第1087話 剣士達の戦いへ
ちょっとした出来事により、武蔵の誘いに乗って剣士と槍使い限定の武闘大会へと参加する事になった瞬であるが、彼はとりあえずカイトと同じく風呂に入って執務室へと戻っていた。そこには先程の会話の後剣道部を集めて遠征の為の指示を出した武蔵が二人を待っていた。
「おぉ、来おったな」
「はい、おまたせしました」
「うむ。では、改めて此度の話を始めるとしよう」
武蔵はそう言うと、今度はきちんと見れる様に大会のパンフレットとチラシを机の上に置いた。
「さて、事の発端は特に際立てて珍しい事ではない。ほれ、中津国でやっとる『天覇繚乱祭』は改めて語る必要も無かろうな?」
「勿論です」
カイトは武蔵の問いかけに即座に頷いた。これはエネフィアで活躍する武芸者である以上、参加したいと望む事になる祭りだ。祭りというが実際は今回瞬達が参加する事になる武闘大会と同種の趣の祭典だった。
とは言え、その規模は桁違いだ。皇国で行われた御前試合等とも規模が違う。その規模はエネフィア全土から武芸者が集まるほどで、かつてはカイトも招待される様な規模のものだった。
「主催者は一応、仁龍の爺。まぁ、実態は燈火やその時その時の月天が、という所ですが・・・おそらく真っ当な意味での世界一を決める武闘大会ですね」
「うむ。その『天覇繚乱祭』じゃ」
武蔵はカイトの解説に頷いた。とりあえず、おおよその所はこの認識で間違いない。真っ当な、とカイトが付けたのはこれが『仕合』だからだ。殺し合いではない。
例えば身体能力を補強する以外の目的での魔術全般は使用禁止だし、他にも武器も近接戦闘で使う物に限定される。勿論、『仕合』故に殺しも御法度である。殺す気でやればその時点で失格だ。それ以前にそもそもで殺せない様な結界は張り巡らせている。と、そんな話を聞いて、瞬が驚きを浮かべる。
「そんなすごい大会があるのか」
「聞いたこと、無かったのか?」
「ああ・・・いや、何か大会はあると聞いた事があるような、無いような・・・」
カイトの問いかけに瞬は少しだけ眉を顰めながら、聞いた事があるような無いような、と微妙な顔をする。引っかかる物はあるらしい。武芸者である以上、どこかで一度は耳にする名だ。武芸者である彼が聞いた事があっても不思議はない。
「でかい祭典だ。不思議じゃあないな。とは言え、だ。これは物凄いでかい祭典で、おそらくこの優勝者になれば世界各国で引く手数多になるだろう栄誉を得られる。得られるのは、世界一という栄誉と僅かな褒美のみ。が、このデカさは先輩も分かるだろう?」
「ああ、わかる。そこまで大きな戦いなのか」
「まぁな。物好きな貴族が世界各国から押し寄せる様なでかい祭典だ。規模はおそらく、ウチの四大祭に比肩しうるだろうな」
カイトは瞬へと『天覇繚乱祭』のあらましを語る。と、あらましを語った所で、カイトは本題に入る事にした。そもそもこれは本題ではないのだ。
「で、それがどうしたんですか?」
「うむ。これにシード枠がある事は知っておらん・・・な?」
「シード枠? さっきは完全スルーしましたけど、んなの出来たんですか?」
「平和な時代になればこそ、よ。シード枠でも設けられるほどには、参加者が増えてのう。今は大会だけでも予選、本戦という形で開催されておるよ。勿論、シード枠を取れぬでもそこまでに実力を鍛えて予選を突破する事も可能じゃ」
カイトもあずかり知らなかった部分を武蔵が語る。やはり300年前とは違い、人口は爆発的に増えている。そして飛空艇の発展により、人の往来は比較的自由になった。
であれば、エネフィア全土から気軽に参加出来るということだ。それに合わせて大会の規模も拡大したという事なのだろう。予選で幾許かの足切りをせねばならなくなった様子である。
「と言うても、シード枠が出来た程度で本戦の参加者人数はさほど変わらん。本戦の規模はさほど変わっとらんな」
「そりゃ、また盛況で」
「うむ、善き哉善き哉。これで良き芽が芽吹く事もある」
カイトの言葉に武蔵は武芸者ではなく、一人の武術の担い手として良いことであると笑う。こうやってどういう形でも武芸が盛んになるのは、彼としては嬉しい事だった。勿論、武芸者としても敵が増えるので嬉しい事は嬉しいだろう。
「で、よ。そのシード枠じゃが、これは世界中で設けられる事になっておってのう。中津国単独では面白みがあるまい、と儂が提案した」
「先生が、っすか」
「うむ、儂じゃ。まぁ、それは良かろう。ということで、この大会は『天覇繚乱祭』に協賛しておる一つでのう。シード枠を賭けて戦う事になる大会というわけじゃ」
「なるほど。ということはそこそこ、デカそうですね」
カイトは改めてチラシに視線を落とす。そこには確かに、『天覇繚乱祭』協賛と書かれていた。そして優勝賞品の中には、『天覇繚乱祭』のシード枠も書かれていた。ここで優秀者として名を残せば、自動的に『天覇繚乱祭』の本戦に出場出来るのである。
「うむ、デカい。まぁ、兼続達では勝てぬほどではあろうな」
「そら、そうでしょ。『天覇繚乱祭』はガチの天下一を決める武闘会だ。天に覇を唱える、というのは伊達じゃあない」
「かかか。そう簡単に切って捨てるでないわ」
カイトの断言に武蔵が大いに笑う。とは言え、彼もこれには同意する所だ。時に彼さえも下す様な武芸者が現れる様な大会だ。そんな大会である以上、予選にも下手をするととんでもない『英傑』が潜んでいる可能性は十二分にあり得る話だった。と、そうして一頻り笑った武蔵であったが、笑みをそのままに話を進める事にした。
「まぁ、と言うても、よ。例えばウチのヤマトや夏月の様にそもそも個人としてシードを与えられておる者も少なくない。今であれば確実にお主もシード枠での出場になろうな」
「そら、オレが出ただけで予選放棄大量でしょうからね」
「そりゃそうよな。まぁ、実のところ。シード枠が設けられたのもそれ故じゃ。一度儂、クオン、姫君が一辺に出た事があってのう」
「うっわー・・・」
カイトは出された名前を聞いて、素直にその当時の出場者達に同情を禁じえなかった。この三人である。カイトだって素足で逃げ出したい。
と言うより、彼とて逃げ出すだろう。剣技に限定すれば、カイトでさえこの三人に勝ち目は限りなく薄い。他の奴らであれば何をいわんや、である。そうして、武蔵もまた苦い顔で続けた。
「その時点で棄権者が相次いでのう。こりゃ仕合にならぬと翌年からは予選にシードを設ける事にしたわけじゃ。まぁ、その年はその年で儂らが足切りとなったお陰で玄人好みの仕合にはなったがのう」
「が、逆に芽を刈り取ってしまう事になってしまった、と」
「ま、そういうわけじゃ。緊張の取れてなかったり、精神面がまだまだじゃったりするものが弱気に駆られてのう。こういう場合、基本は仕合に勝ち進み自信を見に付け、というのが常道なのじゃろうが・・・うむ。初手に儂らという巨大な壁にぶち当たった所為で研磨がされなんだ」
武蔵は非常に残念そうにため息を吐いた。ここでカイトや瞬ならば、胸を借りるつもりでぶち当たっていけただろう。が、そう出来る者もいれば、出来ない者もいる。カイト達とて常に強敵に挑んでいるから出来るのであって、全員が全員そうだというわけではないのだ。
こればかりはその人の持ち合わせる性質一つだ。誰も悪しざまには言えまい。故に、武蔵には気弱になった者の中に眠っていただろう原石をいたずらに潰してしまったという自責の念があるようだ。シードの提案をしたのも、そこらを鑑みての結果なのだろう。
「それで、シード枠を設けた、と」
「うむ。そしてそのシードの為にわざわざ中津国でやる必要もなし。そして『天覇繚乱祭』は世界各国の軍関係者は知っておる存在じゃ。シード枠を設けられれば国としてもその武人を国一番として送り出す事が出来よう。国としての喧伝のもなる」
「なるほどなるほど・・・そこは燈火の手腕ですね」
「かかか。儂では出来ん」
カイトの言葉を武蔵は言外に認める。世界各国でシード枠を設けた大会を実施する事で世界各国から参加者を募ると共に、国一番として送り出させる事で集客力もアップしていたのである。
これは武蔵の考えとしては少々異質だ。彼は武芸者と戦う事は考えるが、集客力等の金銭面はあまり考えていない。であれば、別人と考えるのが普通だった。となると、考えられるのは内政を取り仕切る燈火が一番あり得たのであった。
「言うても人口の関係で幾つもの土地でシード枠を設けておる。そもそもの『天覇繚乱祭』が超巨大な祭り故な。多い所で10人ほどという所か」
「んなとこですか」
「多いな。そんなに多くて良いのか?」
大会というものを少しは知っている瞬が驚きを露わにする。多い所で10人ということは小国になると更に少なくなる事、更には決して全ての国が協賛しているわけではないだろうという事は彼とてわかっている。
だが、それでもシード枠が多い所につき10人となると大国全てが協賛していればそれでもう50人近くに到達するだろう事は想像に難くない。となると、個人に与えられているというシードも含めれば枠は100人になりそうだった。そして、その通りだった。
「まぁ、ざっと100名。それが本戦へ無条件で出場出来る数じゃのう。とは言え、それは予選を前もって終わらせておくと考えれば、わかろう?」
「予選・・・そうか。これは予選にもなっているんですね?」
「うむ、そういうことじゃ」
武蔵は瞬が気付いた事に頷いた。これとは別に予選は行われるが、それは遠く離れた中津国だ。となると、そもそも費用等で行けない場合は往々にして存在している。
が、シード枠を設けておけば、逆に中津国が国費で招くという事も可能だ。これが国外での予選の役割も果たしてくれるのであった。逆に送り出すという事で出身国が支援してくれる事もあるだろう。
勿論、冒険者の中にはこの戦いに参加する為だけに中津国に渡る者も少なくはない。逆に国外の予選に怪我で参加出来ない者とているだろう。中津国での予選に出る事も出来る。そこは各々の事情に応じて、というわけである。
「とまぁ、そういうわけじゃからお主らも出ると良いじゃろう。こちらの武闘大会もお主ら程度で勝ち抜けるとは思わぬが、ここで手応えさえ得ておけば、後々予定が合えば『天覇繚乱祭』に参戦するのもよかろう。それに、瞬。お主は今回刀を使う様に言われておるんじゃろう?」
「ええ」
「そのつもりです。なるべく、タイ捨流を身体に馴染ませる必要がある。特に自己強化型ですからね。慣れは重要です」
瞬は頷いて、カイトも同様に頷いた。タイ捨流を使いこなす為にも、この武闘大会は非常に有用だ。同じ剣士と戦う事で、瞬にも新たな発見が生まれるだろうからだ。
「うむ。それが良かろう・・・で、カイト」
「はい。取りまとめですね。同行させて頂きます」
「うむ・・・いや、違う。そうではない。いや、それもあるが・・・」
武蔵はカイトの問いかけに頷いて、しかし即座に首を振る。どうやら、これ以外にもあったらしい。
「お主も出い」
「は? んなの子供の喧嘩に大人が出る様なものでしょ。シード枠は・・・うん。別に複数あるので問題無いでしょうけど・・・」
カイトはパンフレットを確認して、シード枠が優勝者以外の副賞に含まれている事を確認する。流石に皇国で『天覇繚乱祭』に向けた武闘大会を幾つも行うわけがない。
剣士と槍使い限定の大会――他にもその他武器種と格闘大会がある――で行われるのはマクダウェル領でのこれと、西のブランシェット領で近い日にちに行われる武闘大会だけだ。
日程を合わせる事でどちらか片方にしか参加出来ない様にしていたのである。というわけで、この武闘大会ではシード枠が5つ与えられる事になっていた。と、そこらを見ていたカイトに対して、武蔵が事情を説明してくれた。
「いや、これは実はあちらさんからの申し出でのう」
「燈火からの?」
「うむ。お主は知っておろうが、『天覇繚乱祭』の優勝者の多くは中津国にて召し抱えられる。最も武名が鳴り響くのが、あそこ故にな。とは言え、それだけではなく優秀な者は兵士として召し抱えられよう?」
「ええ。月花はあれの優勝者ですし、今代のミントは・・・オレの居た当時は優勝してませんでしたけど、軍に召し抱えられたのは優秀な成績を残したから、でしょう? そもそもあいつ、旭姫様の弟子ですし・・・」
「あれなら、お主らが帰った100年後ぐらいで優勝しておるよ。で、儂らが出ぬ時の幾度かに連続で優勝した所で殿堂入り。同時に空位であった<<月天>>を襲名したわけじゃ」
「ああ、やっぱり」
カイトは武蔵からの言葉に別に驚かなかった。<<月天>>とは中津国最高の名誉だ。何度か連続で『天覇繚乱祭』にて優勝した、というのはそれを授けるのに相応しい功績と言える。
そしてそれぐらいやってのけなければ与えられない称号でもあるわけであった。月花も同じ様に、何連覇かしているらしい。蒼天一流を興す前の武蔵とも戦い、何度か下した事もあるそうだ。
「で、よ。お主が帰ればどこもかしこも荒れよう事は明白」
「オレがやりたくてやったわけじゃねぇっすよ!?」
「かかか。事実ではあろう・・・と、そういうわけで中津国も少々腕の良い武芸者が欲しいらしくてのう。お主に少し足切りをしておいて欲しいわけじゃ。特にこういう場じゃ。現状を考えれば名を轟かせようと思う者は多いじゃろう」
「なるほどね・・・そういうことなら、引き受けましょう。見知らぬ相手ではない。それに爺にも恩を売れる。なら、受けておいて損の無い話だ」
カイトは武蔵の言い分に納得して、その命を快諾する。中津国とカイトはかなり親しい間柄だ。そのトップが優れた武人が欲しいから協力してくれ、というのであれば、その助力は吝かではない。
どちらにせよカイトも武芸者として、『天覇繚乱祭』は興味があった。参加は可能ならしておきたい。こういう大義名分があるのであれば、渡りに船という奴だ。
そうして、カイトは瞬達に同行して、中津国で行われる『天覇繚乱祭』の予選となる武闘大会へと参加を決める事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1088話『剣士達の調整』




