第1085話 過去と今を混じえて
今日から新章突入です。
かつてのカイトには、二つの旅があった。一つは、勇者カイトとしての旅路。こちらは今、カイトが融合しようとしている力だ。
では、もう一つ。それは瞬へと語った織田信長としての一生だ。そのもう一つもカイトの中に確かに根付いていた。
『かかか。なるほどなるほど・・・良かろう。では、儂もお主の中に溶け込もう』
「ああ」
カイトは織田信長との対話を終える。そうして、織田信長の記憶や想いが、彼へと流れ込んでいく。
「っ・・・」
カイトは一瞬だけ、顔を顰める。が、それだけだ。所詮彼の一生涯は50年にも満たぬほどの時間。そして、所詮は普通の人間の一生だ。そしてあれほど大度量の持ち主だ。抱えきれぬほどの想いは無い。故に彼との融合ほど、軽く終わった事はなかった。
「終わったか」
カイトは織田信長が抱えていた想いを受け継ぐ。そうして己の全てを見た彼へと、信長が告げた。受け取ったからと言って即座に消えるわけではない。記憶と想いを受け継いだのは、敢えて言えば土台作りだ。融合する為の土台作り。それが出来て、ゆっくりと溶け合う事になるのである。
『受け取った、ようじゃのう』
「ああ、受け取った。本当にお前は・・・いや、オレはやりたい様にしかやれんな」
『でなければ何よ。やりたくもない事をやれと? 儂はそんな生き様は嫌じゃ』
信長が笑いながら問いかける。彼は兎にも角にも自分の好きにしか生きていない。泣き寝入りはしない。そういう生き方をした結果が、あの戦国時代においては覇王とさえ言われる日本全土を巻き込んだ大騒動だ。そして、もう一つ。強い想いを彼は持っていた。
「あんた・・・本当に帰蝶を愛してたんだな」
『うむ・・・良きおなごであった。儂には勿体無いな』
信長はカイトの内側で快活に笑う。その顔は、自分が愛する者達に向ける顔と同じ物だった。そうして、そんな信長は最後に、こう告げた。
『のう・・・見付けてはくれんか。儂最後の願いよ。おおよそ誰かに何かを願った事のない儂であるが、あれと吉乃とはもう一度、おうてみたい。そして幸せにしてやれるのであれば、幸せにしてやりたい』
「何を今更・・・その想いもオレは共有してる。わかってる。まぁ、見つかるとも思えんけどな」
カイトは笑う。この愛情を嗤う事も嘲笑う事も彼は許さない。だから、笑って快諾するだけだ。そうして、信長は笑って己の魂の奥底へと消えていく。カイトに全てを委ねたのだ。これで、後はカイトが望まない限りは彼は魂の奥底だ。
「・・・良し。これで、完璧に使える」
カイトはざんっ、と右手を振るう。それに合わせて、無数の火縄銃と影法師が現れる。背に翻るのは、織田家の木瓜紋。これで、この力は完全にカイトの物となったのだ。と、そんな彼であるが、ふと影の一つが不思議な動きをしている事に気付いた。
「・・・ん?」
カイトは一つ不思議な動きをする影を見る。そこにあったのは、彼であり信長にとっては馴染み深い影法師だった。
「・・・弾正か。お主は儂の影の中でも勝手気ままよなぁ・・・吉乃の奴とどっちが気ままかのう」
カイトは思わず楽しくなって、笑う。松永久秀。戦国時代に詳しく、その名を知らぬ者は居ない程の梟雄だった。この男は妙な事に織田信長を二度も裏切りながら、その二度とも裏切りを赦されている。
それが何故かは当人にしかわからないのだろうが、この様子だと二人には何か通じ合うものがあったのだろう。裏切ったはずの久秀は500年前と変わらず飄々としており、それに対するカイトはただただ呆れた様な楽しげな様な、神妙な顔を浮かべていた。その顔に恨みは無ければ、怒りも殆ど無かった。
「のう、弾正。お主、最後に何を思うて逝った」
カイトは今はもうはるか彼方に消えた年の離れた友人の事を思い出す。彼の思惑を唯一理解出来ていたのは、自分だけだろう。そう断言して良かった。だが、それ故にその言葉には物悲しさがあった。
「・・・猿とネズミに気をつけよ・・・今際の際の挨拶にしてはもう少し気の利いた挨拶は無かったか、お主・・・」
悲しげに、カイトは呟いた。本能寺の変が起きたのは、それから5年後の事だ。あの言葉をはっきりと理解出来ていれば。そう思わないではない。が、もう後の祭りだ。そもそも、カイトは織田信長ではない。彼であっても、それは彼であった別人だ。違うのだ。今更考えても詮無きことである。
「のう、弾正・・・三度目は、茶釜を渡しても決して赦さぬ。覚えておれよ」
カイトは最後に物悲しげに、そして僅かに楽しげに自分の配下の中で最も飄々として掴みどころの無い男へと告げる。これは影。言った所で当人の生まれ変わりになぞ届く事はない。
そうして、彼は感傷に浸る己から抜け出した。そもそもこれは使い勝手を確かめるだけに展開した物だ。名前を改めて付けるつもりだった。
「<<覇者の号令>>・・・これで良いか」
カイトはそう言うと、影法師達を消失させる。瞬にも述べたがとりあえず名前を付けておけば、管理がし易いのだ。これで良いだろう。
「さて・・・」
カイトは融合を一段落させて、一つ深呼吸する。この感覚に慣れねばならないのだ。もうしばらくは、自分が自分でないという奇妙な感覚を抱える事になるだろう。
と、そんな彼の所に、瞬が顔を出した。実は今までカイトは別にどこかの特殊な空間でやっていたわけではなく、偶然人が居なかったので冒険部のギルドホームの地下修練場で行っていたのであった。
「ああ、カイト。お前もここに居たのか」
「先輩・・・ということは、先輩もか?」
「ああ。やはり使いこなしたいからな」
瞬はカイトの問いかけに頷く。とは言え、そんな彼だが、いつもの服装ではない。その服装はなんと、着物姿だった。
「仕立てて貰ったのか?」
「ああ・・・形から入る方が良いのではないか、と思ってな」
瞬はそう言うと、少し照れくさそうに己の着物を見る。それは日本で例えれば、戦国時代の侍達が着ている様な衣服だった。中津国より取り寄せたのである。
理由は彼の言う通りだ。豊久の力を使いこなす為に、なるべく己を彼に近づけようとしていたわけだ。悪くはない判断だ。変に引っ張られる可能性はあるが、同時に形を似せているのでその感覚を得やすくはある。なお、お取り寄せではあるが、安物だ。練習の為だけなので高価な着物を買うのも馬鹿らしいだろう。
「そうか。まだ見ていた方が良いか?」
「ああ、頼んだ。元々お前がこっちに居る、って聞いて来たからな」
カイトの監督の申し出に、瞬が頷いた。まだまだ使いこなせるとは言い難い領域だ。何度も訓練はしておきたかった所だろう。そうして、瞬が精神統一を開始する。
「・・・」
「まず、魔力を溜めろ。魂の奥底に眠る己を叩き起こすほどの魔力を溜めないと、目覚めちゃくれない」
ストップウォッチ片手にカイトは精神統一と共に魔力を蓄積させていく瞬へと手順を述べる。これで起きてくれるわけではないが、取っ掛かりの一つではある。やっておいて損はない。そうして、カイトは更に続けた。
「魔力をある程度溜めたら、次は過去の己へと訴えかけろ。力を貸してくれってな。もしくは、力を貸せと命じても良い」
カイトのアドバイスの傍ら、瞬は己の魂の内側へと沈んでいく。それはかなり長い時間を掛けて行われ、ようやく、彼は豊久へとたどり着く。
「・・・っ!」
ごぅ、と瞬から猛烈な圧力が放たれる。その圧力たるや、上でも分かるだろうほどだった。ギルドホームと修練場が多重の結界で覆われていなければ、下手をすれば街でも感じられたほどの圧力だ。
「・・・これで・・出来てるか?」
「なんとか、成功だな」
瞬は己の状態を見回して、カイトが外側から太鼓判を押す。瞬の姿は戦国時代の武者の姿へと変貌を遂げていた。そして鬼島津の名にふさわしい鬼の角も勿論、生えている。
「・・・どれぐらい時間が必要だった?」
「大体、10分という所か。まだまだだな」
瞬の問いかけにカイトはストップウォッチを見る。まだまだ、使えそうにない状態だ。戦場で10分も時間をくれ、と言って与えてくれる敵なぞどこにも居ない。もしくれたのならどんなお人好しだ、と鼻で笑われるだろう。魔物ならそもそも話も通じない。それに、瞬は残念そうだった。
「そうか・・・まだ、使えないか」
「ああ。使い物にはならんな」
「使えれば、強いのだろうが・・・」
瞬は残念そうに深い溜息を吐いた。格上が居る戦場で5分を稼ぐのがどれだけ大変かは、以前の死神との戦いで彼も把握している。それこそ命懸けではなく、命を燃やし尽くす戦いになるだろう。
「どうやれば、より早く出来るんだ?」
「そりゃ、頑張るしかない。気合一発で出来る様になりゃ、それこそランクSの領域に立ってるだろうけどな」
「それはそうか」
カイトの言葉に瞬は納得する。<<原初の魂>>の解放。それはそもそも、ランクSへ到達する為の必須技術とさえ言われる力だ。
が、出来るだけであれば実はランクBに到達した時点で出来ている者は少なからず居る。ランクAなら大半は解放だけなら出来る、という者の方が多いだろう。逆にカイトの様にランクSに到達しても目覚めなかった者が珍しいほどだ。
多くは今の瞬と同じように目覚めさせた力を戦闘の技術として使えているかどうか、で足止めを食らっているのである。つまり、目覚める事まではさほど難しくないのだ。そこから先、戦闘への応用が難しいのだ。
「まぁ、とりあえず。それで一通り動いてみろ。それを目覚めさせても使えなければ意味がない。特に刀を使いこなしておかないと、先輩の場合はいざという時に困るからな」
「それは・・・そうだな」
瞬はカイトの言葉に頷くと、立ち上がって刀を手にする。ここに来て初めて主体的な意思で手に取る刀であったが、彼の手に非常に良く馴染んでくれた。それはまるで、そこにあるのが普通な様な感じでさえあった。
「・・・奇妙な感覚だな。まるでこうしているのが自然に思える」
「それだけ長く、豊久という男が刀を持っていたんだろう。山ほどの戦場を駆け抜けたんだろうさ」
「だろう」
瞬は己で思い出せる僅かな記憶だけを手がかりに頷いた。取り出せたのは、僅かな記憶だ。しかしそれでも、物凄い多くの戦いの記憶だった。寝ても覚めても戦ばかり。たった30年の月日を彼は駆け抜けていた。
「沖田畷、唐入り・・・無数の戦を戦ったようだ」
「だろうな。そこら、歴史にゃあまり語られんがな」
カイトは今の己が蓄えた知識を手繰り寄せ、瞬の言葉に同意する。彼は戦いに戦い抜いた。駆け抜けた度合いであれば、たった三年で全てを使い尽くしたカイトとも比肩しうる。
であれば、その為に修行や鍛錬を積んでいた時間はおそらく彼の生きてきた時間のほぼ全てに相当するはずだろう。刀を持っていた時間と持っていない時間であれば、持っていた時間の方が長いはずだ。手に馴染むのも道理だろう。
「父は島津家久。身内に鬼島津・・・戦に掛けちゃ、おそらく日本でも有数だろう」
「そう・・・なのだろうか」
「そうだろうな。流石にそこらはオレにもわからん。こちとら帥として全軍を見ていたが、それと戦働きは話が違うからな」
「ふむ・・・」
それは確かに。豊久の力を目覚めさせている瞬からすると、よく分かるらしい。ここらはかつてカイトが述べた通り、というわけなのだろう。カイトは総大将、瞬は大将だ。格が違う。とは言え、今のカイトだからこそ、言える事もある。
「それは良いか。とは言え、だ」
「ああ」
「刀に掛けちゃぁ、今生のオレは一家言あるわけで。そう言うところから今の魔力ありきのやり方とかつての戦国乱世の剣術の差ぐらいなら指摘してやれる。流派は違うけどな。ま、それでも剣術家でもある以上、見れる事は見れるんだ。とりあえずは、振るって見せてくれ」
「わかった」
兎にも角にも今の瞬は自分の事を知らねばならない。変な話であるが、今の瞬は自分の事について何も知らないも一緒なのだ。何が出来て、何が出来ないのか。それを知らねばならなかった。そうして、瞬はしばらくの間、カイトの手を借りつつ己の出来る事を見定める事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1086話『剣士達』




