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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第55章 ラクシア攻略戦

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第1038話 停戦状態

 ディガンマ達ランクS冒険者5人の撤退を条件として戦線を離脱したカイトに合わせる様に撤退を開始した北部軍。その様子を、カイトは旗艦の窓から見ていた。旗艦なのはもちろん、理由があっての事だ。と、それ故に撤退の様子がよく見えていた。


「んー・・・やっぱ追撃はしないか」

「そりゃ、って、お前に敢えて言う必要もないよな」


 カイトのつぶやきに今日も今日とて怪我をして帰って来たらしい――と言っても勿論大怪我ではない――ソラが笑う。彼は説明しようとしたが、そもそもその戦略を教えてくれていたのがカイトだ。釈迦に説法である。そしてこの程度であれば、瞬でも翔でも理解出来た。


「防衛戦で深追いする程、敵の将軍やらがバカとは思えんしな」

「やっぱ、そうなんですかね」

「だろうな。一度向こうで怒られた」


 瞬は翔の言葉に笑う。どうやら、ウルカに居た折りに何らかの失態を犯していたのだろう。その御蔭で、というわけだ。


「防衛戦の基本は敵を深追いしない。撤退が敵の作戦である事も頭に入れろ。特に秩序だった相手の撤退程、怖い物はない・・・オーグダインさんが口を酸っぱくして教えてくれた」


 瞬は北部軍の撤退を観察しながら、それを何とか学ぼうと必死だった。撤退戦程指揮官の技量が問われる場はない。それが、オーグダインの言葉だった。そうして、カイトが口を開いた。


「撤退ってのは言い方は良いが見ようによっては敗走だ。背後には、敵が居るんだからな。敵を前に背中を見せて逃げるんだ。その危険性はとてつもないし、不安は物凄い。金ヶ崎の退き口、って知ってるか?」

「そりゃ・・・流石に俺でも知ってるよ」


 ソラがカイトの言葉を認める。金ヶ崎の退き口。それは織田信長と朝倉義景との戦いで起きた、おそらく戦国史上最も有名な撤退戦だ。その際、織田信長は同盟を結んでいたはずの浅井長政の裏切りを知り、挟撃を受ける可能性を悟り撤退した撤退戦だった。


「あの時はヤバかったらしいな。実際、死ぬかと思った、というのが正直な話だ。当人いわく、がちやべー、らしかったぞ? だんじょー居なきゃ死んでた、とも」

「あー・・・そう言えば豊久さんも撤退戦で死んでたな」


 カイトと瞬は二人して、自分達が本当に生死の境を彷徨った――豊久は死んだが――戦いを思い出していた。


「いや、ありゃ負けじゃないだろ。関ヶ原の捨て奸は戦法としちゃありだ。お陰で大将首の島津義弘は生き延びたからな」

「一応、言うが。島津豊久も大将首だと思うんだがな」

「まぁ、確かにその時点で負けっちゃ負けだわな・・・が、実際あそこで捨て奸をやらなけりゃ島津義弘含めて全滅必須だ。そもそも、当人も討ち死に覚悟だったんだろ?」

「らしいな」

「なら、しょうがないさ」


 瞬の言葉にカイトは同意しつつ、その上でどれが大将かを詳らかにした話を行う。織田信長はいうなれば島津義弘。それに対して島津義弘は羽柴秀吉か徳川家康だろう。どちらも扱いが違うのは当然の事であった。が、そんなわかった者だけでの会話はソラ達わからない者からすれば、不思議な話だった。


「・・・どんな話だよ」

「ん? ああ、そうか。いや、先輩は<<原初の魂(オリジン)>>に目覚めたっぽいからな」

「・・・マジすか?」

「ああ・・・この間の撤退戦でな。と言ってもまだ使いこなせないから使っていないけどな」

「それでか・・・あー・・・納得っす」


 ソラは合点がいった、という様に死神の魔の手から逃れられた理由を理解する。と、そうして気になったのは、なぜ目覚めたか、だ。


「でもどうして急に?」

「・・・いや、恥ずかしい話だが、あそこで何とかお前を逃がそうと思ってな。必死で食らいついたら豊久さんが物凄い喜んでくれたんだ。で、力を貸してやる、って事でな」

「・・・な、なんかすんません・・・あ、それと遅くなりました。ありがとうございました」


 かなり照れた様子の瞬の言葉にソラも照れる。確かに命懸けで助けてくれたのだとはわかっていた。が、改めて言われるとどちらも照れるしかなかった。


「い、いや。そもそも助けてくれたのはお前だから・・・」

「いや、それでも助けてもらったんですし・・・」


 二人はしばらくの間、お互いに謙遜し合う。が、それはそこそこでカイトが割って入った。


「はーい、ストップ。男でイチャイチャされて得な奴はここには居ませんのですよ。それに本題からずれてるって」

「「っ・・・」」


 カイトの指摘に二人はようやく本題に立ち返る。そうして、再び本題に入る事にした。


「まぁ、そういうわけでな。撤退戦は追い込まれた段階ではマジでヤバイ。潰走必須だ・・・が、今回は敵が切り札を切ってきた為、戦略の見直しをする為の戦略的撤退だな。故にそこまで潰走にはならない。敵を攻略する為、撤退するんだからな」


 カイトは改めて今回の撤退を明言する。それ故、前線に出ていた兵士達もかなり秩序だって撤退していた。それは敗走や潰走とは違う物で、決して悲壮感の滲んだ物ではなかった。

 それ故、瞬もソラもここで一心にそれを学んでいたのである。こういう秩序だった行動は軍が一枚上手だ。幹部である彼らは、学べる時に学んでおくべきだろう。


「・・・前線の兵士が止まったな」

「これ以上はやめろ、って指示が出たんでしょうね」


 ソラ達の見守る前で、敵の行軍が止まる。それは大体最前線から1キロ程度の所だ。当初南部軍が予想していた交戦ポイントでもある。

 そして同時に、そこから更に進めば北部軍の本陣を守る飛空艇艦隊の砲撃をモロに受ける事になる距離でもあった。もちろん、前線から撤退した飛空艇艦隊の射程距離にも入る。そのギリギリの距離だ。そしてそれ以南は南部軍の砲撃が届く距離でもある。ここが、両者の砲撃が届く限界地点だった。


「どっちもやっぱり軍なんすかね」

「だな・・・」


 やはりどちらも戦略的に動いているからだろう。撤退も追撃も秩序だっていて、どこかが不用意な追撃を行ったりする事はほとんど見受けられなかった。

 そうして、ほとんど戦闘が散発的になった戦場から一同は目を背ける。こちらに来たのは呼ばれたからだ。別に見に来たわけではない。時間があったので見ていただけである。


「で、結局俺らはなんで呼ばれてんだ?」


 ソラがカイトへと改めて問いかける。次の作戦で別命を与えるので旗艦まで来い、と言われてカリン達と共に呼ばれたわけだが、そのカリン達が一足先に呼ばれてカイト達は待機していたのである。


「別命だろ、だから」

「今日なんか妙に早く撤退させられたのと関係あんのか?」

「さて・・・流石にそれはここじゃ明言できんだろうし、やるわけにもいかんだろう」


 カイトは目と耳を指し示した上で、ソラの問いかけに首を振る。壁に耳あり障子に目あり、というわけだ。どこで誰が聞いているかもわからないのだ。安易に告げる事は不可能だった。と、そんな事を話していると、どうやらカリン達が終わったようだ。カリンがこちらにやってきた。


「ああ、いたいた。次、お前さんらだってさ」

「ん? わざわざ伝令に来てくれたのか?」

「ま、そんなとこ」

「そか。サンクス」


 どうやらカリンはこちらへの伝令に来てくれたらしい。というわけで、カイトは礼を言って一同を引き連れて旗艦の中にある軍用の司令室へと歩いていく。

 たどり着いたそこはやはり敵の切り札を攻略する為に侃々諤々の議論がなされていたり、負傷兵や破損した飛空艇の応急処置等の手はずを急がせたりするので大騒ぎの状態だった。その中に、シャリクとレヴィも居た。


「陛下。ギルド・冒険部の皆様が来られました」

「ああ、よく来てくれた。っと、今は時間が惜しい。そのままで結構だ」


 カイトの姿を見てシャリクが小さく会釈する。それにカイトが跪こうとした所で、彼の制止が入った。ここでシャリクを見た事が初めてとなる部員達は多かったが、それは横において置かせる事にする。今は、一時的な停戦状態だ。その時間も惜しい。


「ありがとうございます。それで、如何なご用命でしょうか」

「うむ・・・話してくれ」

「わかった」


 シャリクの言葉を受けて、レヴィが説明を変わる。シャリクは色々な手続きに忙しい。そちらもやりつつこちらの応対がある為、細かな説明は出来ないのだ。


「まずは本日の会戦ではご苦労だった。諸君らの活躍でこちらの被害はかなり減らせた。カイト、君の頑張りも称賛に値する。あのおかげで敵の中でもランクSに位置する冒険者の半数を食い止める事が出来、左右の軍勢が一気に敵本陣へと近付けた」

「ありがとうございます」


 カイトはレヴィの社交辞令的な称賛に頭を下げる。ここは、公な場だ。両者共に下手な応対は出来ない。そこに、更にシャリクが明言する。


「これについては、君や他数名には別途で褒美を授けるつもりだ。ぜひ、受けてくれ」

「身に余る光栄です。ありがたく、お受けいたします」


 シャリクの申し出をカイトが受け入れる。これは何も珍しい事ではない。今回の北部軍と南部軍での戦闘では北部軍が勝利した暁には、有形無形問わずで北部軍側にはかなりの褒美が与えられる事になるだろう。もちろん、中には叙勲だけではなく貴族への叙任もあり得る話だ。これはシャリクが信賞必罰を正しく行う事を示す為に厳正に行わねばならない事だ。

 それで冒険部を考えれば、この戦いでランクSの過半数を抑え、更には先の『パルデシア砦』においては気が狂っていると評された作戦を成功へと導いたカイトを筆頭にして何人かは特別に別途報酬が与えられても不思議はないだろう。とは言え、それは不思議のない話だ。なのでシャリクもそれに頷くだけだ。


「ああ・・・腰を折った。続けてくれ」

「ああ・・・それで、今日呼んだのは他でもない。明日の作戦についてだ」


 レヴィはシャリクの言葉を受けると、再び説明を再開する。そうして取り出したのは、一枚の地図だ。


「これを、見てくれ。これは『ラクシア』地下にある地下通路の地図だ」


 レヴィはそう言うと、カイト達にデータ形式に落とした地図を見せる。それはまるで蜘蛛の巣のように入り組んだ迷路の様な地下通路だった。そうしてそれを見せてから、彼女は瞬に視線を向ける。


「瞬。先に貴様が救った密偵を覚えているか?」

「ええ」

「実のところ、そいつはこの地図の入手の為に潜伏していた。地図そのものは入手出来たのだが、そこで捕まったらしい。幸い地図は隠したそうだがな。あの時の貴様の判断は適切だったと言っておこう」


 レヴィは先の密偵がどういう密命を受けて潜伏していたのかを明かす。この入手に失敗したと思った北部軍司令部はこの情報の入手を諦めて別の作戦を構築していたのだが、幸いにも彼は『パルテール』に移送されてカイト達の支援より脱出出来た。なので当初の予定通り、それを使う作戦に出る事にしたのである。

 もちろん、この彼以外にも何人もの密偵が地図の入手を試みていた。が、唯一地図を手に入れ生還したのが、彼だったらしい。とは言え、それも失敗がほぼ確定していた。地図を隠した場所を聞く為、拷問の専門家でもあるデンゼルの所に移送されていたそうだ。地図は捕まる事を察した彼が隠していたらしい。

 そう言う意味ではあの場で密偵を救う事にした瞬の判断は大手柄と言えるものだった。彼らが引き起こした大混乱の最中に彼は倒された敵の装備を鹵獲し、まんまと逃げおおせたそうだ。その結果、この作戦が建てられたそうだ。


「さて・・・それで、この地図を下にして実は先んじて北部軍の先発隊がこの地下迷宮にすでに潜伏している。バリー・シュラウドという元冒険者で現軍属の男が率いる特殊部隊だ。無論、簡単ではなかっただろう事は言っておこう」


 レヴィは一同にバリーの写真を見せる。実は彼はこの戦いに先んじてカイト達を囮にして密かに数名の腕利き達と共にこの地下通路の偵察に出ていたのである。カイトがド派手に暴れまわったのも、実は彼からなるべく視線を逸らさせる為の演技も含まれていたのだった。


「それで、だ。貴様らにはこのバリー少佐の援護を行ってもらう」

「少佐の援護、ですか?」

「ああ。明日の作戦において、貴様らは一度顔見せを行い、その後すぐに揚陸艇で降下。敵陣を迂回して少佐の援護をすべくこの地下通路へと潜入。その後、少佐らと共に敵本陣へと直接侵攻してもらう」


 カイトの問いかけを受けたレヴィが作戦の概要を説明する。やはりカイトはもちろんの事、死神を食い止めた瞬やソラについては南部軍でも無名ではあるもののかなり警戒されている相手になっている。

 どちらも偶然や仕方がない事だったが、二つの戦いで相当暴れまわったのだ。ランクBでもヤバイ奴が居る、程度には噂になっているのであった。相手に警戒させる為にも、そして今日もこの作戦に参加するという事を相手に思わせる為にも、顔見せは必要だった。


「敵本陣・・・可能ですか?」

「強襲で構わん。どうせ見つからずには不可能だと判断している。その為に、貴様ら腕利きを用意しているのだからな」


 レヴィは改めてカイト達に軍では駄目な理由を明言する。だから、カイトやカリン達が呼ばれたのだ。もちろん、地下通路にも敵兵士は巡回しているはずだ。それを強行突破出来る者達でなければ駄目だという判断だった。


「が、見つかった所でこちらの切り札をそこに切っているとわかった時点で敵の主力部隊は最前線に布陣している。足止めは、こちらの本隊で行う。詳しい作戦は後程追って指示する。それに従え」

「そんな都合よく行くんですか?」


 レヴィに対してソラが問いかける。まるでこちらの手のひらの上で敵が動かされている様なのだ。疑問に思うのも無理はない。


「無論だ。明日の布陣はすでに理解している。もちろん、外れた場合の予防策も講じてある」

「はぁ・・・」

「以上だ。詳細については先に言ったが明日早朝のミッションブリーフィングにて説明する。では、休息を取れ」


 ソラだけでなく、レヴィの手腕を知らない者達全員が首を傾げる。が、ここらはあちらの決定だ。しがない傭兵にすぎない彼らには受諾しか許されない。そうして、カイト達はレヴィの命令に従って明日に備えてしっかりと休息を取らされる事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1039話『閑話』

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