第1045話 千年の終わり
戦いながらラクシア城の謁見の間を目指して侵攻を続けていたカイト達は、遂にラクシア城謁見の前の前にまでたどり着いていた。そんな彼らを出迎えたのは、巨大な大理石の大扉だった。
「・・・すっご!? なにこれ!? マジ扉か!? でっか!」
ソラが思わず大声を上げる。少なくとも地球には絶対に無いだろうと言えるほどの見上げんばかりの大扉だった。と、そんな素直な感想を上げていたソラに対して、横の瞬は半笑いだった。それは当然、開け方を考えての事だった。
「・・・これ、どうやって開けるんだ?」
「・・・押す、しかないっすよね」
あはは、とソラが乾いた笑いを上げる。現状、敵はほぼほぼ潰走しており、誰かが開けてくれるという事は考えられない。ならば、自分達でこじ開けるしかないだろう。
が、この大きさだ。しかもここが謁見の間の扉である事を考えれば確実にトラップは仕掛けられているだろうし、扉そのものにも相当強固な守りが敷かれていると考えて良い。破壊はカイトとホタルぐらいでしか不可能と考えて良いだろう。頑張って押すしかなさそうだった。
「・・・頑張るか」
「うっす!」
「「「了解!」」」
覚悟を決めた様子の瞬の言葉に促されて、ソラと翔、その他の冒険部部員達が覚悟を決めて頷き合う。気合と根性でなんとかするしかなかった。が、気合と根性でなんとかなるわけがない。なので始める前にカイトが笑いながら制止を掛けた。
「ストップ。流石に力技でこじ開けられるわけねぇって。曲がりなりにも謁見の間の扉だぞ」
「・・・じゃあ、どうすんだよ」
「ま、やり方があるんだよ。こればかりはホタルにも無理でな」
カイトは一度笑いながら説明すると、それを終えて呼吸を整える。
「こいつは魔力的には非常に強固だが・・・はぁー・・・」
カイトが深く息を吐いて、深く息を吸い込んだ。そうして、彼に魔力とは微妙に違う不思議な力が収束していく。
「・・・何やってんだ?」
「気だ。これは練気って奴で魔力とはまた別の力だ。中津国以外じゃ有名じゃねぇんだが・・・」
カイトはソラの問いかけに応えながらその『気』とやらを溜めて、腰を落とす。構えとしては正拳突きに近いだろう。が、手は開いており、その上には蒼い光が収束していく。が、そうだというのにソラ達には魔力が一切感じられなかった。
「こんなもんか」
カイトはある程度の力の収束を見ると、手の上に集まった力を己の右手へと吸収させる。
「良し! 少し離れてろ!」
カイトが気合を入れて、拳を握る。が、そうして気合を入れたと同時。部員の一人が声を上げた。
「天音、右だ!」
「ん?」
言葉を受けて、全員が一斉にそちらを振り向く。すると、そこには兵士の集団に警護されたらしいどう見てもお偉いさんにしか見えない老齢の男が数人立っていた。あちらもまさかすでにここまで侵攻しているとは思っていなかったらしい。揃って棒立ち状態だった。
後の調査によれば、どうやら戦闘の音が若干弱くなったので一時的に敵が引いたのかもしれない、と向こうは思ったそうだ。カイト達からすれば変に立ち止まっていたが故の幸運という所だろう。
「っ! もうここまで!?」
「議員、お逃げを!」
どうやら、流石に護衛達は質が違うようだ。カイト達を前にしても迷うこと無く立ちふさがる。それに、カイトが戦いを決めようとしてホタルが制止した。
「マスター。中にまだ人を確認。敵の言葉を察するにこちらは大大老かと。こちらも逃走を試みるかと思われます。兵士の数は少数。マスターの力なら、押し切れます」
「っ、ちぃ! ソラ、先輩! あっちの追撃を頼めるか! こっちはホタルとオレだけで良い! ソラ、地図を持っていけ! オレもここの奴らを片付け次第即座に追いかける!」
「おう! サンキュ! 先輩! 最前線はそっちに任せます!」
「わかった! 全員、付いて来い!」
カイトの指示を受けて、ソラと瞬が逃げようとする元老院議員達へ向けて追撃を開始する。そしてこうなってしまえば、後はこの中も急ぐしかない。
「はぁ!」
どごん、という音と共にカイトが大理石の大扉を殴り飛ばす。魔術的に防御された上に向こう側で兵士達が押し留めていた大扉であったが、魔術的な防備は気というまた別の力には弱かったようだ。更に、カイトの力に兵士達で勝てるわけもない。まるで蜘蛛の子を散らす様に吹き飛ばされていった。
そうして開いた先には、かつて見た顔が居並んでいた。どうやら、ここに立て篭もっていたのだろう。その彼らも逃げようとしている所だった様子だ。間一髪という所なのだろう。それを確認して、カイトはまずは邪魔になる兵士達へ向けて双銃を乱射する。
「おっひさっしぶっりでーす! とりあえず兵士の皆さんには弾丸お届けに参りましたー! 死んだらごめんね! ホタル。一応死んでない奴は全員気絶させとけ」
「了解」
「っ・・・そうか、『パルテール』の襲撃は貴様か!」
「そうか、それでハンナを!」
陽気さの滲んだ口調と荒々しい顔で双銃を乱射しながら彼らの前で見せていた黒髪の少年の姿に変わったカイトを見て、大大老達はようやく誰が来ていたのかを理解したらしい。忌々しげに顔を顰めていた。それに対して、カイトはある程度進んだ所で双銃を片手に手を挙げた。
「おいーっす。皆さんガチでお久しぶりっす。最後の別れの挨拶ぐらいはしたくて、わざわざ来てやりましたぜ」
「っ」
大大老達はカイトが自分を殺しに来た事を即座に理解したらしい。一瞬動揺を浮かべるも、彼らも対処は早かった。
「きゃ・・・」
大大老の一人が、シャーナよりも僅かに幼い少女を引き寄せてその喉元へとナイフを突きつける。少女の顔に意思はあまり見受けられず、目にも光は見受けられなかった。
「なるほど。そりゃぁ、こっちが正解か。そりゃそうだわな。お前らクズどもの事を考えりゃ、寝室に軟禁しておくわけねぇわ。万が一に備えて、こっちで人質にするか」
盛大に嫌悪感といらだちで顔を顰めながら、カイトはこの少女が誰かを理解する。この少女こそが、シャーナの妹にして傀儡にされている少女シャマナだと見て間違いないだろう。
「マスター」
「手は出すな。が、何時でもやれるようにしておけ」
「了解」
ホタルの言葉にカイトは手で制止する。シャマナの身の安全が第一だ。ここが城内で転移術は簡単に出来ない以上、ホタルでは荷が重い。が、用意だけはそのままさせておいて、何時でも転移出来る状態にはさせておく。
「ふふ・・・やはり人質を前にしては手を出せんようだな」
「・・・」
カイトは怒りと憎悪を顔に浮かべる。それを、大大老達は暗に同意と見て取った。そうして、彼らはずりずりとすり足でゆっくりとカイトから距離を取っていく。
シャマナが無抵抗である所を見ると、薬物か魔術か何らかの方法で意思を奪われていると見て良い。それもかなり長期にわたる措置が施されていると見て良いだろう。
「動くでないぞ。動けば、コヤツの命は無い」
大大老達は玉座の肘掛けの部分に手を当てて、何かを操作していく。おそらくそこに隠し通路の扉を開く仕掛けか、カイト達を攻撃する為の仕掛けのスイッチがあるのだろう。
そうして、次の瞬間。がこん、という小さな音と共に謁見の間の端の壁が動いた。それで、カイトが笑った。どうやら攻撃ではなく逃げるつもりだったのだろう。腐ってもかつては賢人と言われた奴らだ。もう兵士も全滅している以上、この場でカイトに勝てない事ぐらいはわかっているらしい。
「ああ、そこにあったのか。いやぁ、地図に隠し通路無いからどうすっかなー、って思って見てたけどこれなら安心だわ」
「・・・何?」
カイトが唐突に浮かべていた苛立ちや怒りを消した事を見て、大大老達が困惑を浮かべる。本当に彼の顔からはあっさりと消し飛んだのだ。実のところ、あれは演技だ。単に隠し通路の場所がわからないか、と思っただけだ。
もし他の元老院が一足先に秘密通路から逃げていた場合、それを追撃する為にもどこかにあるだろう隠し通路の扉を知っておかねばならないと判断したのである。勿論、逃げ込む為に出て来たと思っていたが、逆の可能性は決してゼロではない。
ホタルを連れてきたのもその為だ。万が一隠し通路があり、それがわからなかった場合彼女に探してもらおうと思っていたのである。そうして、カイトがゆっくりと歩き始める。
「う、動くな!」
「き、貴様! コヤツがどうなっても良いというのか!」
「ああ、っと。殿下。ご挨拶が遅れました」
カイトは大大老達の言葉にそう言えば、と思い出したかの様に――勿論、演技だ――シャーナにすると同じ過度にうやうやしい一礼を行う。それはシャマナに対してだった。
「私は貴方の姉君の騎士もどきなぞを務めさせて頂いている者です。もう少々、お待ち下さい。只今、そのクズどもはお片付けいたしますので・・・」
そう言うと、カイトは顔を上げる。その顔には激怒が浮かんでいた。そうして、次の瞬間。カイトが抜き打ちさえも見せずに、斬撃を放つ。
「神陰流・・・<<転>>」
「何!?」
斬撃さえ起きずに断たれたナイフを見て、大大老達が目を見開く。切り裂かれたという結果のみ引き起こす斬撃。カイトが地球で手に入れた奥義の一つにして、その流派においては基礎となる技術だった。
「まずは、そのシワだらけの汚ぇ手どけろや。可憐な少女にてめぇらクズが触れて良い部分なんぞ一個もありゃしねぇよ。クズの匂いが移ったら一大事だろうが」
「な・・・に・・・? ん? 何も・・・うむ?」
カイトは再度、<<転>>を放つ。今度切り飛ばしたのは、シャマナを捕らえていた大大老の首だ。彼は斬られた事さえ気付いていなかった。何が起きた、と自分の身体を確かめる為に下を見て、その首の重さに耐え切れずに首が落ちたのだ。そしてその瞬間、ホタルが転移術でシャマナを即座に回収した。
「マスター。シャマナ殿下の保護、成功です」
「よくやった」
カイトはホタルの労をねぎらいつつ、ただ呆然と何が起きたかわからず立ち尽くす大大老達へと睨みつける。
「本当に・・・ほんっとーに、どれだけ待ったと思ってんだ? あの時ウィルとバランのおっさんがガチで止めなけりゃ、こんなことになりゃしなかったってのに・・・」
カイトは盛大に苛立ちを露わにしながら、自分が今までずっと堪え続けていた物を吐露する。そうして彼はようやく、本当の姿を彼らへと晒した。それを見て、呆けていた大大老達は自分達が何を相手にしていたかを悟った。
「な・・・あ・・・」
「貴様・・・カイト! カイト・マクダウェル!」
「久しぶりだなぁ、クソジジイ共。てめぇらの認識だとざっと300年ぶりか? この日をルクスの奴と一緒に迎えられなかった事が本当に悔やまれるぜ」
ようやく自分の正体を理解した大大老達に向けて、カイトが刀を構える。これ以上、彼らに無道も非道も外道もさせるつもりはなかった。
それどころか、生かしておくつもりさえなかった。どれだけの悲劇が、彼らの所為で巻き起こったのか。それを思い出せば、彼の怒りは大大老達を一度殺した程度では飽き足らない程だった。
「覚悟しろや・・・てめぇらの所為で泣かされた奴らの顔を、オレは一日も忘れた事はねぇよ・・・知ってんだろ? ウチに泣き寝入りって言葉はねぇんだよ。必ず、けじめはつけさせる。ここで、てめぇらは絶対に殺す。親が止めようがシャリク陛下が止めようが、貴様らはここで殺す」
カイトは猛烈な怒りと共に、虹を纏いながら更に一歩を踏み出す。こいつらだけは、絶対に殺す。その絶対の意思が見え隠れしていた。生かして捕らえるつもりは毛頭無かった。ただ、ここで殺す。その為だけに、彼はここに居る。
「まさか・・・シャーナは・・・」
「ああ、彼女は気付いてたぜ。内緒、って秘密にして貰ったけどな。ああ、一応。お前らのお陰で彼女の身柄を引き受けられたんで、そこは感謝しておいてやるよ。あんな良い子がオレにたどたどしくも必死で奉仕してくれるんだ。その点に関しちゃ、本気で感謝してやる。出会えたのは、間違いなく貴様らのおかげだからな。その点だけ、だがな」
カイトは冥土の土産とばかりに大大老達へと告げる。その顔は非常に荒々しい物ではあったが、同時に非常に楽しげでもあった。そしてその顔は同時に、決して許さないとも告げていた。
ハンナの身体をああしたのは直接的にはデンゼルだが、間接的には彼らだ。と言うより、デンゼルが単独でやって良い相手ではない。敢えて言えば主犯格と実行犯とも言える。ハンナは確かに『死魔将』達が回収する前の段階で死んでいたと見做せるのだろうが、その遺体を侮辱したのは彼らだ。許せる道理はどこにもなかった。
「っ!」
「シャーナめ!」
「生かしておいたのは間違いだったか!」
「ちぃ! 女王ということで犯さぬでおいてやったものを!」
大大老達はシャーナに対して罵詈雑言を言い放つ。それは聞いているだけでも耳障りな物だったが、カイトはそれが心地よい風の音色に聞こえていた。
言いたければ言いたいだけ言わせれば良い。それが遺言になるのだ。それぐらいは聞いてやる度量は彼にだって存在している。そして醜態を晒せば晒す程、カイトからしてみれば溜飲が下がるというものだ。存分に喚き散らしてほしかった。そうしてある程度まで近づいた所で、カイトは足を止める。
「・・・まぁ、一応言っておいてやろうか。シャリク陛下のお心に従って、貴様らと言えど嬲り殺しにはしない」
轟々と殺意と魔力を迸らせながら、カイトは問答無用に大大老達に告げる。シャリクは大大老と言えども、決して臣下としての扱いは変えなかった。それはジュシュウ以外にもそうだ。
死罪とは死によって罪を贖う行為だ。故に罰によって罪が償われた後は、きちんと手厚く葬った。であれば、その心意気に従ってカイトも彼らを嬲り殺しにはするつもりはなかった。
「じゃあな、クソジジイ共」
カイトはもはや呼吸さえ出来ぬ程の状況に置かれた大大老達に対して、問答無用で刀を振るう。そうして、一太刀毎に大大老の首が落ち、5秒後には全ての大大老達は物言わぬ屍に成り果てていた。
「・・・これで、終わりか」
カイトは物言わぬ躯となった大大老達を一瞥する。感慨は何もない。仕事と一緒だ。そうして、彼は即座に司令部へと連絡を入れた。
「こちら冒険部ギルドマスター・カイト。司令部、応答を」
『こちら司令部。どうぞ』
「シャマナ殿下の保護に成功したとシャリク陛下にお伝えしてくれ。合わせて、彼女を人質に取った大大老を全員討ち取ったとも」
『っ!』
司令部が一瞬驚きを露わにしたのが、カイトへと伝わった。ついに、彼らの悲願であった大大老が撃破されたのだ。そこからは狂乱にも近かった。
『了解! 全軍へ即座に通達を出します!』
『カイト。事実か?』
「シャリク陛下・・・ええ、こちらを」
『・・・よく・・・やってくれた』
カイトが映した大大老達の首を見て、シャリクの瞳から涙がこぼれ落ちる。これで、国を腐らせていた者達の中でも最大の要因と言われた者達が排除されたのだ。国を想って兵を興した彼の想いは、本当に万感たるものだった。
「後は元老院だけですが・・・そちらは私のギルドの手の者が追跡中です。遠からず、片がつくでしょう」
『そうか。君はそのままそこで待機して、シュラウド少佐と合流してくれ。そして彼にシャマナを預け、追撃を続行してくれ』
「了解です」
シャリクは僅かに緩んだ気を即座に元に戻すと、即座に次の指示を与える。まだ、戦いは終わっていないのだ。そうして、カイトはシャリクの指示に従う事にして、シャマナの安全を確保しながらバリーを待つ事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。長かったラエリア編もあと少しで終わりです。
次回予告:第1046話『追撃・元老院』




