第1043話 侵攻 ――ラクシア都市部――
本年も一年ありがとうございました。来年も一年よろしくお願いします。
何の偶然か南部軍から逃れてかつてアニエス大陸にて栄えていた古代文明の遺跡を発見してしまったカイト達であるが、そこに生息していた『海の悪魔』の群れに追い立てられるように、地底湖を後にする事となる。
そんな中、『海の悪魔』達に後ろから追撃される事を厭って先行するホタル達の為に足止めをする事になったカイトとカリンは、ソラ達がホタルの作った穴へ突入してしばらくした時点で自分達も突入する事にした。
「うぉおおお! カイト、後ろからむちゃくちゃ来てるって!」
「わーってるよ! なんでお前と遺跡に入るとこんなハチャメチャ騒動になるんだよ!」
「あたしはあんたと一緒の時の大半がこうだよ! あんたが悪いんじゃないのか!?」
「オレはユリィと一緒でもここまではなんねぇよ! 絶対にお前だ!」
カイトとカリンは責任のなすり合いを行い――勿論、どちらの責任でもないと思われる――ながら、全速力で地底湖を駆け抜ける。後ろからは『海の悪魔』の触手が二人を捕らえんと猛烈なスピードで追いかけてきていた。
「あれだな! 行くぞ!」
「急げ急げ! これまじで拙いよ!」
カイトとカリンは慌ててホタルの掘った穴へと駆け込む。とまぁ、そんな言い合いを行っているわけだが、この二人の全速力だ。『海の悪魔』の触手が追いつけるはずもなく、ものの数秒で出口までたどり着いた。
「ホタル! 砲撃!」
「了解」
出口に飛び出るなりカイトは横ですでに準備していたホタルへと合図を送る。そして、それにホタルが一瞬で入れ替わる様にカイト達と追撃してくる『海の悪魔』の触手の間に入り、『試作縮退砲』を構えて引き金を引いた。そして『試作縮退砲』の漆黒の光条が途切れると同時に、彼女はカイトへと場所を譲る。
「マスター」
「おう!」
カイトはホタルと入れ替わるなり、準備しておいた魔術を起動させて地下通路までの穴を完全に塞いで、更に修繕用の魔術で地下通路の壁を完全に元通りにする。そうして、そのままへたり込んだ。流石にこれは彼でも大いに焦ったようだ。
「おーう、おつかれー」
「おーう」
カイトはその横で壁にもたれ掛かって座り込んでいたカリンとハイタッチでとりあえずの労をねぎらう。本当なら即座に動かねばならない所だが、流石の彼らでも少し休憩が欲しかった。
「わり、ちょっと時間頂戴・・・」
「なー・・・これはちょいとまずかったわ・・・一分頂戴・・・」
カイトの言葉にカリンも同じく詫て休憩を願い出る。と、そんな彼らに声が掛かった。
「不幸だったな」
「ん?」
「久しぶりだ、カイトくん」
顔を上げたカイトへと、バリーが手を上げる。見ればそこにはソラ達だけではなく、バリー達軍の特殊部隊も一緒だった。
「バリー少佐? ってことは・・・ここは合流ポイントか?」
カイトが目を丸くしながら、ホタルを窺い見る。この様子なら地下通路に戻るつもりが一気に合流ポイント――地下通路の中にある倉庫の一つ――までたどり着けたらしい。というわけで、ホタルがカイト達の休息の間に簡単に説明をしてくれた。
「肯定します。先程穴を掘る際に現在位置と地図から計測してみた所、直接合流ポイントへとたどり着く事が可能と判断出来ました。ですので僅かに進路をズラして直接合流ポイントへと到着できるように穴を掘りつつ、通信機を使って少佐へと状況の報告を」
「というわけだ。災難だったな」
バリーは非常に楽しげに笑いながらカイトへと慰めを送る。とは言え、一転彼は真剣な顔つきで話し始めた。
「とは言え、お陰で予想された合流予定時間よりも少し早めに合流出来た。一分休憩しても差し引き二分余る。好都合だったな」
「そうですか・・・すいません。では、一分後に再出発で」
「ああ、休め。さすがに『海の悪魔』の群れと遭遇したのは肝が冷えただろうからな」
カイトの言葉にバリーは再び笑って許可を下ろす。流石に彼も元冒険者だけあって『海の悪魔』の群れに襲われる恐怖は知っている。幾ら実力として勝てるとわかっていたとしても、奇襲を受けた上に味方の為に足止めになっていたカイトらの心労は理解出来たのであった。
「ふぅ・・・良し。すいません、行けます」
「あたしも行けるよ。迷惑かけたね」
一分後。カイトとカリンが立ち上がる。それに、最後の休息を取っていたバリー達も立ち上がった。
「そうか。では、再び進軍を開始しよう」
「良し。全員、駆け足用意! また敵との戦いになるぞ!」
バリーに合わせて、カイトが再び号令を掛ける。そうして、カイト達は再び壁をぶち抜きながら、『ラクシア』へと侵攻していく事になるのだった。
それから、更に20分程。カイト達は遂に、『ラクシア』都市部外周の真下にまでたどり着いていた。
「マスター。移動速度等から計測するに、この上はすでに都市の外周部に位置していると思われます」
「そうか! バリー少佐!」
「ああ、聞いていた! そちらで頼んで良いか! こちらはもう少し手が離せそうにない!」
「了解です!」
カイトは敵の追撃部隊と交戦していたバリーの求めを受けて、刀を消失させて篭手を創り出す。そうして、左手を天に掲げ右手を引いた。
「行くぜ・・・<<神龍拳>>!」
カイトが振り抜いた右の拳から、半透明の蒼い東洋龍の形をした魔力が天へと登っていく。それは天井を大きくぶち抜いて、カイト達へと晴天を見せてくれた。
「はー! 地下、辛気臭ぇんだよ!」
晴天を見ながら、カイトは笑みを浮かべる。こんなド派手な事をしたのは、味方に対してこちらが都市への侵攻に成功した事を示す為だ。敵にも自分達の位置も含めて色々とモロバレになるが、そんな事より味方の士気を上昇させる方がよほど重要だった。更にどうせ今更だ。なら、こちらの方がよほど良いだろう。
「かなり激戦状態か・・・ヤバイな」
カイトは地下通路から跳び上がって外に出ると、即座に状況を見極める。どうやら、まだ第二射は撃たれていないらしい。が、かなり予断を許さない状況にはなっていた。ガトリング砲が停止していたのだ。第二射の予兆と見て間違いないだろう。
「カリン! そっちは頼むぞ! こっちは即座に王城を攻め落とす!」
「おうさ! 任せときな! そっちもしくじんなよ!」
カイトに続いて穴から出たカリンが応ずる。ここからは本来は別行動だが、敵の超巨大魔導砲の存在からもうしばらくは一緒に行動する事になっていた。そうして、数十人の集団が一斉に『ラクシア』都市部へと侵攻を開始する。目指すは、ラクシア城だ。
「全員、屋根の上に登って一気に進軍しろ!」
バリーが声を荒げて率いてきた特殊部隊へと指示を送る。どうやら先んじて都市部への侵攻を行っていた味方がすでに戦闘中らしく、幾つかの戦闘音が聞こえていた。
「レヴィ。こちらカイト」
『出れたようだな。急げよ』
「りょーかい」
カイトは何か作戦に変更がないか問う為にレヴィに連絡を入れて、返って来た短い返答に何も変わらない事を理解する。そうして、彼も仲間に混じって屋根を蹴ってラクシア城へと移動を開始する。どうやらまだ城までは誰もたどり着けていないらしく、城を守る結界は今だ健在だった。
「バリー少佐! こちらで結界は破砕します! そちらは援護を!」
「わかった! ソラくん! 君は彼らの背後を守れ! 他も盾持ちの奴は彼らの攻撃の支援をするぞ! 防御出来ないやつらは敵が近寄らない様に食い止めろ!」
「先輩、カリン! 合わせろ! 三発で完全に結界を破壊するぞ!」
バリーの指示に続けてカイトが指示を下す。カイト単独でも結界は砕けるが、最悪はラクシア城も倒壊させかねない。なのでそこそこの力を三回当てる事で結界を破砕するつもりだった。
「おう!」
「ああ!」
そのカイトの指示に、カリンと瞬が頷いた。そうして瞬がその場から大きく跳び上がり、カリンが<<縮地>>で結界までの距離を詰めて、腰だめに構えを取った。
「・・・思い出せ」
瞬は少し前の記憶を手繰り寄せる。思い出すのは、インド神話最大の英雄の一人の武器。英雄アルジュナの最大のライバルにして兄弟であるカルナへとアルジュナの父である神々の王インドラが授けた神の槍。本来ならば、どんな神だろうと一撃で消し飛ばせる程強大な力を持つ槍だ。
と言っても、彼ではそんな神域の武器を完全に再現する事は不可能だ。幾らなんでも技量が足りなさすぎる。それ故、出せて本物の5%。それも十分な時間があっての話だ。現状だとその更に半分程度が限界だろう。が、それで今は十分だった。
「行け、<<神滅槍>>!」
瞬の手から、超高威力の槍が放たれる。そしてそれと同時に、カリンが刀を抜き放った。
「行くよ、<<壱の花>>・・・っ」
カリンは僅かに腹に力を溜めて、居合い斬りを放つ。それらはほぼ同時に着弾して、結界に大きなひび割れを生み出した。が、まだ砕けない。あと一歩だ。そこに、カイトが現れる。
「行くぜ、<<滅魔の王>>」
カイトの口決に合わせて、彼の姿が昨日も取っていた漆黒の鎧姿に変貌する。そうして、彼が多用していた踏み込みの一撃が放たれた。
「ふんっ!」
猛烈な踏み込みと共に彼の乗っていた建物の天上が砕け散り、カイトの巨大な大剣がラクシア城を守る結界へと振るわれる。それは二人の一撃で弱くなっていた結界を完全に打ち砕いて、その姿を完全に晒させる。
「こちらバリー・シュラウド! 各部隊へ通達! 結界の破壊に成功! 結界の破壊に成功! こちらも全員、一気に突入するぞ! 後ろは振り返るな! 倒れた奴は置いていけ!」
「カイト、内部は任せる! こっちは外をやる!」
「おーけい! 全員、ぬかるなよ!」
カイトはカリンの言葉に応じて、そこで別行動を取る事にする。これからは、カイト達は城の内部でこの内紛の首謀者達の討伐と捕縛、カリン達はこれ以上被害を生まない為にも第二射を今にも放たんとしている超巨大魔導砲の破壊だ。
そうして、カイト達がラクシア城への侵攻を開始した傍ら、外でカリン達は超巨大魔導砲を守る敵の軍勢を相手に戦う事となる。
「ほら、どけどけ!」
流石にカリンを相手に普通の軍人では相手にならない。なので彼女は並み居る軍勢を蹴散らしながら、超巨大魔導砲へと進んでいく。
その間にも彼女の下へとバリーからの報告で一気に進軍速度を上げた冒険者や軍の特殊部隊が集まっていた。バリーの率いる特殊部隊を除けば、全員外の超巨大魔導砲の破壊に取り掛かる事になったのである。
「カリン殿! 遅れたか!」
「いーや、パーティの真っ最中だ! お前らも楽しみな!」
今もまた、冒険者の集団がカリン達に合流していた。とは言え、やはり敵もここが最終防衛ラインとわかっているらしくかなり必死に防衛を行っている。それに、カリンが僅かに顔を顰めた。
「こりゃ、少々ヤバイね・・・」
何時ガトリング砲が停止したかはわからないが、少なくとも今肌で感じる魔力の蓄積具合から見てついさっき、というわけではなさそうだった。であれば、もう何時発射されても可怪しくはない。
一葉達だけであの超高火力の砲撃を完全に相殺出来ないのはすでに実証済みだ。万が一の可能性を考えれば、撃たせるべきではない事は明白だろう。
「ちっ、ここはいっちょ、突撃するしかないか」
カリンは残された時間が無い事を考えて、これ以上長引かせるべきではないと判断する。
「リシアンサス! ちょいと指揮は頼む! あたしはちょっと力を溜める!」
「はい!」
カリンは配下の女剣士に冒険者や預けられた軍の特殊部隊の指揮を任せると、少しだけ精神統一を行う。超巨大な建造物を破壊するつもりなのだ。流石に彼女も溜めが必要だった。そうして、僅かな精神統一の後、彼女はその場で雄叫びを上げた。
「おぉおおおお!」
雄叫びと共に、カリンが居合い斬りを放つ。狙いは、超巨大魔導砲を乗せた台座だ。砲身では切り裂いた所で発射できるかもしれない。故に砲台を破壊する。砲身を自軍に向けられなくしてしまえば、撃っても意味がないのだ。
「おまけだ!」
台座を斜めに切り裂いたカリンはずれ落ちていく魔導砲を横目に見ながら、更に続けて跳び上がる。狙いは、更に横に浮いていた磨かれた鏡の様な奇妙な物体――砲撃を曲げる為の物――だ。万が一の万が一を避ける為、これも破壊しておこうと思ったのだ。
「ふぅ、こんなもんか」
カリンは超巨大魔導砲を完全に無力化して、深呼吸する。これで、とりあえず安心だろう。が、その次の瞬間。彼女へと配下の女性が声を上げた。
「カリン様! 砲身を!」
「ん? っ! 嘘だろ!?」
カリンは砲身を見て、目を見開いた。ずれ落ちていた砲身を中型の魔導鎧が強引に持ち上げて、手動で軌道修正をしていたのだ。
しかもどうやら、魔導砲のチャージは完全では無いだろうにも関わらず撃つつもりらしい。砲身にすでに光が収束していた。おそらくどうせこれが最後ならいっそ、という破れかぶれな考えなのだろう。
「拙い!」
今からでは魔導鎧を破壊した所で間に合わない。カリンはそれを理解する。であれば、彼女が取るべき手は一つだけだった。
「やるよ、<<壱の花>>」
覚悟を決めたカリンは己の相棒に声を掛けると、再び鞘へと納刀する。そうして、彼女はもはや一刻の猶予もない超巨大魔導砲を無視して、その砲口の先へと立ちふさがった。
「すぅ・・・」
カリンは先程より遥かに真剣に、一気に精神を統一させる。その姿とその力の収束に、その場すべての者達が彼女が何をしようとしているかを理解して、思わず戦いを停止してしまった。
「まさか・・・」
「切り捨てる、つもりなのか・・・?」
あり得ない。誰もがそう思いつつも、明らかにそうとしか思えない行動をしているカリンに注目する。そうして、沈黙が舞い降りて誰もがカリンに注目したその次の瞬間。幾つもの魔導鎧に支えられた超巨大魔導砲が、その最後の咆哮を上げた。
「<<壱の花>>」
最後の咆哮と、同時。カリンが目を見開いて、口決と共に抜刀する。そうして、まるで花が花開く様に名刀<<壱の花>>が刃を見せる。するとカリンの足元に無数の艶やかな花が咲いた。それは即座にカリンへと力を与えていき、彼女の持つ力を一気に底上げしていく。
冒険者ユニオンの創設者の一人『榊原 花凛』が残した名刀<<壱の花>>。それは榊原家の、それも主家筋に属する者しか使えない刀だ。その武器技は、榊原家に属する者の力を超強化する物だった。その力を使っていたのである。
「おぉおおおおお!」
カリンの雄叫びが響く。そうして、彼女の放った斬撃と超巨大魔導砲の一撃が僅かな拮抗状態を創り出す。
「おぉおおおおお!」
更にカリンの雄叫びが続く。その永遠とも思える僅かな間の後。この戦場にいるラエリアのすべての者達が見守る前で超巨大魔導砲の一撃が大きくねじ曲がり、上へと吹き飛んでいった。
「ふぅ・・・やっぱ溜め無しは辛いね。あんがとね、<<壱の花>>。あんたが居なけりゃあたしも消し飛んでたよ」
超巨大魔導砲の一撃をかち上げたカリンが疲れた様にため息を吐いた。いくら彼女でも流石にこれを準備もなく強引に食い止めるのは骨が折れたらしい。
それ故にその彼女の姿は、無傷とまではいかなかった。いつもモロ見えに近い状態の着物の上はほとんど吹き飛んでいて、戦場という事で巻いていたサラシで覆った豊満な胸が露わになっていた。下にしても帯は半分以上消し飛んでおり、履いているふんどしが丸見えだ。そのふんどしもかろうじて秘部は隠しているものの、という所だ。勿論、身体の各所にも細かい傷が入っていた。
が、それでも四肢は完全に無事だし、未だに何時もの調子は健在だ。そんな圧倒的な様子を見て、敵が戦意を失うのは無理も無い話しだったのだろう。
「こ、こんなの勝てるわけがねぇ・・・」
「こ、降参だ・・・」
次々に南部軍に所属する兵士達が武器を捨てていく。そうして、それを見ながらカリンはラクシア城中庭へと舞い降りて、降伏した兵士達の処遇や残存する敵部隊の掃討等、指示を再開することにするのだった。
お読み頂きありがとうございました。では、良いお年を。
次回予告:第1044話『侵攻』




