第1092話 聖域の主
本日23時頃、活動報告を投稿します。
『天覇繚乱祭』の予選大会で遭遇した、おそらく名のある剣豪が創り出したある種の聖域。それへ入りその姿を捉えんとした武蔵とカイトの師弟コンビであったが、残念ながらそれは成功する事なくその日は終わりを迎える事となる。そして、その翌日。カイトは再度聖域の中心地となっているホテルへと足を伸ばす事にしていた。
「ふむ・・・ふむ・・・」
カイトはホテルの玄関口を見れる近くの建物の屋上に立ち、出入りする客を観察する。とは言え、今回の目的は聖域の主ではない。それを目当てに来る武芸者達が目的だ。
この聖域に気づくということは、裏返せばそれに気付けるだけの力量があるという事だ。一つの指標になってくれる。聖域の主が動かないのであれば、それを利用して他にめぼしい敵がいないか確認するのであった。それに運が良ければ、誰かが聖域の主に出くわしてくれるかもしれない。それも、期待していた。
「うーん・・・流石にここまで人が多いとわっかんねぇなー・・・」
カイトはホテルに出入りする人を見ながら、ため息を吐いた。聖域の主は一応ホテルの中に居るらしいが、どうにもこうにも外に出てくれる事は無いらしい。
とは言え、何度も張り込んでいると数度気配が消える事もある。なのでおそらく、気配を消して出歩いては居るのだろう。だろうが、流石に出入りが多すぎて誰が聖域の主かはわからない。ここにはおそらく出場者と思しき者もそこそこ宿泊している。どれがあたりでも、可怪しくなかった。そうなると如何にカイトでも――そして武蔵であっても――、闘気を見せない相手が剣豪だと見切れる事はなかった。
「ん? ああ、先輩か」
「よく気付いたな・・・」
カイトの背後に立った瞬がこちらを一切見る事もなく気付いたカイトに驚きを浮かべる。と、そんな彼に対してカイトは振り向く事もなく問いかけた。
「どうした?」
「いや、近くを来たら偶然お前に気づいてな・・・こんな所でどうした?」
「偵察中・・・先輩と同じだ」
「ふむ?」
カイトの言葉に瞬が彼の立つ屋上の縁に近づいて、カイトが見ている所を確認する。が、見えたのは当たり前であるが、単にホテルを出入りしている人だけだ。それに、瞬が首を傾げた。
「ホテル?」
「ああ・・・わからないか?」
「何がだ? 少しここらは気配が落ち着いているな、ぐらいしか感じないが・・・」
「なら、良い」
どうやら、瞬はまだそこまでの武芸者ではないらしい。こればかりは経験がものを言う。ある意味、第六感にも近いのだ。才能で今まで突っ走っている彼がわからなかった事だけは、仕方がなかったのだろう。それに武蔵からきつく口止めされているのだ。言えるわけもない。
「・・・さて・・・どうなるかねぇ・・・」
カイトはホテルの出入りを観察する。と言っても流石に彼が目をつける様な武芸者はかなり少ない。なので暇は暇だ。
「暇なのか?」
「かなりな。とは言え、ここ以外に張り込める場所もねぇしなぁ・・・」
「ん? どういうことだ?」
「ほれ」
瞬の問いかけにカイトは視線を走らせる様に指で指し示す。するとそこには、カイトと同じようにホテルを監視している物好きな者達が少なからず存在していた。そんな武芸者達を見て、瞬が目を見開いた。流石にこちらは、見れば分かるらしい。
「・・・すごいな。全員、俺と同等か格上だ・・・」
「一番乗りしたは良いんだが・・・喧嘩売ってくる奴もいねぇし成果は殆ど上がらねぇし・・・かと言って移動するとここ取られるし取られたら取られたで先生に怒られるし・・・」
「そ、そうか・・・」
瞬はカイトの愚痴に頬を引き攣らせる。取られたら怒られる、というのは時折武蔵がここにやってくるからだ。彼とて気になっている。カイトが見張っているのを良い事に自分は他の偵察に出掛けていたのであった。彼は出場しないはずなのに、下手をすると剣道部達よりも一層やる気だった。
「この様子だと今年の『天覇繚乱祭』は全員出場かなぁ・・・ミントも出そうだな、これじゃあ・・・月花にも出るか聞いてみよっかなー」
カイトは楽しげにそうボヤく。予選大会の一つ目から、この有様だ。しかも今は俄に乱世の気配が出始めている。我こそは、と名乗りを上げる武芸者はかなり多いだろう。世界中でここと同じように隠れた使い手達が名乗りを上げ始めても不思議はない。
「先輩、『天覇繚乱祭』の方には槍で出ていいぞ。流石にこりゃ、本気でやらないと本戦出場さえ無理だろうぜ」
「そこまでか?」
「今年は、ヤバイ。オレの勘が告げてる。そして故に、先生も足繁く色々と出歩いているわけだ。剣士の勘だな。技量だけならランクS、ってのが相当数集まるな。勿論、仕合だから通用するんであって、出力で押し切れたりする実戦じゃそこまでは至らないだろうけどな」
カイトは数ヶ月後の『天覇繚乱祭』を想像する。少なくとも、軽い戦いにはなりそうになかった。
「はぁ・・・こりゃ厄介だ・・・こいつがヤバイ事はわかってるが・・・はてさて・・・」
カイトはぺろり、と唇を舐める。厄介だ厄介だと言いながら、楽しくて仕方がなかった。どう、この難関を乗り切るのか。くじ運次第では所詮での激突もあり得るのだ。今から、考えておく必要があった。
「どうすっかなー・・・本気でやろっかなー・・・」
カイトは楽しげに、どうするか考える。彼の良いところは幾つもの手札があることだ。自分達が活人剣として考案したマクダウェル流の戦い方から、武蔵の蒼天一流、旭姫の緋天の太刀、上泉信綱の神陰流と新陰流と幾つも使えるのだ。どう戦うか考えるだけでも楽しかった。
「はぁ・・・じゃあ、俺はもう行くぞ」
「おーう」
「ああ、それと・・・一応言っておくが口調、気を付けておいた方がいいぞ」
「ん?」
瞬の指摘にカイトは己がかなり普段の口調とは違う荒々しい素の口調であった事を把握する。だが、仕方がない。血が猛って仕方がないのだ。そうして、そんなカイトを背に瞬はその場を後にするのだった。
明けて更に翌日。カイトはおおよそめぼしい武芸者達の調査を終えると、大会参加の為に大会の受け付けに並んでいた。理由は簡単で、トーナメントの出場番号を決める為だ。
「さてさて・・・」
カイトは受け付けにて張り出されているトーナメント表を見ながら、顎に手を当てる。まぁ、言う必要もないが、かなり巨大なトーナメント表だった。自分の名前を探すだけでも一苦労だ。300人分だ。当たり前である。
「腕に覚えのある奴は多そうだが・・・」
カイトは並びながら、聖域の主を探す。この300人の中に居るはずだ。が、まだ誰かはわからない。まだ来ていないのか、それとも未だ隠れているのか。それもわからない。わかっている事はただ一つ。相当な使い手である事だけだ。
「・・・いや、もう事ここに至っては、後は楽しみにするだけにするか」
カイトはそう言うと、名前から武芸者達の確認をやめる。どうにせよ大会が始まれば、その時点で聖域の主が分かるだろう。ならば後はぶっつけ本番。当たってくれるのを楽しみにすれば良いだけだ。
「次の方どうぞー」
「あいよー」
カイトは受付の言葉に従って、受付で自分の名前を登録用紙に書いてトーナメント表の対戦相手を決める為の番号の記された紙の入った箱に手を入れる。そうして、これと思った紙を手に取った。
「・・・青の17番」
「青の17番・・・青の17番の札は・・・あった。はい、ではこちらをお持ちになってお待ち下さい」
「どうも」
カイトは受け付けから青色の下地に漢数字で17と記された札を受け取る。トーナメントは4つ――赤青白黒の4つ――の会場で行われる事になっており、そこでの優勝者が最終的に戦う事になるのであった。
「さて・・・ウチで優秀な奴らはどこに居るかね・・・」
カイトは己の番号を持ってトーナメント表の前に行き、己の対戦相手を確認するついでに冒険部の状況を確認する。今回は武蔵の命令により全員が個別に動く事になっている。故に、誰もがほとんど会話することもなく、会場入りしていた。
「お、藤堂先輩は・・・同じブロックか。あたるとすると、第三仕合か。ふむふむ・・・先輩は・・・黒か。む」
カイトは瞬の名前を見付けて、更にその隣の名前に目を見開いた。見知った少女の名前だった。
「暦か・・・大丈夫だと良いんだが・・・」
カイトの顔に僅かに苦味が浮かぶ。今回、武蔵の命令を良い事に彼女はカイトから距離を取っている。そしてカイトも師の命故に、近づけない。心配ではあるが、どうにもできない。
それになにより、流石に剣士の戦いにカイトが顔を出して影響させる事だけは、避けておきたい。彼とて剣士だ。万全の状態で戦わせてやりたいと思うのは、曲がりなりにも少しは教えを授けた者として当然の事だった。
「・・・頑張れよ」
カイトはただ密かに、激励だけを送る事にする。今はまだ、これで良しとしておくしかなかった。こういうことだけは、当事者の片方である彼には時が解決してくれるのを待つしかなかった。が、そんな心の揺れがあったからだろう。彼は自分が見られていた事に、珍しく気付かなかった。
「・・・」
そんなカイトを、申し訳なさそうに暦が見ていた。が、そのまま彼女は何も言う事もなく、その場を後にする。
「・・・うん、大丈夫」
暦は何時もの彼女には似合わぬほど、落ち着いた様子で頷いた。そうして、そのまま彼女は己の戦場へと向かう事にするのだった。
さて、一方のカイトはというと、他にめぼしい者の名を探していた。が、その顔には一転、笑みが浮かんでいた。
「ありゃ・・・アルとルーファウスは同じ白のエリアか。順当に行くのであれば、白のブロックの決勝で激突か・・・こりゃぁ、面白い事になりそうだな。今大会最大の演目の一つかな」
「ふむぅ・・・その様子じゃな」
「おや、先生。先生もこちらへ?・・・まさか、出たりはしてないですよね?」
「かかか。本当に此度ばかりは悩んだがのう。しとらんよ」
カイトの横に立った武蔵が笑う。聞けば、剣道部の名前が一通りトーナメント表に書き込まれた為、めぼしい名前を彼も見に来たようだ。
「ふむ・・・かなり腕の立つ者が多いのう」
「の、様子で・・・」
カイトは少しだけ視線を動かして、武蔵が来てなお気圧されなかった者達を目ざとく見つけ出す。名前は知らないが、少なくとも腕利きと言えるだけの実力と自信が備わっている風格があった。が、全員がカイトも武蔵も一度は見た顔だった。
「・・・聖域の主はおらんか」
「まだ、見えていない様子ですね」
カイトは現状を考えて、武蔵と同意する。腕利き達も揃ってカイトの近くに居たのは、偶然ではない。全員があのホテルに居を構えた聖域の主の姿を見てやろう、と思っての事だった。どうやら、全員が同じ考えに至ったらしい。
まぁ、この面子に限って言ってしまえば、誰もが聖域の主の顔を拝んでやろうと図らずも顔を合わせていたのだ。既に気になる相手といえば同じく聖域の主のみ。同じ考えに至っても不思議はなかった。そうして、しばらく。聖域の主と思しき気配が、一同の背後に現れた。
「・・・来ましたね」
「ようじゃのう」
カイトと武蔵が一気に気を引き締める。明らかに、場の雰囲気が変わったのだ。それは静謐さを保った、ある種の聖域にも似た気配だ。ある一定の領域にたどり着いた者だけが会得し得る領域だった。そしてそれ故、武蔵も思わず唸り声を上げた。
「むぅ・・・心技体の内、心が明鏡止水の領域にたどり着いておるな。これは見事。年頃はわからぬが、並外れた才覚を有しておったか・・・さて・・・顔を拝んでやるとするか」
「はい」
カイトと武蔵は頷きあうと、覚悟を決めて受付の方を向いた。と、気合を入れたわけなのだが、そうして二人は思わず呆気にとられる事となった。
「う、うぅむ・・・これは些か予想外じゃのう・・・」
「まさか、顔が拝めないとは・・・」
カイトと武蔵は揃って苦笑する。そして同じように聖域の主の顔を拝んでやろうと考えた何人もの武芸者達もまた、呆気に取られていた。というのもそこに居たのは一言で言えば、動く鎧である。
2メートル弱の大鎧を纏った何者かが、そこに立っていたのであった。背には身の丈程の大剣があるので、出場者で間違いは無いのだろう。
鎧には一部の隙も無く、肌は一切見えていない。それどころか目も兜で見れなかった。性別は元より容貌は一切、不明である。
「中身は・・・気配を探れば入っておると思うがのう・・・うぅむ・・・まさかかように変わった者とは・・・」
「ですが、強い」
「うむ、強いな」
カイトの言葉に武蔵も即座に頷いた。決してこの大鎧の男だか女だかは見掛け倒しではない。これだけ鈍重そうな大鎧を身に纏いながら、その動きに淀みは一切無い。間違いなく、猛者だった。
「大剣使いか・・・重い一撃と思うか・・・」
「ふむ・・・あの大剣・・・何処かで見たことあるような・・・」
「ふむ? 儂は無いがのう・・・」
「なーんだろ・・・この喉の奥で引っかかった魚の骨が取れない様な微妙な気持ち・・・あー・・・わっかんねー・・・」
カイトは大鎧の大剣を見ながら、顔を顰める。何か既視感はあるのだ。が、何かがわからない。そんなカイトが頭を抱える一方で、大鎧は腕を箱の中に突っ込んで一枚の紙を取り出した。不正防止の為に魔道具を使っていた為、鎧を身に着けたままでも問題なく紙は手に取れたようだ。
『・・・黒の34番・・・』
大鎧が紙を見て、その番号を告げる。声はどうやら、何らかの力によって加工されているらしい。男か女か一切分からなかった。勿論、大会側は中の人物を把握しているのでこれでも問題はない。
「っ・・・マジか」
その言葉を聞いて、物思いに耽っていたカイトが僅かに顔を歪める。確実にこの大鎧は決勝まで勝ち残る。どれだけくじ運が悪かろうと、それがよほどのくじ運の悪さが無ければそれは確定に思えた。
少なくとも、この大鎧ならば一回戦の相手がランクSであっても負けないだろう。下手をするとカイトでさえ、打ち負かせる。そしてであれば、二回戦の相手は必然決まっていたのであった。
「暦か、先輩か・・・順当に行くのであれば、暦か」
「くじ運が悪かったのう・・・あれは、勝てぬ。おおよそ風格が違いすぎる」
カイトの言葉を聞いた武蔵の顔にも僅かな苦味があった。やはり暦は彼が直々に教えを授けた者だ。負けが見えてしまっては、些か後味が悪かったようだ。
「まぁ、勝負は気力体力時の運という。くじ運に恵まれなんだもまた、仕方がない事であったじゃろう」
「かと」
残念さを滲ませる武蔵にカイトも残念さを滲ませて同意する。今回ばかりは、運がなかったというしかない。瞬にせよ暦にせよ、この相手だけは勝ち目はゼロだ。
くじ引きで対戦相手を決めている以上、どうしようもないのだ。そうして、カイト達は知るべき事を知れたので、武蔵は大会側が用意した席へと向かい、カイトは選手控室へと向かうのであった。
お読み頂きありがとうございました。大鎧の才能、近々上げる予定の設定資料・4における瞬の槍の才能と同程度です。
次回予告:第1093話『予選大会・開幕』




