第1033話 強者達の戦い
かつて魔王だった男の<<原初の魂>>を覚醒させたカイトは、レヴィの指示を受けて敵陣の中央、それもランクSの冒険者達を前に戦っていた。
「っ!」
ぶぉん、と振り回された超巨大な大剣をディガンマは何とか回避する。その内心は驚愕に占められていた。まず可怪しいのは、こんな大剣を音速を超える速度で振りかぶれる事だ。
そして次に、こんな獲物を選んでいる事だ。一体どういう考え方をすれば、こんな普通なら使い物にならない武器を獲物として選ぶのか。きちんと使えているだろう、という答えを言われれば確かに、と答えるしかないランクS冒険者一同であるが、それでも正気の沙汰とは思えない。普通の奴ならどれだけ腕に自信があってもこんなものを使う発想に至らない。
何故か。それはまず、膂力だ。見れば分かるが、この数百メートルもある巨大な大剣はプラスチックのおもちゃでも紙でできているわけでもない。正真正銘の本物の金属で出来た金属の塊だ。それを振り回そうとすれば、とてつもない膂力が必要になる。その点でまず、こんな物を使う事はあり得ない。こんな物を使うのなら素直に大型魔導鎧を使えば良いのだ。
「・・・まさか」
そんな考えをしていたディガンマだが、ある一つの発想を得る。それは確かに、考えられないではない。現に彼の味方の一人――ホタルと交戦した大型乗り――はそのコンセプトの大剣を持っていると聞いたことがあった。
「まさか・・・対艦刀か!?」
「対艦刀? 斬艦刀の事か? それとも斬山刀か?」
「正気か? それを個人で振るう? あり得んぞ」
ディガンマの言葉に冒険者達が一斉にあり得ないと顔に現れる。彼ら冒険者の中の頂点、ぶっ飛んだ奴らと言われる奴らからしても、一言あり得ないとしか言えない所業だ。
そのコンセプトは至ってシンプルだ。面倒なので超強力な膂力を持つ冒険者に超巨大な剣を持たせて飛空艇や大型の軍艦をぶった切ってしまおう、という発想である。
簡単にいえば、ソーラが持っていた大剣の対艦版だ。あれも突き詰めてしまえば、巨大な竜をぶった切る為に剣の方を巨大化させたものだろう。冒険者によって言い方が異なるのはこれが全て正式名称ではないからだ。いわゆる俗称だった。
「拙い! おい、司令部! 聞こえているか!」
ディガンマはカイトの斬撃を回避しながら、必死で司令部へと呼びかける。彼らの目にもデンゼル率いる艦隊がこちらに近づいてきている事は見えていた。
それ故、このまま近づかせるのが拙いと悟ったのだ。彼らの所には戦闘中故にデンゼルを見捨てるという司令部の結論は届いていなかったらしい。
「あれは飛空艇やらをぶった切る為の大剣だ! 今すぐ艦隊を引き戻せ! そのままぶった切られるぞ!」
『何!?』
ディガンマからの指摘に流石の南部軍の総司令部も耳を疑う。彼らとしてもその存在は聞いたことがあったし、そもそも大型魔導鎧の中にはそれを標準装備とした機体も今回の戦闘に参加させている。これはカイトの持つ桁違いの規模の大剣を除けば、軍から見れば普通の武器だからだ。
が、それでも幾らなんでも生身の人がそんな馬鹿げた物を持っているとは聞いたことがないし、軍からしても持たせるという発想そのものが存在していない。ありとあらゆる意味で、カイトは彼らの常識から外れた存在だった。
「魔王さま」
「わかっている」
ユリィの言葉にカイトがほくそ笑む。南部軍は誤認していた。これは確かに、飛空艇も切れるし軍艦だろうと一刀のもとに斬り伏せられる。それも可能な武器だ。
が、決してそうではないのだ。このコンセプトは、たった一つ。一国と単騎で戦う為の物だ。たった一人で万軍を相手にする魔王の為に拵えられた武器だった。
これは敢えて言えば、対軍刀。故に、飛空艇でも要塞でも、軍に関係するありとあらゆる物がぶった切れる。国を相手に戦う為に必要な機能を搭載した物だった。
「・・・ここからが、戦いだ」
カイトは地面を蹴る。ここからが、戦い。敵が誤解した所から、彼らの本当の戦いは始まる。そこを誤解してくれなければ始まらないのである。
「来るぞ!」
飛空艇等の船を断つ剣。であれば敵が警戒するのは、その巨体から来る一撃必殺。故に考えるのは距離を取る事。決して懐には入り込まず、回避を主に考える。
もし万が一射程内で身体が硬直すればその時点で即死は免れない。ならば攻撃より回避を主に考えるのが、正しい戦い方だ。もしも予想が正確であれば、の話だ。
「魔王様。影はおまかせを」
「ああ」
カイトはユリィの言葉に頷くと、その場で立ち止まって巨大化させた大剣を構える。
「っ!」
来る。カイトと視線の合った冒険者は自分が狙われた事を理解して、決して直撃しない様にカイトの一挙手一投足をつぶさに注視して意識を最大に高速化する。何をしてきても良い様に、何時でも対処出来るように、というわけだ。そうして、カイトが大剣を振り抜いた。
「ここだ!」
カイトに狙われた冒険者はカイトが振り抜いた瞬間、<<縮地>>で射程範囲から離脱する。離れた距離は直線距離にして300メートル。振り抜かれる時点で見た全長に加えて、効率等を考えて算出した距離に自分が安全だと思える距離を加えた結果の距離だ。
「おい、双剣使い! 高い金払った獲物使え!」
「おうさ!」
ディガンマは回避に成功した冒険者の言葉に頷くまでもなく、カイトが大剣を振り抜いた隙を狙って懐から二丁の魔銃を取り出していた。一度目のカイトとの戦いでは使わなかった彼の切り札の一つだった。
攻撃力としては双剣より遥かに劣るが、それでも安全に戦えるし射程距離は遥かに長い。そして費用こそ嵩んだが双銃にしたお陰で手数にも長けている。かなり金を掛けて一流を相手にしても効く様に入念な改良も施した。彼はこれをそこそこの切り札として重宝していた。
「食らえ!」
ディガンマはそう言うと、容赦なく最大限の魔力を込めて双銃を連射する。だが、狙いはカイトではない。この程度の魔弾は一睨みする事さえなく弾き飛ばすだろうというのが、彼らの領域だ。
故に狙うのは、カイトの大剣。次の行動を僅かにでも阻害する為の攻撃だった。そしてその直後、残る三人の冒険者がカイトとユリィへと襲いかかる。
「その巨体であれば!」
「この距離は戦いにくいだろうぜ!」
「お前は俺が相手だ!」
一人がユリィへの足止めとなり、残る二人がカイトへと一斉に攻撃を仕掛ける。が、その攻撃でカイトの姿が砕け散った。
「「何!?」」
自分達が攻撃したカイトが氷のかけらとなり砕け散ったのを見て、二人の冒険者達が目を見開く。そしてその眼前でカイトの大剣の柄から半ばまでが消滅し、刃先から半ばに掛けてが氷のかけらとして砕け散った。
実のところ、ここに居たカイトは確かに直前までは本物だったが、途中からユリィの作った氷による偽物だった。そして彼の振るった大剣は、これまたユリィの作った中身の無い氷だった。
「幻影だ」
では、本物のカイトは。彼は安全圏まで退避したはずの冒険者の前に居た。そして、その胴体のど真ん中に大剣をぶっ刺していた。そうして、回避したはずと思い込んでいた冒険者が口から血を吐いた。
「・・・ぐふっ。貴様・・・長さを変えて攻撃後の隙を・・・」
「そうだ。この剣は、その為にある」
血を吐きながらも何が起きたかを理解した冒険者の言葉に、その胴体を貫いたままのカイトが頷いた。やった事はこの冒険者の言った通りだ。カイトは大剣の長さを半分にして重さを軽くしておいて、振り抜いた後の隙を半減。その僅かな隙を利用してその場を離脱して、この冒険者へと肉薄していたのである。
実のところ、轟音を上げて地面を踏み抜く事さえ彼の戦略だった。カイトが何度も地面を踏み抜いて移動している事を敵に記憶させておけば、彼の得意技がこの超強力かつ超広範囲の振り抜きである、と誤解させる事が出来る。そしてそうなれば、カイトが強力な踏み抜きをしてきた時はかなり力が入っている、と誤解させられる。
カイトはあえてド派手な攻撃を何度も演出する事で、これがこちらの攻めの時の癖であると思わせ、更に己が無音で<<縮地>>を使えるという事を無意識的に外してしまう様に誘導していたのである。
「・・・確かに我への命令は足止めだが。別に倒してしまっても構わんのだろう?」
「ああ、その通りだ。倒せるのなら倒してしまって構わんぞ」
カイトの言葉を聞いていたかの様に、レヴィが頷いた。そうして、カイトの方もまるでそれを聞いていたかの様に、大剣を更に深々と突き刺した。
「ぐふっ!」
「では、っ!」
カイトが一気にとどめを刺そうとした瞬間、彼の背後から複数の魔弾が飛来して爆炎を上げる。どうやら、運良くデンゼル達の艦隊がついに到着したらしい。カイトへと無数の魔弾を降り注がせていた。
「ちぃ! 今回ばかりは助かった!」
その爆炎を隠れ蓑に、カイトに土手っ腹を貫かれていた冒険者が大剣を無理やりに引き抜いてその場から離脱する。その腹には血の跡は見て取れたものの、風穴は空いていなかった。
「<<始原の力>>か」
カイトは敵が何らかの<<原初の魂>>を使用した事を理解する。系統としてはおそらく、自己強化。怪我が癒えたのはその副次的な効果という所だろう。
あと一歩だったが、彼はまだ死ぬべき時ではなかったという事だろう。そうして降り注ぐ魔弾の雨と爆炎の中に一人残されたカイトへとユリィが問いかけた。
『魔王様。どうされますか?』
「問う必要は無い」
『御意』
カイトの返答でユリィが指示を理解する。そしてカイトもまた、行動に出た。
「っ! 何!? お前さん、ガン無視だと!?」
その行動に驚いたのは、ディガンマだ。これは仕方がない話で、彼には数日前の『パルテール』での一連の経緯に関する理解が存在している。それ故、デンゼル艦隊を一切無視するというカイトの行動に理解が出来なかったのだ。そしてその驚きが理解出来ぬカイトではない。故に次の狙いはディガンマだった。
「ちぃ! <<回天>>!」
カイトに狙われたディガンマは己が出遅れた事を即座に悟ると、以前と同じく数度双剣をクルクルと回転させて構えを取る。
「・・・む」
「ちぃ! 両腕でも五回転じゃこれが精一杯か!」
ディガンマと打ち合った初撃。カイトが弾き飛ばされる。確かに、彼の方が先んじて攻撃の姿勢を取り、更には攻撃力についても上回っていたはずだ。
だが、結果として吹き飛ばされたのはカイトの方だ。であれば、結論は一つだ。ディガンマの攻撃力が上回っていたという事だ。が、これはどう考えても道理にそぐわない。
「・・・なるほど。簡易儀式か」
吹き飛ばされながら、カイトは何が起きたかを理解する。ディガンマは構えを取るまでの間に、無駄な行動を挟んでいた。が、それが決して無駄な行動ではないのなら、話は早い。
よく言う話だが、何らかの代償を対価に力を得るという話がある。これは主に魔術として活用される事だ。だが、それは武芸にも応用する事が可能だった。
例えば、あえて無駄な行動をする事でそれを何らかの簡易の儀式に見立てて力を溜める。そんな事だって可能だ。それをやったと見るべきだろう。
「・・・危険か」
カイトはこの敵冒険者集団の中でディガンマがかなり危険と認識する。当人に手数も多いし、後手に回ったとて即座に切り返せるだけの練度もある。一番危険と判断するのが妥当だった。
「出来れば、今日の戦いで討伐しておきたいが・・・」
カイトはディガンマを討伐する方法を考え――難しいとは思いながらも――ながら、大剣を巨大化させてその重さで強引に停止する。と、その次の瞬間に、先程カイトに襲いかかった冒険者の片方と、先程彼が大剣をぶっ刺した冒険者が一斉に襲いかかった。
その身にはかなりの力が宿っており、<<原初の魂>>を使っているだろう事が察せられた。どうやら、カイトには生半可な力では勝てないと悟ったのだろう。望む所だった。
「はぁ!」
「でや!」
二人は各々の武器で超速の一撃を放つ。それに、大剣を一瞬で小型化したカイトが大剣を振るおうとして、大剣の時が止められる。
「・・・その程度で魔王様に傷を付けられるとお思いですか」
直撃するかに思われた攻撃だが、その間に割り込んだユリィの氷によって完全に食い止められる。その間にカイトは時の牢獄から抜け出て、その氷ごと大剣を振り抜いた。
「微妙だが・・・防御系か」
大剣を振り抜いた手応えの無さで、カイトは敵が強制的に転移した事を理解する。そして見れば、遠くの冒険者の内ディガンマでも時を止められる冒険者でも無い残る一人がこちらに向けて手を突き出していた。本質がどうかは定かではないが、味方を転移させられる力があるのだろう。
「周囲の空間ごと転移させた様子です。障壁の途切れた様子はありませんでした」
「ふむ・・・転移の隙を狙うのは無理か。防御系一人、補助系一人、自己強化系二人・・・であれば、ディガンマは攻撃系か」
「おそらく、そうなのだと。時折こちらの隙を伺っている様子が」
再び集団と集団で相対する事になったカイトとユリィは推測を交え合う。転移術にも弱点はある。詳しい理論は今は省くが、その転移の性質上障壁が一瞬だけとはいえ全て解除されてしまう事だ。
これにはその性質上例外がなく、身を守る全ての、本能的に展開している物さえ含めて障壁が解除されてしまう。その隙を狙えれば、子供でも――もちろん刹那のタイミングなので不可能だが――ランクSの冒険者を殺せてしまうのであった。近接戦闘を行う冒険者同士で転移術が多用されない最大の要因だった。
「・・・魔王さま。非常にうざったいのですが」
「無視しろ」
ユリィは非常にうざったげな顔で僅かに視線を上にあげる。そこには、数隻の飛空艇が彼らへ向けて魔弾の雨を降り注がせていた。
が、二人はそれを一切無視していた。攻撃も防御も一切しない。見る事さえない。それ故ユリィはうざったげだったが、カイトの方は羽虫が飛んでいる様なうざったささえ見せていない。そうして、僅かに今のカイトが顔を覗かせる。
(・・・オレはかつて、復讐鬼だった。どうすれば良いかは、オレが一番わかっているのさ)
過去世の魔王の裏側で、カイトが嘲笑を滲ませて笑う。そうして、カイトは再びデンゼル艦隊の攻撃を一切無視して戦闘を開始すべく、過去世の魔王の仮面をかぶり直す事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1034話『化物達の戦い』




