第1054話 帰国の途
カイト達がラエリアを去ってしばらく。カイトはのんびりとしながらも、やることは忘れていなかった。それはシャマナの状況を確認する事と、ハンナの遺体の確認だった。
「・・・すまないな、一室空けてもらって」
「いや、構わないって」
カイトの感謝にカリンが笑って首を振る。ハンナの遺体は彼女の意向に沿って、マクダウェル家の従者達が葬られている墓地に葬られる事になっている。
であれば、それは運ばねばならないのだ。というわけでカリンに頼んで一緒に載せてもらったのであった。その際、カリンの好意で一室用意してくれたのであった。
「中津国は日本と似てるって言ったのあんただろ? 死んだ奴は丁重に弔うさ。それが外道でもないなら、なおさらだ」
「そうだな・・・」
カイトはカリンの言葉に同意すると、二人揃って一度手を合わせて部屋を後にする。一応ここに遺体がある事は誰もが知っているし、そもそもこの部屋は戦死者達を中津国の墓所――<<粋の花園>>で出た死者は申し出が無い限りそこで葬られる――まで運ぶ為の部屋だ。なので誰かが泊まる事もない。気にする事もなかった。
「で、そっちはこれからどうするつもりだ?」
「こっちはとりあえずシャマナ様の様子を見て、かな。どういう状況なのか詳しい事は聞いてないからな。それでまた指示も考えないと駄目だろうし・・・」
「かー・・・領主様は大変だねぇ」
カリンはカイトの悩ましげな顔と面倒くさそうな話に顔を顰める。とは言え、それが仕事だ。やるしかないのである。
「言うなよ、面倒なのは面倒なんだから・・・まぁ、その代わり選り取りみどりで女の子囲えるんですけど?」
「あー・・・それだけは良いよな、と思うけど・・・やっぱあたしは勘弁」
「オレも勘弁してぇよ」
カリンの結論にカイトが笑う。そもそもやりたくてやっているわけではない。やりたくなかったがどうしてもやるしかなくなったのでやっているだけだ。と、そんなカイトだがいつまでも話しっぱなしで良いわけがないので、ここらで切り上げる事にした。
「まぁ、そりゃ良いか。んじゃな」
「おーう」
カイトの会話の打ち切りを受けて、カリンは片手を上げて上層階へと戻っていく。シャマナはこの飛空艇の中にある客間の中でも一番上等な部屋でシェリアとシェルクと共に一緒で、ここからは遠いのだ。
一方のカリンは常にはギルドマスター用の執務室に居るので、近くの階段から登れば良いだけだった。そうして、カイトは少し歩いて三人が居る客間へと移動する。と、着いた所ではシェリアが待機していてくれた。
「ああ、シェリアか。シェルクは?」
「カイト様・・・あの子は中でシャマナ様のお世話を」
「そうか・・・容態の方はどうなんだ?」
カイトは扉の隙間から少しだけ中を覗いてシェルクの姿を確認すると、シェリアへと問いかけた。
「はい・・・えっと、横の部屋でお話しても?」
「ああ、頼む」
確かに、廊下でこのまま病人の容態の話をするわけにもいかないだろう。しかも相手は帝室に連なる者だ。安易に喋るべき内容ではない。なのでカイトはシェリアの求めに応じる事にした。
そうして隣室――シェリアとシェルクの為の部屋――に通されたカイトはそこでシェリアに紅茶を入れてもらって、本題に入る事にした。
「お紅茶を」
「ああ、すまないな・・・それで、教えてくれ」
「はい・・・一言で言えば、日常生活に大した支障は無いと思います」
シェリアははっきりと断言する。そしてこれは、カイトから見てもそうだろうと思えた。なので驚く事はなく、頷くだけだ。
「やはり、か」
「はい・・・日常生活に必要な食事等については問題なく摂取されておられます。会話も問題は。好き嫌いはされていません。お風呂やお召し物についても、お一人で」
「ふむ・・・・」
ある意味これはこれで王族としては上出来ではあるな、とカイトは思う。シャーナを見ればわかるのだが、基本的に彼女ら王族――現在は帝室だが――は常に介添人が居る。なので一人で衣服を着れない様な者は少なくない。そう言う意味ではシャーナ達は傀儡となっていたお陰でそれなりには出来るので、そう言う面から見れば珍しくはあった。とは言え、だから良いというわけではない。
「ですが・・・ご意思をお見受けする事は出来ません。一応、トイレに行く等の際等では仰ってくださるのですが・・・なんというか、ゴーレムの報告の様な感があるのです」
「なるほどな・・・」
カイトはシェリアからの報告に頷いた。一見すると何も問題が無い様に見えて、その実自らの意思を持ち合わせていない人形なのだ。正しい傀儡の在り方とは言える。
「・・・はぁ。とは言え、幸い薬物と魔術については何が使われていたか一部分っていたのが幸いか・・・」
カイトはため息を吐きつつ、受け取った書類を思い出す。シャリクは大大老筆頭ジュシュウと繋がっていた。そのことにカイトは驚きはしたものの、最後の最後で思う所があったのだろうと受け入れる事にした。
とは言え、そのおかげでジュシュウが知る限りでの使用された薬物等についてはシャリクも把握しており、治療の為のその情報をマクダウェル家に提供していたのであった。
が、残念ながらジュシュウがこの計画を主導していたわけではないらしく、更には彼が筆頭と言えども内情としてはドロドロとしたものだ。故に彼も全てを知っていたわけではないらしい。知れたのは、ごく一部。己が関わった事程度らしい。これから更に精密な検査を行う必要があった。
「悪いが、ここでの間の世話は任せる。オレはオレでやる事は多いからな」
「かしこまりました」
カイトの要請にシェリアは頷いた。そもそもそれはシャリクとシャーナから依頼されていた事だし、実のところ何をやるのか、と言ってもほとんど風呂と食事の世話ぐらいらしい。その他の事については一通り仕込まれていた為、やることが無いのだ。
そうして、カイトはシャマナの容態を確認した後、一度甲板に出て訓練を行っているソラ達の様子を見ておく事にした。
「おーい、どうだー」
「ん? ああ、カイトか」
カイトの気付いた瞬が顔を上げる。彼はどうやら<<雷炎武>>の調整を行っていた様子で、半身だけ雷化していた。
「こっちは一応今回の戦いで見えた悪い所の修正を、と言うところだ」
「そうか・・・何か見えたか?」
「まぁ、そこそこ、というところか」
瞬は槍を振るって、身体の調子を確認する。やはり幾度もの激闘は彼の身体にすごい負荷が掛かっており、しばらくはゆっくり休んでいたのである。今日からゆっくりと本調子に戻していくつもりだった。
「すごい奴らが居たものだな、ラエリアにも・・・」
「冒険者と言う意味でなら、あっちは本場だ。本部があるからな。あの内戦に関わらなかっただけで腕利きはまだまだ居るだろうさ」
瞬の言葉にカイトは空を見上げて告げる。上は天高く、果ては見えない。まぁ、その果てに立つのはカイトだ。とは言え、彼とてまだ技術に関しては上が居る事は知っている。なので、果ては見えないと言って良いだろう。と、そうして揃って空を見上げた二人だが、ふと瞬が疑問を呈した。
「・・・そう言えば。南部軍に協力していた冒険者達はどうなったんだ?」
「ん? ああ、それか。勿論犯罪を犯してた奴らは逮捕されてきちんと処罰されるさ」
「ああ、いや・・・そうじゃない。それは当然だろうからな」
瞬は言い方が悪かった、と首を振る。どうやら、言いたかったのはこういうことではないのだろう。
「それ以外だ」
「ああ、傭兵か。そりゃ、残念ながらお咎めなしだ」
「良いのか?」
「本音を言えば捕らえたいんだろうけどな。正規軍で捕らえられる奴らか?」
少し驚いた様子の瞬に対して、カイトが道理を説く。確かにランクCかD程度であれば正規軍でも捕らえる事は出来るだろう。だが、ランクB以上になるとかなり厳しい。
現状でシャリク達にそんな奴らを捕らえられる余力があるか、と言われると、そんな余裕は皆無だろう。そしてそれは、どこの国でもこれと似た状況が起きたと考えれば結論は一緒になるはずだろう。
「まぁ・・・無理だろうな。俺はあの死神に対して100回やって100回勝てる見込みが見いだせない。アルやリィル達が徒党を組んで戦っても、勝てないと思う」
「正解だ。あのドクロ仮面はアル達が束になっても勝ち目は無い。生き残れたのは、本当に先輩の場合は豊久殿のお陰というべきだろう」
「ああ・・・」
瞬は今でも、思い出すだけで背筋が凍る思いだ。あそこでもし万が一豊久が目覚めなければ、確実に彼は死んでいた。そして豊久自身も、勝率は1%程度だとわかっていた。逃げ延びられたのは、ソラが奇跡的にも気絶から復帰してくれたからだ。もし目覚めなければかなり危険だった。
「なら、戦わない事を選択した方がよっぽど良いのさ。犯罪を犯していなければ、単なる傭兵。金に雇われただけだとすれば、そこは冒険者として依頼を受けたと双方が見做す事にしている。暗黙の了解と言う奴だな」
「ということは、またどこかで会うかもしれないわけか・・・」
「そうだな。と言ってもまぁ、流石に大半は大陸を渡る事はないさ。だから会わないだろうな」
「そうか・・・リベンジに挑めないのは少し残念な気もするが・・・まぁ、幸運と思うか」
「そうしておけ。勝ち目なんぞ皆無なのがあの領域だ。ランクSに挑めるのは同じランクSだけ。ランクBの若造が勝てる道理はどこにも無い」
瞬の考えにカイトは賛同を示した。あれらと戦うのだけは、避けるべきなのだ。何より、実は。あの死神はあれだけ猛威を振るいながら、瞬と同じ土俵には立たなかった。<<原初の魂>>を使っていなかったのだ。瞬では勝てる道理がどこにも無かった。と、そんな話をしていると、カイトが唐突に飛空艇の外の方に視線を向けた。
「どうした?」
「・・・魔力を感じる・・・」
「ん?・・・なんだ、これは・・・」
カイトのつぶやきに瞬も感覚を凝らしてみる。すると、確かに何かうっすらとした魔力の流れが感じられる。が、それが少々可怪しい。量がものすごく莫大なのである。そんな瞬の様子に、ソラが気付いた。
「ん? どうしたんっすか?」
「巨大な魔力を感じないか? ここからでも分かる程に巨大な魔力を・・・」
「・・・あ・・・なんすかね、これ・・・」
同じように意識を集中してみたソラがびっくりした様子でそれに気付く。ここからでも分かるほどに、超巨大な魔力の塊が遥か彼方にあったのだ。そうしてソラの表情で全員が一斉に気付いて、少しだけざわめきを生んだ。
「・・・カイト、魔物か?」
「いや・・・多分違う。が、警戒はしておくべきか。おーい!」
カイトは大声で飛空艇内部に居るだろう誰かを呼んでみる。彼女らが気付いていないとも思い難いが、まだ薄っすらとなので気付いていない可能性は十分にあった。と、そんな所にユリィが降りてきた。
「ととと、スカートが・・・カイト、浮遊大陸が近くにあるって。ミーシャから連絡が入ったよ」
「ああ、なんだ。やっぱりあっちか」
僅かに警戒を滲ませていたカイトであったが、ユリィからの答えに警戒を解く。ここまで大質量だったので浮遊大陸か、どこかの厄災種が目覚めたかのどちらかだ。とは言え、あり得るといえば前者だ。なのであまり警戒していなかった、というわけであった。
「ミーシャ?」
「ミースのお母さんだ。現天族の族長だ。先代は爺さんの兄貴だったんだが、病気でちょっとな。で、爺さんの娘だった彼女が養子に入ったらしい」
「ということは・・・」
カイトからの返答にソラはカイトとのつながりを考えてみる。ミースはアウラの従姉妹。つまり、その両親のどちらかとミースの母親は兄弟姉妹という事となる。そしてカイトは老賢人ヘルメスの養子だ。その年齢を考えれば、おのずと答えは出た。
「お前の義理のお姉さんになるわけか」
「そういうこと」
カイトは魔力の塊のある方角を見詰める。そうして少し魔術を使って遠くを見てみれば、あと少しすれば目視可能な地点に超巨大としか言い表せない程の大地が浮かんでいるのが見えた。
「浮遊大陸みっけ」
「どんぐらい先にあるんだ?」
「んー・・・100キロぐらいだな。赤羽根先輩。先輩なら見えませんか?」
「ああ、やってみよう」
赤羽根はカイトの提案を受けて、遠くを見る為の魔術を起動してみる。ここらは、弓兵としての必須技術だ。そこまで矢を届かせる事は出来なくとも、見るだけなら更に遠くまで見る事が可能なのだ。
「・・・あれは・・・あ、あははは・・・」
「どうした?」
頬を引き攣らせる赤羽根を見て、瞬が訝しげに問いかける。
「いや・・・今まで幾つもの異世界だろう代物は見てきたが・・・これは少し想像を絶するな」
赤羽根は遠くを見つめながらそう答える。まさに、異世界の代名詞たる浮遊大陸。そうとしか言いようがなかった。と、そんな一同へと飛空艇の艦橋からカリンが声を掛けた。
「おーい! 若造共ー! 一回中戻りな! ちょいと進路変更して浮遊大陸寄ってくから、速度上げるよ!」
「あ、おーう! 戻ろう」
カイトはカリンの指示に従って、飛空艇の中に戻る事にする。そうして、カイト達は少しだけ進路を変えて浮遊大陸へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1055話『浮遊大陸』




