第1096話 次の戦いへ
カイトの神陰流と藤堂の柳生新陰流。その両者のぶつかり合いとなった新陰流対決。これは、圧倒的な経験値の差によりカイトの圧勝という形で幕を下ろした。
そうして、一礼をして会場を後にしたカイトと善戦した藤堂に対して――勿論両者には聞こえないが――割れんばかりの拍手が贈られる。
『いやぁ、凄まじいの一言しか出せない戦いでした』
『うむ・・・げに恐ろしき信綱公の新陰流と言う所。兼続とてこれが印可ではなく皆伝までたどり着けておれば、より善戦出来たであろう。勿論、あの年頃で印可までたどり着けておるのは十分にものすごい。が、これが信綱公をして相続を認めた石舟斎殿や宗矩殿、十兵衛であれば、それはより恐ろしき戦いになったじゃろう』
実況の言葉に武蔵も新陰流に対して掛け値なしの賞賛を送る。彼としても信綱の興した新陰流は尊敬に値する武芸だ。そしてその恐ろしさは同時代を生きた者故に誰よりも把握していたのである。
「さて・・・」
とりあえず、これで次の戦いだ。カイトは残り半数を遥かに下回った武芸者達へと意識を向ける。ここから先は、誰も彼もが腕利き揃いだ。勿論、心技体の整い方も――藤堂らくじ運に恵まれなかった者を除けば――これまでの相手と比較出来ない。
「冒険部は・・・大半が敗北か」
カイトは残る自分たちの状況を見極める。残っているのはくじ運に恵まれ、強敵同士での潰し合いの結果生き残れた数人と言う所。おそらく、この大会全体で両手の指で事足りる。青ブロックも後一人居る。
とは言え、それもこの次の第四回戦で壊滅するだろう事が予想された。残るのはカイトぐらいなものだろう。なにせ残っている実力者はくじ運に恵まれた以外は最低でもカイト達と出会った当時のリィル達クラスという実力者だ。
冒険者で表せば、最低でもランクB。瞬が<<鬼島津>>を使うならまだしも、普通にやって勝てる道理がない。ここからは、運ではなく実力がものを言う段階だった。
「ふむ・・・」
カイトは意識を研ぎ澄ませ、大会全体の様子を観察する。確かに、大会のルールでは他の仕合を見る事は禁じられている。が、気配を読んで察する事を禁じてはいない。それが出来るのならやっても構わない。このルールの裏は、そうなっていた。
「・・・やはり、先輩と暦は両方共敗北したか」
カイトはこの大会に参加した中でも一番懇意にしている二人が敗北していた事に残念さを滲ませる。こればかりは仕方がないと言うしかないだろう。
そもそも暦と瞬が潰し合い、その後に待ち受けていたのはあの大鎧とも聖域の主ともカイト達が評する剣豪だ。二人が勝ち残れる道理は一切存在していなかった。これほどまでにくじ運に恵まれていない戦いは無かっただろう。
「・・・この気配は・・・」
カイトは瞑想状態で気配を把握し、未だ大鎧が敗北していない事を察する。その気配は相変わらず、聖域の主と言うに相応しい静謐さだ。この様子であれば、ここまで順当に勝ち進んでいるのだろう。疲れは見えず、まだまだ余力を残している様子だった。
(はてさて・・・)
カイトは猛る血を宥めすかす。すでにこの時点で、彼は準決勝に進出して敢えて負けるという考えをしていなかった。故にまだ、早い。猛るには早過ぎる。この剣豪と戦うのは明日だ。今から猛っていては、不測の事態が起こり得ない。
(・・・ふむ・・・)
カイトは大鎧の気配を観察し続ける。大鎧が自分と戦う事を感じ取っているかどうかは、相手にしかわからない。が、少なくともカイトには予感があった。この相手と必ず戦う、という予感だ。いや、直感とさえ言えた。得も言われぬ因縁を感じてさえいた。
(アルは・・・ふむ。結構な激戦になっている様子か)
カイトはぶつかり合う二つの気配の力の奔流から、アルもかなりの武芸者とぶつかり合っている事を理解する。とは言え、勝てると見ていた。そうなると、次の戦いは必然となった。
(・・・あそこの最後はルーファウスとアルか。むぅ・・・)
カイトは少しだけ残念さを滲ませ口を尖らせる。というのも、この二人の力量は全くの互角だ。つまり、相当な激戦になる事は必須だ。そしてさらに悪い事があった。
「これで、今日は終わりなんだよなぁ・・・」
カイトは苦味を滲ませる。第四回戦までで今日の仕合は終了だ。参加者数が参加者数で、これはトーナメント形式での戦いだ。一日で全部が終わるわけがない。
それでも時間を考えて四つのブロックに分けて更に仕合を二つ同時に行っているわけであるが、一日で戦いが終わるわけがないだろう。故に今日の仕合は実のところこれで最後で、カイトは藤堂が今日の最後の相手だった。実況解説が入ったりしたのは、明日の本戦に備えての練習もあったらしい。勿論、演し物なので望むのであれば実況解説の無い初戦からの観戦も可能だ。
(明日・・・ルーファウスとアルは全力でぶつかるだろう・・・どっちが勝っても可怪しくないな・・・)
カイトはアルとルーファウスの戦いの見立てを立てる。今日の疲労度を差っ引いても、おそらく両者同じ程度の余力で明日の戦いに臨む事になるだろう。お互いにそこそこの激戦を演じており、そして残った実力者達もかなりの猛者だ。そこに差は生まれないはずだ。
が、それ故にカイトとしては有難くない。カイトとしてはどちらかが余力を残してもらって、黒ブロックの優勝者となるだろう大鎧との戦いに備えて貰いたい所だ。
「厄介だなぁ・・・」
どちらが勝っても可怪しくない戦いというのは、逆説的に言えばそれを勝った方にも余力は一切残されない事に他ならない。白ブロックの優勝者はアルかルーファウスで確定で良いだろうが、この両者の実力は伯仲だ。そしてくじ運も同程度と来た。完全に互角の状況で戦いに臨めるのだ。二人にとっては嬉しい事だろうが、カイトからしてみれば有難くなかった。
「しゃーない。明日は明日で考えてみるか・・・」
もうここに至ってはどうしようもない。大鎧がどういう類の使い手であれ、勝ち残るのは彼だか彼女だかしかない。そしてカイトも勝ち残ると決めた以上、どういう戦いになっても勝ち残って勝つだけだ。考えるだけ、無駄である。そうして、カイトは明日へ疲労を残さぬ為、明日の戦いを万全に勝ち残る為、精神を統一する事にするのだった。
さて、一日目の戦いを終えたカイトであるが、冒険部で残ったのはある意味当然の話でカイトだけであった。流石に世界一を決める大会の予選大会と言う所だろう。冒険部で勝ち残れるほど、この大会は甘くはなかった。両手の指ほどの数といえど第四回戦まで勝ち残れただけ十分に大金星と言って良いだろう。
「いや・・・流石に信綱公の新陰流は流石だったよ」
そんなカイトの前であるが、そこには藤堂が座っていた。奇しくも新陰流同士の戦いとなったのだ。しかも片や元祖とも言える神陰流で、片や柳生新陰流だ。色々と話したい事があるのは自然な事だったのだろう。
「あはは。恐ろしいでしょう?」
「いや、まったくだよ」
「ふむ・・・兼続。何が恐ろしかったか、わかっておるか?」
笑う藤堂に向けて、徳利を片手に武蔵が問いかける。何がどう恐ろしいかわかればこそ、次があるのだ。そこから先に行けるかは、そこに掛かっていた。そしてそれが可能なだけの才能が、藤堂にはあった。
「あ、はい・・・えっと・・・なんというか、完全に誘導されているような気がしました。途中から、ですが・・・」
「うむ、その通りじゃ」
藤堂の問いかけに武蔵が笑顔で頷いた。それが、正解だった。彼は自分でカイトの攻撃を誘発している様に見えて、そして真実誘導していながら、カイトにそれら全ての動きを誘導されていたのである。
「お主は相手を誘導している様に見えて、実のところカイトに誘導されておった」
「やはり・・・ですが、どうやって?」
藤堂もどうやら、自分が誘導されていた事をどこかで理解していたらしい。が、そうなると気になるのはやはりこれだった。そうして、彼は疑問を続ける。
「新陰流は後の先を取る武芸。私は最適解を選び続けたと思っています」
「うむ、そうであろうな。最適解を選び続けた・・・いや、この場合は選ばせられ続けたと言うのが正解と言えよう。お主は知らず、カイトに有利な手札を誘導し続けておった」
藤堂の疑問に武蔵が頷いた。確かに、藤堂は最善の一手を打ち続けた。が、その最善の一手こそが、カイトの狙い通りだったのである。
「わからぬか? それが、カイトの目論見よ。カイトはお主に常に最善を選ばせ続けた・・・逆に剣豪であれば、最善というのは本能的に察しておろう」
「まぁ・・・それはそうですね」
武蔵の言葉に藤堂も同意する。藤堂は最善の一手を選び続けたといえば聞こえは良いが、実際にはこんなものは直感に近い。あの一瞬の最中で長々と思考して次の最善の一手を考える時間なぞどこにもありはしない。魔術を使っても可能ではないのだ。勿論、カイトとてそうだ。ある意味、両者共に本能で最善の一手を選び続けたのである。
「なら、そこに攻略の鍵があろう。最善の一手を選べるということは、必然次の最善も見えてくる。それは次の動きを推測出来るということ。これは謂わば将棋で言う所の詰将棋。次の一手を考えるではなく、次の次を察するがカイトのやった事よ」
「なるほど・・・」
藤堂は武蔵の言わんとする事を理解して、深く頷いた。言われれば理解は出来る。己は最善の一手を打ったと言った。であればカイトの側にもそれに対する最適な対応、つまりは最善の一手があるはずだ。そしてカイトはそれを打った。
であれば、今度は藤堂はそれに対する最善の一手を打つ必要がある。となると、熟練の武芸者であればその最善の一手を見抜く事は可能だろう。数手先まで見通す事とて可能だろう。それはある意味、将棋にも似ていた。
「では、転の極意というのは・・・」
「まぁ、あり大抵に言ってしまえば全ての流れを読む事、と言って良いでしょう」
藤堂の疑問にカイトが僅かにその教えの極意を開陳する。転の極意は無形。が、それが出来るには流れを読まねば、できなかった。
「気の流れ、魔力の流れ、意思の流れ、風の流れ・・・全部を読む。故に形に囚われぬ無形こそを極意とする。誰かが言ったでしょう? 剣士の戦いは刀を抜く前から決まっているって。それは正解だそうです」
カイトはもうひとりの己の剣の師の言葉を藤堂へと教える。彼とて新陰流。信綱の教えをさわりの部分であれば、口伝の形とて教わる資格はある。そうして、彼は更に続けた。
「信綱公曰く刀を抜く前から、すでに勝負は決まっている。流れを読めばどの時に敵が刀を抜き、何時刀を振るうか見通すなぞ容易いこと。であれば、相手に対する最善の一手なぞ自然に見えてくるもの。敢えて相手を誘導するまでもなく、そのタイミングを狙い打つだけで良い。型なぞ選び誘導なぞする必要はない。相手に好きに打たせれば良い。それに対する最適を己が打てば良いのだ。その為に型なぞ不要どころか邪魔でしかない」
カイトは己が受けた教えをそのまま藤堂へと諳んじる。これが、<<転>>の極意の一端だった。
「・・・恐ろしいな、それは」
「あっははは。これでまだ序盤だというんだから、恐ろしいどころではないですよ」
カイトは己も僅かに恐れを滲ませながら藤堂の意見に同意する。これで、まだ入門編なのだ。これが出来ねば次に至れない。やってられなかった。
「実際、先生の所で十数年修行して皆伝にたどり着いてその段階でようやく、信綱公より直々に教えを受けて入門の段階にたどり着けた。こりゃ、無理だ。神陰流は正真正銘、神域に存在する武芸ですよ」
カイトは呆れを隠す事なく、そう断言する。間違いなくこんなものは神域と言われる段階に立った剣士でしか使えない。そして歴史上有数の剣士と言われる柳生一族の開祖達や、名のある剣術の開祖達が独自の流派を興したのも無理はなかった。
これをなんとか各々が独自に使える領域に落とし込んだのが、各々の流派なのであった。ある意味、これら全ては信綱の転の極意を各々の考え方で抽出したデッドコピーに近いのである。
「石舟斎殿らはどういう想いでこれを学ばれた事やら・・・まぁ、非常に難しかった事は事実でしょうね。それ故、型を創り出した。こんなものは無理だ。信綱公で出来るのであって、常人には不可能にも近い」
「なるほど・・・」
おそらくこの考えは正解だろう。藤堂は己も新陰流を学ぶ者として、カイトの推測が正しい事を直感で理解した。カイトも言ったが、こんなものは普通に不可能だ。唯一、剣聖とさえ言われる信綱のみが出来る芸当と言って良いだろう。
名にし負う柳生石舟斎らでさえ、完璧に出来たとは思えない。だから、例えば柳生石舟斎は柳生新陰流を興した。敢えて流れを作る為に、だ。
彼らにも流れは見えるのだ。そしてそれを掴む事も可能だ。が、困難なのはそれを一瞬で見切り、カウンターまで叩き込む事だ。それ故、敢えて流れを創り出す為に型を作ったのである。と、そこまで話して藤堂がふと疑問を得た。
「・・・ん? だがさっき君は流れを読んだ、って・・・」
「ああ、あれですか。あれは所詮入門編で出来る芸当。石舟斎殿らであれば、確実にやってのけられる芸当です。それだけ先輩はまだまだだった、ということですよ。オレとて石舟斎殿らの弟弟子にあたる。そして信綱公より直々に教えを受けて一年以上修練もしている。この程度は出来ますよ」
「あ、あぁ、なるほど・・・」
藤堂は言われて頬を引き攣らせながらも確かに、と納得するしかなかった。語られたのは序文の部分だけ。極意に近い部分はまだ隠されている。考えるまでもなくそれは師の許可もなく語れる所ではないだろう。そうして、その日はそんな剣術談義で終わる事となるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1097話『閑話』




