第1036話 7つの門
ディガンマら南部軍に雇われているランクSの冒険者集団との戦いの最中にカイトを襲った、第六の攻撃。それは、デンゼルの放った物だった。
とはいえそれを説明する為にも、少しだけ時を巻き戻す必要がある。というわけで、カイトがディガンマの双刃の投擲を受けるより少し前。デンゼルは彼の乗る飛空艇の艦橋にて大絶叫していた。
「あぁあああああああああ! くそっ! くそっ! くそっ! ちぃくしょぉおおおおお!」
デンゼルが目を血走らせて叫ぶ。その目はただ、カイトしか映していなかった。
「はっ・・・はっ・・・はっ・・・もっと撃て! 砲身が焼け付くのも気にするな!」
「は、はいっ!」
デンゼルの命令を受けた艦橋の軍人達は恐怖と共にその指示を伝える。この狂態を見せられては、誰も逆らえるはずがなかった。
「なぜこっちを見ないぃいいいい!」
怒り狂うデンゼルは何より、カイトが一切の反応を示さない事に怒っていた。無理もない。まるで自分に羽虫程の価値もないと言われているようなものだからだ。
これでまだ、カイトが苛立ち一つでも浮かべさせていたのならここまで狂態を晒す事は無かっただろう。だが何も無ければこそ、デンゼルは怒り狂っていた。完全な無視。まるで羽虫の如くに扱っていたのだから、当然だろう。
「こっちを見ろよぉおおおお!」
子供の様に、デンゼルが声を荒げて怒り狂う。しかも悪かったのは、ここが飛空艇の艦橋内だという事だ。如何に怒り狂おうと、ここで暴れれば飛空艇そのものが堕ちる事はわかっている。しかも満足な攻撃もできなくなるだろう。様々な要因から、ここでは暴れられないのだ。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」
声を荒げ肩で息をして、そして再び声を荒げる。デンゼルはその繰り返しだった。それこそが、カイトの目論見であるという事も知らずに、である。
「ちぃ! 主砲の照準をこっちに回せ! この船には艦首のでかい奴があるはずだろう!」
「で、ですが、それは・・・」
「あぁ!?」
「い、いえ・・・」
血走った目で睨まれて、補佐官達が一斉に押し黙る。艦首に備え付けられているという魔導砲は、船の大半のエネルギーを注ぎ込まねばならない物だ。そして同時に並の魔導砲を遥かに上回る超強力な一撃でもある。周囲の冒険者達を巻き込むのではないか、という危惧もあった。
が、ここでデンゼルを更に怒らせるのとどちらが良いか、と考えたオペレーター達は黙るしかなかったのだ。とは言え、何もしないわけではなかった。
「・・・セルヴァ候・・・お聞こえですか?」
『なんだ?』
「実は・・・」
密かにオペレーターの一人がセルヴァ候爵へと状況を報告する。狂態を晒しているのはデンゼルただ一人だ。幾らなんでも何も報告しないというわけがあり得なかった。
『ちぃ・・・』
報告を受けたセルヴァ候爵が顔を顰める。さっさと船を落としてくれ、と彼は思っていた。もちろん、出来る事なら艦隊は無事に戻ってきて欲しいというのが素直な感想だ。
デンゼルは必要なくても艦隊は重要だ。そこらは、リスク・ヘッジという所だ。が、それを見越していたかの様に、カイトは一切の攻撃をしないのだ。
そしてそれに合わせてカイト達にすべてを任せているとでも言わんばかりに、北部軍もデンゼル艦隊へと攻撃していない。それどころかこれが予定調和だとでも言わんばかりに、破損した飛空艇の一時避難場所として艦隊の影を活用している風さえあった。
『これが、預言者とまで言われる者の手腕か・・・』
セルヴァ候爵は敵であるレヴィの腕前を称賛する。この手はずの良さだ。確実にここまで見越した艦隊運用としか思えない。こちらの一歩も二歩も先を行っていた。
『・・・なんとかして、デンゼル一人を外に放り出せればと思うが・・・』
セルヴァ候爵は頭を悩ませる。何を悩むかというと、デンゼルを捨てる策だ。この艦隊はデンゼルの指揮下にある。その恐怖政治とも言える指揮力は未だに保たれている。
しかも、現状この艦隊の左右は魔導砲による艦隊戦の激戦区だ。動くに動けなかった。引くも地獄、留まるも地獄なのである。そう言う意味で言えば、留まった方がまだ攻撃を浴びないだけマシというだけに過ぎない。おまけにこの艦隊の所為で南部軍艦隊中央に位置する艦隊の攻撃が出来なくなっている。
しかもなまじ司令部がデンゼル艦隊が敵の討伐に出たと言ってしまっている為、自分達で攻撃して排除も出来ない状態に自分達でしてしまった。カイト達北部軍がさっさと轟沈してくれると思ったのだ。南部軍にしてみれば現状は自分達では手に負えない最悪中の最悪の状況を創り出してしまった様な物だった。
「あぁああああ!」
そんな報告と相談の傍ら、デンゼルが再び奇声を上げる。どうやら、この船で一番の艦首の魔導砲でさえ無視されたらしい。そもそも飛空艇の魔導砲程度でカイトに傷をつけることなぞ不可能だ。当たり前である。そして、どぉん、という轟音が鳴り響いた。
「・・・」
「え、あ、どこへ?」
「外だ! 僕自らが手を下す! 最初からそうすればよかったんだ!」
デンゼルは目の前のコンソールを叩き壊すなり、踵を返して艦橋の出入り口の方へと歩いていく。それに、これ幸いと――勿論、おくびにも出さないが――セルヴァ候からデンゼルに派遣されていた副官が問いかけた。
「あ、あの・・・デンゼル様」
「なんだ!?」
「艦隊の指揮の方は・・・」
「お前に一任する! いちいち問いかけるな!」
「は、はいっ!」
副官は内心でほっとする。とは言え、デンゼルが次に何かするまでは、その場で待機していなければならないだろう。が、それさえ終われば彼を捨てて南部軍の艦隊に戻れる。あと少しの辛抱だった。そうして、デンゼルが去った後。副官が大慌てで手はずを整え始める。
「ふぅ・・・セルヴァ候へと連絡! デンゼル様がおそらく出陣される! それが終了次第、我々も艦隊に戻ると告げろ! そしてその後の行動についての指示を願え! なんとかそれまでの間にコンソールを修理しろ!」
「「「はっ!」」」
副官の指示を受けて、オペレーター達が一斉にようやく普通の軍事行動に移る。その一方、デンゼルは甲板に出てカイトを睨みつけていた。
「ふぅ・・・ふぅ・・・ふぅ・・・今に見ていろ・・・無視していられるのも、今のうちだ・・・」
デンゼルはカイトをにらみながら、ブツブツと恨み辛みを口にする。そうして、彼は機伺い始める。後先考えずにやれば飛空艇の主砲よりも彼の一撃の方が遥かに高威力だ。だからこそ、彼は身一つで外に出て剣鞭を構えていた。
「・・・」
デンゼルは恨みを込めるように、失った『人形』達を思い出す。その目からは、涙が零れ落ちていた。それは確かにある種の愛があった証でもある。それが良い物か悪い物かはおいておいて、だ。そうして、その見計らった瞬間に、彼は飛空艇から飛び降りてカイトへと襲いかかったのだった。
時は進み、大剣の剣気を消失させたカイトへと襲いかかったデンゼルの攻撃。それはおよそ500メートル先からの物だった。
「・・・やっとか。意外と、長かったかな」
迫りくる攻撃を見ながら、カイトは笑みを浮かべる。まぁ、改めて言う必要の無い事だが、この行動はすべてカイトが誘導したものだ。確実にこの手で捻り潰す。その為には、飛空艇にカイトが乗り込むか彼に出てきてもらうしかないのだ。
が、知っての通り軍事の作戦は個人の感情なぞ無視して合理的かつ確実に成し遂げられる様に動いていく。なのでカイト程の戦力が戦場を度外視して飛空艇に乗り込むなぞ論外中の論外だ。それが勅令であっても、である。
そもそも彼なら飛空艇を一撃で撃墜させられる。そんなちまちまとした手間の掛かる作業なぞ軍事的に見れば論外なのは当然である。
であればカイトがその両方を成し遂げる為には、デンゼルの方から向かってきてくれなければならないのだ。とは言え、それは簡単ではないと思っていた。
(復讐鬼には、二つのパターンがある)
カイトは己が復讐鬼だったからこそ、そう思っていた。
(一つは、遮二無二突撃するタイプ)
これは自分。カイトはそう思う。破れかぶれ、とも言える。相手の力量や周囲の状況を見極めず、ただ仇敵だけを見据え、絶対に殺すという意思だけを糧に生きている様な奴らだ。ある意味では一番はた迷惑な奴ら、とも言える。
(もう一つは、確実に殺せるタイミングを狙う者)
これが、デンゼル。カイトはそう考えていて、そして現実としてそうだった。意外に思えるが、デンゼルは開戦時の時点ではまだ理性が完全に失われていたわけではない。
と言うか残っていた理性を失わせる為にカイトは動いていたのだ。勿論、レヴィもそうなる様に誘導していた。現に彼はカイトを発見するまで堪えて飛空艇の艦内にて指揮を取っていた。カイトの様に向こう見ずではない証拠と言えるだろう。ただ、レヴィに良い様に誘導されただけだ。
「・・・さぁ、行こうぜ」
カイトは牙を剥いて己の内面に呼びかける。今度は、魔王ではない。己の知る限りの最強にして最高の存在を目覚めさせるのだ。そうして、カイトの姿が一瞬だけブレて、次の瞬間にはその場から消え去った。
「ぐ・・・げぇ・・・」
苦しげな音がか細く響く。カイトが現れたのは、先程の地点からおよそ500メートル離れた空中。デンゼルの真ん前だった。そんな彼はデンゼルの喉を強力な力で握り締めて持ち上げていた。
『「悪いな・・・あいにくとこっちもてめぇが仇なんだよ・・・」』
「ぐ・・・」
完全に喉を絞められ何も言う事の出来ないデンゼルに向けて、カイトが一方的に告げる。別に返答は求めていないし、何かをさせるつもりもない。
これから行うのは、一方的な殺戮だ。弁明も釈明も必要ない。犯人はわかっているし、理由もわかっている。敢えて苛立つ必要もなかった。
『「多くは語るまいよ・・・貴様の罪深さは、貴様が一番良く理解しているはずだ」』
カイトはただ事務的に、淡々とデンゼルへと告げる。今更、荒々しく猛るつもりはない。が、それでも抑えきれぬ怒りを受けて、身体から可視化する程に魔力がまるで蒼炎の如くに溢れ出る。
彼の目には遠くマクダウェルにて涙を流すシャーナの姿と、ラエリアで遺体の側で泣いているシェリアとシェルクが見えていた。他にも多くの遺族達が『人形』と化した少女らの成れの果てと対面し、涙していた。その涙に誓って、彼だけは生かしておくわけにはいかなかった。
『「我が身に宿りしもう一つの冥府の女神よ。冥府の女主人・エレシュキガルよ。その力、汝が祝福せし我が身を介して異なる世界に顕現せよ」』
カイトが厳かに告げる。それに合わせて、周囲の空気が一変した。空気は渇き、埃っぽくなる。そして、周囲には薄暗い夜の帳にも似た常闇が垂れ込めていく。
「なんだ・・・これは・・・」
「こわ・・・い・・・?」
周囲の南部軍に属する兵士達が異変に気付いて、思わず怖気づいた。彼らは一様に、この世界が死後の世界のように思ってしまったのだ。
そして、その通りだ。今、カイトは己の力を使って地球のとある冥界を擬似的に顕現させたのである。そうして、その冥界に存在するとされた七つの門が顕現する。
『「咎人よ。門をくぐれ。其は生者の通行を許さぬ門なり」』
カイトはデンゼルから手を放すと、彼の身体は緩やかに七つの門へと堕ちていく。
『「一つ目の門にて汝、ありとあらゆる戦う力を捧げよ」』
一つ目の門を潜ると共に、デンゼルの戦う力が失われる。それには言葉を発する力も含まれていた。これで、もはや彼はカイトから逃れる事どころか一切の悲鳴さえ上げられない。
『「二つ目の門にて汝、見る力を捧げよ」』
二つ目の門を潜ると共に、デンゼルから視力が失われる。
『「三つ目の門にて汝、匂いを嗅ぐ力を捧げよ」』
三つ目の門を潜ると共に、デンゼルから嗅覚が失われる。そうして、四、五、六と門を潜ると共に、彼からは触覚、味覚、聴覚が失われていった。
『「終の門にて汝、残る全ての力を捧げよ」』
最後の門を潜ると共に、デンゼルからは残されていた全ての力が失われる。これで、もはや彼は己が少女らに施した処置の結果と何ら変わらぬ存在になりはてた。
どういう風に感じているのかは、カイトにもわからない。が、少なくとも精神的にまともではいられないだろうことだけは、確かである。これが、彼への罰。生きながらにして全てを奪われた者達への弔いだった。
『「さぁ、終わりだ」』
カイトがデンゼルと同じ高さまで舞い降りる。そうして、二重にブレていたカイトの姿が一つにまとまった。
「・・・神格開放」
カイトの身体が変貌を遂げる。背丈は何時もの本来の姿と同じぐらいだが、顔立ちは更に洗練された様子が出ていた。元々美丈夫だった彼だが、そこに長い時を経た事の蓄積や過去世に由来する嘆きの陰が加わって、もはや人間離れした様相だった。
そして一番変わっていたのは、燃える様な真紅の右目と髪の長さだ。いつもは目が隠れるか隠れないか程度の長さの彼であったが、それはもはや腰まで伸びていた。だがそれは決して整えられていないわけではなく、彼が身に纏う純白の衣である事が相まって神話に語られる神の如き姿だった。
「・・・無駄な殺生はするつもりはない。この力では、貴様しか殺さん」
カイトの言葉に合わせて、何かが起きる。何が起きたのか、というのは誰にもわからない。が、おそらく彼の力の奔流で余計な被害が生まれないようにしたのだ、とは誰もが本能的に理解した。
「・・・」
残ったデンゼルへ向けて、カイトは無言で右手を突き出した。そこにはすでに、超高出力の魔力が蓄積されていた。
「・・・闇に飲まれたまま消えろ。貴様には一切の生存の可能性を許さん」
カイトはそう言うと、心臓に宿る莫大な力を持つコアを活性化させる。それを受けて、残った生身の身体が悲鳴を上げてかつて堕龍との戦いで負った傷跡から血が流れ落ちる。だが、そんなものは無視した。確実に、一切の生存の余地なく消し飛ばす。その為だけに、全力を振るう。そう決めたのだ。
そうして、カイトが右手に左手を添えた。別に何か特殊な事をするわけではない。通常時でさえ桁違いの彼の力を共鳴させて増幅しているのだ。単に魔力を放出させるだけでも、十分に星を貫ける程の威力――勿論、そこまでではない――なのである。なのでこれは単に反動を受け止める為だけ、添えているだけだ。
「あの世で永遠に貴様が殺した少女らに詫び続けるが良い!」
カイトが怒りを吐き出すと共に、彼の右手から超高出力の魔力の光条が放たれる。それはあっという間にデンゼルの姿を飲み込んで、意識を闇の中に包まれた彼を跡形もなくこの世から消し去ったのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1037話『戦線離脱』




