第1021話 パルデシア砦攻略戦 ――激突――
パルデシア砦攻略戦の最中にようやく合流した他の冒険者の集団と共に敵の前線を蹴散らしつつ進んでいた瞬達は、その最中に黒衣を身に纏った冒険者集団<<死翔の翼>>と遭遇する。ソラの支援を受けつつもその魔の手から辛くも逃げ延びた瞬は、敵の二撃を回避した後、冷や汗がドッと吹き出した。
「はぁっ……はぁっ……」
瞬は己で己の呼吸が荒くなっている事を自覚する。今の一撃は、もし何かが一歩でも遅れていれば確実に彼の首を刎ねていた。
(後一歩……あと一歩前に踏み出していれば、気付けなかった……いや、気づく前に殺されていた……)
瞬は自分が幸運にも助かった事を自覚していた。それほどまでに、敵の攻撃は速かった。そうして、血煙の先に敵が姿を現した。
現れたのは、ドクロを被った黒衣の大男。全身を黒衣のローブで覆い隠した大鎌を持った大男だった。そしてその姿は、ある存在を思い起こさせた。
「死神……?」
「……むぅん……!」
死神。そう思わせる男が、消える。歩いた気配も走った気配も、それどころか動いた気配さえ感じさせなかった。
「っ! まずっ!」
瞬達に声を掛けた豪快な冒険者が危機に気付いた。どうやら彼は瞬達よりも数段上の冒険者らしい。彼は危機に気付くと、その場から一気に飛び退いた。自分が狙われたと分かったのだ。
「ふんっ!」
豪快な冒険者が飛び退いたと同時に彼の居た場所に現れた黒衣の死神だが、敵が逃れたのを見て再び消える。そうして今度は飛び退いた筈の豪快な冒険者の眼前に現れて、大鎌を構えていた。
何が起きているのか、誰にもわからない。だが、転移術を使った兆候は無い。だと言うのに圧倒的な速度で敵を追い詰めていた。であれば、超速で追いついたという事にほかならないのだろう。豪快な冒険者が桁違いであれば、死神の方は更に桁違いだった。
「ぬぅうううりゃぁああああ!」
「見事……」
地の底から響く様な死神の声が響き渡る。目にも留まらぬ速さで振るわれた大鎌を豪快な冒険者は脇腹に突き刺さった所で食い止めていたのだ。もし食い止められなければ、今頃胴体は真っ二つだっただろう。が、その顔はしかめっ面で、必死の形相というのが相応しい。それでも、これで十分に凄い事だった。
「ぐふっ……これだけやって、腹の筋肉まで使ってこのダメージ……<<死神>>の異名は伊達じゃねぇか……」
豪快な冒険者が必死の形相で大鎌を押さえながら額から脂汗を流し、口から僅かに血を吐いた。致命傷ではないが、放置して良いダメージではなかった。下手をすると内蔵に傷が付いている可能性もある。そうしてその称賛の声を聞き届けて、死神が大鎌を持つ手に更に力を込める。
「ぬぅうううん!」
「ぐっぉおおおおぉぉぉぉ!」
死神が吼えて更に力を込め、ドクロの瞳に真紅の炎に似た光が宿る。が、それに豪快な冒険者も呼応して死力を込めた為、刃はそれ以上進むことはなかった。
それを受けて豪快な冒険者は勢いにまかせて大鎌の刃を自らの身体から抜いて、そのままかなり遠くまで吹き飛ばされていった。強引に敵の力に乗る事で離脱したのだ。正しい判断だろう。彼では、一切の勝ち目はなかった。逃げるが勝ち、である。そうして、敵を遥か彼方にまで吹き飛ばした死神が地上へと舞い降りた。
「……ふん!」
裂帛の気合が込められると同時。死神は誰にも気付けぬ程の超速で大鎌を振り抜いた。それだけで、周囲で戦闘に備えていた数多の冒険者達の首が刎ねられる。
「これ、は……」
圧倒的。勝ち目なぞ万に一つ、それどころか億に一つもあり得ない。ソラは見たものを信じられず、ただ呆然と起きている事を見るだけだ。とは言え、これは流石に彼を責められない。
熟練の冒険者達でさえ死神の行動には呆然となり一方的に刈り取られるだけで、それどころか敵の兵士達でさえ呆然とただただ成り行きを見守る事しか出来ていなかったのだ。が、それでも動いた集団が居る。それは黒衣の冒険者達と、<<粋の花園>>の女戦士達だ。
「呆けないで! 敵が来る!」
「っ!」
カリン配下の着物を来た女性剣士――リシアンサス――の言葉で、瞬達が我を取り戻す。我を忘れていたのは、死神を見慣れぬ者達のみ。その下に居るのだろう冒険者達が我を忘れるなぞありえるはずがなかった。
本来は死神が敵の意識を刈り取り、黒衣の者達が敵を刈り取るはずだったのだ。が、彼女らとてランクSのカリンの下で戦っている。この程度では別に呆ける事なぞあり得なかった。彼女らが居て助かった、という所だろう。そうして、瞬はこちらの陣営を立て直す為、雄叫びを上げる。
「おぉおおおお!」
「「「!?」」」
周囲の冒険者達が正気を取り戻す。あまりにありえない現象を目の当たりにしてしまった所為で我を忘れたが、瞬の<<戦吼>>で目を覚ましたというわけだ。そうして、瞬が号令を掛けた。
「全員、構えろ!」
「あぶねぇ! 誰か知らねぇが感謝するぜ!」
「……見事」
何とか態勢を立て直した北部軍側の冒険者達を見て、死神が瞬へと賞賛を送る。そしてそれはつまり、次の標的に彼を見定めた事に、他ならなかった。
「っっっっ!?」
見られた。それを悟った瞬間、瞬は意識が刈り取られる思いがした。あまりに圧倒的。カイトが本気になって相対したとすると感じるだろう化物と呼ばれる者達の出す、戦士の闘気。それが自分に向けられている事を、この時瞬は一瞬で理解した。
「参式!」
一度でも相手に攻撃させれば、自分が死ぬ。瞬は見られた瞬間、それを理解した。この男の振るう鎌は遜色なく、死神の鎌に相違ない。振るわれれば死ぬのだ。
たとえ<<粋の花園>>の女戦士達の支援があろうと、この相手にとっては毛ほどの意味も持たないだろう。カリンでなければ無理だ。
であれば、相手に死神の鎌を振るわせない事しか、彼が生き残る道はなかった。そうして、瞬は一気に<<雷炎武・参式>>を始動させて一気に死神へと突撃する。
「む……」
僅かに死神の気配が揺らぐ。例えるのなら、それは驚きだ。敵の速さが想定以上になった事を見て、驚いていた。
「おぉおおおお!」
瞬は遮二無二、死神へと攻撃を仕掛ける。それは敵の虚を突く事が出来た事と相まって、はるか格上の敵に防御を行わせるという幸運を手にする事が出来た。
「はぁ!」
瞬は迷うこと無く、全力で出来る限りの連撃を加える。一歩でも引けば、その時点で死。それを本能で悟った彼は敵を一気に押し切る事を決めていた。そうして、予想外のあまりの連撃に防御一辺に追い込まれた死神に対して、瞬は連撃の最後に最大の力を込めた一撃を放った。
「食らえ!」
込めれるだけの力を込めた一撃は、死神にダメージを与える事は出来ないまでも大鎌の防御ごと大きく吹き飛ばしていく。如何に死神に例えられようと、人だ。重さはあるし、堪えきれる力にも限度がある。そうして吹き飛んでいく死神を見ながら、瞬は地面を蹴って追撃に入った。とは言え、深追いは出来ない。
「<<鏃の槍>>……いや、駄目だ! すいません、コーチ! 全力、行かせてもらいます! <<死翔の槍>>!」
瞬は攻撃の手応えから、生半可な一撃では殺すどころか牽制する事さえ不可能であると悟っていた。故に彼は己の地球の師匠から教わった彼の切り札を使う事にする。
それは、瞬にとっての禁じ手だ。ケルト神話最大の英雄の一人であるクー・フーリンその人がここぞという時にしか使わなかった伝説の武器。そのコピーだった。使えば、確実に瞬にも多大な魔力の消費を強いる事になるはずの一撃。それを彼は迷うこと無く使う事にした。
「おまけだ!」
瞬は己の師の槍を生み出すと同時に、全力で無数の槍を創り出す。これだけやっても、瞬にはまだ勝ち目が見えない。<<死翔の槍>>はまだ練習中の攻撃だが、それ故に全力でしか放てず並の敵であれば確実に殺せるはずの一撃だ。
それでなお、運が良ければかすり傷という程度にも思えなかった。運が良くて、かすり傷一つだ。それしか見えない。が、それでもやらないわけにはいかないのだ。そうして瞬は先んじて槍を飛ばし、己は地面を蹴って出来るだけ高く跳び上がった。
「おぉおおおお!」
全力に更に全力を加えて、出せる120%を出し切るつもりで瞬は師の代名詞たる<<死翔の槍>>を投ずる。それは死神に直撃するや、その力の余波だけで巨大な破壊を巻き起こした。
「ぐっ……」
全力を更に越えた全力を出した反動で、瞬の額から一気に汗が吹き出した。が、このままでは地面に激突してしまう。なので瞬は己の攻撃で上がった爆煙を見ながら、何とか姿勢を整えて着地した。
「はぁ……はぁ……どう……だ?」
膝を屈しながらも瞬は回復薬を即座に取り出し、何とか体力の回復に務める。が、その次の瞬間。彼は現実というものを、思い知らされる事になった。
「……幾千万の修練を行いし一撃、見事なり……」
地の底から響くような死神の賞賛の声を、瞬は耳にする。死神は無傷で、土煙の中から悠然と歩いて出てきた。牽制以外は全て、命中させた筈だ。はずなのに、黒衣の裾に傷を付ける事さえ出来なかった。
「っ!」
近づかれれば、死ぬ。瞬はそれを理解している。だからこそ、彼は己の身体が悲鳴を上げるのを無視して、出来る限りの槍を生み出して死神へと投ずる。それに、死神はわずかに笑顔を浮かべた気がした。
「良き闘志……しかし、死神に出会った不運を呪え……」
掛け値なしの賞賛。そしてその後に語られた、殺すという絶対の意思。それを肌で感じて、瞬は一秒先の死を理解した。
「あ……」
死んだ。瞬はそう思った。そう思った彼が見たのは走馬灯ではなく、高速化する意識の中、死神が悠然と歩いて自らに近づく事だ。そして、自分はそれに指一本動かせない事を理解した。意識だけが極度に高速化しただけで、身体の動きは高速化していないからだ。
「『リミットブレイク・オーバーブレイク・テンセカンド』! やらせるかぁああああ!」
後数歩。自分が死神の大鎌の間合いに入り、構えを取るのを見るとほぼ同時。ソラの叫び声にも似た雄叫びが響き渡り、可視化するほどに魔力を漲らせて水色の光となったソラが両者の間に割り込んで来た。そうして彼は龍の力を完全に解放して、両腕かつ全力で盾を構えて大声を上げる。
「<<風よ>>! 風の大精霊よ! 俺のありったけの力を捧げる! 今一瞬だけ、力を貸してくれ!」
ソラは裂帛の気合と共に、大声で何処にでも居て何処にも居ないシルフィへと願い出る。この一瞬だけ、この一撃だけ耐えられれば良い。そんな決意が滲んでいた。そうして、それとほぼ同時。死神の大鎌が振るわれた。
「おぉおおおおお!」
雄叫びを上げたソラの盾と悠然と振るわれた死神の大鎌が衝突して、強烈な閃光が放たれる。その圧力を見て、死神が思わず僅かにだが目を見開いた。
「ぬぅ!」
死神は確かに、殺そうと思ってやっていた。やっていたが同時にそれは本気であるわけではない。これなら邪魔が入ったとてその邪魔ごと殺せると思った力で攻撃を放っただけだ。ソラが彼の想像を遥かに上回っていた事で、均衡が生まれたのだ。
それ故、彼は驚いていた。が、驚いたからとて、手に込める力を緩めるわけではない。それどころか、更に強く力を込めた。
「ぐっ! おぉおおおお!」
一気に増大した死神の力を受けて、ソラが苦しそうに顔を顰める。だが、ここで負ければ死あるのみだ。それ故、彼は再び吼えて残る全ての力を絞り出す。そうして再び盛り返した均衡状態に、死神がその仮面の内側にある瞳に賞賛の笑みを浮かべたのを、確かにソラは見た。
「見事なり。その鋼の意思に敬意を表しよう……ぬぅううううん!」
賞賛と共に、死神が初めて吼える。地の底から響くような声なのに、そこには確かな敬意の意思が滲んでいた。そうして、更に一気に死神の力が増大する。
「ぐっ……あ……」
ごきり、という嫌な音が響いたのを、ソラは耳にする。そして同時に両腕を襲う激痛を感じながら、一瞬で耐えられない事を本能で悟る。
そうして、本能が悟ったからだろう。無意識的に彼は足で堪えていただけを力を抜いた。すると、どうなるか。当然だがソラの身体は大きく吹き飛んでいく事となった。
「……見事なり。そしてその身を守る防具を作った鍛冶師に感謝せよ。その鎧が凡百の物であれば、今頃貴様の身体は五体満足ではなかったであろう……」
何度も地面に激突しながら吹き飛んで塹壕の壁に激突したソラを見ながら、死神が彼へと賞賛の言葉を送る。傭兵に近い彼だが、彼とて冒険者だ。若い芽が育っていた事を喜ぶ感性はあるらしい。
そして戦闘不能になった者まで、命を取ろうとは思わない。死神は死ぬべき存在の命を刈り取るが、それ以外は刈り取らない。ソラは正しく、死神の魔の手から逃れたのだ。
とは言え、それはこの死神の魔の手というだけで、他の死神は気にしないので一緒ではある。が、それでも今の窮地を逃れた事実はある。ならば、担いで逃げられるのだ。
「ソラ!」
目の前で吹き飛ばされていったソラを見て、瞬が叫び声を上げる。彼のお陰で、瞬は一秒先の死を逃れる事が出来た。が、その結果がこれだった。全員の顔には焦りがあった。そうして、ソラの稼いだ数秒で何とかもう一つ回復薬を飲み立ち上がれるほどに回復した瞬が、声を張り上げた。
「綾人、兼続! ソラを担いで今すぐ逃げろ! こいつは勝てる相手じゃない! 万が一にも勝てない! 全員撤退だ! 態勢を立て直す!」
カイトも居ない。カリンも居ない。ホタルも居ない。女戦士達も他の冒険部のメンバー達も黒衣の冒険者達と戦うので精一杯。そんな現状では、このまま戦った所で<<粋の花園>>の女戦士達と全員揃って屍を晒すだけだ。ならば、逃げるしかなかった。
「っ! わかった! 山岸!」
「はい!」
藤堂の指示を受けた翔が幻影を生み出す。元々、こういう戦場でスカウトたる翔が出来る事は少ない。特に死神のような超級の相手が出てきた場合はそれが顕著だ。
それでも、なぜ彼を人選に入れたのか。それはカイト達が万が一を考えて、瞬達だけでも撤退出来る様にした為だった。彼が作る幻影はかなり精巧にできている。たとえ超級の相手だろうと、数秒ならば惑わせる事が出来るのだ。そしてその判断は、正しかった。
「なんだ!?」
「霧!?」
「……ふむ」
黒衣の冒険者達が唐突に立ち込めた魔術の霧を見て、思わず困惑する。これが幻術である事は彼らも理解している。理解しているが同時に、その精巧さ故に一瞬であれど惑わされたのだ。そしてこの一瞬こそが、冒険部全員の生命を救った。
「っ……なんとか、か……」
遠ざかった死神の魔の手を見て、藤堂が冷や汗を拭う。彼らは霧が立ち込めると同時に、全力で地面を蹴った。そうして敵も味方も全て無視して、その場を離脱したのだ。
その距離、たったの100メートル。だがそれでも、この戦場ではどれほど難しい距離か考えるのは難しくないだろう。だが、それでも。化物が化物である理由は、それを覆してくる事にこそあった。
「危ない!」
リシアンサスが叫ぶ。それと同時に、彼女と近くに居た女剣士が同時に刃を振るった。そして、その次の瞬間。一同の眼前に死神が再び、現れた。
流石に黒衣の者達は間に合わなかったようだし、他の冒険者達の相手もある。追ってきたのは、死神一人だった。が、それは同時に死神一人で十分である、という証でもあった。
「ぬぅうん!」
「「きゃあ!」」
リシアンサスともう一人を二人同時に、死神が吹き飛ばした。二人の力量故に死んでこそ居ないだろうが、大きく距離を取らされてしまった。
「シアさん! リンさん!」
吹き飛ばされた女剣士達の名を瞬が叫ぶ。幸い傷を負っていない事は見えたので死んでいない事はわかったが、同時に最も強い二人が距離を取らされたのだ。絶体絶命だった。
「逃さぬ」
死神が告げる。それは、当たり前だった。逃げるのなら後ろを振り返る事もなく、それこそ戦場を離脱するつもりで逃げねばならなかった。態勢を立て直す、では駄目なのだ。それを、ここで瞬は直感で悟った。
「ソラは全力を越えた全力を出した……なら、やれるはずだ」
瞬は己の禁じ手の中でも最大の禁じ手を切る事を決める。調整が出来ていないが故に禁じ手の<<死翔の槍>>とは違い、こちらは己の身体を顧みないが故の禁じ手だ。そしてそれはつまり、こういうことだ。己はここに残る、と。
「綾人、兼続! 今すぐ本陣にまで撤退しろ! 戦線離脱だ! 立て直しでは駄目だ! 後ろは振り返るな!」
「瞬! 貴様はどうする!?」
綾崎が瞬へと問いかける。それに、瞬は<<雷炎武・参式>>を起動しながら死神を睨みつけた。
「俺はここで残る。なんとか、時間を稼ぐ……行け!」
「っ……」
瞬の声に、綾崎が顔を顰める。が、これに口を挟んだのは、<<粋の花園>>の女戦士の一人だった。
「……彼を搬送して、すぐに戻ります。それまで、耐えられますね?」
「……後は、頼みます」
苦渋の滲んだ女戦士の言葉に、瞬が一切振り返る事なく、そしてその言葉を肯定する事なくただ頼みだけを行う。もしここで彼女らが食い止めると言ったとて、一分も堪えきれないだろう。
そしておそらく、周囲に居る敵冒険者達はこちら目掛けて来ているはずだ。そして冒険部の面子はソラを担いでいる。まともには戦えない。撤退する冒険部の護衛が必要だった。そんな彼の決断を、綾崎もまた見て取って盛大に顔を顰める。が、最後の決断が出来ず、故に問いかけた。
「瞬! なにかあるんだな!?」
「ああ、任せろ! 行け!」
「っ……! わかった! 絶対に死ぬな! 天城を置いてすぐに戻る!」
「赤羽根! 撤退時に可能な限り一条を支援してやれ!」
「わかっている! 山岸も全力で援護しろ!」
三年生組が苦渋の表情で撤退を決断する。このままやったとて、全員死ぬだけだ。なら、誰か一人が時間を稼がねばならないだろう。そうして一人残り決意を決めた瞬を見て、死神が大鎌を構えた。そんな彼を見て、瞬が小さく口を開いた。
「感謝する」
「良い……その高潔さに敬意を表したに過ぎぬ」
「……行くぞ」
「……よかろう」
死神の配慮に感謝を示し、その返礼として全力を覚悟した瞬に、死神が応ずる。己の生命を賭した戦士が相手になるというのだ。どれだけそれが格下の相手であろうと、それを無視するのはあまりに無礼だ。それだけは、彼も戦士として許容出来なかった。
そうして、死神というには高潔な戦士の風格がにじみ出た彼に瞬は感謝を懐きながら、その返礼として全力を超えた全力を出す事にした。この彼には、自分の禁を破っても良いと思ったのだ。
「<<雷炎武・禁>>!」
「むぅ!?」
死神が驚きを露わにして、その直後に轟音が響いた。そうして驚きを露わにして僅かに背後へと押し込まれた死神に対して、瞬は再び地面を蹴って肉薄する。そうして、全てを投げ打った瞬による生命を賭した決死の時間稼ぎが始まるのだった。
お読み頂きありがとうございました。明日はちょっとカイトの方です。
次回予告:第1023話『閑話』
2019年5月10日 追記
・ここから数話、<<粋の花園>>についての記述を追加しました。




