第1012話 外道の所業
レゼルヴァ伯爵邸への強襲を開始した後すぐ。ソラ達と別れた瞬、翔、ホタルの三名は瞬のぶち抜いた床の穴を通って地下階へと侵攻していた。が、そこですぐに違和感に気付いた。
『・・・付近に生体反応は・・・無いな。ホタルちゃん。生体反応ってそっちわかるか?』
「・・・検査結果、生体反応はわずかにしか感じられず。敵集団が待ち受けているということはありません」
『・・・外れって事ですかね?』
「わからん・・・が、上で戦闘が起きているから、そちらに人数が回った可能性もある。勿論、こっちに重要な者が捕らえられていればそちらの警備を厳重にする事も十分に考えられるが・・・」
翔の問いかけを受けて瞬はどうするか考える。とは言え、良いことは良い事だ。敵が居ないという事は即ち、こちらの侵攻は楽に進めるという事だ。楽に進めるのであれば、それに越したことはない。
「とりあえず、進むか。翔、ホタル。生体反応が確認された部屋は虱潰しに調べるぞ」
『はい』
「了解」
瞬の号令の下、一同は侵攻を開始する。と、そうしてすぐにこちらに向かっていた警備兵の二人組と遭遇した。向こうも相当警戒している様子だったが、こちらはやはり練度の差と武装の差が明らかだ。三人共接近に気付いていた為、曲がり角を曲がると同時に瞬と翔が攻撃を仕掛けて問答無用に気絶させる。
「はっ!」
『っと』
「便利だな、なかなか」
『ホントに、さすが伝説ってかカイトサマサマってか・・・頭が上がらないですよ』
翔はヘッドギア状のヘッドマウントディスプレイを軽く小突いた。かつて練習した通りに各種のセンサー類で曲がり角の先なぞ丸わかりだ。多少の魔術の薫陶があってこちらのセンサーを無効化出来ても、敵はさほどの強さではない。今の瞬なら不意打ちでも対応可能だし、ホタルは勿論余裕で対処可能だった。
「良し・・・まずどちらから向かう?」
『こっちは・・・多分階段があると思います。音響測定で微妙に上に上がる様な反応があるんで・・・』
「当機もその推測を支持します。高確率で上層階へ続く通路はあちらかと。であれば、救出ターゲットがその近辺に収容されているとは思えません」
翔の推測をホタルも支持する。であれば、瞬の判断は一つだ。
「良し・・・じゃあ、そっちは後回しで先に奥へ進んでいこう。最悪、脱出経路はカイトからの救助を待つ、というのでも良いだろうしな」
瞬は上で吹き荒ぶ強大な魔力のぶつかり合いを肌で感じながら、自らが進むべき先を見据える。そうして、一同は地下という事もありどんな罠があるかわからない為、ゆっくりと慎重に歩を進めていく。
『先輩。この横、生体反応があります』
「敵か?」
『動いちゃ・・・居ないっすね。扉の近くで待ち構えているって感じも無いんで・・・多分、使用人だと思います』
翔はヘッドギアの映像を確認しながら、これは敵では無いだろうと予想する。彼の見ている映像では扉から離れた壁際に隠れて何とか見つからない様にしていよう、と必死に身を縮こまっている感じだった。
「なら、入ってみるか。情報を何か持っているかもしれないからな」
敵でもないしターゲットでも無いだろう。瞬はそう判断すると、しかし情報を手に入れる為に入る事にする。そうして己で扉を蹴破って中へと入る。どうやら罠の類は無いらしい。あってもホタルで対処不可能はトラップは無いだろう。
「ここは・・・武器庫か?」
『いや・・・武器庫ってよりもいろんなの入れておく倉庫って所だと』
「ん?」
『左側の隅っこ・・・りんごの樽が』
瞬は翔の指差した方向を見る。そこには翔の言った通りりんご等の果物がちらほらと見え隠れしており、雑多な様相を呈していた。と、まぁ別にそんなどうでも良い事を話し合っているのにも理由がある。その会話を交わした直後、悲鳴が上がった。
「ひぃいいいい!」
「確保完了」
影から現れたのは、ホタルに首根っこを掴まれたメイドだ。実は彼らが気付いていない様子を見せておいて、ホタルに背後から忍び寄って貰っていたのである。
「た、たす、助けて・・・」
メイドは怯えながら、瞬と翔へと助命を嘆願する。それを見て、瞬はこのままでは話にならないと安心させる事にして武器を消した。
「安心してくれ。誓って危害は加えない」
「・・・本当・・・?」
「・・・ああ」
瞬は一瞬ホタルを見て、彼女が頷いたので彼も頷く。実は密かにホタルが魔術で身体検査を行っており、武器を隠し持っている様子も異空間に忍ばせている様子も無い事を確認したのだ。それに万が一の場合にはホタルがすぐに取り押さえられる様に準備もしている。安全は安全だろう。
「教えてくれ。貴方はなぜこんな所に?」
「・・・朝食のご用意をするのにここに・・・」
メイドは恐怖に怯えながら、か細い声で答えた。先程翔とホタルが測定器で創り上げたマップで確認した所によると、ここは階段から比較的近い場所にあるらしい。
それを考えて更に相手のどうしても隠しきれない鍛えていない身体を見て、彼女は戦士ではないと判断する。であれば、彼女は正真正銘偶然にここに巻き込まれただけの女性なのだろう。
「そうか・・・すまなかった。怯えさせるつもりはなかった」
瞬は道理として、メイドに対して頭を下げる。ここで相手を怯えさせて尋問に時間を掛けても彼らの側に不利になるだけだ。そうして筋を通す瞬の様子を見て、どうやらメイドも相手は安全なのかも、と思ったらしい。少しだけ目には希望の光が宿った。
瞬はウルカに滞在している間に何度か盗賊に囚えられて暴行された女性と相対しており、こういう相手には威圧的に出ない方が良い、と直感的に思ったそうだ。それが、功を奏した。
「あ、あの・・・本当に危害を加えない・・・?」
「ああ、安心してくれ。聞きたい事を聞ければ、解放すると約束する。だから、答えてくれ」
瞬の言葉にメイドはこくこくと黙って頷いた。そうして、瞬が本題に入る。
「この女性を見たことはないか?」
「・・・いいえ」
メイドは見せられたハンナに対して、横に首を振る。この様子であれば、本当に知らないと見て良いだろう。
「そうか・・・何か手掛りでもなんでもいい。知っている事があれば教えてくれ」
「あの・・・もしかしたら牢屋に囚えられているのかも・・・私、そこは入った事がないから・・・」
「牢屋?」
瞬が先を促す。それに、話し始めた事で僅かにでも恐怖がほぐれたらしいメイドが教えてくれた。
「この屋敷にはデンゼル様に逆らった者達を囚えておく牢屋があって・・・そこでは考えたくもない事が沢山されてる、って聞いた事が・・・」
とぎれとぎれになりながら、メイドは瞬へと語る。その目にはかなりの恐怖が滲んでおり、デンゼルという男への恐れとその牢屋そのものへの恐れが見え隠れしていた。
「場所は?」
「ここの奥・・・更に行った所・・・染み付いて取れない嫌な匂いがするからすぐにわかる・・・あ、あの! 案内ならするから、彼らを助けるなら私もここから連れ出して!」
「何?」
唐突な申し出に瞬が困惑する。彼はデンゼルの趣味について聞いてはいたもののどこまで酷いのか心の底では理解出来ておらず、彼女がそう申し出たくなる心情が理解出来なかったのだ。
が、一方デンゼルの趣味を知るメイドからしてみれば、必死になるのも無理はない。彼女からしてみれば、このタイミングとはまさに千載一遇の好機なのだ。
このままここに残って帰って来るデンゼルに怒り混じりに生きたまま剥製にされるか、ここで賭けに出て瞬達と共に脱出するか。前者は確実に死ぬが、後者は運が良ければ彼らの慰み者にされる程度で済む。勿論、悪ければ死だ。が、生きられる可能性があるのは明らかに後者だった。
「こ、このままここに居たら私も何時か殺される! あの男は狂ってる! もう、耐えられない・・・ちょっと前に仲の良かった子が奥に連れて行かれた・・・連れて行った子が最後に次はお前だって・・・」
ガクガクと震えながら、メイドは顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら必死で瞬達に助けを乞う。それは憔悴しきっていて何処からどう考えても演技ではなく、本当にデンゼルが帰って来る事を恐れている様子が見て取れた。
どうやら、仲の良かった相手から最後に投げかけられた言葉が相当精神的にダメージになっているらしい。この様子であれば、おそらく見捨てた様な形になってしまったのだろう。
これが演技なら大したものであるが、逆にそうであるが故に非常に真に迫り瞬と翔には判断が出来かねた。勿論、人の機微にはまだ疎いホタルも困惑するしかなかった。
「・・・ホタル。カイトは?」
「未だ交戦中」
「そうか・・・」
自分で判断を下すしかない。瞬はそう決めると、ウルカで教わった思考の高速化を使って僅かな時間考える。そうして出した結論は、これだった。
「・・・わかった。案内してくれ。それと引き換えに、ここから連れ出してやる」
『良いんですか?』
「ここで闇雲に探すより、彼女に案内してもらって牢屋を見つけ出した方が早い。一人二人なら、まだ乗せられるんだろう?」
「肯定します」
瞬の問いかけにホタルが頷いた。今回、脱出には飛空艇を使うつもりだ。特殊な小型艇で侵入してきているので乗せられる人数はかなりギリギリになるのだが、それでもハンナを含めた所でまだ一人二人なら新たに乗せられる容量はある。それは事実だ。なら、彼女程度を連れて行った所で大丈夫だろうと判断したのであった。そしてホタルが更に続けた。
「愚考致しますが、おそらく瞬様の結論をマスターも支持すると思われます。ここで時間を食うよりも彼女の案内を受けて効率的に探索する方が良いかと。おそらくは嘘は言っていません。そしておそらく、ここにこのまま残れば殺されるというのも事実でしょう。シャリク陛下より頂いた情報でも、メイド達の多くは彼の趣味に・・・使う為に雇われているだけだ、との事です」
ホタルはシャリクから得た情報を瞬と翔へと教える。すでに上層階ではカイトが『人形』達を発見しており、これを奪われた後にデンゼルが怒り狂うだろう事ぐらい誰だって想像出来ていた。勿論、メイドだってこの騒動を考えればそれは嫌でも想像出来たのだろう。
『なるほど・・・了解。じゃあ、先輩。こっちは周囲の偵察にキャパを割きます』
「頼んだ・・・行けるか?」
「はい・・・」
メイドはどうやら自分はここから連れ出してもらえるらしい、と理解して瞬の手を借りて立ち上がる。そうして、急遽協力してもらえる事になったメイドの案内を受けて、瞬達は一気に牢屋へと向かう事にする。が、そうして近づいた途端、濃密な鉄の臭いと、言いようもない腐臭、その他様々な嫌な匂いが混ざりあった気持ちの悪くなるとしか言い得ない臭いが漂ってきた。
『うっ・・・』
「酷い臭いだ・・・」
瞬と翔が牢屋に近づいて顔を顰める。幸い三人の相手になる様な警備兵はおらず、牢屋へは即座に入れた。が、そこで彼らは思わず、顔を顰めて目を背ける事になった。
『ひでぇ・・・』
ボロ雑巾と見紛うばかりにボロボロになった人達の姿を見て、翔が嫌悪感から顔を顰める。女性も中には居るが、見るに堪えない状況だった。明らかに、拷問に遭った様子だった。それも普通の拷問ではない。明らかに趣味としか言い得ない様な状態も多かった。と、そんな一同に対して、暗闇から声が掛けられた。
「あ、あんたらぁ・・・俺達を助けに来てくれたのか・・・?」
掠れた声で一同に呼びかけたのは、近くの牢屋の中でつながれていた男だった。彼は右頬から右胸にかけて巨大な傷があり、他にも各所に酷い拷問を受けた傷跡が見受けられた。相当ひどい拷問を受けたのだろう。それに、瞬はかなり申し訳なく思いながらも首を振った。
「・・・いや、すまない・・・この女性を見たことはないか?」
「そうか・・・あぁ、あるぜ。教えてやっても良い・・・」
「本当か?」
瞬は驚いた様子で男へと問いかける。それに、男が僅かに気力を取り戻して、しっかりと聞こえる様に声を出した。
「教えてやっても良いが、条件がある・・・ここから、全員を出す事・・・それが、条件だ」
「・・・わかった。教えてくれ」
「おっと・・・先、鍵出しな・・・」
「ほら」
瞬は男の条件に従って、鍵の束から男の手枷の鍵を牢屋の中へと投げ入れる。それを手繰り寄せて、男は手枷を外した。
「交渉のやり方はわかっているようだな・・・」
「当たり前だろう」
瞬はメイドの時とは違い、かなり疑いの眼差しで男を睨む。何が理由でここに囚えられているかわからないのだ。安易に信用する事はできなかった。なので瞬が投げ入れたのは、手枷の鍵だけだ。足かせの鍵はまだ、彼が持っていた。これでは男は逃げられない。後は情報を喋れば、というわけだ。
「・・・その女なら、一ヶ月ほど前にドールメイク室に連れて行かれたぜ。何をされても一切反応しねぇ・・・始め、どんな拷問をされてもうめき声一つ上げねぇから大したタマだと思ったが・・・ありゃ、違う。運び込まれた時から、そいつは自分で動く事も飯を食う事も無かった・・・あのクソ伯爵の人形となんら変わらねぇ・・・ただ、呼吸するだけの人形ってだけだ・・・」
「ドールメイク室?」
男の言葉が理解出来ず、瞬は後ろにいたメイドへと問いかける。が、その彼女の顔は真っ青で、彼女だけが男の言葉をきちんと理解出来ている事を露わにしていた。
「私の仲が良かった子が連れて行かれた部屋・・・残念だけど、その人は多分・・・」
メイドの言葉に瞬と翔は顔を顰めた。連れて行かれたのが、今から一ヶ月も前だ。その後は誰も見ていないという。結末は見えた様な物だった。が、まだどこか別の場所に連れて行かれた可能性は残っている。そのドールメイク室とやらへ行かねばならないだろう。
「・・・案内、してくれるか?」
「・・・」
こくん、とメイドが頷いた。どうにせよ彼女はもう瞬達に協力してしまっている。一蓮托生だった。それを受けて、瞬は鍵の束を男に投げ渡す。
「ほら」
「ありがとよ・・・すまないついでに悪いが、回復薬があればくれねぇか」
「はぁ・・・図々しい奴だ。ほらよ」
瞬はわずかに呆れを露わにしつつも、図々しい男の望みどおりに回復薬を人数分床においておく。今回強襲作戦になる可能性が高かったので、カイトが万が一に他の捕虜を見つけた場合に、とかなり余分にもたせていたのだ。
その場に置いたのは後で自分でとれ、という事だろう。そうして、瞬達はその場を後にする。と、その去り際、足枷の錠を外した男が回復薬を手にとって小声で口を開いた。
「・・・北部軍の同胞ってわけじゃないな・・・雇われた冒険者か・・・あんがとよ」
どうやら男はスパイの一人だったのだろう。精一杯の出せる声で礼を言う。それならここで彼を助けたのは無駄にはならないか、と瞬は判断して牢屋を後にする。いくらなんでもあそこまでひどい拷問を演技で行う事はないだろう、と判断したのだ。そうして、一同はドールメイク室とやらへと向かっていく。
「この先が、そう・・・私はこれ以上行きたくない・・・あの子がどんな表情で待っているかわからないから・・・」
どうやらもう心が折れているのだろう。メイドは部屋まで後数歩という所で、足を止めてへたり込んだ。それに瞬はホタルへと指示を出した。
「ここで待機してくれ・・・中は俺と翔で行こう」
「了解・・・ですが、くれぐれも気を確かに」
「『っ・・・』」
ホタルが激励を送る。その異常さに瞬と翔は中が相当酷いという事を理解する。『人形』を作る部屋だ。明らかに、真っ当な風には思えない。そうして二人は覚悟を決めて、頷きあった。そしてそのおかげで、何とか二人はこみ上げる吐き気を堪える事が出来た。
「ぐっ・・・」
『うっぷ・・・』
二人が扉を開けてまず行ったのは、魔術で嗅覚をシャットアウトしてその上で、精神を安定させる魔術を併用してこみ上げる吐き気を堪える事だ。牢屋の臭いも相当酷かったが、こちらはもはや臭いが固形化でもしているのではないか、と思える程に濃密だった。
そうして、二人は目を閉じて嫌悪感等を魔術で強引にシャットアウトして、その上で口で息をして呼吸を整える。無意識に鼻で呼吸をするのは避けたのは、本能的な防衛反応なのだろう。
「良し・・・」
瞬は何とか気分を落ち着けて、視線を動かす。が、動かすまでもなかった。目の前には奇妙な溶液に満たされたカプセルが設置されており、その中の一つには裸のハンナが居たからだ。
が、呼吸をしている様子はなく、生きている者特有の独特な温かみも感じられない。明らかに、生物的に死んでいた。そうして、瞬はこみ上げる吐き気を堪えながらカイトへと連絡を入れる事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。
次回予告:第1013話『望まざる再会』




