第1094話 本格的な戦いへ
初陣を勝利で飾った藤堂の仕合を観察したカイトは、そのまま己の出番まで瞑想を行っていた。それは己の中に眠る血の滾りを抑える為だった。敵には強敵が待ち受けているのだ。戦士である彼に血の猛りがあるのは、自然な事だろう。
「青の12番から16番までの方はお進みください!」
瞑想するカイトの前で、次の選手達が呼ばれる。それをカイトは気配だけで察していた。
(・・・そこそこ、か・・・)
カイトは選手達が身に纏う気配から、この相手の実力をおおよそ推測する。おおよそ、藤堂と同程度。藤堂は武蔵から教えを受けている以上、冒険者として見ても弱くはない。であればこの青ブロックにはそこそこ良い選手が集まっていたと見て良いだろう。そう考えれば、藤堂にとってこの戦いは良い戦いになるだろう。
(ふむ・・・)
カイトは仕合を見る事もなく、選手達の放つ闘気だけで戦いの流れを理解していく。これは彼の流派の修行に近い。仕合が近いのだ。そして久方ぶりの強敵だ。感覚を取り戻す必要があった。
(・・・藤堂先輩としては、幸運だったか)
カイトはこの戦いの流れを推測して、藤堂は幸運であった事を理解する。今この戦いで戦っている4人の戦士達は力量としては全員藤堂と同格だ。が、それ故に藤堂にとっては幸運だった。潰し合ってくれるからだ。
(藤堂先輩は100の力を残したまま、勝利したと言って良い。久方ぶりの仕合である事も相まって調子は何時も以上と言って良いだろう。対して、この4人はどれだけ頑張っても60程度まで力を落とす。トーナメントの醍醐味という所だな)
カイトは剣戟の音を聞きながら、この戦いの行く末を見切る。正確にはこの前にもう一つ藤堂には第一仕合を勝った者との仕合がある訳であるが、これはカイトが敢えて見る程にも値しない実力だった。藤堂が圧勝出来るだろう。
(ふむ・・・藤堂先輩との戦いは・・・ん? もしかして初めてか?)
カイトはふと思い出して、藤堂との交戦経験が無い事に気付いた。一応、彼は流派としては柳生新陰流の一人だ。宗家ではないらしいが、実家の入れ込み様はすごいらしい。宗家も目を掛けているそうだ。
(柳生新陰流、か・・・)
カイトはそう考えて己の流派の内、藤堂との戦いで使う武芸を決定する。折角相手が新陰流なのだ。であれば、此方も同じ人物が開発した流派を使うのも一興と思ったらしい。
元々大鎧が居たので万が一に備えて流派は神陰流で登録してある。武蔵が許可を下し、彼も神陰流の隠蔽の為に協力してくれると明言している。ここで使っても問題は起きない。と、それを決定したのをまるで受けたかの様に、カイトの順番になった。
「次、青の17番から青の20番までの選手はお進みください!」
「良し」
カイトは己の番号が呼ばれたのを受けて椅子から立ち上がる。迷いはない。淀みもない。そして負けるほど、彼も衰えてはいない。
「右、神陰流 天音 カイト! 左、我流 アークレイ!・・・仕合開始!」
カイトは目の前の相手へと視線を向ける。年の頃としては、今の己と同等。体格はカイトの方が僅かに良い。とは言え、それ以外に見る必要は殆ど無い。我流と言う様に、どうやらどこかの流派で学んだ訳では無い様だ。
心技体と全て整っていない領域だ。上を知らぬ、井の中の蛙。彼我の差が理解出来てもいない。猪突な若武者と言う所だろう。それ故、カイトは上を教えてやる事にする。
「はぁああああ!」
「やれやれ・・・」
一直線にカイトへと向かってくる相手選手に対して、カイトはため息を吐いた。礼も何も無しだ。そしてその突撃にしても、見るまでも無い程に遅かった。唯一、力は篭っている。が、それだけだ。
「遅いな・・・そして技も心も一切整っていない。どこかの流派に一度でも良いから、頭を下げておけ。お前程度の剣士であれば、ゴマンと居るぞ」
「「「・・・は?」」」
観客だけでなく、場の武芸者達の大半――勿論、見切れた者も居る――が呆然となる。確かに、誰もがカイトが相手を切ったとわかっている。わからなかったのは何時斬撃が放たれたか、だ。気付いたら、終わっていたのである。超高速の抜き打ちだった。
「勝負あり! 勝者、神陰流 天音 カイト!」
何が起こったかわからぬとも、結果だけはわかっている。故に立会人が勝敗を告げる。そうして、カイトは一礼してその場を後にするのだった。
さて、初戦を圧倒的な力で勝利したカイトであったが、その後も危なげなく戦いを勝ち抜いていた。これについては当たり前なので特筆すべき事もなく、圧倒的としか言い様の無い勝利で終わっていた。
「・・・まぁ、こんなものか」
今は戦時に近い状況となったとは言え、少し前までは平時だったのだ。故に戦士達の力量についてもその程度、と言う必要もない事だった。なのでカイトは少しだけ落ちている平均的な実力に苦味を感じながらも、とりあえずはそれで良しとしておく。
「さてと・・・次は・・・」
カイトは第三戦目を終わらせる。そしてそれは即ち、次の相手との勝負が始まろうとしている事に他ならない。そしてその次は、藤堂だった。
「・・・」
カイトは再び瞑想を始める。相手は見知った相手だ。だが、だからといって手加減するつもりはない。そして藤堂にしても本来の自分の流派である柳生新陰流を名乗る以上は、本気でやってくるだろう。そこで手加減をするのは相手に対する無礼だ。ならば、彼も明かせる相応で応ずるのみである。
「・・・」
カイトは瞑想を続ける。とは言え、今度は一戦目と二戦目よりも遥かに短い。それは当然だ。それだけ、選手が脱落している。短くなれど、長くなる事はない。
「青の17番! 前へ!」
「「・・・」」
カイトと藤堂が同時に前に出る。両者共に無言。何かを語るべき時は遠の昔に過ぎ去っている。そして予選大会も最終盤が近付いた事で、ここからは――カイト達には聞こえないが――解説と実況が入る事となった。で、その片方であるが、これは武蔵だった。それ故彼も隠蔽に協力する、と明言していたのである。
『さて・・・今回の大会では伝説の勇者のお師匠様の一人にして、ご自身も剣豪と言われる宮本 武蔵先生にお出で頂きました』
『うむ、儂じゃ。久方ぶりの者も多そうじゃのう』
『今回はお忙しい中、ありがとうございました』
『このような状況じゃからこそ、じゃ。敵は強大。故に武を誇る大会であれば、それをなるべく広く知らしめねばならんからのう。これだけの猛者がおる、と知らしめる事も重要じゃ』
『なるほど・・・』
武蔵の解説に実況が頷いた。と、そうして開始が告げられる前。実況が問いかける。
『白ブロックの仕合が長引いた為、仕合開始まで今しばらくありますが・・・その間に注目の戦いを聞いておきましょう。先生、注目の戦いなどはありますか?』
『ふむ・・・まず何より注目したいのは、敢えて選手達に言う必要もなく・・・ミステリオ所属の匿名希望・・・? 名前も無いか。むぅ・・・』
『せ、先生?』
『あ、っと。すまんすまん。とりあえずこの大鎧が何よりもの注目株じゃな』
武蔵は不満げ――武蔵宛の資料にも詳細が無かった――に大鎧が注目株である事を明言する。なお、中身が『死魔将』という事は無い。きちんと大会役員達は鎧に変な仕掛けが施されていないか調べる際に持ち主を把握しており、彼らではない、と断言出来るだけの確証を得ていた。
『ほう・・・確かに、今まで圧倒的な能力で突破しておりますね』
『うむ。あれがおそらく今大会で最大の目であろうな。ダークホースと言って過言ではない。おそらく決勝戦まで残る片方はあれとなろう。であれば、その決勝戦でどのような武芸を見せるのか。それが、気になる所よ』
武蔵は再度、大鎧が一番の注目株である事を明言する。これは彼でなくてもこの大会に参加した全員が同意する。なので、実況にしても驚いた風は見せても驚いた様子はなかった。
『そうですか・・・他に私としては気になるといえば、やはり昨今和平が締結したルクセリオン教国のルーファウス・ヴァイスリッターが気になる所・・・先生はどう思われますか?』
『それは気になるのう。あちらも良き芽が芽吹いておる。かつての旅で儂は兄の方であるルクスと旅しておったわけじゃが・・・まぁ、聞こえんから言うが、あれの太刀筋によう似ておる。真面目一辺倒。そんな太刀筋じゃ。そう言う意味では、遠からずあるヴァイスリッター同士の戦いは注目の一戦となろうな』
『先生はあの二人がブロックの最後まで残る、と?』
『残ろう。残らねばならん。お互いにお互いが敵と見定めておる。意地でも、残るじゃろうな』
武蔵は笑いながら、ルーファウスとアルの戦いが実現すると断言する。お互いに今までは楽な戦いであった様子だが、ここからは違う。すでに腕利き達が残っており、楽には終わらない事は明白だ。彼らも彼らの修行の成果が問われる状況だった。
『なるほど・・・戦士の意地と言う訳ですか』
『うむ』
『確かに、それは私も一人の皇国の民・・・いえ、かつて勇者達が築いた平和を生きる者として、興味のある戦いです。それで、先生。そうなってくるとエネフィア全土の民が注目している一戦と言えるのは・・・やはり日本人同士の戦いと思われます』
『ははは。まぁ、そうであろうな。儂からしてみれば別にどうと言う事も無い事じゃが、気にならぬ者は居まい』
武蔵は笑いながらそれが異世界の人々にとっては普通の事だろうと認める。と、そう言う訳で意見を求められた以上、彼はカイトと藤堂の戦いを語る事にした。
『さて・・・それで、先生。この二人は確か先生の下で修行されたという事なのですが・・・名乗っている流派は二人共先生が興された流派と違う様子ですが?』
『うむ。これは故あっての事で、儂も認めておる』
『そうなのですか?』
『うむ』
武蔵は実況の問いかけにこれが己も認めた事であると明言する。と言うより、カイトの方は流石に生半可な腕前では無い為、蒼天一流は名乗れないと判断したのだ。
一方の藤堂については、武蔵は己は修正しただけだと考えていた。元々柳生新陰流は活人剣と言えども、興りは戦国時代。戦う為の剣術だ。そして武蔵は柳生宗矩・三厳親子を知ってもいる。戦いもした。
それ故に藤堂の剣技と彼らの剣技の差が理解出来たのだ。そこを、今に合わせて修正された部分を本来の実戦的な形に修正したのであった。と、言う訳でそれを武蔵は語っていく。
『と、言う訳よ』
『と言う事は・・・先生にとってみれば非常に印象深い剣士であった、と?』
『かかか! そうよな! まさか十兵衛や宗矩殿の流派の系列の剣士に出会えるとは、思わなんだ!』
実況の問いかけに武蔵は大笑する。こればかりは、彼も本当に長生きしてよかったと思っていた。何せずっと未来の剣士だ。本来は、見れる事さえ無いのだ。
『それで、もう一人・・・この神陰流と言う物は? 似た様な名前ですが・・・』
『うむ。先に儂が柳生新陰流と言った様に、これは下地に新陰流と言う武芸がある。その祖は上泉信綱と言う。かの剣聖が石舟斎殿に教えを授け、石舟斎殿の子の宗矩殿、そして更にその子の十兵衛が改良したのが、柳生新陰流と言う訳じゃ。まぁ、本来は新陰流を名乗らず柳生流と名乗っても良い、とまで言われたそうであるが・・・石舟斎殿は師に敬意を評し新陰流を相続されたそうじゃ』
武蔵は来歴と共に、大昔に柳生宗矩やその子の柳生十兵衛こと柳生三厳との間で酒飲み話として聞いていた内容を少しだけ語る。
なお、実際には宗矩も三厳もどちらも一度信綱の師事を得ているらしい。なので実際には石舟斎だけではなくこの三人もカイトの兄弟子に当たるそうだ。宗矩の前半生が不明なのと、三厳が家光より許されながらも十二年も謹慎していたのにはそこらの理由があったそうだ。
『剣聖・・・先生が言うほどのお方ですか』
『うむ。かのお方だけは、儂も未だ想像の内にさえ勝てん。あれぞ、真なる剣聖。おそらく地球、エネフィア両世界最強の剣士であろうな。敢えて言うのであれば、儂とクオンが同時に打ち掛かり、余裕で負かすじゃろうて』
武蔵は信綱に向けて掛け値なしの絶賛を評価とする。これはこの間のカイトの創り出した影法師を見て、なおさらその印象が強まった。
『ま、それが創った流派こそ、神陰流と新陰流。それを使うと言う訳よ』
『と言う事は・・・時を越えた師弟対決にも等しいと?』
『まぁ、そうも見えるのう』
『では柳生新陰流を名乗る藤堂選手の方が強いと?』
『いや・・・十兵衛が改良した柳生新陰流が強いか、と言うと儂はそうではないと見る』
実況の問いかけに武蔵は首を振る。これだけは、彼だからこそ断言出来た。それはどちらも知っているからだ。
『柳生の親子・・・宗矩殿と十兵衛の二人は確かに優れた剣豪であった。あの二人との戦いは血湧き肉躍る一時であった。が、それでも。信綱公の才覚はそんな計り知れるものでは決して無い。血の滾りを見せれば、その時点で終わりよ。敢えて言えばその信綱公の教えや剣術を人知に及ぶ領域に落とし込めたのが、柳生新陰流と言える。使い勝手であれば確かに柳生新陰流が勝るが、信綱公の教えを完全に理解した神陰流が相手であれば、必勝とは言えん』
武蔵はこの戦いが先の見えないを明言する。と、その言葉を聞いて実況の方もどうやらこの信綱と言う男が計り知れない程の剣豪であると理解は出来た様だ。
『つまり・・・どちらが勝っても可怪しくないと?』
『そうじゃな。そう言ってもよかろう。後は、当人らの修練次第と言ってよかろう』
武蔵はカイトが勝つと分かっているものの、一応はそう明言する。カイトは新陰流を超えて、その奥にある神陰流を信綱より直々に教えられているのだ。まだ見習いである藤堂が勝てるはずがなかった。
神陰流を使うと決めたカイトが負ける道理はどこにもなかった。なのでこの戦いで見るべきは、藤堂がどこまで食い下がれるかだった。
『なるほど。それは楽しみです。おっと、どうやら、仕合の準備が整った様子です』
『そうか。では、見守る事にしようかのう』
武蔵は仕合に注目すべく、モニターに視線を向ける。そうして、それと同時。カイトと藤堂の間に立った大会の実行委員が、口を開いた。
「右、柳生新陰流 藤堂 兼続! 左、神陰流 天音 カイト! 仕合始め!」
大会の実行委員が大会の開始を告げる。そうして、カイト対藤堂という、新陰流を使う者同士の戦いが始まるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1095話『神陰流対柳生新陰流』




