第1071話 話
椿へと調査を依頼したカイトであったが、その後は特段何かが起きるわけでもなく翌日の朝には皇都へと到着していた。というわけで、マクダウェル家当主の責務として、彼は一人皇帝レオンハルトから密かに呼び出しを受けていた。
「そうか。公には何時も苦労を掛けるな」
「いえ、慣れていますから」
「ははは。普通なら謙遜と受け取ってやりたいが・・・公の場合だけは、謙遜でもないか」
皇帝レオンハルトはカイトに楽しげに笑いかける。これは何ら嘘の無い事実だ。慣れる程にこういった揉め事が持ち込まれるのが、彼の立ち位置だ。笑うしかないだろう。
「で、ハイゼンベルグ公よりの報告、感謝する。ハイゼンベルグ公は流石にしばらくは来れぬか」
「ええ。もてなしは彼が主導して動いていますからね・・・」
カイトは窓からアユル達を出迎えている皇城の別棟を見る。皇都に到着した後即座に謁見を、というわけにはいかない。アユル達は長旅だったのだ。そちらの負担を考え、謁見は午後からになっていた。
勿論、これはカイトがここに居る事からもわかる様に、単なる表向きの理由だ。皇国側の思惑としてはアユルの情報を少しでも得てから謁見に臨みたい、という所であった。その為の時間稼ぎも含めて、ハイゼンベルグ公ジェイクがもてなしをしていたというわけである。
彼は間接的ではあるが、教国の建国に一役買っている。教国も冷戦の最中であろうと彼の申し出だけは無碍にはできなかったらしい。それ故、この場ではつながりがあった彼が最適だと判断されたわけだ。
なお、カイトの方はルーファウス達にはこの間のラエリアでの内紛の事でユニオンから聞きたい事があると連絡を受けた、としておいた。
「さて・・・で、公よ。これからしばらくはどうするつもりだ?」
「こちらは少し気になる情報がありますので、それの調査に動くつもりです。その為にも色々と下準備が必要となりそうですので、当分はその準備に奔走する事になるかと」
「そうか・・・先も言ったが、公には苦労を掛けるな。この上、神族よりの依頼もあるか」
「お聞きでしたか」
皇帝レオンハルトの言及した事に、カイトが笑って頷いた。どうやらシャムロックより現在彼を頂点とする神族が世界各地に散っている事、その事情についても説明を受けたという事だろう。
「うむ。300年前につながりを得た理由も聞いた。こればかりは、合縁奇縁と言うしかあるまい。そちらについては、申し訳ないが公が主導してもらいたい。この間の一件もある。公が最適であろう」
「わかりました・・・これについては?」
「いや、密かに動く必要もないだろう。もしかの邪神が蘇れば、それはこの大陸全土にとっての厄災だ。危険視すべき事態であり、この大陸の勢力を結集しての戦いになるだろう。そしてその事情であれば、教国の騎士達とて助力は拒むまい」
カイトの問いかけに皇帝レオンハルトは己の考えを開陳する。そしてカイトもこれには全面的に同意する。この大陸でかつて栄えた古代文明は、この大陸中に広がっていた。それ故、エネシア大陸全土に遺跡が残されている。どこに何の影響があるかは、現代人には誰にもわからない。と、そんな話をして、カイトがふと気付いた。
「・・・そういえば」
「うむ?」
「あの狂信者達の起こした事件ですが、教国では何も無かったのでしょうか」
「ふむ・・・」
皇帝レオンハルトはカイトの問いかけにそれは確かに、と少し顎に手を当てて考える。あの一件はマクダウェル領を中心として起きていた事件であったが、影響は地脈を通して皇国全土へと波及していた。教国にも遺跡がある以上、影響が無いとは言い切れない。最終的な調査結果も出ているものの、それは勿論教国を含んだ物では無かった。
「ふむ・・・そこが分かればあの二人もこの戦いに引き込める可能性があるか」
「ええ。流石に故国に影響の出た戦いで、その大本の復活ともなれば彼らとて座視はしていられないでしょう。そうなれば、こちらの指揮下に加えて隠蔽を容易にする事は可能でしょう」
「ふむ・・・」
カイトの推測を聞いて、皇帝レオンハルトは少しだけ考え始める。これはおそらく、近年例を見ない程の激闘になる事は想像に難くはない。有力な戦士は一つでも欲しいし、カイトが戦いに出るというのも確定事項だ。
であれば、まず第一に考えるのがカイトという皇国最大の切り札を如何にして隠しつつ、存分に戦ってもらうかだ。それだけで一気に皇国の被害は減らせる。
よしんば他国で敵が目覚めようと、敵の力を考えればどこかの国単独で抑えきれるとは思えるわけもない。そうなれば皇国に被害が出ないはずがないのだ。座視出来るはずもない。カイトを出さねば先に待つのは皇国での被害だ。出すのが、決定なのである。
「公よ。何とかして聞き出せはしないか?」
「やってみましょう。私があの事件の際に密かに動いていた事を明かしても?」
「構わん。事情としても表向きの理由ならばバレても問題はない」
「わかりました。では、それを使いなんとか聞き出してみましょう」
「頼む」
カイトの返答を受けて、皇帝レオンハルトが頷いた。兎にも角にもこの件については今話し合いの中で気付いたばかりだ。そしてカイトに動いてもらう一方、彼も動く事にする。
「シャムロック殿より、本件については別に口外厳禁ではないと言われている。折を見て各国には通達する予定であったが・・・それを使いこちらからも教国の反応を探ろう」
「お願いします。曲がりなりにも彼らとて本家ヴァイスリッター家の嫡男。知らないとは思えませんが、何かを隠している可能性もありますから・・・」
「そうだな。では、頼んだ」
「はい」
カイトは皇帝レオンハルトの指示を受諾すると、一つ頭を下げて彼の執務室を後にする。そうして、彼は一度カイト達に与えられた皇城内でのエリアへと戻る事にするのだった。
と、戻ったカイトであったが、そこで出迎えたのは普通にソラ達とルーファウスとアリスの二人だ。アル達はカイト達とは別の目的で動いている事になっている為、彼らは軍のエリアに居た。なので揉め事もなく平和だった。ということで、カイトは部屋に戻るなり照れ笑いを浮かべながら謝罪した。
「いやぁ、悪い悪い。二人の出迎えだなんだ、ってやってたらラエリアからの依頼書とお前らの参加の手続きで不備が出ちまったらしくてな。書類がごっちゃになっちまってたらしい」
「それは・・・申し訳ない事をした。そう言えば帰って来たばかりだったのだったか」
「そうなのですか?」
ルーファウスの言葉にアリスが驚いた様子を見せる。一応、彼女も新聞に語られる程度の事は把握しているらしいのだが、やはりまだ非軍属という事もありそれ以外の詳細はあまり教えてもらえていなかったそうだ。とは言え、これはそこまで目くじらを立てるような事ではなかった。
「っと、やはり本家のヴァイスリッター家も油断出来ないな。言ったつもりは無かったんだが・・・」
「ああ、いや。皇国側の使者が一度父にそう言っていたのを聞いていただけだ。時間が間に合えばカイト殿が出迎えに来られる、と」
「ああ、なんだ。そういうことか」
カイトは納得した様にルーファウスの言葉に頷いた。そうして、彼はそのまま話を己の望む方向へと持っていく事にする。
「まぁ、そう言う感じで冒険者だから長期の外出もそこそこあるとは思ってくれ」
「ああ、それは理解している・・・と言うより、俺達にとってはこれがそれに近い」
「それはそうか」
ルーファウスの相槌にカイトが笑ってそう言えば、とおどけた様子で同意する。そうして、本題に入る為にゆっくりと話を近づけていく。
「とは言え、やはり冒険者と騎士では違う事も多い。オレ達冒険者も基本は集団で動く・・・そうだな、少し前ならヴァルタード帝国か。まぁ、大陸間会議も一応そうなんだろうが、あれはちょっと冒険者とは違うような気がするから避けとくけどな」
「あぁ、そういえばそんな事もあったな・・・あの程度の長期となると・・・俺は何時だったか・・・」
カイトの言葉に瞬が懐かしげに頷いた。彼としてはやはり長期となるとウルカになるが、その前にはヴァルタード帝国へも足を伸ばしていたのだ。と、そこで彼は図らずもカイトのフォローとなる問いかけをしてくれた。
「ソラだと、あれか? ミナド村防衛戦だったか?」
「あー、あれっすか。そういやぁ、あれ一~二週間ぐらいやってたっすね。規模もあの時のギルドの半分ぐらい率いて・・・」
瞬のトスにソラがこれまた懐かしげに頷いた。それ以降、彼はナナミとも暮らす事になっていた。忘れるはずがなかったが、懐かしくもあったのは事実だった。そしてこれに、カイトは内心でほくそ笑んだ。まさか自分が思うよりも早く目的の内容に入れるとは思わなかったのだ。それにカイトも頷いて更に話を続ける。
「まぁ、こういう具合に結構な大部隊で動く事もある。が、ここらが軍と少し違うのは、オレ達冒険者は個人で動く事もある。オレはその時、丁度個人で動いてたからな」
「別で動いていたのですか?」
「ああ。別件で依頼を受けたからな。こちらは隠密行動を主としてくれ、という依頼だった。まぁ、最終的に一致する事にはなったんだが・・・」
「ありゃ、胸糞悪い事件だったなー」
アリスの問いかけを受けたカイトの言葉に同意する様に、ソラが顔を顰める。と、そんな風な反応をされれば気になるのが、やはり人の性だ。アリスがそのまま、問いかけた。
「何があったんですか?」
「邪教崇拝者のテロだよ。まぁ、最悪の段階は未然に防げたけどな。オレはその時、その気配を感じ取った神族からの依頼・・・の隠れ蓑になる為に一人で行動してたんだ。囮、というやつだな。それでオレ達も普通以上には詳細を詳しく知っている立場だったわけだ」
「俺はその邪教崇拝者の拠点の一つの近くの村に縁があってさ。まぁ、ギルドで飯作ってくれてる人の一人の故郷なんだけど・・・そこの依頼を受けた時に偶然会っちまったってわけ。で、村を守る為に防衛戦やっていたわけ」
「その結果、二人同時に付き合うとかやっているわけだがな」
「う、うるさいっすよ」
瞬の茶化すような一言にソラが照れた様にそっぽを向く。それに笑いながら、カイトは上手くソラが離脱してくれた事をきっかけとして更に突っ込む事にした。なお、アリスが非常に興味深げな顔をしていたのを、カイトは見逃さなかった。どうやらお年頃という奴なのだろう。
「あはは・・・そんな感じで集団でも動くし、ソロで動く事もある。まぁ、あの時は本当にヤバかった。魔物はその影響で凶暴化させられるし、見た目は気持ち悪くなるし・・・後で聞けば皇国全土で被害が拡大していたらしい。まぁ、オレが知っているのが皇国だけ・・・どうした?」
カイトは目を見開いたルーファウスの顔に内心でほくそ笑みながら、訝しんだ様子を見せて問いかける。もう答えなぞ言っているような物だった。こういう戦略面では、彼はまだまだ新兵の領域を出ないだろう。
「それはもしかして・・・夏の中頃の夜の事か?」
「夏の中旬の夜・・・あ、そう言えば・・・」
どうやらルーファウスに言われてアリスも何かを思い出したらしい。唐突に目を見開いた。
「ああ、そうだが・・・まさか教国でも何かあったのか?」
「ああ。あの時、丁度遅番との交代時間間際で基地で待機していたんだが・・・唐突に出撃命令が下ってな。唐突にかなり強い魔物が現れて並の騎士達では太刀打ちできないから、と『白騎士団』に援軍要請があったんだ。それで討伐に出たのだが、カイト殿が言っている魔物の特徴にそっくりだったのだ」
「なるほど・・・あいつらは地脈を使って事件を拡散させていた。古代文明の遺跡が教国にもあるだろう、というのは当たり前の話か・・・多分、同じじゃないかな。詳しい事は流石にわからんが・・・」
「多分、同じだと思う」
言葉を濁したカイトに対して、ルーファウスはかなり強めに断言する。ここらはカイトも実際に見たわけではないのでわからないが、おそらくこの様子であれば同一と捉えて良いだろう。
「私も、覚えています。兄さんが珍しく物凄い苦戦した、と言っていたぐらいですから・・・」
「ああ。実際少し酷い手傷を受けた。単なるオーガの亜種と思い油断していた俺が悪かったんだが・・・」
「それほどか・・・オレ達は一応そこまで激戦区には居なかったんだが・・・いや、お互い無事で良かったなぁ」
「ははは。それはまったくだ」
カイトのしみじみとした発言にルーファウスも笑って同意する。ここらは彼の言う通り、油断していたからという所だろう。当時は冷戦で情報は断絶状態。彼らからすれば事情もわからず、情報も無いのだ。仕方がないと言えた。そうして、彼が問いかけた。
「この事は父に報告させて貰って良いか? 父も随分と訝しんでいてな」
「ああ、良いぞ。誰の、そしてどのような形での囮をしていたのか以外で口外厳禁とは言われていないからな。お陰で割に合わない仕事になっちまった」
「そ、そうか。とりあえず感謝する」
カイトの許可とその後の台詞にルーファウスは少し頬を引き攣らせながら、とりあえずの感謝を述べる。と言ってもこれは手紙で送るだけなので、カイトの様に通信機で、というわけにはいかない。
なので後で書き記しておく事になるのだろう。そうして、カイトはまんまと教国での情報を入手して、己の目的を達成する事に成功するのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1072話『善意とそれ以外と』




