第1030話 再侵攻
パルデシア攻略作戦から三日。大急ぎで行われた負傷兵の治療と飛空艇の修繕作業は一通り終了し、負傷兵の中でも重傷と判断された兵士達は後方にある帝都ラエリアへと戦闘は出来ないとされた飛空艇に乗せて移送されていた。
「ラエリアへ向かう最後の便がたった今、発進致しました」
「そうか・・・預言者殿。これで、全艦艇発進可能だ」
「そうか・・・では、発進させろ」
「了解! 全艦艇、発進! 目標、南部地方最大都市ラクシア! 全速前進!」
レヴィの指示を受けて、艦隊の総司令が南部軍討伐軍へと合図を送る。それを受けて、数百隻の飛空艇が一斉に『パルデシア砦』から飛び立っていく。それを見ながら、シャリクとレヴィが頷いた。
「勝率はどう見る?」
「・・・半々か。どこまでこちらの戦力を敵が過剰評価してくれるか。それに尽きる」
シャリクの問いかけにレヴィはすでに始まっている戦争を考える。後は、自分達の戦術がどう出るか。それしかない。故に、半々。戦力的には互角。パルデシア攻略作戦によって、そこにまで持ち込めた。
それは良い。良いが、故に半々だ。それ以上には至っていない。と、その返答を得たシャリクが更に別の所に控えていたカイトを見る。
「・・・君に伝えておかねばならないことがある。まぁ、聡い君なら、もうわかったのだろうが・・・」
「・・・レゼルヴァ伯の事ですね」
「ああ。彼が南部のラクシアへ入っている事を確認した」
シャリクはカイトの聞きたかった内容を告げる。先のパルデシア砦攻略作戦の折りには、彼は自分の本拠地であるパルテールへと戻っていた。理由は言うまでもないだろう。
「相当、激怒しているとの事だ」
「でしょう・・・奴だけは、私がこの手でけじめを」
「・・・これは私の、いや、俺の私怨だ。奴は我が国の先王の忠臣を穢した。その分も、そして遠くの地にて嘆く遺族達の分も含めて頼んだ。私怨や復讐を進めるべき立場ではないが・・・あれはやり過ぎだ。ここで、必ず終わらせてくれ」
「かしこまりました、陛下」
カイトはシャリクの望みを受け入れる。そもそも、彼はその為にここに来たのだ。そうして、彼はここにカイトを呼び寄せた理由を告げる。
「彼の布陣がどうなるのか、というのはさすがにこちらもまだわかっていないが・・・レゼルヴァ伯爵の性質から考えて君を狙いに行く事は確実だろう。注意したまえ。そして来た場合は、必ず撃破せよ。これは私・シャリクよりの勅命だ」
「はっ!」
「では、下がって良い」
皇国流の軍の敬礼で応じたカイトへシャリクは退出の許可を与える。そうして、カイトが旗艦を後にしてカリン達の待つ『桜花の楼閣』へと戻っていく。それを背に、レヴィが呟いた。
「・・・奴に突破してもらうのが最適か」
「やはり彼か?」
「ああ。敵としても初手で冒険者が来るのは想定していないはずだ・・・それに、もう一つ」
「む?」
何かがある様子のレヴィを見て、シャリクが眉の根をつける。それに、レヴィはただ笑みを浮かべる。が、別に隠す必要もなかったので答えを出す。
「奴は二重の意味で敵の予想を裏切れる。奴でなければ、ならない理由がある」
「ふむ・・・だが、相当危険な役目になるぞ」
「だろう・・・だから、最前線には奴とユリィの組み合わせにする。奴らは最前線のフラッグ。討伐されるのは困る」
「・・・やはり別に分けると?」
レヴィの考えを見て、シャリクが顔を顰める。先の彼女の言葉を読み解けば、カイトをユリィと共に最前線に進ませ、なおかつ彼らを単独にするつもりと見て取れる。
それはシャリクは己が考える以上に遥かに困難かつ激戦になるという予想だ。カイトで可能かわからなかったのだ。が、それだからこそ、良いのである。
「いっそやはりカリン殿らの方が良いのではないか?」
「いや、奴でなければ駄目だ。カリンやジュリエットらがユリィと共に前線に立てば、敵は全軍で倒そうとする。それは流石に奴らでは支えきれん」
シャリクの問いかけにレヴィははっきりと明言する。当たり前だが、彼女は今回の戦いで切り札足り得る面子の実力は詳細に把握している。そして相手がどういう風に把握しているかも理解している。だからこそ、カイトでなければならなかった。
「奴は敵からすればおそらくランクAの壁の上だと思われている事だろう」
「・・・ユリシア殿と共に降りても、敵の全軍は出ないか」
「そういうことだ」
シャリクの言葉にレヴィは頷いた。これが、カイトでなければならない理由だ。ある程度を引き付けてくれれば良いだけで、全軍を相手にする必要はない。ただ、耐えきれる量をなるべく多くして欲しいだけなのである。
「そもそも冒険者に先陣を切らせるのは戦術的にも常道から外れている。彼らの消耗が著しいからな。そして敵とて、先の一戦にてあいつが先陣を切ったのは事故と当人の判断故とわかっているはずだ」
「当然だろうな。今回は幸い先に軍が出ていたが、無ければなぶり殺しの未来しかないのだからな」
「それに冒険者と言えど本質的には傭兵。そんな場所に行く事は滅多に無い。死地と思えば逃げる」
レヴィはシャリクの理解を把握して、そしてだからこそ、と断言した。
「だからこそ、その定石を外す。今回は奴らには激闘を承知でやってもらわねばならん」
「ふむ・・・その為に彼には最前線で暴れてもらう事にした、か・・・」
シャリクはレヴィの言うことを理解する。理解するが、それは一言で言って正気の沙汰ではない。より的確に言えば、死んでこいと言っている様なものだった。
「彼を死なせるつもりか?」
「死ぬ様な男ではない。匹夫の勇を誇れども近付けず、無双の武勇を誇れども傷付ける事能わず・・・英雄を相手に無双の武勇ではこと足りん。神域の武勇が必要だ。あれはそれを秘している。が、今はまだ性能がそれに追いついていない。当たり前の話ではあるが」
「彼は何時かは英雄成り得ると?」
「運が良ければ、成り得るだろうな・・・故に、英雄と共に在ったユリィを補佐に就け、性能を強引に英雄にまで底上げさせる。英雄となれば、もはや奴にとって他者とは邪魔にしかならん。故の単騎駆け。その意味はわかろうな」
「・・・」
シャリクはレヴィの言うことを理解しながら、どう考えても生還の見込みの無い戦いにしか思えない。確かに、補佐としてユリィを就けるという。生還の可能性は一人よりも格段に持ち上げられるだろう。
が、それでは足りない。間違えてはならないが、ユリィはあくまでも補佐役なのだ。戦士ではあるが、直接戦う者ではない。戦う者を補佐する者だ。
必然の話ではあり同時に非常に難しい事もあるが、ランクSが複数で相手になれば殺せる存在なのである。所詮、彼女は妖精。戦える体躯も無い。修めた武芸とてあくまでも護身術程度。であれば、やはり最悪は二桁ものランクSを相手にするカイトは自殺行為にしか思えなかった。そしてその無言の言葉に、レヴィも同意した。
「わかっている・・・だが、それが最善だ」
「最善と言える理由を告げろ。勅命であり、同時に雇い主としての命令だ」
「はぁ、仕方がない。本来は情報の露呈を防ぐ為に後にするつもりだったのだが・・・」
シャリクの強い語調での言葉を受けて、レヴィは仕方がなしに情報を開示する。
「まず、第一にレゼルヴァ伯が動くと読んだからだ」
「レゼルヴァ伯が? いくらなんでもそれは・・・」
あり得ないだろう。シャリクが言外に否定する。幾ら彼とてカイトを目の前にして戦列を乱して動く事はあり得ない。そう考えたのである。
「シャリク帝の前のモニターのコントロールをこちらに預けろ」
「はい・・・どうぞ」
「今から見せるのはパルテールに残った諜報部の諜報員がパルデシア砦攻略作戦直前に送ってきた情報だ・・・これを、見てみろ」
レヴィはそう言うと、シャリクの命令で彼女へと協力している神聖帝国ラエリアの諜報員がもたらした映像をシャリクへと見せる。
『・・・そんな・・・そんな・・・あぁ、ジョアンナ、ミアン、ラセット・・・』
映されていたのは、焼け果てた別館の前で膝を屈するデンゼルの映像だ。その様子は何に嘆いているかわからないならば誰もが思わず憐れむ様な有様だった。
どうやら彼は内部に収められていた全ての遺体が燃え尽きたと思っているらしい。それはそれで大いに結構だろう。と、その映像をしばらく見せた後、レヴィが本題に入った。
「この後、奴は狂騒状態に陥る。理由なぞ言うまでもないだろう。奴の人形趣味への入れ込み様は誰もが知っているレベルだ。相当、荒れたと言って良い」
「ふむ・・・」
シャリクはレヴィの言葉を聞きながら、己の目でもデンゼルの荒れた跡を見る。流石に危険と判断したらしく荒れている最中の動画は撮影されていなかったが、それでもひと目で相当な荒れっぷりだった事を察せられる様相だった。そうして、そんな状況を見るシャリクへとレヴィが告げた。
「・・・復讐に目を曇らせた奴に、周囲の制止なぞ無駄だ。シェリアの方へ行った時以上に、奴は止まらんさ。例え理性がここで行っては駄目だと理解しようと、な。復讐という暗く淀んだ感情を前に、人は止まれんのさ」
「妙な実感が篭っているな・・・それは貴殿の経験故か?」
「過去の詮索はしない。私の正体については問わない。それが、私がラエリアから得た特権だと判断していたが?」
「・・・わかった。問わない事にしよう」
シャリクはレヴィの威圧的な言葉に降参を宣言する。これは大大老達が出した許可であるが、国として有効な許可でもある。シャリクは国体として神聖王国ラエリアの後継を宣言している以上、そこで結ばれた条約や許可は引き続き継続すると宣言したに等しい。それが国というものだ。例え彼だろうと強制は出来なかった。
「そうだ。それが我々の契約だった筈だ」
「が・・・流石に一つ問いたい。口調はそれで良いのか?」
「どうにかしたいとは思った事はある。が、どうにも出来ん事情がある・・・大大老共から聞いてはいないのか?」
「・・・初耳だ」
「そのようだ。私が得た許可の中にはそれも含まれている。保管されているだろう契約書はきちんと読んでおけ。今回の契約は前提として私が得た許可をそのまま通用させる、という前提がある」
レヴィはシャリクの驚いた様子から、何も知らなかった事を理解する。当たり前だが彼女とて本来は敬語を使える。使えるが、使えない事情があるらしい。知られていないのは正体の隠蔽という大きな話の影に隠れているだけだった。
「不勉強で申し訳ないな」
「ならば、学べ」
「そうしよう・・・その上で、教えてくれ。もう一つの理由は?」
「奴の過去世の力を偶然にも見た。それだけだ」
「では、彼の帰還の見込みは?」
「百度行い百度生きて帰る」
「・・・わかった。許可を出そう。それと共に、ユリシア殿にも支援要請を出せ。説得はそちらで頼むぞ」
「二人の説得は私がやっておこう」
レヴィはそう言うと、カイトが出ていった所から出ていく。そうして向かうのは、カイトが戻った『桜花の楼閣』だ。
「以上が作戦だ」
「あっははは! そりゃまた。わかりやすく一言で言えるな」
作戦概要を話す、と言われて今度の戦闘での初手を聞いてカイトが大笑いする。カイトからしても狂っているというしかない手段だ。
「狂っている・・・単騎で敵陣中央を突破か」
「単騎ではない。その為に、貴様らのコンビを解禁させた」
「・・・やれと?」
「数日前のあれを見て、思いついた・・・得意分野だろう? 奴にとっては。たった四人で世界を敵に回し、世界を束ねた『勇者』により滅ぼされるまで正真正銘の無双を誇った奴にとっては」
「<<滅魔の王>>・・・武勇だけならば、今のオレを遥かに超えている魔王か。もはや朽ち果てた筈の魔王だが・・・な。今一度、この遠くの世界で目覚めるか」
カイトは漆黒の鎧を身に纏う蒼炎の魔王を思い出す。万夫不当の化物。魔族の中にありて魔族さえも恐れさせた最強にして最悪の魔王。ただその存在だけで世界を束ねさせた世界の敵。だからこそ、この場合では使えるのだ。
「相棒を二人欠いているが、問題はあるまい。敵の数はせいぜい10人にも満たない猛者だ・・・一太刀にて猛者一千に匹敵すると評された魔王であれば、余裕だろう」
「そりゃあね」
ユリィは断言する。カイトはこの状態になると果てしなく強い。今でも十分に世界一と表される程に強いわけだが、あの状態は戦闘力だけではなく様々な面で強い。高位のランクSの冒険者複数名が死力を尽くしても一切近寄らせる事は出来ないと断言できる。
正しく、鎧袖一触。その力をかの魔王は持ち合わせていた。というわけで、そんな絶対の信頼を受けてはカイトも答えを決めるしかなかった。
「はぁ・・・」
「まぁ、やりますか。久しぶりに」
「勝手に言うなよ。とは言え、厳冬の魔女と蒼炎の魔王・・・現役復帰しますかね」
カイトとユリィは二人で笑い合う。そして合意を経てカイトが立ち上がる。それにレヴィが頷いた。話し合いは、これで終わりだった。
「そうか・・・ならば、他の面子については本来の戦略をさせる。多くが貴様に釘付けになる事を考えれば、明日は安心して良いだろう」
「そうだな・・・やってやるさ。向こうから来てくれるってんなら・・・殺してやるさ」
ぞわっ、とその場全ての者達が凍りつく様な殺気が放出される。ずっと抑え続けていた殺意だ。存分に放たせてもらうだけであった。そんなカイトにレヴィは恐れる事なく告げる。
「・・・カイト、わかっているな?」
「・・・オレの最大にして一番悪い所か?」
「そうだ」
「はっ・・・今回ばかりは羅刹で行かせてもらうさ。奴を殺す為に、な」
カイトは断言してそのままユリィと共に立ち去る。作戦をソラ達に伝えに行く必要があった。
「・・・魔王の最大にして唯一の弱点は人である事にこだわる事・・・皮肉だがそのこだわりを捨てた時にこそ、魔王は本領発揮だ。忘れるな。魔王が人を捨てた時こそ、真の魔王となる」
その言葉を最後に、レヴィは消える。再び作戦会議を行う為に旗艦へと戻ったのだ。カイトが受諾したなら受諾したでそれに向けて戦術を各所へ伝令しなければならないし、それに向けて動かしたり補給を急がせたりする必要があった。そうして、瞬く間にその日は終わる事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1031話『ラクシア攻略作戦』
2017年12月18日 追記
・構成変更
カイトが弱い様な印象を受けるというご指摘を受けて、『カイトはこの状態になると~』以下の文について構成を見直しました。




