第1074話 カタコンベ
ルーファウスとアリスを受け入れた冒険部は、カイトの思惑から丁度入った依頼であったカタコンベの調査依頼を引き受ける事となった。というわけで、カイトはカタコンベの規模の関係から30人編成の部隊を率いて行く事となる。
「カタコンベ、ねぇ・・・」
ソラが馬車の上に寝転がりながら、晴れ渡る空を見上げてため息を吐いた。何が嬉しくてこんな晴れ渡った秋空の下でカタコンベなぞという陰鬱な場所に行かねばならないのか。そういう気持ちが出ても仕方がない。それに、カイトが笑いかけた。
「あっははは。そう言うな。死者の魂を労るのは後世を生きる者の大切な仕事だ」
「わかってるけどさ・・・流石にこんな天気だとやる気、無くならね?」
「それも勿論わかる」
ソラの問いかけにカイトも笑って同意する。出来ることなら彼だって日向と一緒に大空を飛び回ったり伊勢と一緒に草原を駆け抜けたりしたい天気だ。が、仕事は仕事。晴天だろうと雨天だろうとカタコンベに入らねばならないのである。
「ハロウィンにゃちと早いが、魑魅魍魎が跋扈するカタコンベで肝試しだ・・・いや、肝試しにゃならないけどな」
「そう言えば・・・聞いていなかったけど、どんな所なんだ? カタコンベって」
「ああ、そう言えば言ってなかったな」
ソラの問いかけにカイトはそこを説明するのを忘れていた、と思い出して青空に向けていた視線をソラへと向ける。
「まぁ、カタコンベと言っても地球のカタコンベっぽくはない。詳しい事は知らない、ってのはこの間言ったが、見た目としては大きな縦穴の壁際に幾つもの遺体を安置している感じだ。そこに更に幾つもの細道を作って、って所かな」
「なんでそんな形?」
「知らんよ。だからオレも引き継ぎしただけなんだって・・・」
ソラの問いかけにカイトが僅かな苦笑を浮かべる。彼は無主の地となったここに赴任してきただけだ。しかもここらは戦中は半ば魔族領になっていた。情報は殆ど残っていなかった。
勿論、マクスウェル――当時は別の名だが――も竜騎士達の総本山という事で激戦の結果、街の大半が壊滅しており、資料なぞほとんど残っていなかったわけだ。と、そんなカイトの言葉にソラもそれを思い出したらしい。
「あ、そういやそっか」
「そういうことだ。と言っても一応、内部は調査はしてる。だから内部構造はわかってる。その地図は隠されてもないから、普通に市販もされてる」
カイトはそう言うと、映像を空中に投影する魔道具を取り出した。この中に、地図が入っているらしい。
「お前にも渡しただろ?」
「ああ、受け取った。だから聞きたいの雰囲気。地図じゃそこらわかんないだろ?」
今回、ソラとカイトは別部隊を率いての行動だ。カイトも述べたが、今回調査の依頼が入ったカタコンベは巨大だ。一塊になっていては一週間かかっても終わらないし、そもそも一つの部隊だけなら30人も必要が無い。5人編成の部隊を4つ――残る二つは休憩と天竜達と共に野営地の護衛――で調査を行うつもりだった。その部隊の部隊長の一人が、ソラというわけであった。ということで、カイトはウェアラブルデバイスを起動して少しだけ詳しい解説を行う。
「ああ、それか・・・うん。基本的には想像通りの所で良いぞ。魅衣は速攻逃げたぐらいの所だし」
「あー・・・」
ソラはなるほど、とカイトの言葉に納得する。魅衣はお化けが苦手だ。というわけで、カタコンベの調査依頼が入ったと聞いた瞬間、脱兎の如くに逃げ出していた。
勿論、調査隊の中にも入っていない。どちらにせよ全員が出るわけにもいかなかったので、それで良いだろう。他は凛とリィル――軍の予定でどうしても抜けられなかったらしい――も残留である。
それはともかく。そしてカイトもそもそも魅衣は頭数には入れていない。魅衣の得意な属性である氷はアンデットと呼ばれる魔物達には相性が悪いからだ。しかも動きが素早いわけではないので、あまり牽制役は意味がないのだ。それはさておき。とりあえずカイトは説明を開始する。
「注意すべきは手すりが崩落している所がある、という所だな。と言っても流石に敵の力量を考えればそこから落下、なんて事になるのは稀だと思うが・・・」
「ランクCぐらいが平均値だっけ?」
「そんな所。ああ、一応言ったと思うが、あまりでかい威力の一撃は禁止だぞ。カタコンベ壊すわけにもいかないからな」
「わかってるって。それに流石にランクC程度の死霊系の相手なら問題無いし」
カイトの注意にソラは余裕を滲ませる。彼は修行終了後の昇格試験に合格しているので、ランクは正式にBだ。それに彼の戦い方――正確には流派が――はアンデット系の魔物に対して非常に有利だ。格下相手に苦戦する要素は今のところ一切見られなかった。
「ああ、それは信用してる。基本的には<<聖炎>>を混ぜた力で戦えば良い。純粋な魔物だからこの間みたいに効果が薄い、って事にはならないはずだ」
「そか・・・なら、安心だな」
ソラはカイトの言葉を受けて、再び安心した様に寝転がる。一応、油断するつもりはないが負ける要因も無かった。油断さえしなければ、十分に楽な依頼と言って良いだろう。
なお、<<聖炎>>とはソラの流派で基本的な対アンデッド系の力だ。端的には炎属性の力を纏わせると思えば良い。
「で、どれぐらいで到着出来そう?」
「この分だと、昼にゃ到着だな」
「じゃあ、午後はとりあえず偵察で夕方から改めて作戦を詰めなおして、明日から本格的に潜入か」
「そうなるな」
ソラの見込みにカイトも同意する。夜にカタコンベに入れないのはすでにカイトの述べた通りだ。そして実際に見てみて初めてわかる事もある。偵察と作戦の練り直しは必須だろう。
どうにせよ今日から本格的な調査をするつもりはなかった。そうして、彼らはそんな風にのんびりとしながら、とりあえずカタコンベへの到着を待つ事にするのだった。
さて、そんな会話から数時間。お昼を少し回ったあたりに、一同はカタコンベへと到着していた。
「お待ちしておりました」
カタコンベに無闇矢鱈に入らない様に警戒している軍の見張り番がカイト達を敬礼で出迎える。なお、彼らはカイトの正体は知らないので、これはデフォルトだ。それに対してカイトはソラと桜に野営地の準備をさせながら、己は登録証を提示して状況の説明を求める事にした。
「冒険部ギルドマスターのカイト・天音です。状況は? 一応依頼書によれば最近魔物が外に出てくる事が多い、という事でしたが・・・」
「ええ。ここ最近、何時も以上に魔物が外に出てきており・・・それも、一体二体ではなく複数で出てくる事も多い」
「・・・何らかの魔物が地下に発生したと見るべきですか」
「我々もそう見ています。別に夜間は結界があるので問題無いのですが・・・昼にこう多いと何かが出たと考えるのが妥当ではないか、と」
カイトの推測に軍の兵士も頷いた。一応、夜には万が一に備えてカタコンベの出入り口に結界を展開して魔物が出れない様にはするらしいのだが、昼は話が別だ。ここには専門の設備が無い為、24時間結界を展開する事は出来ないのだ。
まぁ、昼日向になると逆にアンデット系の魔物は日光の影響で動きが弱まる為、軍の兵士でも問題なく戦える。が、原因も掴めず対処もしないのは問題だろう。なのでそこそこの力量を持ち大規模な動員を行える冒険部に対処を依頼した、というわけであった。
「そうですか・・・であれば、おそらく場所的に考えてネクロマンス系の魔物でしょうかね」
「おそらくは」
カイトの推測に軍の兵士も同意した。これに、カイトは内心でほくそ笑む。目論見通りの展開だった。ネクロマンス系、と呼ばれるのはいわゆるアンデット系の魔物を操る事を得意とした魔物だ。
それ故にこういうカタコンベを拠点とする事の多い魔物で、ここでも目撃例は幾つかある。今回も出ていても不思議は無かった。
「わかりました。では、今日は一応偵察で少しの間入りたいのですが・・・問題は?」
「ありません。マクスウェルの軍本部より伝令を受け、そちらの要望通りにしています」
「そうですか。ありがとうございます」
カイトは軍の兵士に礼を言うと、さっそく偵察に入る事にする。野営地の設営に全員は必要ないし、そもそも偵察も無しには本格的な調査も出来たものではない。万が一の場合には更に人員が必要なのだ。椿に要請して新たな人員を送ってもらうにしても、偵察も並行して行うべきだろう。
「アル、先輩。準備は?」
「ああ、出来ている」
「こっちも、大丈夫だよ」
カイトの問いかけにアルと瞬が頷いた。ソラに設営を任せているので、冒険部からはこの二人を連れて行くつもりだった。そして更に、準備運動をしたいという事でこの二人も一緒だった。
「ルーファウス。そちらは?」
「こちらも、問題は無い。久しぶりの実戦なので少しだけ準備運動はさせてもらおう」
「そうか。アリスは・・・確か実戦の経験はあってもあまり多いわけじゃあないんだったな?」
「はい。何分、学生ですので」
「わかった。なら、オレかお兄さんの側からあまり離れるな」
「わかりました」
アリスの腕前は一応、聞いている。冒険部の平均的な力量だという事だ。というわけで、カイトの注意にアリスがしっかりと頷いた。なお、今日の二人は流石に戦いとあって鎧姿だ。
ルーファウスは以前に凛に間違えられたアルににた重武装の鎧姿で、アリスはブレストプレートにスカートのような衣服と可憐な少女騎士という所だ。アリスは騎士学校の標準装備らしい。というわけで、カイトはそんな四人を引き連れて、カタコンベの中へと入っていく。
「ここが・・・」
瞬がカタコンベの中に入り、少しだけ興味深げに周囲を見回す。幸い、入って早々に魔物の出迎えという事はなかった。アンデッド系は日光を嫌う魔物だ。よほどの事情が無ければ――もしくは迷い込まない限りは――出入り口には近づこうとはしない。と、そうして入った所でルーファウスがアルへと問いかけた。
「そう言えば・・・アルフォンス。貴様は<<聖炎>>は使えるのか?」
「一応はね。僕もヴァイスリッター家だし」
「そうか」
言葉短めにルーファウスがアルの返答に頷く。が、少し疑っているような感じがあったのは、この二人故とアルの得意な属性故なのだろう。アルの応答にもどこか棘があった。とは言え、この程度だったのは、どちらもこれが実戦だとわかっているからだ。
「アリス。お前はあまり前に出過ぎるな。後衛でしっかりと俺達の戦い方を見ておけ」
「はい、兄さん」
ルーファウスの指示に従い、アリスが後列に移動する。これはカイトも知らなかったのだが、基本的に今のルクセリオ教国の騎士学校では前線で戦う以外にも中衛で支援も可能としている学科も存在しているらしい。で、アリスはそこ所属だそうだ。全体への支援係としての力も持っているらしかった。それを聞いて、カイトが即座に隊列の指示を開始する。
「良し・・・なら、今回は最後尾は一応、オレが務める。フォーメーションは『3-1-1』。前衛はアルとルーファウスと先輩、先輩は遊撃も頼む。中衛はアリス。最後尾はオレが。では、出発だ」
本来、カイトの所には魔術師が来るはずだが、今回は偵察という事で消音性に優れたカイトが魔銃で応対する事にしていた。あまり爆音等大音を出して奥に潜んでいるだろう大物を刺激したくはないからだ。そうして歩き始めた彼らだが、カイトが述べていた大穴にたどり着く前に早速出迎えがやってきてくれた。
「骸骨か・・・雑魚だな」
ルーファウスが剣に手を掛けて、敵を見定める。彼の言う通り、現れたのは骸骨型の魔物だ。名はそのまま『骸骨兵』だ。武装は持っておらず、ランクはDという所。この場の面子ならばアリスを含めて10体程度でも一人で余裕と言える。というわけで、ルーファウスがカイトへと申し出た。
「カイト殿。久方ぶりの戦いだ。俺一人で戦って大丈夫か?」
「・・・まぁ、良いか。手早く、かつスマートにな」
「わかっている。奥の奴らには気付かせん」
カイトの承諾を受けて、ルーファウスを除く全員が一歩後ろへと下がる。確かにここ一週間程ルーファウスはまともな戦闘と言える戦闘はしていない。感覚を取り戻す為にも、雑魚でのリハビリは必要と言えるだろう。
「本家本元のヴァイスリッター家の剣技・・・見せてやろう」
ルーファウスは全員が下がったのを見て、誰か――アルというより自分に近い――へと聞かせる様に告げる。そうして、彼は一息に敵陣へと踏み込んだ。
「聖なる炎よ。我が剣に宿れ」
ルーファウスがそう告げると、彼の剣に白い炎が宿る。アルが、そしてソラが使える以上、本家筋である彼も<<聖炎>>を使えない道理はなかった。が、そんな炎を見て、カイトが僅かに眉を上げた。
「ほう・・・白炎か。相当に極めているな」
「ふんっ! はっ!・・・わかるのか?」
ルーファウスは一太刀で3体纏めて骸骨を消し飛ばすと、そのまま返す刀で残る3体を消し飛ばしてカイトへと問いかける。かなり余裕そうだ。
「そりゃ、一応はな。炎属性に限ればアル以上か」
「だから僕の得意分野は氷なんだってば・・・」
カイトの茶化すような言葉にアルが少し不満げに頷いた。ここは、素直に認めるしかない。ということで、彼は肩を竦めながら実情を話した。
「得手不得手があるから、僕じゃあ青炎が精一杯だよ。その代わり、氷だと無氷まで行けるけどね」
「む・・・」
アルの言葉に先程まで少し自慢げだったルーファウスが少しだけ不満げな顔をする。無氷とはこれまた<<聖炎>>と同じく氷属性を剣に付与する術技での段階の言い方だ。
火属性だと白炎が最上位で次に青炎となり、その下が紅炎だ。氷属性だと、アルの述べた無氷が最上位で次が蒼氷となる、というわけである。
「その様子だとルーファウスは蒼氷が精一杯か。ま、これはアルの言う通り得意不得意だから気にしないで良いだろう・・・どうにせよ、最終到達点にゃ達していないんだしな」
「そ、そのいつもご先祖様と比べるのはやめてくれないかなぁ・・・」
カイトの言葉にアルが苦笑する。まぁ、一応最上位が白炎となるわけだが、実は更に上に黒炎がある。これはかつてルクスが習得した段階で、これまた攻撃力過多により封じられた位階だった。
同じく氷も夢氷という読み方が同じで更に上の位階が存在している。こちらもまた、封じられていた。が、そもそもの問題があることに、二人は失念していた。それを、アリスが指摘する。
「・・・いえ、そもそもお二人ともその年齢でそこに到達されると歴代当主に立つ瀬が無いのですが。と言うか、私に立つ瀬がありません。だから自分卑下に見せて自慢しないでください。影で泣いている子だっているんですよ・・・主に私ですが」
「「・・・」」
無表情っぽい中にもわずかに憮然とした様子のアリスの指摘は、至極正論であった。二人は天才だからここに到達出来ているわけで、アリスに至ってはどちらも最下位の段階だ。
さらに言えばエルロードとルードヴィッヒにしても、アルとルーファウスの年齢なら同じぐらいだった。ということで、ルーファウスが気を取り直した。
「ちっ、一勝一敗か」
「競ってないよ・・・」
ルーファウスの言葉にアルが呆れる。どうやら目の敵というかライバル視されているというのは、彼もわかっている。が、ここまで露骨だと少し呆れたかった。いや、それは彼とてわからなくもないので受け入れているが。
「あはは・・・ま、それだけ出来りゃルーファウスも大丈夫だろう。じゃあ、少しだけ先に進むか」
そんな二人に笑いながら、カイトは先を促す。ここで立ち止まっていても面倒になるだけだ。ということで、カイト達は更に奥へと偵察を進めるべく、歩き始めるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1075話『少女騎士アリス』




