第1035話 化物達の戦い ――第二幕――
カイトとユリィの二人対ディガンマら南部軍所属のランクS冒険者勢の戦い。それはまさかの敵の一人が己の身体にカイトの大剣を突き刺して強引に攻撃を停止するというとてつもない所業により、カイトの足止めを成し遂げていた。
「無駄・・・む」
カイトはこの程度の速度では何もならない、とその場から即座の離脱を図り、しかし再び身体の動きが縫いとめられた事を理解する。それに、目の前で腹に大剣の突き刺さった男が笑った。
「動けないようだな」
「死ぬぞ」
「貴様だけな!」
カイトの問いかけに己の身体に大剣をぶっ刺した男が笑いながら告げる。そうして、その次の瞬間。彼は己の身体から大剣を引き抜いて、その場から飛び退いた。が、その頃には超音速で飛翔するディガンマの双剣は両者の眼前に近くにあり、その余波で男の両足が消し飛んだ。
「ぐっ」
両足が消し飛んだ激痛に男が顔を顰める。が、その次の瞬間、男の姿が消える。おそらく、味方の一人が転移させたのだろう。
「ふむ・・・」
カイトは轟音を上げて螺旋を描く様に回転しながら迫りくる双刃を観察する。5秒で数千回の回転を加えられた一撃は、儀式の成立した回数に比例してとてつもないエネルギーを有していた。地球で例えるのなら最新鋭の核兵器をも上回る火力を持ち合わせているだろう。
「魔王さま」
「構わぬ。予定通りだ。その斬撃を防ぐ事に集中しろ」
「御意」
ユリィはカイトの言葉に応ずると、迫り来る双刃の対処はしない事にする。先にカイトが怒らせた冒険者の斬撃はまだ飛来しており、流石にユリィでもどちらも対処する事は不可能だった。そうして、カイトは大剣を地面に突き刺して右手を前に突き出した。
「・・・ふんっ!」
気合一発。カイトは右腕一本でディガンマの放った双刃を食い止める。
「ぬぅおおおおお!」
カイトが吼える。それと共に、彼の前面で展開していた障壁に更なる力が加えられ、僅かな拮抗状態を作り出した。
「っ・・・追加だ!」
それを見たディガンマは更に追加で魔力を注ぎ込む。どうやら、コントロールそのものは彼が有しているらしい。そうして、更に双刃の力が増大する。
「ふんっ!」
力を注ぎ込んだディガンマに対して、カイトも更に気合を入れる。そしてその次の瞬間、太陽の如きまばゆい光が放たれて、強烈な爆発が巻き起こった。
「やったか!」
冒険者の内の誰かが、爆風と閃光の中で声を上げる。が、それに対して放ったはずのディガンマの顔は、苦々しかった。
「これで、駄目だってか・・・? 流石に無茶苦茶過ぎねぇか・・・?」
「・・・」
閃光が収まった後。そこから現れたのは右腕の篭手を半壊させ僅かに血を滴らせながらもそれ以外に一切の傷の見えないカイトと、そんな彼の足場を氷で創り出していたユリィだ。地面は彼らを中心として半径数十メートルに渡ってごっそり丸ごと消し飛んでいたが、それでもカイトには僅かな手傷しか与えられていなかった。
「魔王さま。右腕のお加減は・・・」
「問題無い。モルが居ないのが悔やまれる程度だ」
「必要とありましたら、私めの氷でせめてもの止血などでも」
「不要だ。ここは戦場。止血する暇があれば目の前の敵と戦う事を考えよ」
「申し訳ありません」
氷の大地に足を下ろしたカイトの叱責にユリィが腰を折る。カイトの右腕は折れていたが、その程度が何なのだ、という風だった。そうして、カイトは左腕一本で再び構えを作る。その顔には脂汗一つ滲んでおらず、無傷の時となんら変わりがなかった。
「右腕一本、か・・・」
「もう一度やれるか?」
「・・・むずいだろ、二度目は」
ディガンマは仲間の問いかけに苦笑を浮かべる。これで、彼らの切り札は全て晒した事になる。もはや隠している札はそれ以下の札だけだ。それが通用するとは、思い難かった。
「魔王さま。あの再生する男は面倒かと思われます。私めが」
「そうしろ。その代わり先の足の早い男はこちらで片付けよう」
「御意」
その一方で、ユリィとカイトは戦術を変えていた。というのも、先程カイトの足を止めた男の方はディガンマと別の意味で厄介だと理解したからだ。
彼の<<原初の魂>>は自己強化だ。そしてこれもまた、特殊能力を保有したタイプの物だ。その特殊能力とは、自己治癒能力だった。
とは言え、単なる自己治癒能力ではないだろう。普通に考えてどれだけ優れた能力でも土手っ腹に風穴が空いて両足が消し飛んだ状態から一瞬で治癒する事はあり得ない。というわけで、カイトは己の見立てをユリィへと告げる。
「あれはおそらく、瀕死の重傷を負った時にのみ発動する類の力だ。細かい傷では発動せんと見る」
「その代わり、瀕死の重傷に陥った時にのみ何度でも全回復という事ですか?」
「ああ。あの男、明らかに自分があの一撃の範囲外に出れたにも関わらず、敢えて半身に食らった様子があった。おそらく自傷であった事もあり、こちらの大剣に突き刺さっただけでは駄目だったのだろう。刺さりが甘かったと見える」
カイトは更に推測を重ねる。確かに一撃で消し飛ばせるのなら話は早いが、残念ながらランクSの冒険者を複数相手にしながら消し飛ばすのはかなり骨が折れる。少なくとも乱戦状態の最前線でやれる事ではない。
派手に周囲を丸ごと消し飛ばす方法になるからだ。であれば、ユリィが氷漬けにして封殺するのがこの場での最善だろう。カイトでもユリィでも相手になれるもう一人の自己強化型の男より、ある意味ではこちらの男の方が遥かに面倒だった。当然、相手も氷漬けを警戒してあまり攻め込めなくなる。勝てないが、負けない選択だ。
「御意。では、こちらで」
「任せる」
カイトは己と相性の悪い敵をユリィに任せる事にすると、そのまま地面を蹴る。そうして、もう片方の自己強化型の男――どうやら転移で強制的に回収され、頭を冷やしたらしい――へと肉薄する。
「ふんっ!」
「っ!」
カイトは再度、地面を強烈に踏みしめての一撃を放つ。今度は豪風を纏った上での攻撃だ。あの速度は面倒だが、彼はカイトが明言した通り軽い。牽制役にありがちではあったが、それ故に攻撃も防御も弱いのである。
「ぐぉおおおお・・・」
カイトの豪風に吹き飛ばされ、男が吹き飛んでいく。殺すつもりはないし、ランクSであり<<原初の魂>>を使っている以上、本来のカイトの性能を考えればこの状態に陥っては殺せば後始末が面倒だ。
故に殺すよりも戦場の外に飛ばす事をメインに考えた一撃だった。まぁ、どうせ転移出来る冒険者の手で復帰させられるだろうが、そんなことは気にしなければ一緒だ。
「来るか」
「ふんっ!」
カイトは再度地面を踏みしめて、ディガンマへと大剣を振りかぶる。それに、五回転程度回転させた刃でディガンマが応戦した。
「はぁあああ!」
ぎぃん、という音が響く。カイトが片手であるという事もあるが、ディガンマはそれでも普通に対応する。そうして、カイトが次の一撃を加える間にディガンマは右手の片手剣を三回転させ、一方の左手の片手剣を更に回し続ける。
「ふんっ!」
「つぅ!」
再度、両者の一撃が交わった。今度はディガンマも右手の一本のみだ。が、それでも彼は何とか堪えきっていた。と言っても顔はかなり辛そうで、全力に近い力を込めて耐えきった事が理解出来た。
そうして一合混じえる間にディガンマの左手の片手剣は十回転しており、次の攻撃の為に力を込めていた。そうして、今度は左の片手剣とカイトの大剣が衝突する。
「ぐっ!」
「行けるか!」
カイトが僅かに顰めた顔から、十回転ならばカイトの攻撃を上回る事が出来ると理解する。が、これはここまで回転させる事が出来たから出来た事だ。すでにこの距離になった状態で連撃の最中には不可能だ。
「七回転がギリギリか!」
数度の剣戟の果て。七回転で何とかカイトと競り合う事が出来る事をディガンマが理解して、そこで安定させる。これで、彼は自己強化系ではないのだ。見事なものだと称賛させられる腕前だった。
「・・・」
カイトは無言でディガンマに称賛を送る。やはりこの中で一番厄介なのはディガンマで間違いない様子だろう。この回転での一撃が彼の<<原初の魂>>に由来するものなのかわからないが、出力は回転数に比例して自由自在だ。しかも両手での高速回転と超高出力、片手での連撃と速度重視とどちらでも対応が可能だ。一見すると無駄しかないこの行動は、その行動の無駄に反して非常に汎用性の高い攻撃方法だった。
「片腕で助かったぜ、蒼髪の兄ちゃん」
「その片腕にしたのは貴様だろうに」
「ありゃぁ、あいつらあっての事だ」
剣戟を交えながら、ディガンマとカイトが言葉を交わす。お互いに義理や仕事で戦っているだけだ。殺されても文句は無かった。それ故か、そこには奇妙な友情の様な感情が滲んでいた。そうして、ディガンマが掛け値なしの称賛をカイトへと送った。
「それに、言わせてもらえりゃ見事はこっちのセリフだ。最後に、教えておいてくれねぇか? それ、どういう奴だ?」
「・・・魔王だ。元はとある異世界にて世界全てと戦った傑物だ。素の実力がまだ届かぬ故、初手での展開を選ばせてもらった」
「なるほど・・・そりゃぁ、一人じゃ勝てねぇわけだ」
ディガンマはカイトの返答になるほど、という一言しか返せなかった。先に彼も言ったが、今ここで対等に戦えているのは片腕を損失したカイトが相手だからこそだ。
幾ら魔力で補えると言っても片腕が使えなければ当然その攻撃速度も出力も両手の時より遥かに落ちる。こればかりは扱うのが四肢のある人であればこそ、当然の話だった。そうして、そんなカイトの返答にディガンマは聞いてもいないのに勝手に己の過去世を語り始めた。
「俺の過去は、まぁ、どうってこたぁ無い男だ。強力な台風みたいなやつだった、とはわかってんだけどな・・・周りをぶん回せばぶん回す程、奴の勢いは増していった」
「どうということは無い様には、思えんな」
カイトは僅かな笑みを浮かべる。ディガンマの過去世は明らかに一角の人物ではあっただろう。そしてそんな台風の目の様な男の一生涯であるというのなら、あの攻撃についても理解が出来た。回転するほど、つまりは風を巻き込めば巻き込む程、強くなる。確かに彼の一生涯に相応しいだろう。
「嬉しいね、一時代の頂点を極めただろう男を殺れるのは。出来れば、その素のあんたがもっと高まった状態で殺したかった。ま、そんときゃこっちが殺されるからごめんだがな」
「確かに、光栄だ。台風の目の様な男を殺せるのは」
両者おそらくそれが最後の牽制になるだろう一撃を交わし、今まで一歩も引かなかったその場から離れる。いまこの時だけは、お互い以外の全てが無意味に変わる。お互いしか見ない。
いつの間にか止んだ無数の魔弾も、遠くで轟く無数の轟音も、響き渡る様々な怒声や悲鳴も全てが無意味だ。ただ、目の前の男を殺す事。それだけにしか、二人の男は意味を持たせない。
「行くぜ!」
「はぁ・・・」
ディガンマは身体全体を回転させて、力を溜め続ける。どうやら、両手だけでなく全身で回転させる事で最大の力を得る事が出来るのだろう。それに対して、カイトは静かに深呼吸する。そうして精神を落ち着けた彼は、一気に駆け出す。
「征くぞ・・・<<覇王天衝牙>>!」
「来い! <<回天轟天斬>>!」
カイトが駆け始めると同時にディガンマは回転を止めて、カイトを待ち構える。その双剣に宿る力は、今までで一番強かった。そうしてカイトの天を衝く様な切り上げの一撃と、ディガンマの溜めに溜めた渾身の振り下ろしの一撃が衝突した。
「ぐぅうううおおおおお!」
ディガンマが吼える。込めた力は、おそらく彼がこの一生涯で一番だった。これで殺せなくとも満足。そんな出来栄えだった。それに、片腕のカイトが少しだけ押し込まれる。
「ぐっ・・・おぉおおおおお!」
押し込まれたカイトは内心で片腕である事を僅かに悔やむ。これが両腕であれば、おそらく即座に押し勝てただろう。が、現実にたらればは無意味だ。そうして、次の瞬間。カイトが吼えた直後。ガラスの砕け散る様な澄んだ音と共に、カイトの大剣が砕け散った。
「・・・これが、限界か」
「見事だ。ある世界では名のある名匠が拵えた金属を使っていた物を模したのだがな」
「よせよ・・・負けたのに格好つけたいじゃねぇのよ」
ディガンマは胸に負った大きな傷に口から血を吐いて脂汗を浮かべながら、しかしそれを一切見せずに笑って膝を屈する。確かに、彼はカイトとの競り合いに勝った。が、そこまでだった。
ディガンマはカイトの大剣を打ち砕く事には成功したものの、彼の大剣に宿っていた力の様な物は砕けなかったのだ。それに彼は押し負けて、何とか咄嗟の判断でギリギリ致命傷は裂けられたものの胸に一撃を貰ってしまった、というわけだ。
「大剣に纏った剣気を剣が壊れた後もそのままにしておける程の猛者か・・・やっぱ、一時代の頂点は遠いな」
ディガンマは僅かに悔しげに負けを認める。負けた証は刻まれた。悔しくはあるが、悔いはない。それに、これだけの時間は稼げた。戦闘として負けたとしても、戦争として勝てれば良い。そういう何処かの負けん気が滲んでいた。
なお、剣気とは剣が纏うオーラの様な物だと思えば良い。剣士達はこれと自分の魔力を混ぜ合わせて剣に纏わせて剣をさも自分の身体の一部の様に操って戦っているのである。
それ故、普通なら剣の大破と共に失われるはずがカイトはそれを強大な力を背景に強引に留めていたのだ。超一流を更に超えた段階に到達出来た戦士のみが可能な芸当だった。
「頭上、注意だぜ」
「知っている」
「おぉおおおお!」
カイトはディガンマの忠告に次いで飛来する先程吹き飛ばした冒険者の雄叫びを聞くまでもなく、その気配だけで気付いていた。そうして、彼は半ば砕かれ実体を失い剣気だけを残す大剣を構える。
が、その瞬間。カイトの笑みが先程までの魔王のそれではなく元のカイトのそれに変わったのを、ディガンマは見た。
「・・・感謝するぜ、ディガンマだったな。この怪我を負わせてくれて」
「!」
乗せられた。何かはわからないが、ディガンマはそれを本能で悟る。が、もう何も出来る事は残っていないはずだ。彼はそう自らに言い聞かせる。そうして、その次の瞬間。彼は味方の転移により、安全圏へと離脱させられる。
「無事か?」
転移をした味方の言葉にディガンマは答える事なく、ただ成り行きを見守る。何かが、可怪しい。そう冒険者の本能が告げていた。
「ぬぅりゃあああ!」
速度重視の冒険者が吼える。彼は空中で力を漲らせて、一気に加速した。重力の加速を極限まで加速させたのだ。そうして一気に加速が増した一撃が、カイトへと襲いかかる。それはまるで軽いと貶した一撃にはこういう使い方もあるのだ、と言わんばかりの気合と技術、そして強大な力の篭った一撃だった。
「ふんっ!」
カイトは上空からの攻撃に対して、地面を踏みしめて迎撃する。敵の攻撃は威力こそディガンマの一撃には及ばなかったものの、自己強化型の力をこの一点にのみ集中させたとてつもなく強力な一撃だった。
故に、迎撃には成功するもののカイトの大剣の残骸が纏っていた剣気が完全に消失する。そもそも残っていた剣気は無理やりに残っていただけだ。多少の無茶も出来る事はない。即座に自壊するのが、関の山なのである。
「はぁ!」
カイトは剣気を消失させた大剣の柄を消失させると、僅かに跳び上がってすれ違いざまに冒険者を回し蹴りでディガンマ達の方へと蹴り飛ばす。具体的には、怪我の治療も忘れたディガンマへだ。
「ぐぅ! てめぇ、俺になんか恨みでも・・・って、敵か」
「す、すまん・・・大丈夫か?」
吹き飛ばされた冒険者がディガンマに謝罪する。決してディガンマの傷は浅くはない。致命傷ではないが、彼の傷は浅くはないのである。それ故の謝罪だ。と、その謝罪で一瞬気が散ったディガンマだが、そのおかげで今まで自分が何が可怪しいのか気づけた。
「・・・何?」
ディガンマの目が見開かれる。それは聞こえていた物が無い事に気付いた顔だった。そうして、それと同時。この戦場にあり得ないはずの、第六の刃がカイトへと襲いかかったのだった。
お読み頂きありがとうございます。
次回予告:第1036話『7つの門』




