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影の勇者の再冒険 ~~Re-Tale of the Brave~~  作者: ヒマジン
第54章 パルデシア砦攻略戦

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第1010話 化物達の戦い

 レゼルヴァ伯爵邸への強襲を開始したカイト達であるが、そこでカイトは己を囮にして庭にてランクSの冒険者であるディガンマという男との交戦を行っていた。


「行くぞ」


 腰を落としたディガンマが告げると同時。一気に周囲の空気が一変する。冷や汗を掻くほどの殺気が彼から放出され始めたのだ。どこか飄々とした目付きは一気に鋭くなり、彼が熟練の兵士である事を誰しもにわからせていた。


「・・・」

「・・・」


 カイトとディガンマはしばし、睨み合う。カイトは焦る必要はない。カイトの目的はソラ達が目標を発見し、保護してくれれば良いだけだ。ディガンマを自分に引き付けておければ、それで良いのである。

 謂わば時間稼ぎが目的だ。が、気配ですでに敵が内部に侵入している事を理解しているディガンマは、そうも言っていられない。


「っ」


 ふっ、とディガンマが残像を残して消える。そうして現れたのは、カイトの背後だ。<<縮地(しゅくち)>>を使ってカイトの横を駆け抜けて、背後に現れたのである。この領域にまでたどり着くと平然と<<縮地(しゅくち)>>の最中に軌道を変えてくる。明らかに熟練だった。


「はっ」


 背後から仕掛けられたディガンマの斬撃は、空を切る。カイトもまたその場から消えたのだ。こちらも<<縮地(しゅくち)>>を使ったのである。が、そうして向かったのは、ディガンマの後ろではない。レゼルヴァ邸の表門の前だ。


「っ・・・やられたな。迂闊だったか」


 そんなカイトを見て、ディガンマが僅かに苦笑を浮かべて右手の片手剣をくるくると回して弄ぶ。背後に誘われた、と理解したらしい。そしてそれにカイトも笑って同意する。


「迂闊だったな。気付いているのなら、狙うべくは背後ではなく前だった」

「だな・・・やれやれ。これは割に合わない仕事か」


 ディガンマはため息混じりに再び腰を落とした。仕事は仕事。割に合わなかろうが受けた以上、やり通す義務がある。なお、何がディガンマの失敗だったのかというとそれは配置の事だ。カイトもディガンマもどちらも屋敷に攻撃は出来ない。

 が、その出来ない度合いが違う。ディガンマは絶対に出来ない。カイトは努力義務程度。ディガンマは依頼人の邸宅でしかもカイトの誘いに乗って外で戦っている以上、邸宅を破壊するなぞ論外だ。

 許されて、窓や扉等の修理が用意な程度が限界だ。全壊なぞふざけるな領域だろう。それに対してカイトは最悪でもソラ達にさえ命中しなければそれで良い。所詮は敵なので最悪は邸宅がぶっ壊れてもどうでも良い。


「ふんっ!」


 ディガンマは今度は力強く、地面を蹴る。速度ではなく攻撃力に力を大きく割いたのだ。それに、カイトは今度は迎撃を選択する。


「はぁ!」

「はっ!」


 カイトの刀とディガンマの片手剣が衝突して火花が上がり、ぎぃん、と大きな音が鳴り響く。と、その次の瞬間、今度はディガンマは右側の腰に帯びたもう一振りの片手剣を抜き放った。

 本来、彼にとって双剣技というのは切り札なのだろう。だからこそ、初手は力量を確かめる意味でも片手だけで剣を振るっていた。空いた手で体術を振るうのが、彼の様子見でのやり方なのだろう。そう言う動きだった。が、相手が同格と見て様子見を止めたのである。


「っ。双剣士か」


 カイトは即座にバク転で後ろに下がってディガンマのもう一振りによるなぎ払いを回避する。そうして着地と同時に身を屈めたカイトはそのまま、身体全体をバネにして袈裟懸けに刀を振り上げた。


「っと。そのタイミングでこの威力で打ち込めるとなると、実力の見立てはやっぱりランクSか」


 振るわれた袈裟懸けに対して、ディガンマは即座に双剣をクロスさせて防御を選択する。そうして、一瞬の拮抗の後、ディガンマが力を込めようとした瞬間にカイトが先に一気に力を込めた。


「はぁ!」

「っ!」


 先を打たれた。ディガンマは力が入る一瞬を見抜いてそう判断すると、そのまま踏ん張っていた足に込めていた魔力による固定を解いてカイトの押し込む力を利用して吹き飛ばされる様にその場を離脱する。

 が、そうして吹き飛ばされる事になったディガンマは270度回転して地面と平行になり虚空に足を掛けると、<<空縮地(からしゅくち)>>を始動して虚空を蹴って一瞬でカイトへと肉薄した。


「おらよ!」


 ディガンマはカイトへと肉薄すると同時に、彼に向けて十字の斬撃を放つ。どんな(スキル)かは不明だが、斬撃は広がっていく様な斬撃だ。これでは、上下左右にも後ろにも逃げられない。


(防御・・・は却下! 回避!)


 カイトは即座に防御は無理と判断して、広がりつつある斬撃が広がり切る前に前に出て飛び越える事にする。なぜ、防御は駄目なのか。それは斬撃の真後ろにディガンマが居て、防御した瞬間にカイトの背後に回り込んで斬りつける流れが見えたからだ。


「っ! 斜め前に敢えて出るか! 上手いな!」


 ディガンマは己の戦法を回避されて、斜め上の空中に居るカイトへと賞賛を送る。そんなカイトはそのまま上から強襲しようと、すでに刀を構えていた。


「おぉ!」


 カイトの全体重を乗せた強襲に対して、ディガンマは両手のふた振りの片手剣を右側斜め上に束ねて両手で迎撃を選択する。彼も同格と思った相手に片手で対処するなぞ正真正銘の片手間なぞしようとは思わなかったようだ。


「っ!」


 強襲したカイトが目を見開く。本来、カイトはこの姿勢で攻撃をするのを望んでいない。相手の攻撃を回避するのに合わせて、強襲しただけだからだ。なのでそのまま腕の力を使って上に跳び跳ねて、ディガンマの後ろに移動するつもりだった。そして驚いた理由は、これだ。


(引っ張られる!?)


 離脱するつもりのカイトだったのだが、刀が引っ張られる印象を受けたのだ。そして、その次の瞬間。カイトは己の身体がディガンマの動きに合わせて引っ張られる事を理解した。どういう力かはわからないが、刀が離れないのだ。


「頭かち割れ、っ!」


 何らかの魔術で己の双剣にひっつけたカイトをそのまま背負投げの様に地面に叩きつけようとしたディガンマであったが、それはカイトが刀を異空間に収納した事で失敗する。おまけに己の引っ張る力を使われた為、少しだけ距離を取られてしまった。


「ふぅ・・・あぶねぇな」

「武器を異空間に入れたか」

「ご明察で」


 楽しげな笑みを浮かべるディガンマの断言にカイトは頷いた。あの瞬間、一瞬でも判断が遅れていればカイトは更に大きく吹き飛ばされたか、地面に頭から叩きつけられていた。

 カイトはそれを一瞬で見抜くと己の立て直しに必要な分の距離を稼げるだけ飛べる様なタイミングで逃げたのであった。どれだけ繊細な技量を持ち合わせれば、こんな事が出来るのか。ディガンマは己では無理と判断していた。技量であれば、己より上。彼は素直にそれを認める事とする。


「厄介な奴が来たな・・・当たり前か。敢えて、聞いておくぜ。悪辣だとわかっててな・・・わかってんだろ?」


 ディガンマは再度カイトとの間合いを測りながら、カイトへと問いかける。なぜ来たのか、というのは彼からも想像出来ている。そうでなければこんな腕利きが来ないと思っていたのだ。


「ああ・・・」

「・・・それでも来た、か?」

「・・・ああ」


 ディガンマの顔に浮かんだ僅かな嫌悪感を、カイトは見落とさなかった。大抵のまだ真っ当と言える精神の持ち主であれば、この屋敷の中にあるだろうデンゼルの趣味の『人形』には顔を顰める。彼もそう言う意味では、まだ真っ当な精神の持ち主なのだろう。

 故に、彼を含めた誰もがこの依頼の結末なぞ心の何処かで覚悟している。こんなものは無駄足だ。だがそれでも、僅かな可能性には賭けたかっただけだ。依頼人もその依頼を受けたカイトもどちらもそうだ。だから、カイトには落胆こそあれ嘆きはない。


「それでも、来たか。ちっ・・・厄介な相手を敵に回したもんだ」


 ディガンマは一転楽しげな顔で舌打ちする。そう言う相手が来てくれないかな、と思っていたかの様であり、そして事実、その通りだった。

 そもそも義理人情や道理道義を重んじる奴ならば金銭ではなく名誉を重んじて北部軍に所属している。それを蹴って南部軍に協力している時点で、彼は真っ当な思考の冒険者ではなかった事は明白だ。

 そしてこれについて、カイトとて非難はしない。戦士であれば、道義や道理を捨ててでも強い敵と戦いたいという心はわかるからだ。


「南部軍のここに配属されりゃ、確実に超級のやばい奴が来る・・・そんな勘を働かせたわけなんだが・・・事実だったな。案の定、やばい奴が来ちまった」

「それはそれは」


 カイトはディガンマの言葉に笑みを浮かべる。割に合わない仕事を受ける事そのものが、彼の目的だったのだろう。それをカイトも理解したのだ。無類の戦好き。ディガンマはそう言う手合いだった。


「あー・・・惜しい事をしちまった。これならここに来るんじゃなくて、本戦にお楽しみは取っておくべきだったな・・・」

「なら、今から引いてくれてもいいぜ?」

「おいおい・・・せめて給金分ぐらいは働くさ。ああ、先に明言しておいてやる。お前さんの探している相手が何処に居るのか、どうなっているのか、ってのは俺も知らされていない。知るつもりも無かったからな」

「教えてくれるわけもないだろ」

「はははは! そりゃ、そうなんだがな。まぁ、それに何より、あのくそったれな伯爵の趣味なんぞ知りたかぁない」


 ディガンマはカイトの言葉に大いに笑いながら、自分は知らないし知る気も無かった事を明言する。これは真実だろう。彼のここに来た目的は、カイトの様な明らかにやばい相手と矛を交える事だ。

 その理由も大方推測出来る。少し先のデカイ戦まで暇なので、というわけだ。であれば本来の予定まで彼は生き延びるつもりだろう。ここには空いた時間を潰す為に来ただけ、というわけだ。

 次の大きな戦いは南部地方の『パルデシア砦』だ。ここは南部軍の本拠地である『ラクシア』を守る最後の砦だ。ここを抜かれれば、次は本拠地による決戦となる。

 であれば、ここには戦略上是が非でも大軍勢を置かねばならない。そして置ける場所でもある。名うての冒険者達も大挙して押し掛けるだろうことは明白だ。そこを戦わないでは、彼の様な無類の戦好きが満足できようはずがない。


「ふむ・・・」


 そんなディガンマは少しだけ、考えに浸る。強敵との戦いに興奮し火照った身体とは別に、彼の中身の方は冷え切っていた。


(速攻で仕留めるのは不可能・・・刀使い・・・かの有名なレインガルドの刀使いか。望外の僥倖ではあるが厄介は、厄介・・・印可・・・いや、皆伝級か)


 ディガンマはカイトがレインガルドに何らかの所以がある剣士であると見抜いていた。というのも、彼は数度レインガルドに独自に渡ってそれこそ武蔵とも戦った事があり、カイトの剣技にはその匂いがある事に気付いていたのだ。


(こちらは一人・・・ちっ、やっぱ金払いがよかろうと一貴族は一貴族・・・それも分家か。後一人か二人は、欲しかったか・・・? あの死神の所でも呼べば良かったか)


 戦う事を好むディガンマであるが、その実依頼を達成する事もしっかりと考えていた。腐ってもプロだ。そこだけは理解していたし、達成に向けての道筋も考えてもいた。

 が、同時に彼の力量故に伯爵邸内部に入り込んだ面子の中に明らかに強者が居る事に気付いていた。それ故、己の任務が失敗する事を理解していた。せいぜい一人ぐらいだと思っていた相手のやばい奴が複数だと言うのは、彼からしても想定外だったのだ。

 どうにせよセルヴァ候爵達の側がハンナの守りにランクSの冒険者を複数用意できなかった時点でカイト達の阻止は不可能だ。ランクSが一人の彼らに対して、ランクS級が複数。街中で全力を出せない状況で一人足止め出来ている分、ディガンマは出来る限りはやっていると言えた。


(任務失敗は確定、か・・・ちっ・・・いや、あのクソ貴族を邸宅から逃がせただけ御の字か。うるさかろうが、トンズラこきゃ問題無いか)


 ディガンマは戦闘終了後を考える。そうしてそれを考えれば、次に考えるのは何時この戦場から離脱するか、だ。この場にこのまま居座るのはあまりに愚かだからだ。

 おそらく、ハンナは生きていないと彼は考えている。ハンナが搬送されてしばらくしてセルヴァ候爵と懇意にしている元老院を介してデンゼルに雇われた彼だが、実は一度もハンナの姿を見ていない。

 彼女が出て行く所も勿論見ていない。出入りの者は全員、気配で把握している。故に隠れて出ていった気配も無い。

 であれば、確実に敵が出て来る際には入ったと同じ状況に近い状態で出てくると予想するのは簡単だ。如何に彼でもランクS級を数名と戦うのは避ける。それは自殺行為と同然だ。

 ならば、敵が撤退を開始する前にここから逃げねばならなかった。それが出来るのは、カイトが自分の足止めをしている瞬間だけしかなかった。


「さて・・・どうするかね・・・」


 圧倒的有利に見えて、その実態は圧倒的に不利。ディガンマはカイトとの間合いを測るフリをしながら次の一手を考える。どうにせよ時間稼ぎが目的のカイトはこちらが打って出ない限り攻撃はしてこない。考える時間は嫌になるほどあった。


(セルヴァ候爵の手勢が増援に来るのは二分後・・・こっちも少し時間を稼ぐか)

「はっ!」

「来るか」


 地面を蹴ったディガンマを見て、カイトは迎撃を選択する。そうして流れる様な剣技を披露するディガンマに対して、カイトもその場に留まって流れる様な剣技を披露して相対する。

 どちらも町中故に本気ではないが、ないが故にほぼほぼ互角の戦いだった。出せる出力の上限はどちらも同じなのだ。であればこその必然だった。


「さて・・・後二分ほど付き合ってくれや。流石に暇潰しで街をぶっ壊しましたは俺の冒険者としての名に傷が付く。お金は大事だ。そっちも一般人に怪我させた、ってのは避けたいだろ?」

「そりゃそうだ」


 剣戟の応酬の最中。ディガンマの言葉にカイトは応ずる。一般人に怪我をさせられない度合いであれば、これは館とは違ってカイトの方が守らねばならない義務に近い。

 カイトはシャリクの掲げる反腐敗の看板に泥を塗る事になってしまうのに対して、ディガンマは大大老と元老院の汚名がある。一般人に怪我をさせた所で彼らなのだから、と悪い意味での理解が得られるのである。が、それとディガンマの名に傷が付くのは話が別だ。彼は一般人を無視出来るが、それをやらないのである。


「っ」


 剣戟の応酬を始めて、更に一分と少し。ディガンマが僅かに視線を動かす。と、その直後だ。カイトの背後から無数の火球が降り注いだ。

 ディガンマが視線を動かしたのは、合図だ。彼の予想よりかなり早くセルヴァ候爵の手勢が動いていて、カイトの背後に陣取っていたのである。


「っ!」

「さぁ、どうする?」


 火球が降り注いだと同時、ディガンマが強く力を込めて僅かにカイトの身を硬直させてその場を離脱する。この程度でカイトを殺せるなぞ思ってもいない。この程度の威力で殺せるのなら、彼が今頃殺している。が、それでも次の一手を練る為の牽制にはなる。


「さて・・・この一撃で無理なら、ここでの俺の仕事は上がりだな。内側、そろそろやばそうだ」


 ディガンマはカイトを飲み込んだ爆炎を見ながら、両手の剣をくるくると回して力を溜めていく。どうやら何らかの特殊な条件がある(スキル)なのだろう。普通に力を溜めるよりも遥かに高威力かつ、チャージ速度が早かった。


「<<回天(サイクロン)>>」


 力を溜めた双剣をディガンマが構える。そうして、未だ続く爆炎の中に突っ込んだ。


「はぁ!」


 ディガンマは大上段に構えたふた振りの剣を振りかぶって、カイトの脳天を狙い撃つ。が、それが直撃すると思われた次の瞬間、彼はしかし命中させられない事を悟った。

 爆炎を隠れ蓑にしてカイトが己の存在する位相、もしくは次元とでもいうものを僅かに狂わせていた事に気付いたのだ。そうして、ディガンマの一撃が空を切って地面から巨大な光の柱が上がった。


「はい、俺の仕事終わり。これ以上は流石に割に合わねぇわ。死にたかねぇしな。後はお好きにどうぞー」


 地面に双剣を叩きつけた反動でそのまま一気に空中へと舞い上がったディガンマは、元の位置に平然と立っていたカイトへ向けて告げる。追撃しようと考えていたカイトだが、彼の顔から戦意が無かった事で止めたらしい。

 カイトの目的がレゼルヴァ邸である以上、逃げる敵を追ってレゼルヴァ邸から距離を取るのもバカだろう。で、ディガンマの側も確実に追われない為にこれ以上は戦わない事を明言した、というわけだ。嘘を言っている気配は無い。であれば、本当にここから撤退するつもりだとカイトも悟ったのである。

 ディガンマとしては何より、いくらなんでも衆目がありすぎる。しかも大々的に戦っているのが自分である為、注目は一身に集めていた。彼にとってこれは単なる暇潰しである以上、街の中で飯の種をこれ以上晒したくはなかった。更にはこれから街への影響を無視して大々的に動くだろう軍と同一視されたくないという心情も働いた。


「おーい、俺はここでトンズラするわ」

「は?」

「あ、おい、ちょっと待て!」


 双剣を腰の鞘に納刀して背を向けたディガンマへと、セルヴァ候爵の手勢が慌てて制止する。それに、ディガンマは振り向く事なく気だるげに手を振った。


「お前さんらもやめとけやめとけ。多分結構遠くから誰かが見てる。こっちも超級だ。相手は超級、支援も超級。中に入った奴にも数名ヤバイのが居る。で・・・物凄い上にもなんか居るわ。戦い始めてわかったが、ありゃ相当前から準備してやがったな。相手、本気だ。上に悟れなかった時点で負けだわ。クソ貴族共に言っとけ。情報、しっかり管理しとけってな」

「あらら・・・やっぱランクSの化物は油断できねーわ、これ」


 ディガンマの言葉を聞きながら、カイトは半笑いでずらしていた己の存在する次元を元に戻す。こちらの手に全て気付いている様子だった。その上で、これ以上やっても自分には勝ち目はない事を理解して『パルデシア砦』への手札を残すつもりだったのだろう。引き際の良い判断だし、それがここまで見事となると熟練という賞賛でも事足りない。ランクSの名に恥じない実力者だった。


「ど、どうする・・・?」

「どうするったって・・・」


 とは言え、そう言われたとてカイトは侵入者である為、セルヴァ候爵の手勢からしてみれば見過ごす事が出来るわけではない。勝手が出来るのは風来坊の冒険者故だ。

 というわけで、困惑するセルヴァ候爵の手勢は屋敷の近くで待機するレゼルヴァ伯爵の警備兵と頷き合い、カイトを包囲する。が、その次の瞬間だ。一斉に全員倒れ伏した。


「ま、こんなもんでしょ」


 二階の窓に腰掛けたユリィが笑う。カイトを囮にして、全員に密かに昏倒させる魔術を展開していたのである。窓に腰掛けていた彼女には誰も気付いていなかった。

 まぁ、実は。ディガンマがこのタイミングで撤退を決めたのは彼女の気配があったからだ。嫌な予感、とでも言うべきなのだろう。熟練の戦士が持ち合わせる勘が働いて、これ以上は危険と悟ったのであった。味方の爆炎を己の撤退の為の隠れ蓑としても利用させてもらったのである。見事な判断力であった。


「調査は?」

「まだ途中。カイトも合流するよね?」

「ああ」


 カイトは時計を見て、まだ戦闘開始から十分も経過していないと知る。これでたったの数分。その間に交わした斬撃の数は、優に千を上回っていた。

 そしてそれだけの斬撃を交わし合いながらも、ディガンマはこちらの戦力を把握していたのだ。彼がどの程度の実力者かはわからないが、この領域の者達が彼一人とは思えない。

 北部軍の前途は決して楽な道のりではないだろう。とは言え、それはまだ少し先の話だ。今は、ハンナである。そうして、カイトは一時的にレゼルヴァ邸周辺を無力化して、己もハンナの捜索に取り掛かる事になるのだった。

 お読み頂きありがとうございました。

 次回予告:第1011話『人の闇の一端』

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