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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第57章 剣士達の戦い編

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第1091話 ある種の聖域

 暦に避けられている状況については後で考える事にしたカイトは、とりあえずは目の前の事に対処する事を決めていた。その目の前の事というのは、言うまでもなく『天覇繚乱祭(てんはりょうらんさい)』の予選大会の事だ。『私』に何があろうと、仕事は仕事だ。目の前にあるやらねばならない事を優先させるだけである。


「さて・・・敢えて何も言わない、という事は裏返せばそこはしっかりと自分で判断しろよ、という事でもあるわけで・・・」


 カイトは一人、街へと繰り出す。武蔵の言いつけに素直に従って、カイトもカイトで偵察に出ていたわけである。休め、と彼は命じたがそれは大会へ向けて休め、と命じたのだ。つまりやることはしっかりとやった上で、という話である。

 そもそも、宮本武蔵は剣術家であると同時に兵法家と言う側面がある。なので彼の教えの中には兵法、つまりは戦う事だけではなくどう戦うかという戦術論も含まれており、今回の大会ではそれが出来ているか見るという事も含まれていたのであった。

 勿論、好きにしろという事なので休む事も出来る。情報を得るより体調と精神を整える方を優先するのも立派な戦術だ。武蔵とてそれは否定しまい。敵を知り己を知れば百戦危うからず。それは己を知った上での行動だからだ。


「やはり、荒々しいな」


 カイトは道行く人々を観察しながら、己も雑踏に紛れて街を練り歩く。やはり世界一を決める大会の予選だからだろう。誰も彼もが闘気を漲らせ、戦う気に満ち溢れていた。中には気が早いのか、ちん、と鯉口を切る音を鳴らして挑発している者も居る。


「ふむ・・・」


 そんな雑踏を、カイトは一見無秩序に見える様に歩いて行く。それは見ようによっては散歩にも見える。が、決して目的が無いわけではなかった。そしてそれ故、これは必然の結末だったのだろう。


「む」

「・・・ああ、やっぱり先生も合流しますか」

「まぁ、そうなるであろうな」


 カイトの言葉に武蔵が同意するように頷いた。さて、何があったのかというと、二人共ある気配を追いかけていたのであった。その気配というのは、言うまでもなく猛者の気配である。

 武蔵とカイトは、今回の大会に『剣豪(化物)』が出場すると感じ取った。その相手こそが、この大会でカイト達にとって最大の障害として立ちふさがるだろう。であれば、それを確かめないはずがなかった。カイトは仕事、武蔵は純粋に剣士として興味があるだけだ。


「近い、のう」

「遠くはない、ですね」


 二人は同様の答えを述べる。流石に同じ事を考え、同じように動いていたのだ。この後も同じように動く事になるのは明白だ。何も言わぬと言った武蔵であるが、流石に敢えて言う必要もないカイトの前で隠す必要も言わない必要もなかった。というわけで二人はそこから一緒に歩く事にする。


「・・・この先、じゃろう」

「というより、この先でなければ恐ろしいですね」


 カイトは武蔵の言葉に応ずる様に、自らの感覚を更に鋭敏に研ぎ澄ませる。そうして一歩踏み出せば、更に違和感を感じられた。


「明らかに、ここから先だけは気配が違う」

「うむ・・・これは明らかに、格が違うのう」


 二人は肌に感じる気配に素直に感嘆の吐息を漏らす。この二人をして、感嘆しか出せない。ここから先の領域にはそんな気配があった。その気配は、ある一定の領域にたどり着けた者だけが出せる気配だ。

 静謐でいて、研ぎ澄まされた刃の様に鋭い。例えるのであれば、鞘に仕舞われた刀。この街の抜き放たれた闘気に当てられながら、この先だけは何時もの町並みの気配を漂わせていたのである。誰もが武芸者だからこそ、この領域が侵すべからざる物である事を無意識的に感じ取っていたのだろう。


「もう少し、進んでみるとするか」

「はい」


 カイトと武蔵は揃って、ある種の聖域にも近しい領域へと足を踏み入れる。事ここに至ると、最早武蔵も師匠として弟子に何かを言うつもりはない。一人の剣士として、相手がどういう人物か見極めるつもりだった。


「カイト、お主は左を行け。儂は右を行く」

「はい」


 武蔵の指示に従い、カイトは一つの分かれ道で彼との別行動を決める。このある種の聖域は一人の剣士によって生み出されている。つまり、中心があるわけだ。

 であればその剣士が敢えて何かをしていないかぎりは、この聖域は円になっているのである。端から攻めていけば自ずと中心を理解出来る、というわけであった。


「・・・すごいな、この静謐さ・・・」


 武蔵と別れたカイトは一人、そう呟いた。技量はどうかはわからないが、その剣士としての風格は少なくとも己にも比肩しうる物があった。間違いなく、一角の人物であるだろう。


「・・・ここが、端か。ということは大きさは・・・」


 カイトはまた別の方角から聖域の果てにたどり着くと、今までの自分の移動距離からこの聖域のおおよその大きさを割り出す。そして大凡の大きさを割り出せば、今度は中心と思われる方向へ向けて歩いて行くだけだ。その歩みに迷いはなく、ただまっすぐにそこへ向けて歩いて行く。


「・・・ここ、ですね」

「ここ、じゃのう」


 カイトがこの聖域の中心と思しき場所にたどり着いた時、丁度目の前で武蔵が足を止めていた。どうやら、答えは合致したようだ。と、そうしてたどり着いたのは、一つの品の良いホテルだった。


「ふむ・・・ここか」

「良いホテルですが・・・はてさて・・・」


 カイトと武蔵は二人して、少しだけ苦笑する。流石にホテルにまで乗り込んでいくのは二人としても無作法なのでやりたくはない。が、出来る事ならせめて顔ぐらいは拝んでおきたい所だ。そうして、武蔵がカイトへと問いかける。


「一度、放つか?」

「それしかないわけですが・・・さて、こんな相手だ。受けてくれるかどうか・・・」

「ま、物は試しと言うじゃろう。儂では流石に拙かろう。お主がやれ」

「やれやれ・・・」


 カイトは武蔵の命令に仕方がなく己が喧嘩を売ってみる事にする。そうして、彼から放出される圧力が一瞬、濃密で莫大な物へと変貌する。


「・・・躱した、のう」

「躱されましたね」


 武蔵の見立てにカイトも同意する。気付いていないとは、思えない。誰でも気付ける様に放った。気付いていてなおカイトの戦意を受け流し、平然としていたのである。明らかに、そんじょそこらの剣士達とは格が違う相手だった。


「うぅむ・・・こうなっては、是が非でもみたいのう・・・」


 武蔵が獰猛に牙を剥く。カイトの闘気を受けて、それを受け流したのだ。興味が俄然湧いたのである。下手をすると、それこそ彼が自ら大会に出ると言わんばかりの顔だった。


「せんせ。せめて町中なんっすからそういう顔するのだけは、やめときましょーぜ」

「なんじゃ、変な笑顔か?」

「笑ってる自覚はあるんっすね・・・いーえ、ものすっごいいい笑顔ですよ。だから危ないんでしょうに」


 カイトは武蔵の問いかけを否定しつつ、一応の忠言は行っておく。まぁ、武蔵が先にしていなければカイトがしていただろう。それほどに、二人はこの相手に興味を抱いていたらしい。


「・・・とりあえずロビーぐらいまでは入ってみるか」

「まぁ、それぐらいなら怒られはしないでしょう」


 武蔵の提案にカイトが応ずる。とりあえずせっかくここまで来たのだ。もしかしたら、ロビーに居るかもしれない。ホテルに併設されているレストランでも居る可能性とてある。試してみないのは、損だった。

 というわけで、二人は一応帯びていた刀を異空間へと収納する――流石にマナーぐらいは心得ている――とホテルの玄関口から堂々と中へ入る事にする。と、入って早々にコンシェルジュの一人が二人に気付いた。流石に武蔵が唐突に来たので彼らも驚いていた様子だった。


「これは・・・ミヤモト様。一体どうされました?」

「ああ、うむ。少々、面白い気配を感じてのう。これは儂の弟子じゃ。どうやら、これも同じ事を感じ取ったらしくてのう。道中で合流したわけじゃ」

「左様でございますか。ミヤモト様ほどの剣豪がそう申されるのでしたら、やはりいらっしゃるのでしょう。ですが、申し訳ありません。如何にミヤモト様とおっしゃられましても、お客様の事は・・・」


 武蔵の言葉に頷いたコンシェルジュだが、一転深々と頭を下げて何も言えない事を明言する。彼らはこのホテルの従業員だ。その誇りがあるだろう。そしてそれは武蔵とてわかっていた。だから、無理強いするつもりは一切なかった。


「ああ、良い良い。儂とて期待はしておらん。それどころか当然の事でもあろう。気に病む必要はあるまいよ」

「ありがとうございます」


 武蔵の言葉にコンシェルジュが再び頭を下げる。とは言え、何も聞かない事もないので、武蔵は別の事を問いかけた。


「誰と言う必要はないが、他に誰か来おったか?」

「ええ。すでに数名、腕利きと思しき方々がこちらへ。明かして良い範囲であれば、面白い所でしたらヴァイスリッター家のご子息が・・・ただ、おかしなことにお二人いらっしゃったご様子で・・・」

「ああ、それか。それなら儂が事情を知っとる。まぁ、大会を見てればわかろうから、言わんがのう」

「左様でございますか」


 武蔵の言葉にコンシェルジュが納得する。どうやら、アルとルーファウスはほぼ同時にここにたどり着いたようだ。コンシェルジュの表情を見るに、大方一悶着あったのだろう。そうしてその話に区切りをつけると、武蔵は再び当初の目的を告げる。


「ああ、それでついでなので少々昼飯を貰おうかと思うておってな。レストランは空いておるか?」

「少々、お待ち下さい。只今確認させて頂きます・・・はい、空席がございます。ご案内致します」

「うむ、すまんの」


 コンシェルジュが二人を案内すべく歩き出すのに合わせて、カイト達も歩き始める。が、その目は周囲をかなり真剣に見回しており、この聖域の主を見付けんとしていた。が、どうやらロビーにいてくれるという都合の良い事はないらしい。そうと思しき武芸者の影さえなかった。


「ロビーは、外れですね」

「まぁ、逗留客であればロビーに来る事はそうそうあるまい。仕方がない。昼食を食べておる事を期待して、レストランを当たるしかあるまいな」


 カイトと武蔵はそう小さくうなずき合うと、コンシェルジュに従ってホテルの二階に設けられていたレストランへと入る。かなり高級そうなレストランで、ホテルの格が窺い知れた。


「こちらで、お待ち下さい。係りの者がすぐに参ります」

「うむ、すまんな」


 レストランへ到着して早々、コンシェルジュはカイト達を受け付けに預けてその場を立ち去る。彼の仕事はここまで案内する事で、レストランに入ればそこからはレストランの従業員の仕事だ。そうしてレストランの従業員が来るまでの僅かな間に、二人は客を観察する事にする。


「ふーむ・・・なかなかに盛況ではある様子じゃのう」

「とは言え・・・武芸者もちらほらと見受けられますね」


 カイトと武蔵は二人してレストランの状況を確認する。どうやら、カイト達と同じ考えでここに来た武芸者もちらほらと居るらしい。明らかに浮いていた。が、その時点で別だと察せられた。


「まぁ、これらは違うのう・・・」

「ですね・・・」


 カイトも武蔵もお目当てが見受けられずため息を吐いた。確かに彼らも一角の武芸者ではある。が、この聖域の主とは思えないからだ。

 なにせこの聖域には聖域と呼べるに相応しい静謐さがある。決して、彼らのように荒々しい類の武芸者では無い事が察せられた。そうして、そのタイミングでレストランの支配人がやってきた。


「ミヤモト様、お弟子様。ようこそおいでくださいました。お席にご案内致します」

「ああ、うむ。すまぬな」


 レストランの支配人の申し出を受けて、武蔵が礼を言ってその後ろに続いて歩いて行く。それに、カイトも続いた。


「では、こちらにて。料理が決まりましたら、係りの者をお呼びください」

「うむ、かたじけない」


 武蔵が礼を言って、メニューを見る。兎にも角にも来た以上は先に昼食だ。そうしなければ店側に迷惑が掛かる。というわけで、とりあえず二人は料理を注文した後、再び店の奥から客を見る事にした。聖域の主がいないだけで、一角と思われる武芸者はいたのだ。


「他の客は・・・ふむ。なかなかの手練は居そうじゃのう」

「ざっと見たとこ、ギリギリ印可が二人、という所でしょうかね・・・」

「ふむ・・・まぁ、そんな所か。他はまぁ、段位持ちと見てよかろうな。偶然たどり着いたか、それとも才覚を持ち合わせておるのか・・・」


 カイトの見立てに武蔵も同意する。ぱっと見た限り4名の武芸者が居た様子だが、その中で武芸者として実力があると言えそうなのは半分程度だった。そうして、武蔵は一応、他の客を見る事にする。


「他の客は・・・ふむ、やはり貴族が多そうじゃのう」

「ホテルがホテルですからね」


 武蔵の言葉に今度はカイトが応ずる。このホテルはかなり品の良い場所だ。豪華というわけではないが、わかる者には分かる品の良さがあった。

 敢えて豪華な所には宿泊せず、こういういぶし銀な所を好む貴族は少なくない。そう言う貴族に好まれているらしく、同じく豪奢な見た目ではないが明らかに品の良さそうな貴人達がかなりの数で見受けられた。そしてこの客層やホテルの風格等から、この聖域の主はそこらにも長けた武芸者である事が察せられた。


「ふむ・・・一芸は道に通ずるとは言うたものよ。この主殿は、わかっておる類の輩じゃな」

「こりゃ、どう見てもヤバイ奴だ。先生、本気で優勝むずいんですけど」

「かかか。わーっとる。が、だからこそ言うのであろう。我が流派であれば」

「蒼天に二つと無しを掲げてみせよ、でしょう?」

「わかっておるなら言うでない。お主は蒼天と緋天の後継者。二天を極めし男が負けるではない」


 笑うカイトの返答に武蔵が機嫌よく応ずる。カイトは難しい難しいと難度も口にしながら、決して勝負を諦めてはいない。この相手はおそらく、剣技であればカイトを上回っているだろう。だが、そんな事は始めからわかっていた事だ。今更その程度で折れるほど、彼の心はヤワではない。


「やれやれ、厳しいお師匠様だことで」


 カイトは笑いながら、再び客層の観察に戻る事にする。と、そうして即座に、彼は思わず息を呑む事になった。


「どうした?」

「いえ、ほら、あれ」


 カイトは武蔵の問いかけにある方向を密かに視線で示す。指し示したのは、ここから少し遠い席だ。そこにはカイト達と同年代か少し下の美少女が座っていた。年下に見えるのは、彼女が童顔だからなのかもしれない。そこらはカイトにはわからぬ事だ。

 その見た目は、明らかにこういう武の祭典に相応しくないほどに可憐な様子だ。僅かに桃色の入った銀の髪は柔らかで、表情にはどこかのお姫様に相応しい柔和でお淑やかな様子がある。

 スタイルはまぁ、顔立ちと同じくまだ幼さが残っているが、それ故に可憐さが際立っている。そしてそんな少女に、流石に武蔵も思わず目を見開いた。


「ふむ・・・こりゃ、魂消た。どこぞの姫かのう」

「ですかねぇ・・・いや、びっくりするほどキレイだ・・・」


 カイトは思わず、その美少女に見惚れてしまう。彼ほどの男が見惚れるほどの美少女だった。儚げでいて、それでいて健康的な魅力に溢れている。武芸者達とはまた別の意味で、彼女も浮いていた。

 良い意味で、場違いなのだ。この美少女に比べれば、まだホテルの格が足りていないのである。桜や瑞樹達とはまた一風変わった美少女だ。シャーナにも近しい物があるが、こちらはただ守られているだけではない芯の強さがあった。と、そうして思わず見惚れていたからだろう。彼女と視線があった。


「っと」

「珍しいのう、お主が見惚れるとは」


 会釈に会釈を返したカイトに対して、武蔵が告げる。流石に気付かれてまで盗み見るほど、カイトも無粋ではない。名残惜しいが、ここで終わりだろう。


「かかか。そういや、そうでもないか」

「なーんか嫌になりますが、ですね」

「かかか、っと、飯が来たか。では」

「頂きます」


 カイトと武蔵は料理が届いた事で、美少女からも武芸者からも視線を外して料理に舌鼓を打つ事にする。そうして、二人は結局料理が美味しかった以外の収穫を得る事は出来ず、ホテルを後にする事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1092話『聖域の主』

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