第1046話 追撃・元老院
カイトが大大老を追い詰めていた頃。彼と別れて偶然にも遭遇した元老院議員の追撃を行っていたソラ達はというと、再び兵士達の集団と相対していた。
「行け!」
瞬が勢い良く槍を放り投げる。やはりカイトを欠いていたからか敵を圧倒する事は難しく、しかし弱気な状態の敵を相手に行く手を阻まれる事になってしまっていた。
「っ! ソラ、今だ!」
「うっす!」
瞬の援護を受けたソラは、階段でやったと同じ要領で<<風の踊り子>>と<<操作盾>>の組み合わせで突撃する。この二人の組み合わせで、今は敵陣営を大きく引き裂いていた。二人は曲がりなりにもランクBだ。兵士如きで相手になる存在ではない。
「ちぃ! 数が多い!」
「逐一相手にしちゃいられねぇっすね、これは!」
苛立つ瞬に対して、ソラも同じく苛立ちを露わにする。先程まで見えていた元老院議員達の姿は見えなくなっており、出来る事なら急ぎたい所だった。
「・・・この状況だと・・・」
瞬は現状を考えて、どうするのが最適かを考える。その為にまず考えるのは、こちらの戦闘能力だ。突破力に優れているのは自分。指揮能力に長けているのはソラ。そこは素直に認めている。
(ここは俺が・・・いや、だが俺の場合は単騎での突破になる。安易に行くべきではないか? おそらく集団としてはここが最大になる。なら、ここさえ突破出来ればソラの方が遥かに良いはずだ・・・問題は突破出来るか、か)
瞬は敵兵士と戦いながら、どうするのが最適かを考える。まず考えるべきは標的を逃がさない事だ。が、やはりネックになるのはこちらにカイトとホタルという安牌が無い事だ。
とはいえ、それに頼ってばかりいられない事は彼らも理解している。そもそも、いつまでも彼らに頼って戦っていては今回の様な事態になった途端に弱くなってしまう。居なくても大丈夫な前提で作戦を構築するのは当然だろう。
(・・・俺がもし単騎で行ったとして、その場合はおそらく追いつけるだろうな)
瞬は自分の速力、敵の移動速度、敵の力量等からまだ追いつく事は可能と判断する。やろうとすれば彼であれば、<<雷炎武・参式>>を使って一気に敵陣を突破は可能なのだ。が、この場合はデメリットとしてある一つの結末が確定する。それを彼はわかっていた。
(だが・・・その場合、確実に殺す事になるな)
瞬はそこがどうしても結論を出せなかった。生かして捕らえろ、というのは大大老にも出された命令であったが、その一番の目的は元老院と断言して良い。
言われているが、大大老はシャリクの部下。それに対して一応元老院は国民の代表という立場になる。すでに役職等の公的権力についてはシャリクの命令にて停止させられているが、この現状においてはその効力は完全に発揮出来ているわけではない。
やはり見栄えや風聞などの問題から元老院議員に関しては捕らえて裁判に掛けられれば、というのがシャリクの本音だ。それ故、彼は決断が出来なかった。それに対して、ソラもまた同じくどうすべきかを考えていた。
(・・・やっぱ、俺が行くべきかな)
ソラは瞬とは違い、この時にはほぼほぼ自分が行く事で結論を出していた。今の自分なら、追いつける。その自信があった。そしてもう一つ、彼には確信があった。
(ウルカは冒険者達の本場の一つ・・・じゃあ、先輩は絶対足止めを覚えてきてるはず)
ソラが最後に考えたのは、瞬についてだ。本来、敵の足止めであれば瞬よりソラが遥かに長けている。それ故、こういう場合であればソラが足止めをして瞬が突破するのが上策と言える。が、決して瞬で足止め出来ないわけではない。それをウルカで学んできている、と彼は思っていたのである。
「おし・・・先輩! ここ、お願いしていっすか!?」
「・・・行けるか!?」
「うっす!」
瞬の問いかけにソラが絶対の自信を滲ませる。今の自分なら、確実に敵まで突破してみせる。その自信があった。
「良し! 兼続、翔、木更津! お前らはソラと共に行け! 他の連中はここで敵を足止めをするぞ! ソラ、突破口は俺が切り開く! 一気に行け! 赤羽根、お前は一撃前方へ加えた後、転身してこっちに援護しろ!」
「頼んます!」
瞬の指示を受けつつ、ソラは準備を開始する。それを横目に、瞬は今まで持久戦ということで壱式で停止していた<<雷炎武>>を参式まで上げる。
「おぉおおおお!」
「何!?」
雄叫びと共に唐突に増した瞬の圧力に、兵士達が思わず立ち竦む。いきなり倍近い圧力を感じればそうもなろう。そうして、気圧された敵へと容赦なく瞬が一気に切り込んでいく。
「ソラ!」
「うっす!」
瞬の突撃で出来た僅かな隙に、ソラは<<風の踊り子>>を率いて一気にタックルを仕掛ける。が、今度は一切止まる事をせず、本気で突っ走る。そして開いた空間を全員で一気に突破した。
「後ろ、お願いします!」
「ああ、行って来い!」
ソラの声を背に、瞬は仲間達と共に転身する。此処から先にも敵が居るだろうが、そこはソラに任せるしかない。自分達が為すべき事はこちらにやってくる敵を食い止める事だ。
「おぉおおお!」
まず瞬がやったのは、その場の床を突き崩す事だった。そのままでは抜けられる。であれば、床を崩して一度に戦う敵の数を減らすつもりだったのである。
当たり前だが敵で飛空術を使える者は限られている。地面が無ければ戦えないのだ。もちろん、それでも全ては防げない。足場が完全になくなるわけではない。瞬達はその場で立ち止まって幅跳びの様に飛んでくる敵と戦うつもりだ。
「さぁ、来い!」
瞬は気合を入れ直すと、参式から再び壱式へと変更する。ここからは、ソラが敵を仕留めるまでの持久戦だ。なるべく持久力を重視して戦うつもりだった。そうして、瞬達残留組はその場で敵の足止めを行う事にするのだった。
瞬達残留組に背後を任せてそのまま先へ進むことにしたソラ達だが、彼らはソラを先頭にして左右を藤堂と木更津、遊撃に翔という布陣で進んでいた。
「どけどけどけ!」
ソラはこの数ヶ月で上昇した魔力保有量を活かして、<<風の踊り子>>を全力で展開しながら一気に突き進む。流石に浮足立っている状態の敵にランクBのソラが突っ込んでくるのだ。食い止める事は、出来なかった。が、やはり気にはなった。故に藤堂が一応の注意を促しておく。
「天城、そんな一気に行って行けるのか!?」
「うっす! ここ数ヶ月、<<無冠の部隊>>のトコでみっちり鍛えて貰ったんでまだまだ余裕っす!」
藤堂の問いかけに、ソラが笑って明言する。流石にあの集中的な訓練は非常に辛かったが、それでもそれは彼の身になってくれていた。数ヶ月前の倍以上の魔力を手に入れた彼にとって、この程度は余裕だった。
それこそ、数時間程度――戦闘は考慮しない――であれば大型魔導鎧を使えるぐらいにはなっていたのである。と、そんな発言は彼らからしてみれば別に何か気になる内容ではなかったのだが、その中に潜んでいたある単語を聞いて、ソラ達の足止めをしていた兵士達が一気にざわめきを生んだ。
「<<無冠の部隊>>・・・?」
「いま、あいつ・・・<<無冠の部隊>>って言わなかったか?」
「みっちり鍛えてもらったって・・・」
兵士達が一気に動揺を滲ませる。それはかなりの怯えが含まれてさえ居た。そしてこの言葉には兵士達も戦いの手を止めて、ソラ達へ疑問を投げかけるしかなかった。
「お、おい! ちょっとまってくれ!」
「あぁん!?」
「い、いや! 待ってくれ! <<無冠の部隊>>って、あの<<無冠の部隊>>か!?」
「なんだよ、可怪しいかよ! オーアさんからこの鎧の改良してもらった時に条件としてそこでみっちり修行しろって言われたんだよ! 無茶苦茶辛かったんだぞ!」
敵兵士の問いかけにソラが隠すことなく堂々と明言する。それに兵士達はこれが嘘ではなく正真正銘の真実だと理解して、震えながら横の藤堂達に視線を向けた。それに違和感を得て、ソラ達も思わず戦いを停止する。
「まさか、こいつらも・・・」
「いや、こいつらの刀、もしかして・・・そういや、<<一房>>っていえば・・・」
「まさか・・・伝説の剣豪・武蔵の弟子か・・・?」
兵士達はどうやら、大陸間会議に参加していた事もあるようだ。それは彼らがラエリアでも有数の兵士である証明であるのだが、この場合はそれ故、藤堂達の剣技の源流に武蔵の剣術がある事を理解出来てしまったらしい。見る見るうちに敵兵士全員の顔が青ざめていく。
「う、うぁあああああ!」
「逃げろ! 絶対に勝てるわけがない!」
「伝説の部隊で修行した奴に伝説の剣豪の弟子!? 命令だからってやってられるかよ!」
「死にたくなけりゃ全員逃げるんだよ! あんな化物相手に戦えるわけがないだろ!」
「思えばあの蒼い髪の奴とか可怪しいと思った! 逃げろ! あんなの相手にしてられねぇよ!」
「こいつらに手を出してもしあの部隊に所属してる奴を怒らせたら俺達皆殺しにされるぞ!」
兵士達は矢も盾もたまらず武器を捨てて逃げ惑う。それこそ兵士によっては迷いなく窓を突き破って外に飛び出る程で、恐ろしいのはそれが一人や二人ではなく大半がそれで脱出していた事だった。出来るだけ、この場から遠くへ。そんな感情が滲んでいるのを、ソラ達は見た。
「・・・どうなってんの?」
ソラが唐突に逃げ出した敵兵士にぽかん、と間抜けな顔をする。が、彼は即座に我を取り戻して走り始める事にした。
「な、なんか知んないけどとりあえずラッキー! 全員、進軍開始!」
ソラはこれがなぜかわからないものの、とりあえずこの状況では幸運だと捉えたらしい。そして、それが幸運をもたらした。どうやら流石に敵もそういくつも集団を差し向ける事は出来ないらしく、ここからは敵の妨害を受ける事なく一気に元老院の追撃に入れたのだ。
「っ! あれだ!」
ソラの目が、先程見えた老年の男達の背を捉える。が、どうやらエレベーターに乗り込む寸前だったらしい。すでにエレベーターは到着していて扉が開いていた。しかもハンナがやったと同じく、緊急用のスイッチも押している様子だった。
「っ、拙い! 翔! 間に合うか!?」
「流石に扉開いてちゃ間に合わねぇよ!」
ソラの問いかけに翔は間に合わないと明言する。相対距離はおよそ50メートル程。途中には敵の集団が一つあり、<<縮地>>では突破出来ないのだ。どうしても、残り数秒で突破出来る状況ではなかった。
「ちっ! なら!」
そんな状況を受けて、ソラは予め考えていた対策を実行する。そうして、彼は今にも足を踏み入れようとした元老院の眼前に、巨大な<<操作盾>>を展開した。元老院議員に戦闘力は皆無だ。物理的に扉を封鎖すればなんとかなると判断していたのであった。
「ぐぅ!?」
「なんだこれは!?」
いきなり立ちふさがった半透明の壁に、元老院議員達が思わず目を見開いて声を荒げる。これではどう頑張ってもエレベーターに乗れないのだ。とは言え、これがいつまでも防いでくれるわけではない。即座に捕縛か殺害かを行わねばならなかった。
「藤堂先輩、木更津! 敵集団の横の壁ぶち壊してくれ! 後は俺がなんとかする!」
「っ!」
「わかった! 木更津、やるぞ!」
「はい!」
藤堂と木更津はソラの指示に従って、一瞬先にも交戦しようと構えていた敵兵士達の横の壁を切り裂いた。何をするかはわからないが、ソラに何か考えがあるのは事実なのだろう。なのでそれに従ったということだ。
「翔、パネルは任せた! これやると流石に封鎖は消える!」
「わかった!」
「行くぜ、『リミットブレイク・オーバーブースト・ファイブセカンド』!」
ソラは翔にエレベータの阻止を任せると、自分は鎧の出力を一気に最大以上へと持ち上げて急加速する。そうしてそのあまりの急加速に驚いた敵兵士達の前へと、一瞬で肉薄した。
「行くぜ!」
ソラは全力を更に超えた全力を出しながら、盾を両手で構える。すると、見る見るうちに彼の盾が巨大化していく。それをソラはまるでバットの様に大きく振りかぶった。
「<<超・巨大盾>>! おぉおおおおおお!」
ソラは口決と共に、盾を振り抜いて敵陣営を丸ごと横から打ち据える。そうして、敵兵士達を丸ごと盾に捉えると、そのまま気合と共に一気に藤堂と木更津の切り裂いた壁から敵兵士達を外へと弾き飛ばした。
「翔!」
「ああ!」
過負荷の影響で一時的に硬直するソラの言葉を受けるまでもなく、翔は走り出していた。ソラが全力を出した所為でエレベーターを封鎖していた盾は消失しており、一刻の猶予も残っていなかったのだ。
そうして、彼は万が一に、と<<無冠の部隊>>で懇意にしている技術班から貰った魔銃を懐から取り出して、エレベータのコントロール・パネルを狙い撃った。
それは一直線にパネル目掛けて飛んでいき、しかし、その直前。間一髪の所で元老院議員の直属の護衛らしい男がその身を割り込ませた。
「させん! ぐぅ!」
「ちぃ!」
「上出来じゃ!」
「よくやった! 急いで発進させろ!」
エレベーターへと乗り込んだ元老院議員達は身を挺してパネルを守った護衛に称賛を送りつつも、迷うこと無く行き先を指定する。それに、翔の顔に苦渋が浮かんだ。こればかりは、彼が悪いのではなく護衛が見事だったと言うしかなかっただろう。そうして、エレベーターの扉が閉じ始める。
「木更津! 周囲の敵を最大出力で吹き飛ばす! 山岸は一気に進め!」
「了解です!」
「はい! 止まれぇえええ!」
「っ!」
藤堂と木更津が翔を援護すべく斬撃を護衛達に向けて放ち、それを受けて翔が強引に敵陣を突破してエレベーターのコントロール・パネルに短剣を突き立てると同時。硬直から復帰したソラが左腕に力を込める。そうして、次の瞬間。がんっ、という音が鳴り響いて、閉じようとしていた扉が再び開いた。
「な・・・に・・・?」
「なぜだ! なぜ閉まらん!」
元老院議員達が困惑しながら、エレベータの開閉スイッチを連打する。が、何度扉が閉まろうとしても、決して閉まる事は無かった。それを見ながら、ソラ達がゆっくりと何度も扉が閉じようとしては開くエレベータへと近づいていく。
「ま、無理だぜ・・・間に合ってよかった」
何度も扉を閉めようとする元老院議員達に対して、ソラが笑いながら顎で上を指し示す。そこには、扉の開閉を防ぐ様に半透明の盾が浮かんでいた。
「ギリギリ、<<操作盾>>が間に合ってよかった。遠くに出現出来なけりゃ、今頃アウトだった」
「ふぅ・・・ソラ、グッジョブ」
「おう・・・<<風の槍>>!」
ソラは翔とハイタッチを交わし合うと、風の加護を使用して竜巻のように渦巻く風を編んでそれをエレベータ脇の壁へと突き立てる。それは壁とエレベータの壁を突き破って、そこにあったエレベータ側のコントロール・パネルを貫通した。
ちなみに、<<風の槍>>は即興で編み出したらしい。ふと思い浮かんだそうだ。後に久々の良い出来栄え、と自画自賛していた。
「ぎゃ!」
「っと、わり。手があるとは思わなかった・・・さて、どうする?」
ソラは獰猛に笑いながら、完全に自らで自らを袋のねずみ状態に追い込む結果となった元老院達へと問いかける。その問いかけに元老院議員達は力なくへたり込んで、無言でうなだれる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。元老院・討伐。これでミッションコンプリートです。
次回予告:第1047話『内紛の終結』




