第1065話 出迎えへ
ハンナの葬儀から明けて翌日。カイトは冒険部へ出向くではなく、珍しくヴァイスリッター邸へとやってきていた。
「と、言うわけだ。そこの所、理解を頼む」
「かしこまりました。閣下のお考えであれば、お受けしましょう」
カイトの言葉を受けたエルロードが快諾する。何を頼んでいたかというと、本家ヴァイスリッター家の二人の事だ。勿論、すでに彼らへも連絡は行っている為、再度の念押しという程度でしかない。
カイトが長期の遠征に出掛けていた事もあり、実のところ関係者で最後に連絡が入ったのはカイトだった。ここらは彼も冒険部との兼ね合いがあるので、仕方がない事だったのだろう。
「すまん。世話を掛ける・・・アル、そこら手合わせは存分にして良いが、喧嘩はしないようにな」
「あはは。わかってるよ」
カイトの注意にアルが笑って頷いた。まぁ、ルーファウスが冒険部に来るというのなら、それは即ちアルと鉢合わせるという事だ。とは言え、ここ当分の修行で少しは自制出来る様になっていたらしい。なのでそこは気にする必要は無いだろうし、手合わせぐらいならば存分にさせればよかった。
「にしても・・・今更ですが妹ですか」
「あちらは、一男二女らしいな」
エルロードの言葉にカイトは本家ヴァイスリッター家の家庭構成に言及する。実はアリス以外にももう一人娘――アリスより更に下――がおり、そちらは聖職者の為の学科に通っているらしい。と、それを思い出してカイトはある事を思い出した。
「そう言えば・・・ルリアちゃんはどうなっている?」
「ああ、あれですか・・・」
エルロードが少しだけ苦笑を滲ませる。ルリアとは、アルの妹の事だ。こちらも騎士としての教育は受けていない。現在は神殿都市にてこちらも聖職者としての教育を受けていた。
と言ってもこちらが学んでいるのは神学ではなく、治癒系統の魔術だ。医者――正確には治癒術者――志望らしく、今は神殿都市で留学に近い形でその講習を受けているらしい。本来は彼女も兄達と同じく魔導学園の学生だそうだ。リーシャの弟子に当たるらしい。
「まぁ、元気だとは聞いております。秋の大祭の時には見に行こうかと」
「大祭か・・・」
カイトは少しだけ顔に笑みを浮かべる。大祭とは、マクダウェル領四大祭りの一つだ。年がら年中どこかしらでお祭りをやっているマクダウェル領なのでお祭りは珍しくはないが、これはその規模が違う。
と言ってもこれはマクスウェルで行われるのではなく、四大祭りでは特例的に神殿都市で行われる事になっている。ある種の収穫祭を兼ねているからだ。趣としては元来のハロウィンと言って良い。
秋はやはり実りの秋と言う。そして大精霊達と自然の繋がりは深い。冬に備えてたくさんの食物が取れた事を祝い、そして育ててくれた自然に、大精霊に感謝する為の祭りだった。と、そんな祭りを二人は思い出していたのだが、ふとエルロードが気になってカイトへと問いかけた。
「そう言えば、今年は閣下は参加されるのですか?」
「大祭か?」
「ええ」
「まぁ、参加するつもりだな。そもそもオレが大祭に参加しない、というのはちょいと駄目な理由がある」
エルロードの問いかけに、カイトが己も大祭の間は神殿都市に滞在する事を明言する。というのも、これは彼の立場的な関係からどうしても行かねばならないからだ。
「駄目な理由・・・ですか?」
「ああ・・・あの祭りは大精霊に捧げるという祭りだ。で、オレは大精霊達を呼び出せるわけだ。であれば、行かないといけないわけ。今年は特に色々とあったから、そこらも含んでやるからな。絶対に行かねばならんさ」
「ああ、なるほど・・・」
カイトからの言葉を受けて、エルロードが得心が行った様に頷いた。大精霊に捧げるお祭りだというのに、その大精霊達が行かないわけにはいかないだろう。そしてその使徒とされるカイトが行かないわけにもいかなかった。対外的に非常に拙い。
今年は特に『死魔将』達の復活があった事も相まって、戦いに臨む戦士達の無事を祈る趣もあるそうだ。かなり大規模な物が企画されている為、クズハ達どころか皇帝レオンハルトから――彼も参加するらしい――も是非とも参加してくれ、と頼まれていた。
「まぁ、とは言え・・・そういう事だからオレも行く事にはなる。そこら辺を大精霊達が出歩く稀有な祭り、として有名だしな」
カイトはため息混じりにお祭りの事を語る。実はその通りで、この祭りでだけはどこかに大精霊達が紛れ込んでいる事が多い。基本的に彼女らはお祭り好きだ。なので自分達を祀るお祭りには参加している事が多かった。とまぁ、少し脱線した話であるが、本題にすぐに戻す事にした。
「っと、それは良いか。では、頼んだぞ」
「はい」
カイトの言葉にエルロードが再度頭を下げる。そうして、カイトはヴァイスリッター家を後にして再びルーファウスらを出迎える用意に入るのだった。
さて、そんな会話から更に数日。カイトは身分を近衛兵団の兵士に偽装するでもなく『天音 カイト』として皇国の飛空艇に乗り込んでいた。横にはソラと瞬も一緒だ。
一応、出向とは言え新たな仲間を出迎える事になるのだ。相手の格を考えてギルドマスターとサブマスターが出向いた、という形だった。曲りなりにも相手は英雄の実家の直系だ。この応対はなんら不思議な事ではなかった。勿論、向こうも了承済みの事だ。
「ルーファウス・ヴァイスリッターか・・・凛の奴が何か言っていたが・・・」
「会ったんっすか?」
「ああ・・・少し凛が粗相をしてしまってな。後ろから殴りかかってしまった」
瞬はかつて一度だけ会った時の事を思い出す。あの後は戦場でもどちらも会う事は無かったが、流石にあの一件は印象深い出来事だった。なので彼も覚えていたらしい。
「見たら驚くと思うぞ」
「そうなんっすか?」
「ああ・・・アルそっくりだ。いや、それどころか瓜二つと言っても良い」
瞬は笑いながらソラに記憶しているルーファウスの顔を思い出す。顔立ちで違うのは、浮かべている表情だけ。騎士として生真面目さが出ればルーファウスで、柔らかさが出ればアルだ。それだけしか違いはない。まぁ、髪色と目の色は違うので見分けは付けられるが、あの時はそれができなかったのだから仕方がない。
「あはは・・・あそこまで一緒だと何らかの因縁を感じるね」
と、そんな二人の所にアルがやってきた。彼は今回、ヴァイスリッター家の人間としてこの案件に携わる事になっていた。
「あそこまで似ているからな・・・まぁ、そんな事を言い始めれば二人とも遠い祖先に始祖ルーファウスが居るから不思議でもなんでもない。それこそルクスとて彼に似ているんだからな」
なんらかの因縁を感じていたらしいアルに対して、カイトが笑いながら告げる。そもそもアルもルーファウスも、それこそルクスもカイトの言う通り彼らの始祖といわれる初代ルーファウスを祖としている。
その彼は聖剣に宿る聖霊達いわく、非常に童顔だったらしい。ルクスもカイトと旅をするより前はかなりの童顔だったそうだ。それを考えればこの二人が似ているのは、きちんと祖先の血を引いているからだろう。
「あはは・・・実際には、そうなんだろうけどね」
「ま、似てたら感じたくなるのも無理はないか。そこらは、だな」
アルの仕方がない、という顔にカイトもそうだ、という表情で頷いた。と、そうして一頻り雑談を行った一同であるが、それもそこそこに本題に入る事にした。
「で、どうしたんだ?」
「ああ、うん。そう言えば父さんが飛空艇は一度皇都に向かうけどどうするのか、って」
「ああ、それか。こっちも一緒に向かう。別に同行する必要はないが・・・陛下としては、やはりヴァイスリッター家の嫡子との握手ぐらいはマスコミに撮らせたいだろうからな。そこに、オレは居た方が良いだろう」
カイトは僅かに苦笑気味にとりあえずの予定を語る。当たり前の話になってくるが、アユルは表向きは人質ではない。単に対『死魔将』の連携の為の窓口として、というだけだ。それ故、彼女の滞在先も『無冠の部隊』が集結しているマクスウェルという事になっている。
とは言え、それ故に直行でマクスウェルに向かう事はない。教国よりの使者として、皇帝レオンハルトへ一度はお目通りしなければならないのだ。なので少しだけ大回りにはなるが、この飛空艇は帰り道は皇都に寄る事になっていた。
「わかった。じゃあ、とりあえず皇都で一度全員降りる事になる?」
「ん・・・オレは降りるが先輩達は自由意志という所か。どうする?」
「何かやる事があるのか?」
カイトの問いかけに瞬が問い返す。何かやる事があるのなら、そちらをするつもりだった。なお、ここら聞いていないのは彼らもカイトと同じく遠征隊だったからだ。色々と調整が出来ていなかったのは、仕方がない事だろう。
「いや、滞在は一泊だけだ。何かする事は無いな。単に向こうでお目通りと簡易の夕食会と歓迎会を兼ねた軽いパーティが行われる程度、となってる。どっちも先輩達なら立場的に入れるから、入っても良い」
「ふむ・・・じゃあ、そうさせてもらおう。ソラは?」
「俺っすか? 俺は参加で」
ソラは瞬の問いかけに即座に参加を表明する。ここら、やはり指揮官としての経験を積み始めていた彼という所だろう。コネを作る事の重要性を理解していたらしい。元々、彼には指揮官としての適性があったようだ。父の血をしっかりと受け継いでいたのだろう。
「わかった。じゃあ、そっちはその様にしておこう・・・まぁ、こんな感じか」
「うん、わかった。じゃあ、そう言って来るね」
「ああ、お疲れ様」
カイトは要件を終えたアルを送り出し、再びソラ達との会話に戻る事にする。
「で・・・何の話だったっけ?」
「ルーファウスって奴の話じゃなかったっけ?」
カイトの問いかけにソラがアルが本題に入る前の話を思い出す。それに、カイトも思い出した。
「ああ、そうだった・・・あ、今回は妹も一緒だ、って言うのは言っていたか?」
「妹? 妹も居るのか」
「ああ。アリス・ヴァイスリッター。年齢は15歳か。いや、今年16歳になるのか」
瞬の驚いた様な問いかけにカイトが更に詳細を伝える。一応、今はまだ15歳らしい。ヴァイスリッター家というか教国の成人年齢――16歳――にはまだ達していなかった。が、この任務中に誕生日を迎える事になるという話なので、そこらは何か考えねば、とカイトは密かに考えていたりする。
「・・・若いな」
「おい。お前らに若いと言われるとオレの立つ瀬がねぇよ」
驚いた様子の瞬に対して、カイトが苦笑する。こんな状況でこんな見た目で言うのもなんであるが、彼は実際には実年齢三十路前で、色々と含めればそろそろ生まれてからの体感時間としての経過時間は良い年に到達しつつある。たかだか18歳程度の瞬に言われると何とも言えなくなるのも無理はなかった。
「む・・・」
「あはははは」
そんな事を思い出したのか、瞬が目を丸くしてそれにソラが笑う。そうして、再び一同がしばし歓談を行う事になるが、それもしばらくで再び本題に戻った。
「で、アリスだが・・・まだ騎士学校を卒業していないらしい。腕はどの程度かはわからん」
「卒業前なのに任務なのか?」
「まぁ、そこは疑問だが・・・向こうには向こうの考えがあるんだろう。こちらでも時折軍と軍学校を並列している奴は居るから、不思議はないと言えば不思議はないけどな」
カイトはソラの疑問に己も疑問を抱いている事を明言する。一応、学業としては問題ないレベルらしいのだがそれでも疑問は拭えない。が、当然当人も聞かされてはいないだろうというのが、カイトらの推測だ。ここらは彼女らの動きから、答えを探し出すしかないだろう。
「とは言え・・・腕は確かだろう。曲がりなりにもヴァイスリッター家だ。騎士に叙任させられる事を考えれば、かなり強いだろうな」
カイトは以前見た僅かな身のこなしからおおよそのアリスの力量を推測する。技量はまだ未熟の一言だが、身体能力のスペックそのものはかなり高いと見ていた。
身体の性能を十全に使いこなす事が出来れば、何時かはランクSにも到達出来る程の傑物。それが、カイトの見立てだった。
まぁ、そう言ってもそれもずっと先の事だ。今はまだ、ランクC程度の力量しかない。どれだけ高く見積もってもランクBの下位だ。瞬達程ではなかった。
「そうか・・・ということは兄の方もかなり強そうか」
「強いだろうな、あっちは」
カイトはルーファウスの方については掛け値なしに強い事を明言する。おそらく、アルがルクス達からの手ほどきを受けていなければ、同年齢では彼の方が強かっただろうと断言出来る程だ。
現状、彼の戦闘力のランクはAの中位から高位クラス。ランクSとランクAの壁にだんだんと近づきつつある、という所だろう。これはアルも同じだ。二人共天才と言われる才能の片鱗が見え隠れしていた。
「まぁ、縁があったら戦っておけ。あれはアルとは似て非なる戦い方をしている。良い経験になる」
「そうだな、そうしよう」
瞬はカイトの言葉に頷いて、飛空艇の向かう西の空を見る。そうして、そんな彼らを乗せた飛空艇はアユルら教国の使者達とルーファウスとアリスを出迎える為、西へと飛び続ける事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1066話『出発と到着』




