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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第54章 パルデシア砦攻略戦

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第1013話 望まざる再会

 地下を進んでいた瞬からの連絡の直後、カイトは収容していた犠牲者達の収納を急ぐ事にする。


「・・・」


 ソラ達は即座に、カイトの気配が変わった事を理解する。今まで押さえつけられていた物がついに溢れかえりそうになっている事を肌で感じたのだ。


「・・・行こう。先輩から、連絡が入った」

「ああ・・・」

「木更津は大丈夫か?」

「ああ・・・悪い。何とか自分の足で立てる・・・っとと」


 木更津は立とうとして、膝が笑っていた為姿勢を崩す。まだ満足に動けそうではなかった。と、それを見たソラと赤羽根が慌ててフォローに入った。


「ああ、無理するな・・・天音。俺と天城でフォローする。戦闘は任せていいか?」

「ああ・・・なるべく、抑えて戦おう」


 カイトは自分で自分がひどくのっぺりとした声を出している事を自覚する。そうして、カイトは歩き始める。が、道中はほぼほぼ話しにならなかった。というのも、あまりにカイトがやばかったからだ。


「あ・・・」

「・・・」


 カイトの前に立つまでもなく、誰もが睨まれただけで理解する。蛇に睨まれた蛙。この男の前に立てば、確実に自分は殺される。わずか一分の望みさえ無い。それを理解してなお、カイトの前に立つ者は誰も居なかった。

 ある意味、それだけで済んだ彼らは幸運だっただろう。今のカイトは本当に容赦なく殺していく。それは変わらない。が、何よりカイトはこれ以上ここで無意味な殺戮を繰り広げたくはなかった。ここで、ハンナは死んだのだ。その墓前を汚す様な真似だけは、カイトの沽券に掛けてできなかった。


「・・・逃げたいなら逃げろ。今は追いたい気分じゃないんだ・・・追わせてくれるなよ」


 カイトは怯えて武器を取り落とした兵士に対して一瞥するだけで終える。その殺気で、カイトが追わせるな、と言う意味が理解出来た。もし追えば、確実に周囲の被害さえ度外視して殺す。それがわかったのだ。

 そうして、カイトはホタルの誘導を受けて地下の最深部へと到着する。ドールメイク室の前には、瞬と翔が顔色を悪くして腰を下ろして休んでいた。後に聞いた所、ホタルが進言したそうだ。そのホタルの横には、瞬が保護したメイドが座っていた。


「・・・この中だ」

「ああ・・・二人はここで休んでいてくれ・・・ホタル、周囲の警戒を」

「了解」


 カイトの指示を受けて、ホタルが周囲の警戒を始める。横のメイドについては先にホタルから説明があり、その保護と共に理解していた。そうして、部屋の中に入ったカイトは他に目をくれる事もなく、ハンナの前に立った。


「・・・お久しぶりです、ハンナさん・・・シャーナ様はきちんと、我が国へと送り届けました・・・今後は、貴方に変わって私がお守りしていきます・・・」


 ハンナの入ったカプセルの前で、カイトが涙を流しながら伝えるべき言葉を述べる。だが、立っていられたのはそこまでだった。伝えるべきを伝えて力なく、膝を屈してカプセルに手をついた。


「だから、安心して・・・後は休んでください」


 何度経験しても、この知り合いを失う感覚だけは慣れない。カイトは覚悟していたはずなのに、現実として突きつけられて心の底から悔恨が滲む。

 もしかしたら、救えたのかもしれない。そんな悔恨が湧き上がるのを、抑えられなかった。いつもそうだ。たった少ししか共に過ごさなかった相手だろうと、そう感じてしまう。この情の深さこそが、カイトらしさでもあった。

 彼がどれだけ人ならざる者に成り果てようと、それだけはどこまでも変わらなかった。そうして、湧き上がる悔恨と怒りと共にカイトの手に力が篭っていく。


「・・・」


 ぴし、ぴし、とカプセルのガラスにひび割れが入っていく。無意識に力を込めてしまったのだろう。カイトは腕力だけで、カプセルを破壊しようとしていた。そうして、カイトの前でカプセルのカバーが砕け散り、中の溶液と共にハンナが外に出て来た。


「・・・おやすみなさい、ハンナさん」


 カイトはハンナを抱きかかえて、その開かれていた目を閉じる。そうして、彼女が愛用していたメイド服を魔術で着せてやる。裸のままというのは、駄目だろう。


「・・・行きましょう。貴方の主の所へ。皆、待っていますから・・・」


 カイトは棺の一つを取り出して、ハンナをそこに丁重に横たえる。そうして、もはや誰にも晒される事のない様に、棺の蓋をしっかりと閉じて封をした。


「・・・なぁ、ユリィ・・・」

「うん、わかってる。わかってるから、今は何も言わなくていいよ。私は、何時もカイトと一緒だから」

「ありがとう」


 カイトはユリィの行動に感謝のみを答えとする。次の戦い、カイトは一切抑える事は無い。彼の言葉の続きは、付いて来てくれるか、という問いかけだった。


「横は・・・これも駄目か」


 カイトは横のカプセルに目を向けて、間に合わなかった事を理解する。こちらもまた、死んでいた。が、こちらは取り出してやることも出来なかった。特殊な薬剤故に、不用意に取り出すと遺体が崩れるのだ。ハンナは大丈夫だったが故に出来ただけだ。


「頃合いから見て・・・まだ数日か。悪いな。後少し、オレ達が動くのが早ければ・・・出よう。こんな胸糞悪い部屋にいつまでも居たくない」


 目的は達成された。ただ、始めから覚悟されていた事が覚悟されていた通りの結末になっただけだ。カイトがラエリアに入った時点で、間に合わなかったのだ。彼はデウス・エクス・マキナではないのだ。


「・・・悪い。帰ろう。目的は達成された」


 部屋を出るなり、カイトは一同に帰還を促す。と、そんなカイトに対して、ソラが問いかけた。


「なぁ・・・このままで良いのか?」

「部屋か?」

「いや・・・部屋もだけど・・・」


 ソラは言外に、デンゼルに対する処遇を問いかける。彼の意見としては、このまま見過ごしておける相手ではなかった。『人形』しかり、瞬が助けたメイド然りであまりにもひどすぎる。それに、カイトから一気に殺気が放出された。


「っ・・・」

「見過ごすつもりはねぇよ・・・奴だけは、オレがこの手で殺す。奴が毒牙に掛けた少女らの為にも、一切の助命の余地は残さん」


 暗く淀んだ声をカイトが発する。そこには絶対の意思が滲んでいた。そうして、カイトは後ろを向いて、ドールメイク室に向けて手をかざした。そこには、ただ一人残された女性が入れられたカプセルがあった。この遺体をそのままに残してはおけない。かといって、回収も出来ない。申し訳ないが、滅却するつもりだった。


「我が魂に宿りし神の因子よ」


 カイトは<<共鳴神化(きょうめいしんか)>>を使って火球を放つ。その火力は、最下級の魔術であるにも関わらず、魔金属で出来た魔道具さえも蒸発させるほどの超高温だった。そうして、ドールメイク室はその一撃で完全に消滅する。


「行くぞ・・・どうせ、もうわんさか来てるんだろうしな」


 カイトは久方ぶりの暗い感情を持て余す。そうしてレゼルヴァ邸を出た所で、どうやらやってきたらしい近隣の基地の兵士達が大挙して彼らを完全に包囲していた。


「投降しろ!」

「身の安全が保証されるわけでもなし。お断りだ」

「っ・・・」


 カイトの返答に司令官らしい男が苛立ちを僅かに見せる。が、カイトの言うことが事実だ。投降した所でカイト達に待つのは、凄惨な拷問という結末だけだ。それもカイト達がしでかした事を考えれば、生半可な拷問ではないだろう。

 一方、逆に軍の兵士達とてこの状況である以上、カイト達をみすみす逃しました、ではろくな事にならないだろうとわかっていた。故にカイトの剣呑さを受けても一切引くつもりはないようだ。良くも悪くも、デンゼルの悪癖による恐怖政治が行き届いているという事なのだろう。


「どうするんだ、カイト。流石に町中じゃあ着陸出来ないんだろ?」

「まぁな・・・」


 ソラの問いかけにカイトはどうするかを考える。が、些か暴れたい気持ちが湧き上がっている事を自覚する。時折ユリィが肩をとんとん、と叩いてくれなければ危うく皆殺しにしかねない危うい精神状態だった。やはり外道を見たからだろう。流石に街中でそれは駄目だ。


「・・・一点に道を開く。そこから一気に街の外へと押し通るぞ」

「おう・・・先輩、大丈夫っすか?」

「ああ・・・少しビリっとするが、そこは我慢してくれ」


 瞬は抱きかかえたメイドへと問いかける。そのせいで満足な戦闘は出来ないが、それは彼が選んだ事なので全うしてもらうしかないだろう。そうして、しっかり抱きついたのを受けてカイトが力を溜める。


「・・・デカイのを撃つと街がぶっ壊れるな・・・仕方がない」


 カイトがため息を吐いた。それに、何かをしてくると気付いた兵士達が僅かに身を固めた。


「神の力よ、共鳴せよ」


 身を固めた兵士達を前に、カイトは後ろのレゼルヴァ邸の離れ目掛けて<<共鳴神化(きょうめいしんか)>>を使って<<火球(ファイア・ボール)>>放つ。敢えて目立つように威力はかなりの物にしておいた。というわけで、強烈な爆発が起きてデンゼルが少女らの『人形』を飾っていた離れが一撃で完全に倒壊する。


「なあ!?」


 司令官の顔色が一気に悪くなる。どうやら、彼はデンゼルの悪癖を知っているようだ。まぁ、それを見込んで、カイトはそれをやったのだ。あまりの出来事に指揮官は呆気にとられ、思わず我を忘れていた。そうしてその一瞬の隙を突いて、カイトは豪風を纏わせた大剣を振りかぶった。


「吹き飛べ!」


 カイトは指揮官が呆然となった一瞬の隙に、街の城塞側に近い包囲網に向けて豪風を放つ。身分がバレると問題なので口決は無かったが旭姫の『四技・風』の<<旋風(つむじかぜ)>>だ。

 それに流石にカイトとて敵相手とて街中で殺しはやりたくない。相手は単なる兵士だというのに、家族の前で八つ当たりのように殺しをやる事は避ける。そうしてそうなれば、適当に牽制してやって後は逃げるだけだ。


「走れ! ホタル、各員の援護を開始! 一葉! 脱出だ!」

「了解」

ご命令のままに(イエス・マイロード)


 ホタルが浮かび上がり、一葉がヘッドセットを介して返事をする。と、そんな行動を見て、指揮官もようよう我を取り戻した。


「っ! 逃がすな! 追撃しろ! なんとしても捕らえろ!」

「行け! 後ろは気にするな!」


 カイトが言うが早いか、一同が一気に瓦解した所へ向けて走り出す。と、指揮官の指示を受けて追撃を開始した兵士たちに向けて、浮かんでいたホタルが転身して後ろ向きに飛翔しながら攻撃を開始する。


「ホタル! あんまぶっ放すな! 街を破壊するのだけは避けろよ! 寝覚めが悪いじゃ済まん!」

「了解。出力は10%程度に抑えます」

「良し・・・っ」


 カイトは一同を守る様に走りながら、肌で近隣の基地から飛空艇が発進した事を悟る。流石に敵も町中で飛空艇による援護砲撃なぞ出来るわけがない事は理解しており、出撃待機状態で待機させていたらしい。が、事ここに至るとそんな事も言ってられない。ランクSの冒険者が相手かもしれない、という時点でかなり万全を期していた様子だ。


「来るか・・・三葉! 上から押さえつけてやれ!」

『はーい!』


 カイトの言葉を受けて、三葉が超高空から飛来する。そうして、発進しようとしていた飛空艇の艦隊に向けて上空から砲撃を開始した。流石に上空からの砲撃では思わず飛空艇も止まらざるを得ない。一時的ではあるが、牽制にはなる。


「良し!」

「カイト、結界!」

「ああ! 先に行くぞ! ユリィ、援護は任せる!」

「うん!」


 カイトの言葉と共に、ユリィがカイトの肩から離れる。そうして、カイトは<<縮地(しゅくち)>>を使って一気に街の城塞の上に躍り出て、右腕を大きく振りかぶった。


「おぉおお!」


 雄叫びと共に、カイトが力を込めて結界をぶん殴る。その一撃を受けて、結界の一部がガラスの砕け散る様な音と共に砕け散った。


「ソラ!」

「おう!」


 カイトの空けた穴へと、ソラが突っ込む。このまま放置すれば結界は自然と復元されてしまう。誰かが穴を押し広げてやる必要があり、その役目として最適なのは広範囲への防御を展開出来るソラだった。


「すぅ・・・はっ!」


 ソラは目を見開いて、盾に力を込めて半球状の障壁を生み出す。とりあえず押しとどめてやれば良いだけなので、何か特殊な(スキル)は使っていない。と、そうして押しとどめたと同時に、三葉の砲撃をなんとか躱して街の外に移動していた複数の小型の飛空艇がこちらに照準を合わせたのをソラは見た。


「っ! カイト!」

「ああ!」


 ソラの要請を受けて、カイトが彼の前に躍り出る。そうして、双剣を構えた。こいつらには少々役に立ってもらう必要がある。なので、撃墜はしない。


「まさか・・・迎え撃つ気か?」


 飛空艇の兵士達が照準器を覗き込みながら見た物を信じられず、思わず二度見して背筋を凍らせる。照準は全て、カイト達に向けて合わせられている。

 しかもこれは小型艇である為、マシンガンの様に連射力を重視した魔導砲だ。それを全て一人で迎え撃つつもりなのであれば、よほどの自信だと思ったのだ。そんな兵士達に、基地の司令官が指示を飛ばした。


『構わん、撃て! 蜂の巣にしてやれ!』

「来い!」


 カイトは気合を入れて、射掛けられる全ての魔弾をその双剣で叩き落としていく。小型艇を撃ち落としても良かったのだが、少々考えがあって撃ち落とさない事にしたのである。そうしてその間に、後続の瞬達がソラの押し広げている穴を通って街の外に脱出する。


「天城! これで最後だ! 矢で後ろを押しとどめる! お前も離脱しろ!」

「うっす!」


 弓を構えた赤羽根の言葉を受けて、ソラが結界を押しとどめていた力を抜いて赤羽根の支援に入る。そうしてソラが攻撃を防いでいる間にも段々と結界の穴は縮まっていき、人一人が通れるか通れないか程度になった所で、赤羽根は溜めに溜めた矢を放った。


「天城!」

「うっす! カイト! もう良いぞ!」

「わかった! はぁあああ!」


 カイトは全員が脱出したのを見て、単に力を放出して小型の飛空艇を特定の方向へと吹き飛ばす。そうして出来た空間を狙いすましたかの様に、小型の飛空艇が高空から高速で降下してきた。


『マスター!』

「マスター! 早く!」

「良し! グッドタイミングだ! 全員、乗れ!」


 一葉のスピーカー越しの言葉と後部ハッチから顔を覗かせる二葉の言葉を耳にしつつ、カイトは全員に乗艦を促す。着陸はしていないが、ジャンプ一つで十分に乗り込める高さだった。

 小型艇を敢えて撃墜しなかったのは、全員が乗る飛空艇の盾になってもらう為だったのである。カイトが吹き飛ばした飛空艇は全て基地からこちらに砲口を向ける魔導砲の射線上に位置しており、邪魔になって狙い撃てないのだ。そうして、カイトも後部ハッチから飛空艇に乗り込んで、フロドとソレイユへと声を掛けた。


「フロド、ソレイユ。もう良いぞ。そっちも準備出来てるだろ?」

「っと」

「ほいっと」


 カイトの言葉からすぐ。どこかに隠れていたらしい二人が後部ハッチへと飛び込んできた。


「良し! 速度を上げつつ三葉を帰還させろ!」

『了解! 三葉、戻りなさい! マスターの撤退は終了です!』


 カイトの指示を受けて、飛空艇が急加速を開始する。そしてそれと共に、軍基地から飛び立とうとする大型の飛空艇を上から押さえ込んでいた三葉が加速して、後部ハッチへと飛び込んだ。


「ちかれたー!」

「おつかれ! 二葉、ハッチ閉鎖! ハッチ閉鎖!」

「はい!」


 飛び込んできた魔導機を見て、カイトは二葉に命じて後部ハッチを閉じさせる。これで、連れてきた面子は全員収容出来た。もう開けておく必要はない。


『マスター。追撃、来ます』

「大丈夫だ。手は打っている」


 一葉の報告に対して、カイトはフロドとソレイユを流し見る。彼らが外に居たのは、撤退時の支援を頼んでおいたのだ。そうして、その次の瞬間。発進を始めた飛空艇の横を一筋の光が通り過ぎた。


「なんだ!? 何処からの攻撃だ!?」

「基地の西より攻撃が飛来!」

「っ! 拡大しろ!」

「駄目です! 敵影無し! 生命反応も確認出来ず! すでに移動した模様! 現在地は不明!」

「小型艇を発進して敵を追撃しろ! 敵の攻撃には注意しろと言っておけ!」

「はっ!」


 『パルテール』近くの軍基地に所属する飛空艇の中は大混乱に陥っていた。ここに来て、さらなる攻撃だ。まだ敵が何処かに潜んでいる、と考えたのである。が、そんなわけがなかった。カイトが連れてきた人員は全て、撤収済みだ。誰も居ない。


「じゃ、次」

「はーい」


 フロドの言葉を受けて、ソレイユが弓弦を鳴らす。鳴弦の儀ではなく、ある特殊な(スキル)の始動のサインだった。そうして、今度は基地の南西から一条の光が飛来する。


「っ! 敵、南西方向へと移動しながら攻撃を行っている模様!」

「そちらにも小型艇を出せ! 攻撃が僅かにでも空いた瞬間に船を出せ!」


 発進した飛空艇の内3割ほどが攻撃の飛来した方角へと移動していく。これが、カイト達の狙いだった。フロドとソレイユが使ったのは、<<遅延の矢(ディレイ・アロー)>>と呼ばれるかなり高度な攻撃だ。一時的に矢をその場に留めておいて、指定のタイミングで発射される様にしていたのである。

 どこまで遅延させられるのかはその者の力量次第だ。が、二人ほどになればこのように自由自在にタイミングを操る事が出来るのであった。そうして、二人が弓弦を鳴らす度に矢が放たれる。


「何処だ、何処に居る!? ちっ! 陸上部隊も向かわせろ! これでは満足に発進出来ん!」


 基地の司令官が四方八方から射掛けられる攻撃に困惑を露わにする。彼がこれが<<遅延の矢(ディレイ・アロー)>>による攻撃だと気付く頃には、カイト達は完全に撤退しているだろう。

 と、その一方で『パルテール』から撤退を続けるカイト達に対して、すでに万が一を警戒して包囲網が敷かれていた。カイト達の進路上には連絡を受けて飛空艇の艦隊が急行しており、立ちふさがっていた。


『マスター。進路上に敵影を確認』

「そうか・・・ホタル。出るぞ」

「了解」

「二葉、上部ハッチを開け。合わせて気流と風圧を制御。一葉、そのまま前進を続けろ」

『「はい」』


 カイトはホタルを伴って、飛空艇の上部ハッチから外に出る。そうして、段々と近づいてくる飛空艇の艦隊を二人は目視する。


「マスター。提案が」

「なんだ?」

「『試作縮退砲』の使用の許可を」

「なるほど・・・良いだろう。使え。進路上の敵艦を狙撃しろ」

「了解」


 カイトの許可を得て、ホタルは切り札としてティナから与えられた『試作縮退砲』を構える。形状はカイトの持つ物と同じだ。カイトの物を作った際に出た予備のパーツをいくつか使って、彼女の物も作ったらしい。


「セーフティ解除・・・縮退炉起動。マイクロブラックホール発生・・・安定を確認。『弾薬』を投入・・・『弾薬』の質量、エネルギーへの変換を確認・・・縮退炉・・・出力安定。無限回廊始動・・・エネルギー流入開始・・・」


 ホタルは己の脳裏に上げられる情報を逐一解析していく。これは現代の理論を遥かに上回った超兵器だ。失敗すれば、投入した質量分のエネルギー全てが周囲に巻き散らかされて広大な範囲が焦土と化す。故にティナと灯里によって幾重にも渡るセーフティが仕掛けられていた。


「無限回廊への入力安定・・・チャージ開始・・・マスター、出力規定の30%程度で発射します」

「ああ。そこは任せるが、まかり間違っても街や山に当てるなよ」

「了解・・・出力既定値に到達。弾薬の流入をストップ・・・マイクロブラックホール消失。縮退炉の冷却開始・・・無限回廊内のエネルギー安定・・・照準、合わせ。一葉、縮退砲の軌道予測をそちらにも表示します。その隙を通過してください」

『了解』


 ホタルは『試作縮退砲』の照準を合わせながら、一葉と連携を取る。そうして、飛空艇が再加速した。


「発射」


 ホタルが引き金を引くと、『試作縮退砲』の砲口から漆黒のエネルギーが放出される。別に色付けが必要だったわけではないらしいのだが、わかりやすい様に黒色にしたらしい。

 そうして放たれた漆黒の光条は眼前に立ちふさがっていた100メートル級の飛空艇の胴体を完全に吹き飛ばし、真っ二つにへし折った。出力の30%でこれだ。全力がどれほどかは、察するに余りある。


「・・・これは・・・凄まじいな・・・」


 わかってはいたが、こんなものを町中で使うわけにはいかない。カイトは頬を引き攣らせながらそう考える。一撃で弩級の飛空艇が落ちたのだ。あの飛空艇は決して、出力は低くなかった。敵が近いとあって障壁も完全に展開していた。それなのに、一撃だ。とんでもない威力だった。

 そしてそのあまりに常識から外れた現象は、周囲の飛空艇の動きを鈍らせるだけの威圧させる効果もあったようだ。そうして墜落していく飛空艇によって出来た包囲網の穴を通って、カイト達を乗せた飛空艇は更に加速する。


「良し・・・一葉! 速度が乗れば一気に上昇して敵の警戒網を離脱! 後は、西へ進み続けろ!」


 カイトは包囲網を抜けて、一葉へと指示を飛ばす。これで後は高度数十万メートルまで到れれば、脱出は成功だ。そうして、カイト達は帝都ラエリアを目指して進む事にするのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1014話『決意と決定』

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