第1053話 帰国へ
シャリクより投薬や魔術によって長い間傀儡にされていたシャマナの治療を領土にて依頼されたカイトはそちらの移送の為の準備を整えつつ、並行してハンナの飛空艇の受領に動いていた。
「こちらが、ハンナ殿がお使いになられていた飛空艇になります。整備等については陛下のご命令により、全て新品同様に整えさせて頂きました。ただ、内装についてはほとんど弄っておりません。掃除しただけです」
「そうか。ありがとう・・・では、鍵は受け取った。一度中を検めさせて貰うが問題は?」
「いえ、ありません。すでに所有権は貴方に移されています」
カイトへと説明をしてくれていた空港の職員が首を振る。飛空艇は一応軍用の物であったが、小型艇だ。更には居住性の確保等が成されていて防御性能は高いが戦闘能力としては決して高くはない。
要人が密かに動く時に使われる物だそうで、聞けばシャリクが密かにハンナへと融通した物だったそうだ。まぁ、それはおいておいても今回の内紛ではほとんど使い道がなかった為、南北間での戦闘では使われずここで保管されたままだったらしい。
「そうか。感謝する」
カイトは受け取った鍵を手に飛空艇の中へと入る。なお、実はこの飛空艇の鍵をカイトはハンナから受け取っていた――脱出の際に一緒に取り付けられていた――が、それは今でも使えるらしい。万が一女王専用の飛空艇が使えなくなった場合にでも脱出出来る様に、と手はずを整えておいたのだろう。と、中へ入ろうとした所で職員が思い出したかの様に口を開いた。
「ああ、そうだ。そう言えば・・・」
「ん?」
「シュラウド中佐が一度来られて、中で何かをされていました。貴方が来たらコクピットを見るように、と伝言を」
「コクピットか・・・わかった。感謝する」
カイトは伝言を受けて、まずはコクピットへと歩いていく。そもそも普通に第一に確認するのはそこだ。なので言われなくてもそうするつもりだった。
なお、バリーはこの戦いでの活躍により中佐に昇格したらしい。今は基本的には元冒険者としての腕を買われて治安の悪化したラクシアに留まっている為、一時的にこちらに来た時にここに立ち寄ったのだろう。
「さて・・・」
コクピットへと入ったカイトはとりあえず、一通りの確認を行う。一応整備はきちんとされていると思うが、そこはそれだ。と、そうしてメインパイロット用の座席に座って、目の前に一つの小袋が置かれている事に気付いた。
「これかな」
小袋には一枚のメモが紐で括り付けられており、そこにはバリーの名とカイト宛である事が記されていた。大きさはおよそ握りこぶし程度。重さは見た目に反してそこそこずっしりとした重さだった。と、それを持ってみてカイトは中身を理解した。
「・・・お金、か。メモには・・・」
カイトはバリーの直筆で記されていたメモを見て、僅かに苦笑する。そこにはハンナへの弔いの花束を購入して欲しい旨が書かれていた。そして、これが代金だという事も、だ。そこそこの金額が入っていたのだが、それは手間賃や良い花束を見繕える様に、という心遣いという所だろう。
「あいよ、中佐。流石に会えないもんな、当分は・・・」
カイトはバリーと会えない事を少しだけ残念に思う。が、彼とて今は勝手気ままな冒険者ではなく一国に仕える軍人なのだ。そして彼は今、無法者に近い冒険者達が跋扈していたラクシアの治安維持に全力を挙げる。彼が中核を担っているだろう事は想像に難くない。それを考えれば、仕方がない事だろう。
次に彼に会えるとすれば、それは総会に出席する為にカイト達がこちらに来る時だろう。その頃には、治安回復も一段落しているはずだ。
「良し・・・じゃあ、こっちもこっちでやることをやりますかね」
カイトはそう言うと、飛空艇を動かすのに必要となるシステムを起動する。流石に飛行の許可はまだ得ていないので飛ばす事は出来ないが、励起状態に持っていけば動力炉の確認等は可能だ。それをやっておくつもりだった。そうして、カイトは帰国に備えて飛空艇の調整を行う事にするのだった。
それから、数日。週も明けてカイト達はようやく、帰国の途につく事になった。とは言え、そのためにまずは貰うものを貰っておく必要があったし、立場上シャリクへと挨拶の一つはしなければならなかった。まぁ、どちらも忙しい状況だ。全員が来れるわけもなく、挨拶には代表としてカイトとユリィが来た。
「陛下、これより我々は出発致します」
「そうか・・・勇者カイト殿、世話になったな。ユリシア殿も支援、感謝します。そして、妹の事を頼みます」
「かしこまりました」
シャリクの申し出にユリィが外向きの顔で頷いた。これで、とりあえずの出発の挨拶は終了だ。というわけで、本題に入る事にした。切り出したのはシャリクだった。
「まずは・・・これだ。君に敢えて言う必要は無いだろう。彼の友とは聞いているからな」
「いえ・・・ありがとうございます」
カイトはシャリクが差し出した一通の封筒を受け取って、中身を検める。そしてそこにしっかりとラエリアの国印が入っている事を確認して、しっかりと懐に仕舞っておく。この書類を目当てにカイト達は戦ってきたのだ。これを貰わねば話にならなかった。
「これ以外の報酬については、君達の指定の口座に振り込んでいる。こちらはすでに振り込んでいたが・・・」
「はい、確認しております」
カイトはシャリクの言葉に頷いた。基本的にユニオンは銀行の役割も兼ねている。依頼金額が莫大になったり国とのやり取りが必要になったり、更には今回のカイト達の様に大陸を股に掛けて活動したりする者も居るからだ。
そういった世界を股にかける者達がどこででも金を引き下せるように考えれば、世界的に支部のあるユニオンがその役目を引き受けていても不思議はなかった。というわけで、カイトも冒険部名義で一つ口座を作っておいたのである。
ユニオンで作った場合に便利なのは、ギルドマスターやサブマスターになると登録証で口座の資金を確認出来る事だ。組織運営の関係で不正が起きていないか見張る必要もあるし通帳を持ち歩かなくても良い。そこら融通が利くのは、ユニオンならではの利便性という所だろう。
まぁ、そのおかげでカイトとユリィは銀行の口座以外にこちらの口座に依頼料の大半が振り込まれていた事を知らず部隊の運営に苦労していたのは、お笑いであった。なお暴れまわった結果、二人が見たこともない額が入っていたらしい。
「そうか・・・では、これで本当にお別れか」
「と言っても、数ヶ月後にはまたこちらに来ます」
「そうだな。今度君が来る時には、この国を見違える程に復興させておこう。では、待っている。今度は、シャーナも一緒にな」
「はい・・・では、失礼しました」
「ああ」
カイトはシャリクの言葉に頷くと、それを最後にユリィと共に部屋を後にする。これで、シャリク達から今回の依頼の報酬も受け取った。やるべき事は、全て終わった。後は、帰るだけである。そうして、カイトは今度こそ、やり残した事無くラエリアの地を後にする事にするのだった。
というわけで、カイトは予てからの予定通りソラに冒険部の統率を任せて己は瞬と共にハンナの遺した飛空艇へとやってきていた。
「これが・・・こんな大きさの物もあるんだな」
「これは個人用のだ。だから乗れて一人や二人、という所だな」
瞬のボヤキにカイトが応ずる。瞬を連れてきた理由は簡単で、彼が免許を取得しているからだ。一応非武装の物しか運転は出来ない事になっているが、それ故に違いを教えておこうと思ったのである。
なお、この飛空艇については一度飛ばした後、自動操縦モードにしてカリン達の飛空艇に同期させておくつもりだ。カイト達はそこであちらに乗り移る予定だった。この類の飛空艇は主に大型の飛空艇と共に行動する事が主で、最近の小型艇には標準装備として空母型に載せられる様な機能は搭載されているらしい。
が、その空母型だって開発されたのは昨今でまだ普及はしていない。なのでこういう風に冒険者や軍人が万が一の場合には飛び移れる様なシステムもあるそうだ。
「で、これがコクピット・・・こっちのは小型艇だから艦橋も飛行機に似てる」
「なるほど・・・確かにそっくりだ」
カイトからコクピットに案内された瞬は内装の違いを理解しつつ、コクピットの違いも把握しておく。元軍用機とあってやはり違いは大きいらしい。
「にしても・・・品があるな」
「千年王国製だからな・・・まぁ、そこら内装に違いがあっても性能に違いはない。それにもともと軍用機と言っても更にその後は王室の所有物に近かった。そこらを含めて、と言うところだろうな」
「そうなのか・・・」
瞬は興味深げにコクピットの中を見回す。彼の免許でこれを運転する事は出来ないが、それでも覚えておく事は重要だ。エネフィアでは緊急時の避難行動についてはかなりの自由度があり、万が一の場合には無免許での軍用機の操縦も許可される。勿論、魔導砲での敵の迎撃も可能だったのである。
「良し・・・基本的な操縦は非武装の飛空艇と変わらない。とは言え、起動時に武装システムの検査項目が出たり、と一部違いがある。だから・・・」
カイトは瞬へと起動時の違い等逐一教えていく。そうして、彼らは一足先に神聖帝国の大地から飛び立ち、空の上へと移動する事になるのだった。
それから数時間。カイト達は飛空艇をカリン達の『桜花の楼閣』の動きに同期させわずかに上空を飛行させておくと、そのまま飛空艇を降りてソラと合流した。彼は甲板でカイト達を待っていてくれたので飛空艇から降りるだけで合流出来た。
「ソラ、そっち何か問題出たか?」
「いーや、なんにも。と言うか、この状況で問題は出ないだろ」
カイトの言葉にソラは甲板の上から周囲を見回して笑った。というのも、周囲には中規模の飛空艇の艦隊が一緒だったからだ。そうして、それを見ながらソラが問いかけた。
「今度は南ルートなんだよな?」
「ああ。ヴァルタード帝国と共同して管理しているエリアを通って帰国する予定だ。内紛も終了したし、それならそれでそれが一番確実なルートだからな」
「・・・ならなんで北ルートってあるんだ?」
カイトの言葉にソラが首をかしげる。来る時に北ルートを通った理由は分かる。それはラエリア南部については敵の管理下にあるからだ。
が、常日頃にはそういう事は関係がない。なぜ北ルートが存在しているのか、というのは甚だ疑問だろう。とは言え、勿論存在しているのには存在している理由がある。
「そっちのが早いんだよ。ほら、ヴァルタードからの帰りに禁足地通っただろ? あれ、普通は通れないからな。だからラエリアに来るのなら大きく南方へ迂回するか、少し北に迂回するしかないんだよ。で、そこら様子見しながらやってるとどうしても一日分ぐらいのロスは見込まれてな」
「ああ、時間掛かっちまうわけか」
「そういうこと。更には南ルートだとヴァルタード帝国の領空を掠める形になるから向こうの警備艇も巡回している。早く着く方が安全だろ、って考え方と警備が厳重な方が安心だろ、と言う方。どっちが正しいかはわからん」
「なる」
確かに、道理だな。ソラはそれを理解して頷いた。
「・・・あ、そういやこの飛空艇の護衛団って最後までついてくるのか?」
「いや、流石にそれはない。これはどっちかっていうとお見送りの艦隊と言うべきか。皇国側からもアル達が迎えに来る事になってるしな。事情は教えただろ?」
「ああ、聞いてる」
ソラというか冒険部には要らぬ騒動を避ける為に出国間際に一緒にシャマナが乗る事を教えられており、そこを把握していたのである。その顔はそれ故、僅かにしかめっ面だった。
「治るのか?」
「オレは医者じゃないし、そもそもその医者に診てもらう為に移送してんだろ。が、まぁオレの主治医二人だ。治せるさ」
「そっか・・・治ると良いよなぁ・・・」
ソラはどこか痛ましい様子でそうぼんやりと告げる。シャマナの状況については先の事情説明の際に聞いている。それ故、彼女の事は純粋な犠牲者と思っているらしかった。
「治るさ。あの二人ならな」
「そか・・・まぁ、これなら当分は何も無いか」
「ま、ここまで激闘だったんだ。のんびり休んでおけ」
「おう」
カイトのアドバイスにソラは笑って同意する。幸い、魔物が現れたとて周囲の護衛団が片付けてくれる。戦う事は無いと見てよかった。というわけで、カイトも幾つもの戦いの疲れを癒やす為、この船旅でだけはのんびりと過ごす事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1053話『帰国の途』




