第1032話 戦いのやり方
カイトの魂は非常に特殊な因果を辿っている。それは彼の魂がはるか過去に負った大罪の所為であり、贖罪はカイト本人が当たり前の事だろうと諦めている物だった。
そして仕方がないと諦めている彼はその後、人知の及ばぬ永き時をその大罪の贖罪の為に費やした。それはその後の彼の一生涯を幾度となく捧げる物であり、世界を敵に回す戦いでもあった。勿論、これは誰が聞いても可怪しく思うだろう。なにせ罪を償う為に、罪を犯している様な物だからだ。
が、それが彼の贖罪とされた。文明の発展からの栄光、そして成熟を過ぎての腐敗は不可分だ。それ故、その国や文明の持つ自浄作用を上回る事なぞ良くある事だ。
だがそのままでは腐敗したまま、全てが腐ってしまう。無事な部分を救いたいのなら、腐った部分を外科手術、または伐採して切除しなければならないのだ。
それを人は激動の時代や時代の転換点と言うだろう。何処の世界でも何処の国でも繰り返し起きている一つの時代の終焉の混乱。何ら不思議のあることではない、単なるそれだけの事だ。
その終焉を告げる鐘。カイトはそれになる事が、贖罪だった。故に、彼は世界を敵に回す。腐敗した世界の腐敗を外部から駆逐して、内部に残る清浄な種が芽生える土壌を作る。
人を殺し、国を滅ぼす大罪を犯す事が贖罪とされたのである。矛盾しているが、これはいわゆる必要悪だ。いわば告死天使の様な感じと思えば良い。人から見れば厄介者だが、必要な役目。本来、世界側から見た魔王とはそう言う存在だった。その本当の魔王が、今この世に再臨していた。
「・・・蒼炎を纏う戦士か・・・やばいな、これは」
ディガンマは肌にひしひしと感じる寒気から、相手にしているのがおそらく何処かの時代の一つの頂点である事を察する。
一言で<<原初の魂>>と言っても、性能はピンきりだ。それこそ前世が戦う力を持たない農民の様な者からカイトの様な頂点を極めたと言える者まで様々な人が居る以上、当然だ。
それ故に<<原初の魂>>にもかなりの幅の格差が生まれている。その中でも相対する上で最悪と言えるのが、カイトの様な一時代の頂点となった存在だった。桁違いに強くなるからだ。
「死神の奴は・・・向こうか。妥当な判断だな」
ディガンマは続けて、南部軍の左翼陣へと視線を走らせる。ディガンマが流れ者の個人冒険者であるのに対して、死神と表される男はギルドを率いての参戦だ。カイトを相手にするより、敵軍の進軍を食い止める方が正しい戦い方だろう。
そして実のところ、グリムは強敵相手には些か相性が悪い。瞬を相手にあまりに圧倒的な能力を発揮した彼だが、あの力とて万能ではない。弱点はしっかりと存在していた。
そしてそれはカイトを相手にした場合、その弱点故に確実に破られるとグリムその人が理解していたのである。それ故、ここから引いたわけだ。臆病風に吹かれたのではなく、己の評価をきちんと出来ている証だった。
「さて・・・」
じりっ、とすり足でカイトとの間合いを決める。ディガンマとてカイトが<<原初の魂>>を使って突撃してきただろう事は理解している。カイトが切り札を切ってきている事はわかっての話だ。
だから、彼はほとんど取るものもとりあえずやってきていた。切り札を切った冒険者は同じ冒険者でなければ止められない。徴兵された兵士や職業軍人では足止めにもならないのが現実だ。
が、だからといってこちら側まで切り札を切るのは話が別だ。<<原初の魂>>は戦術核にも等しい。ハイリスク・ハイリターンの戦法だ。戦術として考えた上で、それを用いる必要がある。切り札を決めるという事がすなわち、最善の一手であるとは限らないのだ。
カイトとてそれは同じだ。カイトがここでこの手札を切った理由は簡単で、敵がこちらがランクSの冒険者を出してきた、と思わせる為だ。必要だからこそ、切り札を切ったのである。勿論、彼なので一枚切った所で問題はない。
「こっちは5人・・・切り札の数は5枚・・・」
ディガンマは己と並び立つ4人を流し見る。勿論、ディガンマも<<原初の魂>>を使える。が、カイトの様に複数使えるわけではない。
普通は一人につき、一つの切り札。と言ってもこれは飯の種の中でも特に秘している物だ。誰がどれだけ使ってくれるかはわからない。そして、ディガンマとて使うかどうかは微妙な所だ。
「敵の姿から鑑みるに自己強化系に属する過去世か・・・しかも一つの時代の頂点・・・こりゃ、妥当な判断か。あっちの嬢ちゃんは防御系か・・・攻撃系じゃないだけマシと見るか、それとも攻防の両輪が揃っていると見て厄介と取るか・・・」
ディガンマはユリィを見つつ、己の<<原初の魂>>は温存する事を決める。彼は方向性として、攻撃系とする事で己の<<原初の魂>>を定めた。
それ故、一撃必殺とはなれるが当てられなければ意味がない。防御系が敵側に存在する以上、必殺のタイミングを見計らわなければ切り札をただ晒しただけになってしまうからだ。
更には相手の<<原初の魂>>を見極めねば、相性の問題で晒す事も不可能になってしまう。初手切り札は避けるべきと考えた事は普通の事だった。
「・・・」
ディガンマは魔術で僅かに光を屈折させて周囲の者達を観察する。そして、想定通りである事を理解した。ここで厄介なのは全員が敵を強敵と認めて一人では戦えない事を悟っていながら、切り札を晒す事を躊躇っていたのだ。何故か。それは全員が味方ではあるが仲間ではないからだ。
「やばいな・・・」
ディガンマの顔に苦いものが浮かび上がる。カイトの方針を彼は理解している。彼の方針は、ここに敵のランクS冒険者を釘付けにすることだ。南部軍とて北部軍にランクS冒険者が少ない事は把握している。それ故、カイトとユリィ二人に半数以上のランクSの冒険者を釘付けにされているのは非常に拙いのだ。
敵は量より質だ。カリンとジュリエットはランクSの冒険者の中でも上位クラスに位置している。単独では足止めは不可能で、複数のランクSで止めねばならないのだ。
それを考えれば、半数がこちらに釘付けになっている時点でもうランクS冒険者の数に差はほとんど残されていない事になる。
『どうした!? なぜ戦わん!』
「わかってるっての・・・出来るんならやってるよ・・・」
南部軍の司令部からの叱責に、ディガンマは小声で答える。わかっている。彼だって出来る事なら、こちら側から攻撃を仕掛けてさっさと他の戦線に移動したい所だ。
が、その中核となってくれる奴が居ないのだ。ディガンマとて出来るのなら自分でやっている。出来ないから、止まるしかないのだ。
「ふふ・・・複数出せば良い、複数で掛かれば良い・・・上策と思ったか? 残念だが、それは失策だ」
そんな戦場のど真ん中の様子を見て、レヴィが笑みを浮かべる。その言葉と彼女の僅かに見える口元の笑みを見て、シャリクが問いかけた。
『作戦通りだな』
「ああ」
レヴィは笑いながら、シャリクの言葉を認める。そうして、彼女は更に続けた。
「冒険者・・・それも<<原初の魂>>に目覚めたランクSの冒険者はこの状況で切り札を晒したくはないのだ」
『ふむ・・・何時も思うが、何故だ?』
レヴィの言葉が理解出来ず、シャリクは戦闘中だが思わず理由を問う。今こここそが、切り札を切るタイミングだ。それは彼から見ても明らかだ。なのに、切れないとはどういうことか。それがわからなかった。が、これは冒険者ではないからこそわからない事だった。
「簡単な話だ。仲間であれば、別に良い。明日も共に戦うからだ。が、味方であるからこそ、手札を晒す事を躊躇ってしまう。敵であれば、殺せば良いだけの話だ。だが、味方故に攻撃が出来ん。仲間で無いが故に口止めも難しい」
レヴィはくすくすくすと笑う。現状は全て、彼女の手のひらの上だった。カイトが<<原初の魂>>を晒した以上、敵も<<原初の魂>>を晒さなければ勝ち目は限りなく低いからだ。それをわかった上での戦術だった。
「とは言え、あのカイトの<<原初の魂>>は一時代の頂点を極めた猛者の物だ。使わねばならない事は誰もが心の底では理解出来ている・・・が、全員が理解出来ているからこそ使えん」
『だから、なぜだ?』
「全員が、明日の敵となるかもしれないからだ。流れ者を見境なく雇った弊害だな。それを上手く使わせてもらった」
『あ・・・』
笑うレヴィに言われて、シャリクも理解した。彼らは全員南部軍に所属する味方だ。が、決してカイト達やカリン達の様な仲間ではない。明日には殺し合う関係かもしれないのだ。そんな相手の前では決して、己の最後の切り札なぞ晒す事は出来るはずもない。
「特に自己強化系の<<原初の魂>>を持つ者にとって、純粋な強化でない限り<<原初の魂>>は最後の切り札にも等しい。その特殊能力を理解されれば対処される。そしてカイトを相手に戦うとなると、その特殊能力を晒す事になる」
『ここで晒した所為で明日生命を落とす事になるかもしれない、ということか・・・』
「その点、カイトの<<原初の魂>>は単なる自己強化。まぁ、それでも極度に極まってはいるがな。晒した所で痛みは無い。逆に牽制にしかならん」
レヴィはカイトについて、そう評価する。が、そうして語られてシャリクは一つの疑問を得た。
『にしても・・・スルーしたがなぜ貴殿があの少年の<<原初の魂>>を知っていた? これは知った上での戦術だろう?』
「私がそれを知り得たからだ」
『どういうことだ?』
「どうもこうも、偶然知っただけだ。少し前に皇国に根回しを行った時、ついでに奴に根回しを行いに行った。その際に偶然瞬という冒険者に使い方の説明をしていたのだが、そこで偶然に聞いただけだ」
大凡嘘だな。シャリクはそう理解しながらも、それで納得しておく。雇い主に何から何まで教える義務は何処の世界にも存在していないからだ。
『そうか。なら、当然か』
「理解が得られたなら、結構だ」
『っと、今連絡が入った。混乱に乗じて入り込めた、との事だ』
「そうか・・・では、そろそろもう一段進めさせる事にするか」
レヴィはシャリクからの連絡を受けて、現状がこちらの思惑通りに進んでいる事を理解する。実のところ、カイトが彼側から仕掛けないのはレヴィの作戦を受けての事だった。
カイトは予めこうなるだろう事を言い含められており、そうなった場合は敵が攻撃してこない限りは合図があるまで手出ししない様に言われていたのである。
「さぁ、カイト。そろそろ行ってやれ」
レヴィはヘッドセットではなく念話を通して、カイトへと合図を送る。あの状態のカイトはかなり冷静な戦い方をする。それ故、作戦を理解していれば怒りやそういったものに流されずに戦ってくれる。
そういった物を含めて、敢えてカイトが選んだ<<原初の魂>>でもあった。幾らなんでも戦線をほっぽりだしてデンゼルを討伐しに行くのは頂けない。自制心を働かせていたのである。そうしてそんなカイトはレヴィからの命令を受けて、この膠着状態を終わらせる事にした。
「行くぞ」
「御意」
「っ!」
カイトがヘッドセットから何らかの命令を受諾したのを見て、ディガンマ達が一気に構える。そして、その次の瞬間。カイトが問答無用に地面を蹴った。
「ちぃ!」
地面を蹴ったカイトを見て、ディガンマ達は膠着状態が終わったことを理解する。そうして各々武器を構えて衝撃に備えたランクSの冒険者集団に対して、カイトは全員が丸ごと入る程度の大きさにした大剣を容赦なく振りかぶった。
「っ!」
轟音と豪風を伴って振るわれる大剣は凄まじい速度だ。威力は考えるまでもない。こんなものが直撃すればそれだけで凶器だというのに、そこにカイトの莫大な力が加わっている。
ディガンマら攻撃系の<<原初の魂>>は決して触れるわけにはいかない攻撃だった。が、それは攻撃だけだ。自己強化系ではなくとも、防御系なら迷わず防御を選択出来た。
「俺の前世は妙に時間にこだわる男でね」
冒険者の一人が大剣に向けて手を向けていた。それだけで、カイトの大剣が豪風等も一緒に停止していた。そうして力を込めても動かない大剣を手にしたカイトに対して、ディガンマが襲いかかった。
なお、この不可解な停止現象は<<原初の魂>>なのであるが、攻撃系と防御系は共に晒した所で殆ど問題はない。彼らからしてみれば<<原初の魂>>は攻撃の札の一つで、決して隠さなければならない手札ではないからだ。勿論、使わないで良いのなら使わない。
「はぁ! っ!」
「・・・防御系。擬似的だが時を止めたか」
「解除致しましょうか?」
「無用だ」
ディガンマの身体を完全に凍りつかせたユリィの言葉に対して、カイトは更に力を込める。それだけで、強引に止められた時が動き出した。
時を止めると言っても時乃の力が絡まない様子から見て擬似的だし、であれば対人は不可能だろう。出来るのなら最初からやっているはずだし、そこまでは如何に強力な<<原初の魂>>だろうと不可能だ。そしてやっていない時点で不可能だと本人が言っているようなものだ。
「ふんっ!」
「っ!」
カイトが大剣のコントロールを取り戻すのと、ディガンマが氷の結界の内側から出てくるのは同時だった。そうして、遂にランクS以上、化物と言われる領域の冒険者同士の戦いが始まったのだった。
お読み頂きありがとうございました。次回から本格的な戦いがスタートします。当分はカイト無双をお楽しみください。
次回予告:第1033話『強者達の戦い』
2017年12月21日 追記
・表記修正
カイトとユリィはランクEXなのですが、最後の部分にてランクSと誤解を受けそうな記述がありましたのでそこを修正しておきました。




