第1068話 使節団
ルクセリオン教国の配慮により増援――と言う名の内偵調査――として出向することとなったルーファウスとアリスの二人を出迎える為、エンテシア皇国西部の国境地帯までやってきていたカイト達。とりあえず二人との顔合わせを終えた後は、しばらくの間空いた時間で雑談を行っていた。
「いや、マジで驚いたのな。本気で似てるんだもん」
「あはは。俺も初めて見た時は驚いた」
「私から見ても兄とあそこまで似ているとは思いませんでした」
ソラの言葉にルーファウスとアリス頷いた。丁度言及していたのは、アルとルーファウスの事だ。二人が非常に似ていた事にはやはり、ソラも驚いていたようだ。ただ単に状況から言い出せなかったらしい。が、真剣な話が一段落した事でようやく、口に出せたというわけだ。
「お前・・・驚いていたか?」
「はい、これでも驚いていました」
ルーファウスの問いかけにアリスが頷く。その顔には表情があまり浮かんでおらず、お人形さんのような印象があった。と言っても単に表情の変化が乏しいだけだ。きちんと見ていれば彼女も目を見開いていたり頷いていたり、と感情の変化はある。と、そんな雑談を繰り広げていると、部屋の扉がノックされた。
「はい!」
カイトが後ろを振り向いて返事をする。そしてそれを受けて、一人の女性が入ってきた。それにカイトは僅かに目を見開くも、しかし知っている風を装うわけにはいかないので即座に表情を困惑へと切り替えた。
「失礼します」
「貴方は?」
「ああ、俺の上司の方だ・・・エードラム卿。どうされたのですか?」
入ってきた女性にルーファウスが問いかける。それは彼の言う通り、教皇直属騎士団の副団長エードラムであった。と言っても過日の様に騎士の服装だ。彼女は大使の護衛として、アユルに随行している。なので彼女に限ってはこの場でも武装解除は免除されていた。両国が認めた仕事だからだ。そうして、そのエードラムが口を開いた。
「アユル様がお呼びです」
「アユル様が、ですか。わかりました。すまない、カイト殿。そういうわけだから、一時」
「いえ、皆様もご同行する様に言われております」
「私達も、ですか?」
ルーファウスの言葉を遮ったエードラムの言葉に、カイトが首を傾げる。確かに時間としてはまだ大丈夫だとは思う。思うが、わざわざ呼び立てるまでの理由はあまり無い様に思えた。
「はい。皆様も、と」
「・・・頼めるか?」
「わかった・・・わかりました。ご同行させて頂きます」
カイトはルーファウスの求めを受けて、ソラ達と共に立ち上がる。なぜかは知らないが、とりあえず会いに行けばわかるだろう。というわけで、しばらく歩いてこちらは貴賓室らしい所に案内された。
一応ルーファウスとアリスは使節団には入っていない。その外だ。というわけで応接室に通された、というようなわけだ。
「アユル様。皆様をお連れしました」
『入りなさい』
扉の先からアユルの声が響いてきた。それを受けて、アユルが扉を開いてカイト達を中へと通す。そうして、カイトとルーファウスを先頭に跪いて、それに続いて全員が跪いた所で、ルーファウスが口を開いた。
「失礼します。ルーファウス・ヴァイスリッター。ご命令に従い参上仕りました。如何ご用命でしょうか」
「よく来てくれましたね。顔を上げてください」
跪いたカイト達に対して、アユルが笑って頷いた。というわけで、その指示を受けてカイト達が顔を上げる。それを受けて、アユルが己の名を告げた。なお、どうやら彼女は今は仕事ではないと修道士が被るベールを脱いでいたので、長い金髪が露わになっていた。
「はじめまして、アユル・ヴェーダと申します」
「カイト・天音です」
「はい。よく来てくれました」
再度、アユルがカイト達が来てくれた事に感謝を述べる。そうして、彼女へとルーファウスが問いかけた。
「それで、アユル卿。どういったご用事でしょうか」
「ええ・・・と言っても大した用事はありません。私の方もご挨拶を、と思っただけの事です」
「挨拶・・・ですか? それでしたらお申し付けくだされば、マクスウェルに着いた後にでもお伺いさせて頂きましたが・・・」
アユルの言葉にカイトが困惑を浮かべる。というのも、これはそのまま彼の言う通りだからだ。別にこんな時間の無い時に呼ばれなくとも、マクスウェルに着いてからであれば幾らでも時間は取れる。
彼女は大使といえど、彼女の役割は根本的には人質だ。連絡にしても彼女が出席しなければならない事は殆ど無いと思われる。なので日がな一日修道女としての仕事をしておけば良いだけ――勿論、それだけでは無い事も事実だが――と言える。時間は有り余る事になるのは、目に見えていた。もしかすると密かに公爵家に嫁いだ事になっているシャーナと同程度には取れるだろう。
「そうですね。ですが、やはり挨拶は早い内の方が良いかと思いましたので・・・」
「それは・・・そうですね」
カイトはアユルの言葉に頷いて、二言三言社交辞令的な会話を行う。そうして、アユルが問いかけた。
「それで、一つ伺いたいのですが・・・貴方達は私の依頼も受けてくださるのでしょうか」
「ええ、勿論。と言っても、それが可能な限りでは、というお話にはなってまいりますが・・・」
「そうですか。直近で何かを考えている事はありませんが、ルーファウスとアリスの二人がそちらに居る関係で是非とも貴方達に受けていただきたい依頼が出るかもしれません。その際は、よろしくお願いしましょう」
「はい、おまかせください。私達は一応皇国に保護されておりますが、根っこの所は日本人。皇国のしがらみには囚われません。皇国の立場に左右されず、中立的な立場で立ち回れるでしょう」
なるほど、とカイトはアユルの思惑に納得する。基本的に人質な彼女であるが、死にたいわけではないだろう。であれば、地元に一つぐらいはコネを持っておきたいと考えるのが常道だ。カイトに中立的な立場である事を明言させておきたかったのである。
ルーファウスとアリスはもしかしたら教皇のそれ故なのかも、とカイトは改めて思い直す事になる。この二人が居れば、カイトとてその存在を無碍には出来ない。アユルには関わらざるを得なくなるのだ。
そして目的からも無碍には出来ない。見事な策と言えた。が、カイトはそれだけではなくて、アユルが油断ならない人物である事を、ここで把握する事となった。
『失礼します。アユル様、皇国よりの方々が参られました』
「そうですか。分かりました」
「では自分達は・・・」
「いえ、単なる挨拶だけですので、一緒に居て大丈夫ですよ。まだお話したい事もありますし・・・」
ルーファウスがその場を辞そうとした瞬間、アユルがそれを遮って柔和な笑みでそれを留める。が、流石にそれは拙いだろう、と思う一方、その横のカイトが彼の裾を引っ張った。
「いえ、しかし」
「待った・・・かしこまりました。では、お言葉に甘えて。ただ、前に出るのは拙いでしょうから、部屋の隅に居させていただきます」
「そうしてください」
カイトの申し出にアユルは笑顔で頷いた。そうして、カイト達は会談の場に邪魔にならない様、部屋の隅へと移動する。その意図が理解出来たのは、カイトとエードラムの二人だけだった。
カイトが口を開いたのは、彼が口を開かねばどうにせよエードラムが開いていただろうからだ。と、そうしてカイト達が部屋の隅へと移動した所でアユルが許可を下ろした。
「どうぞ」
「失礼します」
「失礼致しますぞ、アユル殿・・・っ」
入ってきたのは出迎えの一団の総指揮を取っているハイゼンベルグ公ジェイクとエルロードの二人だ。この二人が、今回の総指揮となっていた。二人だけなのはあまりぞろぞろと挨拶に来ても警備やアユルに負担になるだけだからだ。故に、指揮官達だけが来たというわけである。エルロードは護衛も兼ねていた。
ハイゼンベルグ公ジェイクが全体の総指揮かつ名目上と対外的な総指揮で、実際の総指揮がエルロードというわけである。エルロードは副隊長、もしくは補佐官というのが正式だ。
両者の身分や役割としては、それが最適だろう。と、その片方であるハイゼンベルグ公ジェイクの顔が、入ってきて早々に驚きで見開かれた。
「ああ、彼らは丁度呼んでいたのですが、少々見込みよりお話が長引いてしまいました。とは言え、まだ話したい事はありますし・・・ご挨拶だけでしたのでそのまま居てもらう事にしたのですが、ご無礼でしたか?」
「いえ・・・そうですな。挨拶だけでしたので、すぐに戻る予定でした。居ても構いません」
一瞬驚いた様子を見せたハイゼンベルグ公ジェイクであったが、即座に我を取り戻して笑顔でカイト達の同席を認める。ここでやる事は挨拶だけだ。何か重要な話はするべき場では無いので、する事はない。
一応到着したのなら、挨拶の一つはせねばならないだろうという判断だ。すぐに戻るという言葉にも嘘はない。が、同時にアユルの言葉のその裏にある意図も理解していた。
というわけで、両者――アユルとエードラム、ハイゼンベルグ公ジェイクとエルロード――が二言三言お互いの苦労を労い合い、挨拶を交わし合う。
「では、こちらは移動の為の準備がありますので、これにて」
「はい、ありがとうございました。準備が出来ましたらまたお呼びください。こちらの準備は幸い飛空艇一隻ですので、すでに整っております」
「わかりました。こちらも急がせましょう」
「ご無理をなさらぬよう」
「かたじけない」
ハイゼンベルグ公ジェイクはそう言うと、エルロードを率いてその場を後にする。そうして二人が出ていった後、エードラムがカイトへと礼を述べた。
「カイト・・・だったな。よくあれだけで気付いたな。感謝しよう」
「いえ・・・それもまた、必要かと思いますので」
「この事は教皇猊下へもしっかりと報告しておこう。悪いようには取られないはずだ」
「ありがとうございます」
エードラムの言葉にカイトが礼を述べる。これは良い意味での発言だ。カイト達は教国へと調査の為の入国を申し出ている。それについては一応許可が出そうだという事になっているのであるが、教皇ユナルから配慮を得られる様に口添えを頼める一助となる可能性があったのだ。冒険部の長カイトとしても、勇者カイトとしても悪い判断ではなかった。
「「「???」」」
とは言え、それがわかったのはこの場ではエードラムを筆頭にカイト、アユルの三人だけだ。故に彼ら以外はルーファウスとアリスも含めて全員が頭に疑問符を浮かべていた。
とは言え、残念ながらアユルも立場的に感謝や事情を言える立場ではない。勿論、カイトとエードラムの二人も口にできるわけではない。
なのでアユルも頭を小さく下げて感謝を示せども、感謝を口にする事はなかった。そしてこれ以降もこの場では何かを言える事はない為、説明は今はされない事になっていた。
「あはは・・・後で説明してやるよ。ソラ、お前は少し考えてみれば、分かるかもな」
「? わかった、やってみる」
カイトの発言にソラは少しだけ、頭を撚る事にする。わかる、と言っているのだ。考えればわかるのだろう、という事が分かったらしい。
「とは言え・・・まぁ、こういうことを大使様に言うべきではないのでしょうが、油断のならない方だ」
「ふふふ・・・どうしても、こういう事は立場として覚えましたから」
「私としては、貴様が気付いた事に驚きではあるが、な。だが、良かったのか?」
申し訳なさそうに笑ったアユルに対して、エードラムが僅かな苦笑と同程度の驚きを表情に出して問いかける。
「いえ。先にも言いましたが、理解はしております。すごいと思えど非難は致しません。私なぞまだまだだ、と思い知らされるばかりです」
カイトはアユルとエードラムの二人に笑顔で頭を下げる。これは素直な感想だ。故に、エードラムは一つ頷いて、カイト達に許可を出した。わかっているのなら、これ以上この場にとどまらせる必要はないのだ。
「そうか・・・ああ、ルーファウス、アリス。二人も呼び立てて悪かったな。もう戻って良いぞ。そして、お父上はやはり慧眼だな。さすが、名家ヴァイスリッター家の当主だ」
「「は、はぁ・・・」」
何かはわからないが、どうやらこの場での用事は終わったらしい。そして彼女は言外に説明はカイトにしてもらえ、と言っていた。ならば、それに従うしかないだろう。というわけで、カイト達は彼女らの思惑からアユルらとの面識を得る事になり、彼女らの許可を得てその場を後にする事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
第1069話『大使』




