第1078話 リッチ・キング討伐戦 ――開始――
カタコンベの調査依頼を受けたカイト達が調査を開始して、二日。カイト達冒険部一同は大半の横穴の調査を終えて、一通りの状況が掴めていた。そんな彼らは二日目の活動を終えると、今日も今日とて潜入部隊の隊長を集めて一日の終わりの中間報告を行っていた。
「そうか。側近と戦ったか」
「ああ。あれは間違いなく『死霊の王』の側近と見て良いだろう」
カイトの問いかけにルーファウスが断言する。どうやらソラ達が入った横穴にはこのカタコンベにおける異変の原因となっている大物の側近らしき魔物と戦ったらしい。
ここで幸運だったのは遭遇した部隊がソラの所だった、という所だろう。アルならばまだしも、他の部隊ならば単なる強敵と思うだけだったかもしれなかった。実戦経験が豊富なおかげで敵の特徴から側近だと判断出来たのだ。
「そうか。じゃあ、明日は当初の予定通り、午前中に最後の調査を終わらせて午後からは『死霊の王』との戦いにすべきか」
ルーファウスの報告にカイトは明日の方針を定める。どうやらここに潜んでいる『死霊の王』はかなり知恵を付けているらしく、自分が圧倒的に有利に戦える大穴の底の横穴から出てくる事は無かった。なので今日に至るまで居るかどうかわからなかったのだが、手がかりが掴めただけでも御の字だろう。
「良し。なら、これで明日に臨む事にしよう」
幾つかの連絡と相談を終えて、カイトが閉会を告げる。一応今まで特殊な事は起きておらず、そして『死霊の王』についてはカイトが主戦力として戦う関係で不安な点は一つもない。
というわけで、ほとんど話し合う事もなく中間報告は終わる事となる。そうして、会議が終わった直後、カイトはフォローに入る事になる少女二人に声を掛けた。
「アリス、桜。明日は頼んだ」
「「はい」」
桜とアリスは揃って頷く。明日は桜も前線だし、アリスはおそらく初となる格上との戦いだ。無表情な中に緊張が見て取れた。と、そんな彼女へ向けて、ルーファウスが激励を送る。
「アリス・・・決して前に出すぎるなよ」
「はい」
「良し・・・じゃあ、今日は早い内に寝ておけ。明日に響いては事だからな」
「はい・・・では、一足先にお風呂を頂いてきます」
ルーファウスの言葉に頷くと、アリスはそのまま自分に与えられた部屋へと戻っていく。お風呂の用意を取りに行ったのだろう。それに続く様に、ルーファウスも己に与えられた部屋に戻っていった。と、そんな後ろ姿を見て、アルが呟いた。
「・・・僕らとなんら変わんないんだなー」
「ん?」
「いやさ。やっぱり似てるから張り合いたいわけなんだけど、そういうのを抜きにして騎士として見れば僕らとなんら変わらないな、って」
アルがカイトへと己の所感を述べる。今まで皇国はずっと教国と冷戦だったのだ。民達の中には教国の騎士となると恐ろしい様に思っている者達も多く、アルもやはり少しは偏見があったのだろう。が、今の兄妹のやり取りは自分達と何ら変わらないやり取りだ。所詮、同じ人だと思ったのである。
「そりゃ、そうだろうさ。同じ人だ。対話も理解も可能だ。本来はな」
カイトは苦笑混じりにアルへとそう告げる。彼は、大戦期を駆け抜けたのだ。魔族に対する偏見や迫害は山ほど見てきた。それを根気よく駄目だと説いて――時には腕力も使いながら――回ったのだ。アル以上に、そんな事はわかっていた。
「さ、今日はお前ももう寝ろ。明日はかなり大きな戦いになるだろうからな」
「それもそうだね。側近との戦いになりそうだし・・・早い内に寝ておくよ」
カイトの言葉にアルは素直に従って、椅子から立ち上がる。そうして、カイトもそれに続くように立ち上がり、会議で使っていた部屋の明かりを消して、己も休息を取る事にするのだった。
明けて、翌日の朝。カイト達はカタコンベの最後の調査対象となる横穴へと潜入していた。
「これで、良し」
カイトは最後となる横穴の奥深くに、魔物の発生を抑制する為の魔道具を突き刺す。これで当分の間魔物で溢れかえる事はないだろう。出てもせいぜい雑魚だ。後は、軍や他の冒険者に任せれば良い。
「カイトだ。桜、こちらの作業が終わった」
『はい、わかりました。まぁ、敢えて言う必要もないですが、やはりカイトくんの所が最速ですね』
「あっははは。相棒無しでもこの程度は余裕でやれにゃ、何のためのオレなんだ、って話だ」
桜の軽口にカイトが笑って軽口を返す。現在ユリィは仕事もあり不在だが、それでもこの程度で手間取っては何のための勇者の称号かわかったものではない。
とまぁ、軽口を返したわけであるが、それならそれでさっさと戻って休息を取るべきだろう。午後からは『死霊の王』との戦いだ。アリスに無理をさせるわけにもいかなかった。
「じゃあ、もう戻る」
『はい、お待ちしております』
桜の返答を聞いて、カイトは踵を返して横穴の奥深くから帰還する。
「ふぅ・・・」
とりあえず残る面子の帰還を待ちながら、カイトは馬車の中で一息つく。と言っても頭の中では『死霊の王』の特性を思い出していた。
(基本は、魔術メイン。手勢を引き連れた戦い方だったな)
目指すべきは、一切の犠牲無しでの勝利だ。その為の鍵は保有している。
(『死霊の王』はオレ一人で十分。露払いは桜とアリスでなんとかなるだろう)
考えるのは、今回己の補佐となる少女二人だ。アリスは冒険者のランクとしてはC相当でしかないが、相性の関係でアンデット系の魔物が相手であれば十分に戦える領域だ。
流石に『死霊の王』となると危険過ぎるが、手勢程度であれば十分に戦える。勿論、ランクBになっている桜であれば十分に手勢を相手に立ち回れる。こちらに問題はない。
(他、奴の手勢ならアルとルーファウスの二人でなんとかなるか)
カイトはそう考えて、薄く笑う。アルとルーファウスは顔が似ていて才能も似たり寄ったりであるが故に相性が良くはないが、戦い方や戦闘の相性としては抜群と言って良い。
どちらも守る為の攻撃を主眼とした戦い方だ。これは同じ戦い方同士で相性が良い戦い方だった。同じ流派のソラよりも、ルーファウスの方がアルとの相性が良かった。勿論、当人達は非常に否定したいだろうが。
どういう思惑でルーファウスとアリスをこちらに寄越したのかはわからないが、とりあえずルーファウスは天才の二つ名に恥じない才能と力量を有している。それは非常に有用だ。
(・・・氷炎の二人か・・・あそこまで似ていると何らかの意味があるのだろうな)
カイトは二人を思い起こしたからか、少しだけその存在の意味について考える。あの二人に因縁が無いわけがないだろう。必ず、何らかの因縁があるはずだ。
(もしかしたら、ルクスもその因縁に入っているのかもなぁ。そうなると、オレにもあるかもな・・・いや、今はそれは良いか)
カイトは首を振ってその思考を切り上げる。この話は今は戦闘と関係がない。そして考えるべき事は考え終えた。
「良し。これで行けるな」
カイトは十分に勝てると頷いて、これ以上思考の必要はないと決める。であれば、後は休憩するだけだ。そうして、早めの昼を挟んで正午頃。カイト達は一度全員で集合していた。
「全員、揃っているな」
カイトは本陣に詰める事になる一部隊を除く5部隊を前に、ブリーフィングを行う。ここから、大詰めだ。油断は死に繋がる。
「大物の『死霊の王』はオレがやる。が、これとの戦闘中におそらく大量の『骸骨兵』が出現するはずだ。全員はそれとの交戦をして、オレの戦闘の邪魔にならない様にしてくれ」
カイトは冒険部全員へ向けて指示を出す。とりあえず、雑魚が己の邪魔にならない様にしてくれればそれで良い。表向きの実力としても『死霊の王』であればカイト単独で討伐出来て不思議の無い相手だ。ルーファウスとアリスへの隠蔽は考えなくて良い。
「『死霊の王』が率いているだろう側近については、上層部で相手をする。が、もし万が一側近の数が多く、上層部以外でも交戦することになった場合は決して一人では戦うな。側近は『死霊の王』に比べて弱くはあるが、決して雑魚と言えるわけではない」
カイトは続けて『死霊の王』の側近についての指示を出す。こちらも『骸骨兵』と似たような見た目であるが、『死霊の王』の魔術によって力量が底上げされているらしく能力は桁違いだった。安易に同じと考えては痛い目を見る。
「瑞樹、万が一に備えてお前はカタコンベ上空で待機。他の竜騎兵は本陣周辺の警戒を行い、指示があれば突入可能な様にしておけ」
少し前に瑞樹に告げた様に、万が一の場合は日光の下に晒しだしてやる事になっている。カイト単独ならどうにでもなるが、そうでない以上は万が一に備えておく必要はある。というわけで、カイトはそれに向けた指示も行っておく。これで、全部が出来た。
「では、出発だ」
カイトはそう言うと、初日と同じく一同に先行してカタコンベへと潜入していく。とは言え、今回はすでにおおよその魔物を討伐している為、身を隠す必要もない。そして残っているのは、カタコンベの底に潜む魔物達だけだ。これを討伐するためにこれから戦う事になる。隠す意味もない。
「全員、一気に行くぞ。50メートル程度なら行けるだろうが、無理な奴は急いで駆け下りてこい」
カイトは手すりに足をかけると、最後に全員に告げる。戦闘をするのなら奇襲が一番だ。上から飛び降りて勢いを付けるつもりだった。そうして、全員にそう言うとカイトは何ら躊躇いなく、カタコンベの底へ向けて飛び降りた。それに続くように、他に上から飛び降りられる面子が大穴へと飛び込んでいく。
「桜! オレは一度突入して奥に居る奴を見つけ出す! オレに魔糸は付けているな! 引っ張り出せ! アル! それに協力して釣り上げを! 他は全員、桜の支援をしろ!」
「はい!」
「わかった!」
カイトはカタコンベの大穴の底に『死霊の王』の姿が無いのを一瞬で見て取ると、桜とアルへと指示を送る。横穴の中で戦うのは、正直に言って本来の実力を晒す事を考えたカイトでも無ければ自殺行為だ。『死霊の王』は魔物を呼び寄せる。狭い横穴の中で戦えば早々に包囲されて嬲り殺しだ。
「良し・・・久しぶりに双銃だ」
カイトは両手に魔銃を構えると、戦闘を開始した冒険部一同を背に魔弾を乱射しながら横穴へと突入する。ここからは、速度重視だ。
「はっ!」
横穴に突入すると同時。カイトは一瞬だけ魔力を放出して反応を探る。鳴弦の儀を身一つで再現したのだ。流石に『死霊の王』は格が違う。返って来る反応が明らかに違うので、見分けは付けられる。
「あっちか」
カイトは『死霊の王』の反応を見極めると、そちらに向けて一気に駆け出す。通路は狭いし魔物はひしめいているが、魔銃の掃射で吹き飛ばして道を切り開く。ここは誰も見られていない。存分にやれる。
「行け!」
カイトは道中で何時もの武器を創り出す能力を使って近づく魔物に対処しつつ、進んでいく。そうして、一分程。カタコンベの最奥の最奥に潜んでいた『死霊の王』の姿を目に捉えた。
「居た!」
カイトは己の身体に付着させていた桜の魔糸を引っ張って合図を送る。そして即座に、彼の身体に取り付けられていた魔糸の数が一気に増大して、目に見える程の太さになった。
「どけ!」
カイトは桜が『死霊の王』を捕らえるのを邪魔されないように、魔銃の掃射で『死霊の王』の側近を吹き飛ばす。そして、その支援を受け即座に桜の魔糸が『死霊の王』の身体を束縛して、アルの力によって『死霊の王』が一気に引きずられていく。
「ま、誰も見てないのでおまけだ!」
カイトは一気に引き寄せられていく『死霊の王』を背に残る側近達へ向けて武器を掃射して、ついでに結界を展開する魔道具を突き刺しておく。これで、この気配を厭って横穴に中に残っている魔物達は外へと出ようとするだろう。後は外で待ち構えて一掃すれば良いだけだ。
「じゃあ、オレも行くかね」
カイトはそう言うと、己も横穴から脱出すべく踵を返す。これで後は『死霊の王』を討伐すれば、この任務も終了だ。そうして、彼は即座に横穴から脱出して、『死霊の王』との戦いを開始する事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1079話『リッチ・キング討伐戦』




