第1057話 神王との再会
サフィールが去った後、カイトはソラ達と共にお茶会を少し楽しむとミーシャの家と言うかヘルメス翁の生家の前で二人と別れてユリィと二人で雲の離宮へと足を運んでいた。
「おーう。来たぞー」
「おお、来たか。待っておったぞ」
雲の離宮はティアの居城にして、ティナの実家だ。というわけで二人にとっては自分の家にも等しかった。と言うか浮遊大陸に泊まる際には、ここに泊まっていた程だ。なので出迎えたのは普通にティアだった。
「下でサフィールさんに会ったよ」
「うむ。妾の所にも来た。と言うか状況を報告しに、という所じゃな」
ティアはこちらにサフィールが来た事を明言し、更に要件も断言する。そうして、両者はしばらくその事について話し合う事にした。
「かなり進んだらしいな、あっちは」
「ようやく、というべきか700年も掛かったというべきか・・・執念ではあろうな」
「愛の成せる技と言ってやれよ」
ティアの苦言にも似た一言にカイトが半笑いで訂正を加える。とは言えおよそ700年も前から、彼らはその為だけに動いていたのだ。確かに物凄い執念ではあるだろう。
「で、お前はさすがにこっちに留まるか?」
「うむ。それしかあるまい。妾はそもそもこの離宮に滞在しているというのが表向きよ。それに神族が関わるとなれば、この浮遊大陸を狙って動くやもしれん。妾が居るだけでも十分に威圧効果にはなろう」
「それはそうか・・・久しぶりにお前と戦いたかったが・・・」
「あはは。嬉しい事を言うではないか。が、それはならんよ」
「わかってるよ」
ティアの言葉にカイトは笑って頷く。それはそうだ。彼女の背に乗れるのは、カイトただ一人。その背に乗って戦うという事は即ち、彼がそこに居るということの証明に他ならなかった。
「さて・・・にしても・・・ふむ、なるほど。ありがたい話ではあるのか」
「何か不思議か?」
「いーや。使った秘術は知っている。そういう道理になる事もわかっている」
ティアの問いかけにカイトは首を振る。何が起きようとしているのか、という事は彼らはわかっている。そしてその原因まで全てわかっているのだ。ならば、気にする必要は無かった。というわけで、気にするべきはそれ以外の事だ。
「で? そちらは?」
「今度はあの爺さんに会いに行く事になりそうだ」
「大地の顔か・・・また遠いの」
「遠いが、それでも帰還する為にはやらねばならないさ」
ティアの言葉は道理であったが、それを含めてやると決めたのは彼らの側だ。兎にも角にも使えない事はわかった上でも、転移術を手に入れねば始めの一歩さえ踏み出せない。遺跡に入るよりも確実な方法が手に入ったのは、幸運な事だっただろう。
「帰還、のう・・・帰還する必要はお主にはあるのか?」
「しなければならないだろうさ。オレとて親が居て家族の居る普通の少年として通している。喩えそれが虚飾に塗れていようとも、な」
カイトは自嘲気味にティアの問いかけに頷いた。確かに、考え方によっては帰還せずにこちらに留まるのも良いだろう。が、向こうにも色々とやりかけの仕事を置いてきた。ならば、帰還せねばならなかった。
「ま、好きにせい。妾らもあの子も好きにやっておる。であれば、お主もそうせい」
「ああ、そうするさ」
カイトはティアの言葉に満足気に椅子に深く腰掛けた。そうして、更にしばらくの間彼はそこで休息を取る事にするのだった。
さて、ティアの『雲の離宮』にて休息を取った彼だが、その後すぐに別の場所へ移動する事にしていた。というのも、ティアが家族に会いにに行っただけとするのなら、こちらは義理として行かねばならないからだ。
「ひっさしぶりかなー、こっちに来るのも」
「こっちには・・・あー・・・オレは本当に前の帰還の報告しに来た時以来初か」
「私はそれに同行・・・してないからどのぐらいだろ・・・」
ユリィは一瞬何時も一緒だった様な気がしつつもあの当時は違うかった事を思い出し、ふと悩み始める。と、そんな事をしていたからか、カイトの肩の上からずり落ちそうになっていた。
「っと、落ちる落ちる」
「あっと、ごめん・・・私多分年単位で来てないなー」
「そんなにか」
「学園長としての仕事があるし、浮遊大陸って常日頃世界樹を中心としてぐるぐると動いてるからねー。自由気ままにちょっとそこまで、というわけにもいかないのよ」
驚いた様子のカイトに対して、ユリィは苦い顔だった。とは言え、それはそれで仕方がない事だと二人共わかっていたのでお互いの労をねぎらうだけだ。と、そんな二人がしばらく飛んでいる――流石に徒歩では行けない距離なので――と、普通に神族の戦士たちによる見回りに出くわした。
「誰・・・って、あんたか」
「おーす、お久ぶりー。ちょいと偶然浮遊大陸見付けたから立ち寄ったんで挨拶来た。シャムロック殿はご在宅か?」
「神王様なら今日はご在宅だ。運が良かったな。ついこの間だ、帰られたのは」
「そりゃ、ちょうどよい。通って良いよな?」
「あんたは止めるなと言われている。じゃあな」
「あいよー」
カイトは顔なじみの戦士達だった為、その中の一人と気軽に言葉を交わし合ってそのまま先へと進み続ける。と言ってもまだまだ先は長い。神族の直轄地と言われているエリアは先の巡回の戦士達が常日頃見回っているだけでも関東地方程度の大きさがある。その例えで言えば、今は丁度群馬県に入ったという所だ。ここから都内を目指さなければいけなかった。
「あー・・・遠い。全速力で行きゃそりゃそれで駄目だしなー」
「頑張れー」
「お前、前から思うけどさ・・・自分で飛ぼうとか思わんのか? 妖精族って確かデフォルトで自由に飛べんだろ」
背中のフードの中からカイトに声援だけを送るユリィに対してカイトが苦言を呈する。長距離の移動となると、彼女はこの中に引っ込んでいる事が多い。理由なぞ敢えて言う必要はどこにもないだろう。
「えー、ヤダ。面倒だし疲れるんだもん」
「まぁ、そりゃそうだけどさー」
カイトとて飛ぶ事が疲れるというのは知っている。知っているがだからなんなのだ、という話だ。とは言え、この程度は二人の間柄からしてみれば別に気にする程の事でもない。
それに一人さびしく大空の上を飛ぶよりも、こうやって話し相手が居てくれた方がカイトとしても良いのは事実だ。なのでその駄賃として受け取る事とする。
「・・・にしても。人、少ないな」
「そういえば・・・」
カイトの言葉にユリィは周囲の気配を探る。基本的に神族と言っても普通の人の種族だ。違いといえば世界の側から『神の因子』という特殊な因子を与えられているという所ぐらいだ。なので普通に食べ物を食べる為に農業や狩猟に出たりする。
それ故、少し飛べばカイト達の気配に気付いた見回り以外の者達に遭遇するはずなのだが、今回は先程の見回り以外には遭遇していない。人気が無い様に思えたのである。
「とりあえず、行ってみるか」
「そだね。シャムロックさんが居るならそっちで分かるかもだし」
カイトの提案にユリィも同意する。とりあえず、神の宮殿にシャムロックが帰還しているというのだ。であれば、彼が事情を知っているはずだ。曲がりなりにも王様だ。一族の事はわかっていると考えて良い。というわけで、二人は少し速度を上げてシャムロックが居るという神殿を目指して飛んでいく。
「よっと・・・」
シャムロックの居る宮殿の前にカイトが着地する。そうして思ったのは、やはり人気が無いということだ。と言っても荒れ果てた、という感じではなく何らかの事情で留守にしていた、という感じだ。何時もなら出て来るだろうオーリンの姿もない。と、そんなカイトをシャムロックが出迎えてくれた。
「ああ、来たか」
「お久しぶりです、シャムロック殿。近くに来ましたので挨拶に参らせていただきました」
「そうか。それにしても丁度よいタイミング、というわけではないな。ミスティア殿との話し合いでここに浮遊大陸を移動してもらったのは俺の提案でもあった」
カイトの言葉に頷いたシャムロックだが、どうやらここに浮遊大陸を移動させてもらったのは彼の意見でもあったようだ。であれば、カイトに対して何らかの用事があったのだろう。
「であれば、何らかの御用で?」
「ああ・・・今、この里に人気がないのはそれ故でもある。今全員が少々調査の為に世界中に散っていてな。各所の神族と共同体制を整えつつ、動いていた」
「何があったのですか?」
どうやら、人気がないのはシャムロックの指示だったのだろう。カイトの問いかけに彼は一つ頷いて、説明してくれた。
「ああ・・・お前も気付いているとは聞いたが、シャギアの事だ」
「あれですか・・・ではやはり?」
「ああ。目覚めが近いのでは、と思っている。知っての通り、我らはかつての大戦の折り、奴との戦いで全員が眠りについた。それから、幾星霜。最後となるシャルの目覚めも近い。なら、そろそろ奴も目覚める頃だ。故に奴の目覚めに対応出来る様に、オーリンを始め戦える者達には眷属を率いて戦える準備をさせている所だ」
シャムロックがかつての仇敵の目覚めも近い事を明言する。この相手と彼らの因縁は深い。また目覚めたのであれば、戦わねばならないかもしれないのだ。であれば、敵の事を調査しようというのは自然な事だろう。
「そうですか・・・なぜ今、ではなく今だからこそ、なのかもしれませんね」
「終末論という所か・・・そうだな。『死魔将』の出現、ラエリアの内戦、この間の使い魔の出現・・・我々の調べた所でも信者達の中にはこれが奴の目覚めの証だとする者は少なくなかった」
カイトの言葉に同意する様に、シャムロックは彼らが調べた内容について告げる。どうやら、邪教崇拝者達の内偵調査も行っていたのだろう。
「はぁ・・・面倒な」
「言うな。状況が状況だ。各国にはすでに俺の名で警戒と取締をする様に依頼している」
「そうですか・・・まぁ、それは各国の公安警察に任せる仕事ですね」
「そうだな。我々は奴が何時目覚めても良い様にするだけだ」
カイトの言葉にシャムロックは頷く。その為に、神様達が各所へと散っているのだ。何時どこで目覚めたとて、後手に回らない様にするためだ。
「では、シャムロック殿もしばらくは?」
「ああ。しばらくは『死魔将』に対応しつつ、奴に対する対応を行うつもりだ」
「わかりました。もともとまとめ役ですし、そちらはそれでお願いします。こちらは自分がいれば良いですからね」
「そうだな。すまんが任せる。そして万が一の場合には、助力を頼む」
「わかりました」
カイトはシャムロックの助力の要請に頷いた。兎にも角にもシャルの神使である彼にその戦いを拒絶する道理はない。己も月の女神の神使として、参戦するだけだ。
「まぁ、それ以外に用事は無かったが・・・せっかく来たんだ。酒でも飲んでいけ」
「頂きます」
カイトはシャムロックの申し出を有難く受け入れる事にする。そうして、彼はその日はそのまま義兄であるシャムロックの世話になる事にするのだった。
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次回予告:第1058話『帰還と凱旋』




