ!』」
「『はぁ!』」
再び、両者の剣戟が衝突して爆発音を上げる。そしてお互いに知らず過去と繋がった彼らは、更に剣戟の速度を上げていく。が、そうであるが故に、そして繋がっているのが過去であるが故に、本来は起こり得ない現象が、勝負を付けさせる事になった。それは過去からの呼び声だった。
『うるせぇ! 木刀でドカンドカンやってんじゃねぇ!』
「「『『っ!?』』」」
四人が同時に、響いてきた誰かの怒声に意識を取られる。それは彼らと繋がった二人を除けば、聞こえたのはアルとルーファウスだけだ。だが、それでも二人には聞こえたのである。そして悪かったのは、その声に既視感があったことだ。
「「っ!」」
二人は同時に、耳に響いたあり得ない声で手元が狂った事を悟る。声に気を取られて、お互いに僅かに斬撃の軌道が自分達が想像した所からずれてしまったのだ。
「「ぐっ!」」
本来は交わるはずだった二つの剣は交わる事なく、上下で通り過ぎる。そしてそれは同時に、お互いの脇腹を打った。それはお互いの全力を込めた一撃だ。故に、お互いの身体を大きく吹き飛ばす事になった。
「ぐぅううううう!」
「つぅううううう!」
アルとルーファウスは直撃してしまったお互いの斬撃の痛みを脇腹に感じながら、吹き飛ばされる身体を食い止めようと地面に剣を突き立ててなんとか立て直す。が、お互いに直撃だ。膝を屈したまま、立ち上がれなくなった。と、その直後。立会人が、鐘を鳴らした。
「・・・そこまで! 勝負あり! 両者、相打ち!」
「え・・・?」
「なっ・・・」
アルは困惑し、ルーファウスは目を見開いて驚きを露わにする。が、それ以上に二人の内側には今の一幕の困惑があった。
「今のは・・・」
「一体・・・」
おそらく、自分にしか見えていないはずだ。お互いにお互いがそう思う。だが同時に、お互いにおそらく相手も同じ映像を見ていたのだろう、とも思っていた。そうでなければ今の一幕が説明が出来ないのだ。と、そんな二人に大会の実行委員達が近づいてきた。
「立てるか?」
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ・・・いつっ!」
「あ、大丈、いてっ!」
どうやら、かなり辛い様子だ。肋骨などが折れている事は無いと思われるが、検査はしておいた方が良いだろう。勿論、かなり手酷く青タンは出来ている。
「ああ、これは駄目か・・・あっちもか。担架で二人を運んでくれ!」
「担架担架! 急いで持って来い!」
立てはしたものの脂汗を流す二人を見て、大会の実行委員達が医務室に運ぶ様に告げる。そうして、アルもルーファウスもお互いに今の一幕に疑問を感じつつも、お互いにそれを決して口にする事はなく医務室へと運ばれていく事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1101話『決勝戦』




