第1049話 戦後処理の始まり
今日から少しの間はラエリア編第二部のエピローグです。もう少しだけ、ラエリア編にお付き合いください。
大大老の征伐と元老院議員の捕縛を以って終結したラエリア紛争。それより帰還したシャリクの凱旋を祝う凱旋パレードは、ほぼほぼつつがなく終了しつつあった。
今は、その最後となるラエリア帝城前広場でのシャリクの演説の真っ最中であった。だがそれももはや彼の最後の宣言、つまりは内紛の終了が公式発表されるだけとなっていた。
「・・・今この時を以って余はラエリアに蔓延っていた悪を一掃した事を宣言し、そしてここに内紛の終結を宣言する! そして、余は愛する国民達に今再び誓おう! 始祖シャマナ・シャマナの理念に従い、この国に、余と諸君らの愛するこのラエリアへ再び光をもたらすと!」
「「「おぉおおおお!」」」
シャリクが声を大にして、集まった民衆達に向けて宣言する。まだ全てではないものの国からは腐敗が一掃され、始祖の血を引き継いだ護国の帝王が治める国が興った。生活こそまだ安定はしていないが、それでも民衆達はこれから良くなるだろう日々を想像して、喜びの声を上げていた。
そうして彼の宣言を最後に凱旋パレードが終了して、広場に設置されていた演説用のお立ち台からシャリクが降りる。これで、凱旋パレードは完全に終了した事になる。それをカイトはシャリク達の横、軍の功労者達が居並んだ場所から見ていた。
「・・・これで、この国はオレさえ見たこともない姿に変わるだろうな」
「どうなるかなー」
「さぁ? 流石にオレ達も一千年以上昔の事は知らねぇよ」
肩の上のユリィ――合流した――の言葉に、カイトはくすりと笑う。彼が知っていた時点ですでに腐敗は末期的状況だった。逆に言えばよくもまぁ、今まで持ちこたえたものだという所だ。
そしてそれ故、カイトもユリィもこの国がどうなっていくのかはわからない。が、少なくとも腐敗が一掃された以上、前より悪くなる事はないだろうと思っていた。
「歴史は繰り返す。けどまぁ、流石にどん底に落ちていた以上はこっからは上がるだけだろうさ」
「帝政、か・・・今度は何百年保つかな?」
「さぁなぁ・・・ま、彼らが頑張ってきゃ、何千年だろうと保つだろうぜ。地球で日本が二千年保つんだから、こっちの世界の国が二千年保たない道理はない。いくつかの政治体系の変更を挟みつつ、より良い方へ向かっていくんだろう」
カイトは笑いながら帝城へ向かう集団に混じって帝城へと向かう。彼らの宿は帝城の客間に用意してくれているらしい。それ故、ここから帰国までの数日はそちらで滞在する事になっていた。と、そんなカイトの所にシェリアとシェルクがやってきた。
「カイト様・・・ありがとうございました」
シェリアが頭を下げる。どうやら、彼女の所にもカイトがデンゼルを討ったという報せは入っていたのだろう。様々な感情が渦巻いた複雑な表情を浮かべていた。それに、カイトは首を振った。
「いや・・・オレもけじめを付けられた。感謝されるようなことはしていないさ」
「それでも、ありがとうございました。これで、私達も一つの区切りを付けられます」
「そうか・・・なら、受け取っておこう」
今度はシェルクが頭を下げる。確かに、これは一つの区切りでもあったのだろう。そしてそれなら、とカイトもその礼を受け取っておく事にした。そうして微笑みを浮かべたカイトへと、シェリアが要件を告げる。
「あの・・・それでハンナさんのお部屋の遺品の整理をしていたら、少々お見せしたい物が」
「うん?」
「ここではなんですので、お部屋へ」
カイトはシェリアに促されて、帝城に設けられた二人の部屋へと向かう。そこでカイトへと差し出されたのは、一通の手紙だった。
「これは?」
「遺言状、の様な物かと。昔ハンナさんが仰っていた何かを隠す場所として使っていた所にシャーナ様宛、カイト様個人宛、私達メイド宛にそれぞれ一通ずつ」
「・・・はぁ、あの人は・・・」
カイトはハンナの遺言状らしい手紙を手に、僅かな苦笑を浮かべる。どうやらカイト達が再びこちらに来るだろうという事はお見通しだったのだろう。
いや、もしかしたらお見通しというよりも、もし自分が死んでカイト達がこちらに来た場合には見付けられる様にしておいたのかもしれない。そうして、カイトは己宛に書かれた書類の内容を見る。
「・・・これはもし私が死んだ場合の遺書とお考えください、ね・・・」
カイトは手紙の封を切り、序文の所でため息を吐いた。遺書というのは正解だったらしい。己に向けて記されていたのは、おおよそは自分が死んだ場合の対処だった。そうして、おおよそ10分足らずでカイトはハンナの遺言状を読み終えた。
「・・・なるほど。わかった。その様に動けるかやってみよう」
カイトはハンナの意思を汲んで、そのように動けるかやってみる事にする。そうしていくつかの考え事を始めたカイトへと、シェルクが問いかけた。
「何が書かれていたのですか?」
「まぁ、おおよそはシャーナ様をお願いします、という所だ。他にも彼女のアレルギーや苦手としている食べ物なんかも、だな。そこら、お世話に一通り必要な事が記されていた」
カイトは苦笑混じりに手紙をひらひらと振る。どうやら彼女は側仕えが全滅していた場合の事も考えていたらしい。その場合にでもシャーナの世話がつつがなく行われる様に、と全員に言い含めていた事を含めてカイトには残していた。
そこについては幸いな事に犠牲者はハンナ一人で済んだので無駄になったのは、彼女からしても幸いだったのだろう。これについてはカイトも大半を読み飛ばした。後で確認すれば良いだけだ。が、スルーできない内容があった事も事実だった。
「他には彼女自身の墓について、とかだな・・・はぁ・・・そういう事を考えるぐらいなら、生き延びる方法を考えろよ・・・」
カイトは少しだけ笑う様に、死んだ後の事を考えていたハンナを叱責する。そう言っても、考えた上でああなったのだ。仕方がないだろう。
「そう・・・ですね」
「本当だよ・・・ったく。お陰で残されたこっちが後始末をさせられる」
「ハンナさん、真面目だけどどこか抜けていましたから」
シェルクの言葉にカイトもシェリアもどこか呆れを混じえて笑う。そしてシェルクも同じような笑みを浮かべていた。遺体が確保され、仇敵は討たれた。ハンナの死を彼女らも、そしてカイトも現実として受け入れられたのだろう。
「まぁ、墓についてはウチの従者達が眠る墓に埋葬するさ。彼女が、それを望んでいるからな」
カイトは一頻り笑いあった後、ハンナの望みを告げる。彼女はやはり、ラエリアの地で埋葬される事だけは嫌だったらしい。そこだけは気持ちを汲んでくれる様に頼んでいた。そして出来る事であればシャーナの側に葬ってくれ、とも書かれてあった。
そのシャーナは今後、マクダウェル家からの支援の見返りとしてカイトの妻として公爵邸で暮らすことになる。であればマクダウェル公爵の妻の従者として、公爵家の従者として葬ってやるべきだろう。
「ありがとうございます・・・何から何まで・・・」
「いいさ。別に・・・シャーナ様は政略結婚とは言え、オレの妻になる相手だ。この程度は別になんとも思わんさ」
シェリアの感謝にカイトは笑う。敢えて思うのであれば、あの時自らの背後に立ったハンナに対してこんな物を残しておくな、とでも怒っておけばよかったという程度だ。
そうして、カイトは立ち上がった。ここらは彼一人の独断で決められる事だ。それ以上となるとラエリア上層部の指示を仰ぐ必要があった。
「じゃあ、行ってくる。二人は遠からず帰る事になるから、ハンナさんの遺品が他に遺されていないかしっかりと確認しておいてくれ。これを逃せば、次は数ヶ月先になるからな」
「「わかりました」」
カイトの指示にシェリアとシェルクが頭を下げる。ハンナが隠した物は他にもあるかもしれないのだ。それを見付けておく事も、重要だった。そうしてカイトは二人と別れて、とりあえず何かあったら言う様に、と言われていた城のメイドに要件を告げて取次を頼む事にする。
「と、いうわけでハンナ殿の遺言書が見つかった。それについて些か急ではあるが相談したいので誰か適当な方との取次を頼みたい」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
カイトから事情の説明を受けて、メイドが即座に連絡を取り始める。そうして、しばらくして誰が応対するか決まったらしい。再びメイドがカイトの所へとやってきた。
「おまたせいたしました。シャリク陛下がお会いになられるそうです」
「陛下が?」
「はい。事の次第を考えれば、陛下はご自分が最適だろう、と」
「わかりました」
「案内致します。ついてきてください」
カイトはメイドの後に続いて歩いて行く。そうして案内されたのは、王の執務室だった。そこに、シャリクが数人の従者と共にカイトを待っていた。
「ああ、来てくれたか。ハンナの遺書が見つかった、と聞いたが・・・ああ、ご苦労だった。下がっていてくれ。帰りはまた別の者に案内させよう」
「かしこまりました」
シャリクの指示を受けて、カイトを案内していたメイドが部屋を後にする。そうして、シャリクはカイトへと視線を向けた。
「それで、遺言状というのは?」
「ええ、こちらに」
「確認しよう」
シャリクはカイトからハンナの遺言状を受け取ると、それを自らの目で確認する。そうしてしばらくの確認の後、シャリクは一つ頷いた。
「確かに、彼女の物だ。様式も正式な物で、不備はない。何より、彼女が込めていただろう想いがこの手紙には込められている」
「そう・・・ですか」
「ああ・・・それで、だ。わかった。彼女が密かに蓄えた資金についてはこちらで名義の変更を行わせよう。丁度大大老と元老院の壊滅でそこらの資金の書き換えや調査が行われている最中だ。一緒に行わせる事にしよう。それに、これは我々にしても悪い話ではない」
遺言状を読んでカイトの申し出を理解していたシャリクが許可を下ろす。これは無理のない話で、実は遺言状の中にはシャーナが万が一皇国からも帝国からも支援が受けられなかった場合に備えた隠し財産についても記されていたのだ。
それについては現状両国から支援が確定しているので問題はないと言えるが、帝国からしてみればシャーナへの援助を一部減らせる理由となるのだ。復興に力を割きたい彼らからしても悪い話ではなかった。
「ありがとうございます。それで、彼女が使っていた飛空艇については?」
「それについては正式に君の所有物としておこう。元々あれはハンナの個人所有の飛空艇だ。ただ、ハンナその人が我が国の所属であった故に王城の所属になっていただけでな。税金や贈与税、その他の手続きに関わる費用などは君の功績を考えこちらで取り持つ事にしよう」
カイトの問いかけにシャリクはそちらもその通りにする事を明言する。ここで出た飛空艇は彼女の乗ってきた飛空艇の事だ。これについては遺産相続だと考えて良い。
彼らは永遠に知る事は無いが、もしハンナが生きていたとしても謝礼として贈与する事にしていたらしい。そんな事はさておいて、シャリクの配慮にカイトが礼を述べた。
「ありがとうございます。それと、今シェリアとシェルクの二人に更に何か隠されていないか探してもらっている最中です。シャーナ様の部屋についても入る許可を二人に与えていただけますか?」
「わかった。それについてはこちらからも手の空いた者を補佐にしよう。是非とも探してくれ」
カイトの申し出をシャリクが受け入れる。これで、一通り為すべきことは終えられたと考えて良いだろう。そうしてカイトが頭を下げてその場を後にしようとした所で、シャリクが口を開いた。
「では、これにて失礼致します」
「ああ、少し待ってもらえるか?」
「はい?」
「いや、何・・・貴殿の活躍と相棒殿の支援に感謝を、とな」
「・・・驚きですね。何時、お気づきになられたんですか? 功績そのものは確かに大きくなりましたが、それにしても幸運の要素がかなり強いと思ったのですが・・・」
シャリクの言葉にカイトが目を見開いた。ここまで、カイトは確かに大きな戦功を残した。が、それについては大半が幸運によるものと考えて良い。
勿論、それも重要な要素である事は事実だ。だが何より、レヴィの戦術が多大な影響をもたらした事も否定できない。決して、カイトが勇者カイトだとあの戦いでわかる要因は無かったはずなのだ。
あったとしてもせいぜい疑わしい程度。大大老達との会話を知るのがホタルしか居ない以上、断言出来る要素は何一つ無かったと言って良い。それに、シャリクは恥ずかしげに事情を説明した。
「いや・・・恥ずかしい話であるが、実は気付いたのは数日前。ソラくんと握手した時の事だ。あれで違和感を感じ、そこからそれでは、とな」
「はぁ・・・」
「あの時、私と君は握手をした。それは覚えているか?」
「ええ。陛下は素手でされて・・・ああ、そういう・・・」
カイトがあの時の一幕を思い出して、納得がいった様に目を見開いた。あの時、シャリクは当然の事だが総大将が武勲を上げた部下に対して労をねぎらう為に手袋は外していた。これは彼も軍人であった事を考えればなんら不思議の無い事だ。
そしてあの時、彼も大大老の征伐と元老院の確保でかなりの興奮状態にあった事は事実だろう。であれば、力の抑えが出来ていなかった事は考えるに難くはない。
それに対して、カイトは戦いから帰った直後ということでまだほぼほぼ戦闘時の状態を保っていた。正確にはまだ戦いが完全に終了していたわけではないからだ。
そしてそこが、唯一の失敗と言える失敗だった。とは言え、これは仕方がない事だった。それが当然の対処だからだ。そうして、シャリクが口を開いた。
「君はあの時、戦いの最中であったが故に心を読まれない様に精神に防壁を張っていた。が、それは考えてみれば私の力には通用しないはずだ。それ故、私も大大老達も日本人特有の力の様な物なのだろう、と考えた・・・が、ソラくんと握手をしてみると伝わってくる情動等については一切変わった様子はなかった。それがもし日本人特有の力であったとするのなら、それはソラくんや瞬くん達に伝えておかないはずがない。ラエリアの王族と戦う事になるかもしれないのだからな」
シャリクは物の道理を以ってカイトへと正体に気付いた理由を告げる。彼も心を読まないで良いと判断したので握手に迷いは無かったが、それ故、ソラが何の対策も施されていない事に違和感を感じたのだ。
後はユリィとの連携の見事さやランクSを複数抑えきれた事、レヴィがカイトの過去世を知っていた事等幾つかの事に疑問を持ってそれが一番符号する可能性を探せば、答えにたどり着けたのである。
とは言え、やはりそのためにも最大のピースとなるのは心を読む力だろう。心が読めない、という事が何よりも重要だ。他はカイトが言うようにまだなんとか言い訳も出来るが、これだけはあり得ない事だからだ。
「であれば、答えは一つだ。君が日本人云々とは関係なく、それを可能とできる力を持っているという事だ。そこから後はユリシア殿が動いた事等を含めて考えれば、簡単だった」
シャリクは笑って断言する。ユリィが動いた事そのものは別に不思議はない。そもそもシャーナはマクダウェル家に保護されている。そこらで最善の一手を考えたのであれば、ユリィが最善なのだ。
これは皇帝レオンハルトも認めた事だ。そして同時に彼も、まさかこんな形でカイトの正体が露呈するとは思ってもいない事だった。とは言え、カイトに対してシャリクが断言した。
「勿論、この事は我が国としても誰かに明らかにはしない。貴殿には妹を頼み、その支援もしてもらった。その恩義もあるし、まだ例の奴らの事も残っている。今すぐに明かすべきではない事は明白だろう。何より、君の動きを阻害するのは回り回って我々ラエリアの不利益にもなるのだからな」
「ご理解いただき感謝致します」
カイトはシャリクの明言に頭を下げる。これでバレたのは不幸と言える事だが、それでもシャリクが物の道理が分かる相手で良かったという事だろう。そして気づけたのも彼一人――とせいぜいその側近――のはずだ。
なら、さほど気にする必要は無いと言えるだろう。そうして、カイトはシャリクの部屋を後にして、己もハンナの遺品の捜索を手伝う事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1050話『論功行賞』




