第1022話 閑話 空中の激戦区
瞬達が地上にて南部軍に雇われた<<死翔の翼>>との交戦を開始した頃。カイトはというと、その遥か上空の飛空艇船団に混じって無数の砲撃を交えていた。
「ちっ・・・仕留めきれなそうかな」
レヴィが得たと同じ答えを、カイトも得る。いや、一応言えば本気でやれば普通にこの程度の相手なら簡単に殺せる。が、そもそもそれをやった時点で自分が勇者カイトです、と言っているようなものだ。まだ相手を抑えきれるならまだしも、倒すのであればせめてユリィの補佐は必要だ。
「どうするかな・・・」
幸いというかなんというか、周囲の北部軍飛空艇はすでに退避済みだ。カイトと敵の魔術師は共に超級。そもそもカイトはかつてのラエリアからの撤退戦にて単独で飛空艇の轟沈が可能であると実証している。北部軍はそれを把握しているだろうし、南部軍とて今までの戦績を見ればそれぐらいしてくると理解しているだろう。
なのでこの二人が戦いを始めた時点で、飛空艇は即座に距離を取った。嵐の中に船を乗り入れたいと思う馬鹿は居ないだろう。勿論、両軍の司令部とてそれを把握している。故に距離を取らせたのは両軍の司令部の指示でもある。
「・・・」
カイトは無数に飛び交う魔術と己の魔力で編み出した無数の武器の応酬を見ながら、少しだけ考える。
(厄介な・・・相当な魔力保有量か。数値的にはソラの千倍・・・いや、下手すると万倍に到達するか。いくら魔術特化の冒険者とは言え、この領域に足を突っ込むのは滅多に居ない。超魔術特化型の魔術師か・・・ちぃ)
カイトは顔に苛立ちが浮かぶのを、抑えられなかった。というのも、この相手は近接戦闘がメインのカイトが倒せては可怪しい相手だからだ。出来てこの足止めのみ。自分に攻撃が行かない様にするのが精一杯だ。
(近接を一切考えない遠距離攻撃を極限まで極めた魔術師か。ティナとは違い、魔術を含めてさえ近接は一切考えていないな・・・)
カイトは相手魔術師の身のこなしを見て、その身のこなしだけであればランクC程度である事を把握していた。下手をするとランクCの戦士が相手をしても余裕で殺せるだろう。
勿論、普通に障壁に阻まれて無理だろうし、そもそもそこまで近づくのがランクCでは無理だ。なのでこれは意味の無い考察であるが、近接戦闘の能力としてはその程度というわけだ。が、それ故に絶対にこの相手には近づけない。転移術でも無理だろう。近接戦闘特化のカイトと遠距離戦闘特化の敵では、相手の方に分がある。
(吹き飛ばせれば、話は早いんだが・・・)
手が無いわけではない。幾つかの手はある。が、そのどれもが安易に取るわけにはいかない手だ。
(いっそ、使徒化から星辰展開でイシュタルの力を使うか? 遠からず、神の力は使うつもりだった。今がその最適な・・・いや、だがこの相手なら流石に数キロの距離があると避けられかねないか? エレキシュガルの<<冥界の絶対権限>>はこんな所で使うわけにはいかんし・・・)
カイトは手を考える。出来れば、この相手は仕留めておきたい。明日からの戦いを考えた時、この敵はこちらにとって被害を増大させる最大の要因に成りえる。
出来れば常時でジュリエットが抑えて欲しい所であるが、彼女は力の半分程をシャリク率いる本陣の防衛に力を割いている。出来てせいぜいカイトの撤退支援程度で、この敵の撃破は中々に難しい仕事だ。
(いっそ突撃して一瞬だけ<<冥界の絶対権限>>を使い包囲網を脱して、てのもありかもしれんが・・・)
カイトは更に次の一手を考える。なお、カイトの言うイシュタルとエレキシュガルというのは、地球の神様だ。メソポタミア文明の女神で、姉妹の神様だ。
とある縁によりカイトはこの二人の女神――後一人居るがそれは横においておく――から加護と祝福を受けており、更に懇意にしている一人の少女の力をあわせる事で地球でしか使えない神の力を異世界でも使える様になっていたのである。
「っ!」
だんっ、とカイトが虚空を蹴る。少々、長考しすぎたようだ。隙を見せてしまったらしい。その次の瞬間、彼の真横に魔術が出現した。この領域にまでなると、平然と敵の間近で魔術を展開してくる。なので彼は常に動き回って戦うしかなかった。
「行け!」
移動した先で、カイトは敵の注意をこちらに引き付けるべく無数の武具を放つ。先程からこの繰り返しだ。
「ちっ・・・あいつ、余裕こきやがって・・・」
カイトは先程までとは別の理由で苛立ちを浮かべる。というのも、敵はこちらに砲撃を送りながら呑気に飲み物を飲んでいたのである。
とは言え、勿論これは酒やジュースというわけではない。かなり高価な回復薬だ。敵は陣地に自分の領域を構えている事により、持ち込んだ回復薬で常に魔力を補給しながら戦っていたのである。
(結界の内側から出る気は無いか・・・出てきたら、まぁ、オレの餌食だからな・・・)
相手がわかっているとカイトは判断する。ランクSにまで到達しているからこそ、敵には油断が一切無い。絶対に相手の土俵に登るという事がない。相手を如何にして自分の土俵の上に乗せて戦うか。それを相手は遵守していた。
(行くか・・・? いや、流石にここからだと駄目か)
カイトは砲撃の応酬を行いながら、一瞬だけ横に視線を走らせる。が、即座に駄目だと判断する。当たり前だが、このまま突撃すれば敵は更に猛攻撃を仕掛けてくるだろう。
そしてそれを合図として、左右に退避した飛空艇の艦隊もカイトへと一斉に砲撃を仕掛けると考えられた。流石にその雨の中に突っ込める程、カイトは力を出して良いわけではない。先にも言ったが、やるのなら神の力を使う必要が出て来る。
と、その一方。敵の魔術師はかなりの余裕を見せながら戦っていたのであるが、彼も彼でカイトには素直に感心していた。
「ふむ・・・良い力量であるな。さらにまだ何かを隠している様子でもある」
男の声はかなりの声量が感じられた。敢えて言えばオペラ歌手のような声だ。まぁ、図体もそれに見合ってかなりの巨体だ。それも引き締まった、というのとは無縁。ああえていうのなら贅肉で太っているという領域だ。
とは言え、彼ほどにまで魔術を極めた魔術師であれば、これでも問題はない。動く必要なぞ一切無いからだ。あったとて、普通に転移術で逃げていく。まず、手足を動かす必要が皆無なのだ。
「この力量であれば敢えて飛空術は使わず、<<虚空脚>>の応用で足場を創り出し動いているか・・・? ふむ、であればランクAの壁の上というところか」
男は余裕の表情を崩さぬまま、カイトの動きを観察する。その観察は確かなものだった。確かにカイトはこの戦場ではランクAとランクSの壁の上の力量で戦っている。それを、僅かな応酬で彼は見抜いていたのである。
「摘むには惜しい腕であるが・・・うむ。これも敵故な」
そう言うと男は更に一気に魔術の勢いを加速する。
「おぉおぉ、これに耐えきるか。あと少しやればランクSにも届こうな」
男は楽しげにカイトが必死で応ずるのを観察する。と、そんな所に南部軍司令部から連絡が入ってきた。
『何を手こずっている?』
「む? おお、お主らか。いや、何。この相手、中々な手練だ。ほれ、この時のミッションブリーフィングにてディガンマの小倅が言っておったろう。先王の養育者を救いに来た者が居たと」
『ああ。北部軍の強襲部隊を率いていた男の事か?』
「それよ」
司令部の問いかけに男が頷く。おそらく、カイトこそがその男だと彼は考えていた。そして事実、そうである。当たり前だがディガンマとてこの間の事は全て報告している。故に、北部軍にまだ腕利きが居るだろう事は南部軍も把握していたのであった。
『討伐は可能か?』
「ふぅむ・・・結界が破壊されてよいのであれば、やるが?」
『許可出来ん。そもそも結界を守る為に貴様らを出している。だというのにその貴様が結界を破壊しては元も子もない』
「であれば、まぁ、よほどの事が無ければ即座に討伐するのは不可能であろうな。相手にとっても苦々しい事であろうが、儂にとっても苦々しい事にこの結界がある故にどうしても一撃で仕留めきる事は出来ん」
南部軍の司令部へと、男は素直な見立てを述べる。これには嘘はない。そもそも敵の見立てはどうだ、と言われて見ず知らずの敵に義理立てしてやる必要はない。金で雇われている以上、普通に正直な見立てを報告するだけだ。
『ふむ・・・であれば、その敵をそこから逃がすな。その敵は厄介だ。こちらの陣営に切り込みながら、切り崩せる』
「わかっておるわかっておる。だからすでに手は打っておる」
司令部からの命令に男は事も無げに告げる。彼とて敵の力量やこれまでの戦闘から見て、この敵は横のカリン以上に危険だと理解したからこそ、敢えて自分が攻め込まずにカイトを相手にする事に決めたのだ。戦略的に見ての判断であり、決して武名を轟かせようというつもりはない。
「それで、カリン・アルカナムについては問題無いのだな?」
『そちらについては問題ない。他が抑えている』
南部軍の司令部は男の問いかけにカリンが問題無い事を明言しておく。当たり前だが、カリンの顔と名前は南部軍全軍で共有されている。まず第一に要注意人物としてマークされていた。
が、それ故にカイトについてはかなり注意がおろそかになっており、まさかここまでの突破力と殲滅力を持ち合わせるとは予想外だったらしい。故に彼がカイトを抑える事にした、というわけであった。
『カリン・アルカナムは近接戦闘に長けた戦士だ。それ故、ギルドを率いてきた今回は単独では抑えきれんが、それ故に突破口はあった』
「ふむ・・・どこかのギルドとの契約により、こちらに来る事になりついでに参戦した、という事であったな」
『ああ。北部軍に入っている密偵より、そう報告が入っている。どこのギルドか詳細はまだ不明だが、あの蒼い髪の男の所で間違いないだろう』
ここら、カリン達が来ている事がわかっている様に、南部軍とて北部軍側に密偵を潜り込ませている。が、ここらレヴィの腕の見せ所というか厄介な所で情報操作で冒険部の事は隠していたのであった。
元々カイトが来る事はわかっていたのだ。その為の前準備は前のクーデターの段階で行っていたそうだ。流石に南部軍でもまだ見抜けていないらしい。
「ふぅむ・・・ギルドマスターに相応しい力量ではあろう。ほっほっ・・・まぁ、どこまでかは見ものということで、楽しませてもらうことにするかの」
男は楽しげに笑いながら、敵の事を探っていく。どちらにせよこの突破力と殲滅力を戦線に戻す事は危険だと彼の直感が告げている。なのでカイトに掛かりきりになるのは南部軍としても十分に認められる事だ。
『では、そちらは任せる』
「うむ」
男は司令部からの命令を受諾して頷いた。そうして、更に攻撃は一気に熾烈さを極める事になる。一方、カイトはというとどうしようもない状況に手をこまねいていた。
「ふむ・・・専用のバトルフィールドと言う所か」
カイトはこの短くも濃密な戦いの最中に、周囲が微妙に覆われている事を見抜いていた。出られない様にするため、半円状に何らかの結界を展開しているのだ。規模はおよそ左右に200メートル、上下100メートル程の楕円形だ。
戦いの最中に少しだけ探ってみてそれはわかったが、残念ながら近づいて詳細を確認している暇はない。そして近づいて良いとも思えない。勿論、相手も自分がこれに気付いて戦っている事は把握しているだろう。戦い方がそれ故の物だった。
「どうしたものかな・・・」
カイトは少しだけ頭を悩ませる。おそらくこの結界は近づけば痛いではすまないような何かが編まれていると思われる。出口はある。それは目の前だ。これは半円状、もしくは半球状に設置されている物である為、カイトの前面は結界が展開されておらず、ぽっかりと口を開けていた。
ティナならば解析して上回って平然と出られるだろうが、根っこが近接戦闘の戦士であるカイトには些か厳しいものがある。やるのなら力技で強引にねじ伏せる事だが、それが禁じられているのに出来るわけがない。
「下もヤバそうなんだが・・・」
カイトの顔に苦渋が浮かぶ。この敵を己が抑えねばソラ達もかなり危険だったので仕方がないといえば仕方がなかったが、下の状況もかなり芳しくない。
「ソラが戦闘不能、死んではいない様子だが・・・両腕をやられてるか・・・まさかあそこにギルドが立ちふさがるとはな・・・」
当たり前であるが、カイトは下の状況を把握している。故に何とかして援護してやりたい所であるが、如何ともしがたいのが現状だ。
「・・・こちらカイト。レヴィ、出られるか?」
『なんだ?』
「援護、どうにかならないか? 下もかなりヤバそうでな」
『ふむ・・・ジュリエットに繋ごう』
カイトからの要請に、レヴィは通信回線を弄って通信をジュリエットへと繋ぐ。彼女は攻撃は行わず本陣の防衛を行っており、シャリクの乗艦の甲板にそのまま居て本陣へ仕掛けられる攻撃を防いでいた。
『何?』
「ああ、オレだ。状況は多分そちらからでも見れていると思うが・・・」
『ええ、厄介な豚に捕まっている様子ね。支援が必要というわけ?』
「そういうことだ。悪いが支援を頼みたい。このままではにっちもさっちもいかない」
カイトは素直に支援を申し込む。流石にこの状況はカイト一人ではどうしようもない。なら、瞬がかつてアドバイスを受けた様に仲間に支援を貰うだけだ。
『わかった。とりあえず離脱出来る様に結界を解除する。その後、下の子達の撤退の援護しなさい。その間、あいつは』
『それなら私がなんとかするよ』
「ソレイユか。すまんが頼めるか?」
『はーい』
通信に割り込んだソレイユの申し出をカイトが受け入れる。これで、とりあえずなんとか出来るだけの土壌は整った。後はジュリエットが結界を把握して解呪してもらうのを待つだけだろう。そうして、カイトはもうしばらくの間、敵魔術師と壮絶な撃ち合いを行う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1024話『パルデシア砦攻略戦』




