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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第56章 教国からの来訪者達

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第1080話 報告

 カイト達がカタコンベの調査任務最後の仕事となる『死霊の王(リッチ・キング)』の討伐戦を終えてから、数日後。ルーファウスとアリスは冒険部での初の任務を終えて、とりあえずの休暇を与えられていた。

 初任務だ。色々と疲れが溜まっているだろうとカイトが与えたのである。というわけで、それを利用して彼らは教国へ提出する為の日報の様な物を書き記していた。


「これにて初任務は終了である、と・・・」


 ルーファウスは慣れた手付きで報告書への記述を終える。流石にもう年単位で教国の騎士としての任務を行っているのだ。遠く離れた異郷の地であろうと、同じ作業である以上は何ら問題もなく書き終えられた。


「うむ。これで終わりか」


 ルーファウスは誤字脱字が無いかを確認すると、報告書をファイルへと仕舞う。これはユニオンを通して月に一度纏めて教国へと送ってもらう事になっていた。一応和平協定が成立したので人の往来はあるが、確実に届けてもらう事を考えればユニオンを通すのが最適だった。

 検閲は食らうだろうが、それでも間違いはない。皇国が万が一没収したとしても、ユニオンは皇国から独立した別組織なので依頼人であるルーファウスへと報告の義務がある。勿論、逆に教国へ通達も出来る。一番良い手段だった。


「さて・・・」


 報告書への記載を終えると、ルーファウスは更に続けて別の書類に手を伸ばす。こちらは活動報告とは別に記す様にルードヴィッヒから命ぜられていた物だ。それは謂わば、カイトに関する調査という所だ。


「人柄・・・これについてはまだ調査中。才覚については問題無し。十分に指導者としての素質があると思われる・・・」


 ルーファウスは己の見たカイトについての評価を書き記していく。カイトの推察した通り、ルーファウスとアリスがこちらに派遣された理由はそれだった。

 カイトの人柄を見極めよ。それが、彼へと与えられた別命だった。生真面目な彼だ。一切の贔屓目なしに調査が可能だろう、というわけであった。


「ふむ・・・こんな所か。以降、更に調査を続行する物とする、と」


 ルーファウスは第一次調査の報告書を終える。こちらも月一回報告する予定だ。と、それを書き終えた彼だが、そこで少しだけ申し訳無さそうな顔をする。


「ふむ・・・やはり慣れんな」


 ルーファウスが思ったのは、彼に与えられたもう一つの別命だ。こちらもまた、カイトの見通した通りアユルの為に別口でコネを作る事だった。あまり年かさの騎士ではカイト達が遠慮してしまう可能性があった。そこらを色々と考えた結果、ルーファウスとアリスが選ばれたわけである。

 アリスはまだ学生であった為、主要な任務はこちらだった。特に彼女は少女という事もあり、折につけてアユルと関わり合いを持つ事は可能だ。男性騎士という事で修道女とは表立って頻繁に関われないルーファウスとアユルの連絡役になるのであった。


「騙している・・・事にはならんか」


 ルーファウスはそう思いつつ、カイトが自分達の思惑についても気付いているだろう事を報告する。とは言え、ここらは別に気にする事ではない、とルードヴィッヒより告げられていた。気付くだろう、というのが見立てだったからだ。そしてこのお陰で、彼としては気楽に任務に臨めている。

 やはり生真面目な彼だ。どうしても知人に隠して動くという事はやりにくい。というわけで、カイトが気付いてくれている事については本当に有難かった。騙している、という負い目を感じなくて良いからだ。


「良し・・・これでとりあえずは大丈夫か」


 ルーファウスはカイトの内偵調査についても誤字脱字が無い事を確認する。と、それが一通り終わった所で、部屋の扉がノックされた。まだマクスウェルに来て数日の彼だ。来るだろう相手は限られているので、おおよその当たりを付けていた。


「ん? アリスか?」

『はい。入っても?』

「ああ、大丈夫だ。鍵は空いている」


 大方そうだろうな、と思っていたルーファウスは妹の言葉に応ずると、入ってくる様に告げる。休日とは言え昼間だ。入られて困る事も無いし、迷惑となる時間でもない。


「なんだ?」

「・・・」


 アリスは無言で何らかの本を差し出す。が、その目は無表情ながらも困惑や焦り、僅かな恐怖が滲んでいた。まぁ、何かがあるわけでもなく兄である彼なら、何がなんだか理解出来ていた。故に彼はそっけなかった。


「・・・自分でやりなさい」

「助けてください・・・」

「俺以外にもここにはもっと賢い人達が居る。そちらに聞けばどうだ」


 アリスの縋る様な視線にルーファウスがため息混じりに別案を申し出る。まだ書類仕事が終わっていないのだ。望みを聞いてやるわけには、いかなかった。


「・・・うぅ」

「はぁ・・・わかった。一緒に行ってやるから、とりあえずそっちで頼む。俺はまだ猊下の依頼の書類を書かねばならん」

「ありがとうございます・・・」


 ルーファウスの助力にアリスが感謝を述べる。そうして、二人は連れ立って今日は一日オフという事を明言していたカイトの所へと、向かう事にする。


「・・・あ、ああ、別に構わんが・・・それなら一人で来れば良いだろうに」


 自分の部屋で今日は久しぶりにのんびりする事にしていたカイトが、二人の来訪に目を丸くしていた。別にすでにギルドメンバーなのだから気にする必要は無いと思ったらしい。


「すまない。こういった算術等だと、貴殿らの方が遥かに詳しいと思う。俺も一応騎士学校を卒業はしているが、どうしても今日中に仕上げねばならない書類があってな。面倒を見てやりたいのは見てやりたいのだが・・・」


 ルーファウスは少し恥ずかしげに妹の申し出を代弁する。そのアリスであるが、彼女の方は恥ずかしげにルーファウスの影に隠れていた。


「すまん。実はアリスは少し人見知りでな・・・仕事の最中には気にならないそうなんだが、こうやってオフになると、表に出るらしい。出来れば、今後も俺が忙しい時には協力してやってくれるとありがたい」

「・・・はぁ。まぁ、オレも妹が居る身だ。わかった、引き受けよう。と言ってもまだオレも書類仕事が少しだけ、終わってなくてな。その間は片手間で良いか?」

「ありがとうございます・・・」


 アリスは真っ赤になりながら、少し苦笑混じりのカイトの申し出を受け入れる。そうして、ルーファウスはアリスをカイトへと任せると、再び部屋に戻る。書類仕事の内容はカイトにも明かせない物で、こちらはなるべく直近の話を含めて早急に、と言われていた別口の物だった。


「はぁ・・・次は・・・マクスウェルの状況報告だったか」


 こちらは教皇ユナルよりの依頼だ。現在アユルはまだ皇都に居て各種の軍高官や政務官達とやり取りをしており、実際にマクスウェルへ入る前の事前段階としての調査を依頼されていたのだ。

 こちらは直にエードラムへと手渡す事になるため、検閲等は無い。エードラムら護衛の騎士達がマクスウェルで活動する為に重要な情報を記すのであった。


「見た限りでは、教国の民への敵愾心は殆ど無い物と思われる。おそらく、ここが紛争地より遥かに遠い東の果てだからだと推測される。比較的安全の確保はし易いと思われる・・・」


 ルーファウスはここ当分で自分の感じた内容を手紙へと記していく。ここらは彼もカイトも少しだけ想定外だったのだが、どうやら遠い西の果ての事として街の住人達は捉えていたらしい。皇国が広い事が良かった様だ。

 そして冒険者達にしてもよほどの事情が無ければそんな西の果てから即座にマクダウェル領まで来る事は滅多にない。あまり教国の騎士に対して偏見を持っておらず、かなり自由に行動が出来たのだ。


「っと、そうだ。これも記しておかねば・・・」


 ルーファウスが思い出したのは、カイトに関する事だ。街の警吏の者達との間に信頼関係があり、万が一に何かがあった場合には頼れるだろう、という事だった。

 下手に皇国側に協力を願い出られない立場の彼らだ。別口で仲裁役を手に入れられるのは非常に良い事だった。アユルはここまで想定しての事ではなかったが、それが功を奏したという所だろう。


「良し。後は・・・」


 ルーファウスは更に続けて、幾つもの情報を書き記していく。そうして、彼はしばらくの間、エードラムがアユルの警護を行う上で役に立つだろう情報を事細かに記していく事にするのだった。




 その、一方。皇国側でも同じく、報告書を書いている者が居た。それは言うまでもなくアルだ。彼も表向きはルーファウスと同じく出向している形だ。というわけで、ルーファウスとアリスについての情報を軍に提出するべく、報告書を書き記していた。


「ルーファウス・ヴァイスリッター。性格は生真面目。剣技については非常に優れている」


 アルは己の見たルーファウスについての情報をテンプレートに沿って書き記していく。ここら、カイトの知恵があるか否かの差だ。マクダウェル家では報告書のかなりの部分がテンプレート化されており、書類仕事に関わる時間はさほど必要がない。


「大変ねー、お仕事って」

「んー・・・まぁね。でも僕も一応英雄の子孫だし。ここらはしっかりとしておかないと、ご先祖様に申し訳が立たないよ」


 凛の言葉にアルが笑いながら、書類に記す内容を頭の中で取捨選択していく。テンプレートがあるから、と言っても短い単語で終わらせて良いわけではない。きちんと特筆すべき内容は文章で書き記す必要があるし、得意としている分野がわかればそれもしっかり情報として残す必要があった。


「得意な分野は火。聖炎に関しては相当な使い手と想定される。ご先祖様・・・じゃなかった。開祖ルクス及びルーファウス・・・当人が同姓同名の為、便宜上開祖ルーファウスと記す。彼の遺した第一世代の剣技がどこまで使用可能なのかは、現在不明。調査を続行する」


 アルはカタコンベの戦いで見たルーファウスの情報を記入していく。と、そんなアルに対して、凛が疑問を得た。


「・・・そう言えば。それって意味あんの?」

「へ? 何が?」

「書類よ、書類」


 アルに対して凛が問いかけるのは、彼が書き記していた書類の事だ。とは言え、これはもっともな疑問ではあっただろう。


「天音先輩がここの領主なんでしょ? で、昨日の戦いだと確か一緒だったはずだから、先輩の方が報告すれば良いんじゃないの?」

「ああ、それね。あー、うん、まぁ、報告するんじゃないかな。カイトの場合は陛下に直接、だろうけどね」


 アルは笑いながら思い直せばカイトは遥か雲の上の相手だった事を思い出す。彼は実際には公爵だ。皇帝レオンハルトへと直に連絡する事が可能な立場である。勿論、軍高官達とてカイトの言葉であれば即座に予定を切り上げてでも聞きに来るだろう。


「でも、これは軍に向けての報告書だからね。カイトはそう言うところ、まだ復帰していないから公的な書類には残せないからね。でも彼自身が実際に戦場に立てばその判断を補完してくれる事になるから、彼の経験も無意味じゃない。で、僕の書類は彼が居ない時に軍でもしルーファウスと戦うなら、これしか書類がないわけ。こういうのも重要だよ」


 アルは凛へと己の書類の意味を告げる。まだ、カイトは公に関われない立場だ。アルの書類だけが書面として残せる情報だった。


「・・・まぁ、それは良いんだけど」

「うん。わかってる。ごめん、ちょっとだけ待って・・・」


 凛のどこか不満げな声音にアルが情けない声音で謝罪する。こんな所に書類仕事をしている場に凛が居る理由は勿論あったわけだ。というわけで、アルが再びそれを照れた様子で謝罪する。


「いやぁ、昨日ちょっと鍛錬に身が入りすぎちゃって・・・ごめんね」

「じゃあさっさとやれ!」

「話したの凛じゃな・・・ごめんなさい、すぐやります」


 己の抗議の声は一睨みで消滅させられて、アルはそそくさと書類仕事へと戻る。まぁ、これでわかるだろう。ルーファウスに一部負けている事を素直に認めた彼は、戻ってから独自に修行をしていたわけである。それ自体は父・エルロードも兄・ルキウスも非常に良く思っていた。

 が、少々熱を上げ過ぎて書類仕事をすっかりと忘れて、休暇の今日を潰してしまう事になったというわけだ。で、デートだったわけで凛に怒られていた、というわけである。そうして、アルは大慌てでルーファウスについての書類を書き記す事になるのだった。




 さて、最後に。実のところ、もう一人だけ報告書を書いている人物が居た。それは、カイトである。休暇というが、本当に彼が休暇なわけがない。

 と言うより、本当に休暇ならば女性とデートに出かけているだろう。それでも部屋にいたのは、こちらで仕上げるべき書類仕事があったからだ。とは言え、休暇というのが嘘でもない。夜には魅衣とディナーであったりする。

 そんな彼であるがなんと、堂々とアリスの前で彼女に関する報告書を書き記していた。ここまで堂々としていれば逆にアリスもルーファウスもカイトが彼女に関する報告書を書いているとは思わなかった程だった。


「彼女については裏の任務内容について、知らされていた様子は無し。彼女がなぜこちらに派遣されたのか、については更に情報の収集が必要と思われる」


 カイトはアリスを横目に、皇国へと提出する報告書を書き記す。とは言え、アリスが気づく事はない。彼女の目の前には蒼い小鳥の使い魔がおり、そちらが勉強を教えていたのだ。片手間、と言いつつきちんと教えてもいた。


『そこの計算式は普通にこれを代入すれば良い』

「はい」


 アリスが教わっていたのは、日本の学力レベルで言えば中学生程度のギリギリ数学と言える領域だ。敢えて言えば数学Ⅰの内容である。流石に教育体系が整っていないエネフィアでは数学Aまでは教わる事がないようだ。勿論、そのさらに上の数学については学者ではない彼女らは学ばないらしい。


「ふむ・・・」


 そんなアリスの様子を見ながら、カイトは更に情報を得ていく。と言っても有益な情報は得られそうにはなかった。


「連絡員としての役割がありそう、というだけか・・・?」


 カイトは考えられる可能性の中で一番可能性の高い内容を小さく呟いた。美少女である事と感情が顔に出る事が乏しい事を除けば、どこにでも居る少女と言える。別命が与えられているとは、思えなかった。


「・・・いや、何かがある。そう考えて動くべきか」


 何も知らない事は厄介だ。当人が知らなければボロが出ないのだ。カイトはそう考えて、アリス派遣の裏にあるだろう思惑を推測する事にして、更に皇国の諜報部へと情報の収集を提案する事にする。まだ、何か判断するにしても早すぎる。更に情報を収集すべき段階だった。


「随分、熱心ね。口説き落とすつもり?」

「おいおい。流石にお兄さんに預かってくれと言われておいて、手は出さんさ」


 唐突に掛けられた声に対して、カイトは笑いながら椅子に深く腰掛ける。と、その声でどうやらアリスも来訪者に気付いたらしい。


「シアよ。よろしくね、可愛らしい騎士様」

「あ、はぁ・・・」


 どうやらアリスが少し人見知りというのは事実らしい。どこか小動物の様な警戒が見て取れた。それに、カイトはシアを紹介しておく。


「見ての通り、と言えるかどうかはわからんが公爵家の女性だ。時折、オレも公爵家からお声が掛かるからな。その連絡員に近い立ち位置だと思ってくれ。時折、顔を見せるだろう」

「はぁ・・・」


 アリスはカイトの説明に納得すると、努めて気にしない様にして視線を教科書へと落とす。カイトの言っている事に不思議はないし、そもそもシアの服装は相変わらずメイド服である。そして所作もメイドそのものだ。これで皇女なぞ疑えるはずもなかった。


「見に来た、か?」

「ええ。顔ぐらいは、拝んでおかないとね」


 シアはカイトにのみ聞こえる様に小声でそう言うと、アリスの姿とその血の匂いをしっかりと把握する。彼女とて吸血姫だ。血の匂いを覚える事は不可能ではない。

 万が一、アリスが何らかの行動に出た場合に対処する為に覚えておく事にしたのだろう。そうして、シアはカイトへの伝言として偽装した幾つかの内容を告げると、そのまま戻っていった。


「ふむ・・・不思議の国のアリス・・・には程遠そうだな。まぁ、フェミニストの嗜好は満たせる戦う少女騎士アリスとして、物語の主役にはなれそうだがな」


 カイトはシアが来た事もあり、報告書の記載はそれで切り上げる事にする。どちらにせよこれ以上は無意味と判断した所なのだ。丁度良かった、という事だろう。そうしてそんなつぶやきを最後に、カイトは封筒の中に書類を仕舞い立ち上がる。


「良し、終わった。家庭教師を本格的にしてやる事にしよう」

「ありがとうございます・・・」


 非常にげんなりとした様子のアリスがカイトへを礼を述べる。どうやら、どこの世界でも少年少女らと勉強は切っても切り離せない関係のようだ。そうして、カイトは結局この日の自由時間は一日、アリスの勉強の世話で潰える事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1081話『日常』

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