第1039話 閑話 それぞれの停戦
カイト達が一時的な停戦を受けて北部軍の本陣へと撤退し次へ向けて動いていた頃。南部軍でももちろん、慌ただしく動いていた。
「ふむ・・・配置を見直さざるを得んな」
南部軍総司令部でまず真っ先に議題になったのは、当たり前であるが翌日からの艦隊や地上部隊の陣形だ。これを決めない事には他の作業が手に付かない。
「2日連続で常道を外してきたか。見事な物、と称賛するしかないな」
「が、称賛してばかりもいられないのが、こちらの現状だ」
南部軍の司令官達は掛け値なしの称賛をレヴィへと送る。まさか、2日連続で戦略の常道を外してくるとは思わなかったのだ。もちろん、片方は偶然だろうとは思っている。が、それ故にもし三度目をやられては堪らない、という考えが頭をよぎっても不思議はない。
「・・・次があれば、是が非でも防がねばならん。流石に次は支えきれまいな」
「だろう。あの蒼い髪の男の突破力は桁違いだ。確か我が軍の冒険者は一人戦線離脱の可能性が高い、と報告があったな?」
「ああ。ディガンマという冒険者だ。かなりの手傷を負わされたそうだ。現在は治療の真っ最中だそうだが、状況はまだわからん」
「ふむ・・・」
司令官の一人の情報を受けて、他の幹部達が頭を悩ませる。正直、戦線離脱が一人で済んだというのは彼らとしては非常に幸運な出来事と思えた。まだ、人数差は覆っていないのだ。敵に今回の様な奇策を用いて上回られる事さえなければ、勝てる可能性は十二分に存在していた。
「であれば、やはり中央の陣形は分厚くすべきだろう。流石に二度も三度も同じ手を使ってくるとは思えんが・・・」
「思えんが故に、その常道を外されては今度こそこちらの終わりだ。中央突破だけはなんとしても避けねばならん」
幹部達は飛空艇の映像を使って、南部軍の布陣を策定していく。それは彼らの言ったとおり、中央を厚くする陣形だ。敢えて言えば日本で言う単横陣寄りの魚鱗の陣に近い。都市が円形である事も相まって、これは都市を守る上での常道でもあった。都市に籠城出来ない以上は自然な発想である。
ちなみに、今日の北部軍の陣形を日本の名で表すのなら、鶴翼の陣だ。一日目の戦いではカイトが中央突破する事は作戦の範疇だった為、北部軍は彼が分断した中央を左右から包囲して殲滅するつもりに見せかけるつもりだったのである。勿論、北部軍というかレヴィはこの日一日で攻めきれるとは思っていなかったので、これはカイト達の突破力を敵に殊更危険視させる為だけのブラフだ。
「中央に冒険者の部隊を配置。今度突撃してきた場合には、彼らで嬲り殺しにさせる。それが上策ではないか?」
「だろう。流石に三度も中央突破を図られてはこちらの士気にも影響してくる。それに敵の中央の軍に対しても圧力になるはずだ」
幹部達は一人の提案に揃って同意する。と言うより、これ以外に取れる手が無いのが事実だ。彼らが自分で言っていたとおり、今度カイトに中央突破されれば総崩れになりかねない。
たった一撃で一千の兵が戦闘不能に陥る。あの恐怖はすでに軍では共有された認識だ。彼がなんの対策も取れていない場所に舞い降りた時点で、そこの総崩れが確定してしまう。それが陣形の中央で起きる事だけは、是が非でも避けねばならない事だった。陣形が瓦解しかねないのだ。
「であれば、幾つかの重要なポイントに冒険者を配置して何時突撃されても良い様にするべきだろう」
「ふむ・・・確かにそれであればもし予測地点を外れても対処が可能か。一時的に堪えている間に他から増援が駆けつけて、という事もできるか」
まず第一に考えるのは中央を突破されることだ。ここが突破されれば左右の陣形で連携が取れなくなり、各個撃破の危険性が出る。と、そこらの話し合いが一段落した所で、話は敵の軍勢の方へと向かう。
「ふむ・・・そう言えば敵はどういう陣形で来るだろうか」
「単横陣一択だろう。流石に彼奴らもこちらのガトリング砲の脅威はわかったはずだ。ならば、ジリジリと押してくるのが、戦略としては正しいやり方だ」
「そうだろうな。平野での艦隊戦ではない以上、魚鱗の陣や輪形陣は使ってくるとは思えん。おそらく、結界艦を前線に・・・いや、車懸りの陣はどうだ? 結界艦とて常に100%の出力で結界を展開できるわけではない。逐次入れ替える事になるはずだ。であれば、単横陣に近い車懸りの陣で・・・」
「ふむ・・・確かにあり得るな・・・単縦陣で一気に突破という事も・・・」
南部軍の司令官達はああでもないこうでもない、と敵の動きを予測しながら、自分達の戦術を決定していく。そうして、彼らの夜は更けていくのだった。
その一方、戦線離脱を決めた者が居た。それは幹部達も俎上に載せていたが、ディガンマだ。彼は怪我の手当ての為に南部軍が用意してくれた腕利きの医者の所に居たのだが、そこで医者から最終的な診断結果を受け取っていた。
「ふむ・・・これは・・・」
「あー・・・やっぱ駄目か?」
「・・・ええ。おそらく相当遠くへ離れて影響下から出なければ傷の治りはかなり遅まると思われます」
ディガンマのすべてを察している、という表情を見て医者が正直にすべてを明かす。エネフィアの医者は高位の魔術師も兼ねていなければやっていけない。それ故、少し治療しただけでこの傷の状況がはっきりと理解出来たらしい。
「一応、血は止まっています。癒着も始まっている。そう言う意味では、一見すると完治している様に見える。見えますが・・・」
「その実、そう見えているだけか」
「はい。相当高度な治癒を阻害する力が使用されています。ここまで高度な物は正直、私は見たことがない。いえ・・・情けないですが、内紛等対人戦に関する治療はあまり知らない。それ故、この傷は私の手に余る」
「いや、妥当だろう。すまねぇな」
ディガンマは医者に礼を言うと、脱いでいた上着を手に取った。そうしてポケットから財布を取り出すと、数枚の金貨を机に置いておく。
「代金だ。釣りはとっとけ」
「あ、ちょっと! まだ寝てないと!」
「どうせ寝てても治らん。診断書、貰ってくぜ」
「はぁ・・・」
慌てて制止した医者であるがディガンマの言葉が道理である為、強くは引き止められなかった。彼の言う通りこの傷はこのラクシアを巡る戦いが終了するか、彼がカイトの影響下から出るまで癒える事はない。ここに居た所で一緒なのだ。
というわけで、医者の診断書を手に彼は雇い主の所へと向かう事にした。彼は依頼を受けて、ここに居る。である以上、戦線離脱するにしても筋は通さねばならなかった。
「と、言うわけです」
「ふむ・・・診断書は本物か・・・」
ディガンマの依頼主は元老院の一人だった。その彼へとディガンマは診断書を提出していた。が、その顔は訝しんでいた。
「すでに治癒している様に見えるが?」
「・・・この通り、見えるだけって言えば話は早いですね」
ディガンマは上着を捲り傷跡を僅かに強く引っ張った。すると、癒着していたはずの傷口が簡単に開いて血が吹き出した。
「強い魔力を出して動くと、即座に傷が開く。今の俺は出せて半分って所でしょう。一見すると治ってる様に見えるから、バカは再び戦場に立つ。んで、強敵と戦ってる時に傷が開いて全力を出せない事を悟って、しかし手遅れって、わけです。大方そいつを穴にされて戦線を突破って所でしょう」
「・・・」
元老院の古株はディガンマの解説に目を見開いた。物凄い巧妙に練られた戦術だった。彼の言う通り、一見すると完治している様に見える。だからこそ、問題だったのだ。彼とてディガンマの怪我を目の当たりにしなければ理解しなかっただろう。
そして理解すれば、もはや許可を下ろすしかなかった。敵は怪我を押して出てくれる事を望んでいるのだ。その敵の望み通りにやってやるわけにはいかなかった。
「はぁ・・・わかった。依頼は中途で破棄。許可しよう」
「感謝します」
「金については満額は出せんが、今日の君の戦功もある。成功報酬の半分でどうかね?」
「かたじけない」
「わかった。小切手を用意させよう。銀行へ行って受け取りたまえ」
ディガンマは元老院の古株の許可を得ると、立ち上がってその場を後にする。小切手を受取に行ったのだ。報酬については最悪無しでも良かったが、半分でもくれるのなら受け取っておくつもりだった。
ちなみに、今日のディガンマの戦功というのはカイトを撤退させられた事だ。彼の説得に応じた事は当然元老院の古株も知っている為、そこを考慮したというわけだ。ここら、この元老院の古株はしっかりと金勘定はしてくれるタイプだったのがディガンマとしても助かった。
「さて・・・とりあえず今日の夜、密かに南へ出るか。どうせ数人見張られてるんだろうが・・・まぁ、離れるなら自然遠くへ行くか」
ディガンマは銀行へ行って報酬を自分の口座に移し替えると、そのまま次の行動を考える。流石にこのまま残っていて万が一に戦えと言われても面倒だ。彼とて命は惜しい。怪我もあるので、さっさとここから逃げるつもりだった。
「・・・あばよ、蒼髪の兄ちゃん。今度は・・・あー・・・数年ぶりに総会にでも顔出すかねー・・・あー、それか『天覇繚乱祭』に出ても良いかもなぁ・・・その頃にゃ全力出せるだろうし、ちったぁ修行も出来るか・・・」
ディガンマは夜闇に紛れて、『ラクシア』を後にする。その時、最後に北部軍の様子を見て、そんな事を考えていた。が、ここら彼は気まぐれなのでどうするかは微妙だ。
そもそも総会で集まるのは大半がギルドマスター達だ。個人で流れ者をやっている彼には大して関係が無い為、総会に出たのはランクAより上になって数回しかなかった。その数回もでかい魔物の討伐がある、と噂を聞いたからとか言うのが大半だ。出席しない事の方が多かった。
そうして、彼はそのまま一路南へ出て安全圏に入ると飛空艇でラエリアから出国して、カイトの影響下から出て傷を癒やす事にするのだった。
さて、そんなラエリアでの動きの一方。遥か南のヴァルタード帝国でもまた、この『ラクシア』攻略作戦の推移の報告が上がっていた。
ヴァルタード帝国は虎視眈々とラエリアへ切り込む手はずを練っているのだ。密偵を送らないはずがなかった。そんなわけなのであるが、情報が入った直後、帝王フィリオが大きな笑い声を上げた。
「あっはははははは!」
「どうしました、兄上」
「ああ、ティトスか。いや、何。少々面白い報告が上がったのでな」
「先の大笑いを誰でも聞けばわかります」
ティトスは兄の笑い声を聞いてびっくりした様子だったが、そんな彼に帝王フィリオは先程入ってきた報告書を見せた。
「これは数時間前に一時停戦になったラエリアの北部軍と南部軍の一日目の戦いの模様の報告だ」
「はぁ・・・これは」
ティトスも報告書を読んで、何が面白かったのか理解する。そこにはカイトの姿が映っていたのだ。
「どういうわけか、彼もこの戦いに参加させられることになった様子だな。しかもギルドとして、だ。他にも瞬くんの姿が確認されている」
「よく彼がお受けしましたね・・・」
ティトスは素直に驚きを浮かべていた。素直な感想として、彼にはカイトがこんな依頼を受けるとは思えなかったのだ。それに、帝王フィリオも同意した。
「受けたくは無かっただろう。が、受けねばならない報酬を出したと見える」
「報酬? シャリク殿にそんな物がありましたか?」
「一つだけ、ある。カイト殿が是が非でも飛びつかねばならない物がな」
「はぁ・・・」
「『大地の賢人』だ。彼への謁見をちらつかせたのだろう」
帝王フィリオはカイトとラエリアのやり取りを正確に見通した。もちろん、彼とて『大地の賢人』の事を知っている。彼は知る人ぞ知る存在。そしてその者達からすれば、決して無視できる存在ではなかった。
「ふぅ・・・さて。これで勝敗は見えたな」
「それは・・・そうですね。確かに見えました」
帝王フィリオの言葉にティトスも同意した。カイトが北部軍に与している以上、勝敗はすでに見えた様なものだ。であれば、ここからはそれを前提として戦略を構築する。
「シャリク殿・・・いや、シャリク陛下への挨拶を向かう人員を選定しろ。勝敗は北部軍の勝利で終わる。流石に大大老と元老院が壊滅しては、こちらも介入する口実を失う。今保護国に出ている調略の奴らは順次引き上げさせろ。内紛は明日の時点で終わるだろう」
帝王フィリオは矢継ぎ早に指示を下していく。すでに終戦は確定した。シャリクの勝利で、だ。であればこれ以上シャリクの勘気を買うような事は避けるのが、上策だろう。大国同士で揉めて良い事はない。そして揉めれば自分達も不利益を得る。不利益が見えた時点で引くのが、彼のやり方だ。
「ティトス。おそらく貴様に使者として出向いてもらう事になる。準備と他の人員とのやり取りは任せる」
「わかりました」
ティトスは兄の指示を受けて、彼の執務室を後にする。彼は帝王の弟だ。使者としての地位は十分に務まる。そうして、遠くヴァルタード帝国では一足先に終戦後を見越した行動が行われる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1040話『ラクシア攻略作戦』




