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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第57章 剣士達の戦い編

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第1097話 閑話 ――心過ぎたるは――

 カイトの二日目の戦いを始める前に一つだけ、話を挟んでおく。それは瞬と暦の戦いだ。これについては、敢えて語るまでもない。勝敗は結論を言ってしまえば、暦の勝利だ。

 瞬も善戦はしたものの猛る豊久の力を抑えるのに手一杯で、更には慣れない刀で戦うという不利もある。順当と言えば順当な結果で、さほど見るべき所は存在していなかった。

 まぁ、カイトも言っていたが彼は豊久の力を上手く抑揚しつつ、刀で戦う感覚を掴ませる為に来たのだ。敢えて言えば勝ってはいけないとも言える。幸い暦が相手で良かった、という所だっただろう。事情を把握してくれているので、戦い難そうにしても文句ひとつ言わなかった。


「勝負あり! 勝者、蒼天一流(そうてんいちりゅう)・天ヶ瀬 暦!」

「ありがとうございました」


 一太刀を受けて顔を顰める瞬へ向けて、暦が頭を下げる。その姿は彼女にはあるまじきほどに、静けさを保っていた。そうして、試合終了と同時に暦は慌てて瞬へと駆け寄る。ここらの根っこは変わっていないらしい。


「大丈夫ですか? すいません、あまり手加減出来なくて・・・」

「つぅ・・・あ、ああ。大丈夫だ。ありがとう、少しは感覚を掴めた様な気がする」


 暦の差し出した手を掴む事もなく、瞬が脇腹を押さえて立ち上がる。顔はしかめっ面ではあったが、どこかなんとか抑えきれたという達成感があった。


「でも・・・先輩、刀も使えたんですね」

「ああ、いや・・・まぁ、色々とあってな。ここらは追々・・・流石に脇が・・・それに、ここだと邪魔にもなる」

「あ、ごめんなさい!」


 脇腹を押さえる瞬に対して、暦は慌ててペコペコと頭を下げる。そもそもその脇腹に一太刀を入れたのは彼女である。その自分が無茶をさせるのは、道理を損なう行為だろう。

 と、言うわけで二人は試合場の外に出るわけなのだが瞬はそのまま、会場の外に出る。この大会はある意味無情といえば無情で、敗者に用はないとばかりに好きにする様に言われている。なので別のブロックの仕合を見るのも自由なのだ。なのでそうするつもりだった。


「・・・にしても・・・」


 瞬は首を傾げる。カイトは自分の周辺が暦に避けられていると言っていたのだが、そんな印象はあまりなかった。普通に応対していたし、強いていえば精神面がかなり安定していたとかその程度だ。その安定にしても根っこが変わっていないのでどこまでか、という範囲である。


「・・・だが、あれはなんというか・・・」


 瞬は単なる直感であるが、少しだけ危うさを感じる。あえていうのなら、自己暗示にも近い何かを感じたのだ。確かに落ち着いているが、それはなんというか、危うい落ち着きを感じたのである。敢えて言えば、そうあらねばならないという強迫観念というべき物だろう。そんな何かに取り憑かれている様子さえあった。


「・・・ふむ・・・」


 瞬は少しだけ考える。が、残念ながらここらの機微なぞ彼に分かるわけもないし、そもそも考えて分かる様であれば彼は朴念仁なぞと言われるわけがない。

 はっきりと言えば彼もリィルも朴念仁で、それ故にお似合いの朴念仁カップルである。朴念仁同士が付き合って男女の機微が分かるはずもない。わからない者同士故に波長があって理解し合えるだけだ。周囲から見れば謎の付き合い方をしていると言ってよかった。が、それ故にこそ暦の機微なぞ理解出来なかった。


「・・・うむ、わからん。まぁ、カイトに任せるか」


 とりあえず瞬は己の出番が終わったわけで、もう考える事も無いとその場を後にする事にする。今回己は残念ながら一度しか戦えなかったが、戦い方を見るのも十分に彼の魂を刺激してくれる。抑える訓練にはなるのだ。

 幸いにも彼の魂は目覚めた。であれば、更に上へ至る事も可能なのだ。これが出来ずに挫折するものは数多い。これほどの幸運に恵まれたのであれば、更に上を目指さぬ道理がなかった。そうして、彼はとりあえず直感に従って己の見るべき戦いを探す事にするのだった。




 さて、その一方。残った暦はというと、次の相手を見据えて精神集中を行っていた。相手は強敵にも程がある。負けしか見えない。だが、挑むしかない。


「・・・」


 ここら、師弟で似ていたという事なのだろう。戦いに備えて彼女が行うのもまた、瞑想だった。喩え避けていようと、どういう考えがあろうと根っこは変わらない。師弟で似ている以上、戦いの前に取るスタイルは一緒だった。


「・・・」


 とは言え、おそらく。これは暦なりの自己防衛本能というものなのだろう。彼女はカイトとの事を忘れているわけではない。単に、見ない事にしただけだ。

 見てしまえば、恥ずかしくなる。そして何より、桜達への罪悪感で押しつぶされそうになる。だから、見ない事にした。カイトの周辺を遠ざけるのは、そう言う理由だ。


「・・・」


 故に暦はただ、瞑想する。己が玉ではない精神の持ち主とわかっているが故に、ざわめき、ともすれば嘔吐しかねない精神状態を落ち着かせる。彼女は今の修行の大半を、精神鍛錬に費やしていた。

 これは瞬の見抜いた通り、ある種の強迫観念と言っても良いのだろう。真面目な――そしてある種の潔癖さを持ち合わせる――彼女からしてみれば、彼女持ちの男に、それも彼女の許可も何も無く状況に流されてキスをねだったというのは非常に辛いものがあったようだ。


「・・・」


 暦は精神を研ぎ澄ませる。折れそうになる心を保たせる為に、変な言い方であるががむしゃらに精神を研ぎ澄ませる。この間だけは、忘れる事が出来るからだ。

 とは言え、そうなったのも無理はなかった。勿論この状態となったのは、彼女とて望んでなったわけではない。カイトを遠ざける様になったのはカイトがラエリアから帰還してからの話だった。その間に、何かがあったらしい。


「黒の35番! 前へ!」

「・・・」


 番号を呼ばれた暦は意識を集中させたまま立ち上がる。『あれ』を思い出せば、潰えそうになる。だから剣に逃げた。今の彼女には、これしか残っていない。


「・・・」


 精神を研ぎ澄ました暦は大鎧を前にする。今考えるべきは、目の前の相手のみ。それだけに集中していればよい。ある意味、今の状況が一番楽だった。


「ふむ・・・」


 観戦席から、そんな暦を武蔵が見ていた。その切っ先に迷いは無い。が、同時に危ういほどの迷いの無さだった。


「こりゃ、拙いかのう・・・」


 確かに、暦に男に逃避したりがむしゃらに修行に打ち込んだり、という身体を崩しかねない危うさはない。前者はそもそもの原因が男であったが故に、あり得ない。後者は己を剣士として立たせているが故に、だろう。


「心技体・・・心が些か過ぎておるか・・・」


 武蔵は遠目に、暦の現在の状態を看破する。心技体。これは武術で言われる三要素だ。武芸者にとって最も良いとされているのは、これがきれいな三角形を描く事だと言われている。

 どれか一つが凹んでいても駄目だし、逆にどれか一つが尖っていても問題だ。今の暦の状況は言ってしまえば、その『心』が過ぎた状態だった。


「うーむ・・・厄介じゃのう・・・」


 武蔵は精神を研ぎ澄ませる暦を見ながら、現状が非常に厄介である事を見抜いた。カイトは若干楽観視していた様子だが、彼が見たのは平時での彼女だ。勝負時の彼女は見ていない。故に、その危うさを正確には理解していなかった。


「負けて挫ける様な性格であれば、立ち直らせも出来ようが・・・いや、この場合は逆に自棄になるからそれはそれで駄目なんじゃが・・・」


 武蔵は非常に苦い顔で暦の性格が何より拙いと言及する。ここで暦が負けて剣士としての自信を失い自暴自棄になったのなら、まだカイトが強引に介入してやれる。彼とて自暴自棄になった相手を見過ごす様な事はしない。

 しかし、そうならないと武蔵は見抜いたのだ。そしてそれ故に拙いのだ。暦は何度も言うが、生真面目だ。人の忠告は素直に受け入れるし、教えも素直に守る。良い子、優等生と言っても良いだろう。

 が、それがここでは話を悪化させる。優等生故に、負けるのも当然と受け入れてしまう。そして負けたのなら、と更に修行に熱を入れていく事になるだろう。

 そして何時か、致命的な失敗を起こして潰れてしまう。悪いことにその致命的な失敗が起きるまで、それを当人が隠してしまう。そしてその酷さは当人やごく一部しか気付けないので、見過ごされがちだ。悪い要因が幾つも重なってしまう類の少女だった。


「過ぎたるは及ばざるが如し・・・うーむ・・・これなら凹んだ方が良いんじゃが・・・」


 武蔵は苦い顔でどうすべきかを考える。一応、正式な師匠という意味であればカイトになるが、彼も師匠の師匠ということで指南を与えたのだ。孫弟子とも言える。

 であれば、その面倒を見る責任は彼にもある。故に考える。が、このタイプの相手は非常に珍しいらしく、武蔵としても久しぶりに真剣に悩みを見せていた。


「心が入りすぎれば、本来は身体が追い付かずとなるだけなんじゃが・・・いやさ厄介・・・」


 心が過ぎた状態とは気合が入りすぎている、力みすぎという意味で彼は捉えている。逸る気持ち、等と言い表せるだろう。が、そう考えていたが故にこの方向性での力の入り様は少々、彼としても前例がなかった。


「色恋沙汰であったが故、真面目であったが故、かのう・・・」


 この二つが絶妙に噛み合った結果の今だ。こればかりは武蔵も流石にどうしようもないらしい。これを解決するには色恋沙汰の方を解決せねばならないのであるが、ここで困るのがこの色恋沙汰から暦が逃げているという点だ。

 暦はある意味、悪い意味でカイトとの事を前向きに捉えている。自分で見ない様に、と自己完結させてしまっている。が、これは先に述べた通り前に進まない様にしているだけだ。

 カイトに会わない様にする事で進まない様に、もしくは退かない様にしているだけだ。それではいつまでも現状は変えられない。何かもう一手、必要だった。


「ふーむ・・・原因は、わかっておるんじゃがのう・・・うーむ・・・ここばかりは、カイトも見通せななんだか」


 カイトとしては原因がわからない事であったが、実は武蔵には原因が分かっていた。とは言え、それは無理もない。カイトがラエリアに行っている間にも彼はこちらに残り、残留組の事を見ていたのだ。

 グライアがカイトの身体の件で密かに動いている為、カイトから万が一は頼む、と頼まれても居た。気にもしていた。故に、暦に何があったかは察していた。

 そして無理もない、とも思った。故にしばらくは放置した。自分で結論を出すべきだ、と思ったからだ。が、ここまで悪化しては流石に見過ごせない。


「うーむ・・・いっそカイトに教えてやるのも、良いかもしれんが・・・」


 どうするべきか。武蔵は悩む。とは言え、それでは変えられない事もわかっている。結局、カイトから暦が逃げ続ける限り状況は変わらない。暦が変わらねばならないのだ。カイトを変えても意味がない。

 そして安易にカイトを近づけても、今度はやけっぱちになりかねない。カイトは下手に近づけてはならないのだ。潰れそうな内心を本当に潰してしまいかねないのだ。


「ふむ・・・誰かおるかのう・・・」


 武蔵は適役を考える。カイトでは駄目だ。だが同時に、カイトに繋がれる相手でなくても駄目だ。そして更に、今の暦の悩みを解決してやれる奴でもなければ駄目なのだ。物凄い難しい状況だった。


「適役・・・ふむ・・・あの少女らでは無理じゃのう・・・そもそもあれらが原因じゃからのう・・・クズハにアウラ・・・逆に気後れしかねんか・・・部隊の奴らは・・・いや、あれに相談というのが馬鹿か」


 武蔵はとりあえずカイトの近辺に居る女の名を上げて、誰か適役が居ないかどうか探す。が、駄目な者があまりに多すぎた。桜達は暦の原因だ。恋に恋する乙女だ。だからこそ、駄目だった。


「ふぅむ・・・む?」


 思考の海に沈んでいた武蔵であるが、ふと一人だけ適任というか最適な人選が近くに潜んでいた事に気付いて目を見開いた。なぜ気付かなかったのか、というと彼ら師弟からするとそれがあまりに自然に感じられないからだ。が、彼女の今の立場を考えれば、普通に適役だった。


「おぉ! おるではないか! そう言えばミトラの奴が受けとると言っておったのう!」


 武蔵は顔に笑みを浮かべて、手を叩く。どうやら、答えが見えたらしい。そうして、彼は暦の現状に対処すべくその適役とやらに連絡を取る事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。暦、実は単にカイトを避けているだけではなかった模様。

 次回予告:第1098話『戦いの再開』

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